とりとめのない雨と捧げ物
Tempp @ぷかぷか
第1話 とりとめのない雨と捧げ物
長い長い雨季が訪れ、私は今年の巫子に選ばれた。
去年の雨上がりから今年の雨の始まりまでの間に15歳になった人間の中で、私の瞳の色が最も雨の色に似ていたからだ。巫女の判定に異論は唱えられない。それは公平に選ばれたはずなのだから。
たくさんの15歳が神殿に集められ、基準となる透き通ったエメラルド色の玉を瞳に近づけ、様々な光を当てて厳密に計測された。酷く眩しいその検査のたびに頭の中でちかちかと光が瞬き、その度に私の魂から何かが薄っすらと剥離していく。その審査の過程で一人また一人と数が減り、気がつけば私だけになっていた。
何故私が選ばれたの。そう言って嘆いても、もう仕方がない。私でなければ他の誰かが巫女になっていたはずで、集められた私たちは、誰もがそのことを知っていた。
そして決まり通り、雨の神殿に移り住むことになった。
巫子になるために、私は全てのしがらみを捨てなければならない。家族からも友人からも、全てから切り離されて私はただ一人、雨が上がるまで神殿で過ごす。それが巫女の役割だ。お父さんは、お母さんは、私のことを心配してくれているだろうか。寂しくて思い出して涙がこぼれても最早、誰にも届かない。
豪奢な輿に乗せられて大きな雨傘を持つ従者を伴い、ザァザァと雨が白く弾ける細い道を通り、しくしくと谷間に続く道を降りていく。この世界に降る長い雨は、世界に恵みという祝福を与える一方で、その過負荷な祝福は同時に呪いをも振りまく。だから巫子が祈り、雨の最後にそのもたらした恵みの一つ一つを供物として捧げる。
ひときわ雨の音が大きくなって目を上げると、その道の最も奥、私のエメラルドの瞳には真っ白な小さな神殿がうつり、その前に一人の大柄な人間が雨の中に煙のように浮かびあがっていた。思わず瞬く。神殿には誰もいないと聞いていたのに。
「こんにちは、新しいガソ。私は使徒だ。君の生活の手助けをする。そしていないことになっている」
その少し気だるげな声は思ったより優しげで、まるで私をいたわるようだった。だから少しホッとして、本当はたった一人になることが心細かったのだと気がついた。
「いないことになっている?」
思い返せば神殿には巫子しか入れない決まりとなっていると聞いた。そして私をここまで運んだ村人は、まるでこの使徒と名乗る男がいないかのように振る舞っている。
改めて見れば、使徒は不思議な格好をしていた。白い長衣に真っ白な布を被り、その布で目元は隠されていた。手も白い手袋を履いていて、覗いているものといえば僅か、その整った口元だけ。
まるで雨の跳ね返るしぶきが人になったようだ。
「ガソ、君はここのことは何か聞いているかい?」
「私はここで、雨の終わりまで過ごします」
ガソ。それが巫子の名前。
私はすでに、もともとの名前は失われ、巫女として、そう呼ばれるしかない存在になっていた。少し頭がぼんやりとしていた。
使徒に続いて神殿に入れば、思ったより奥行きはなく簡素な作りで、部屋の隅にはざらりと埃が積もっていた。建物の全てが白いから、そうでないものはなんだか目立つ。ここでは使徒がただ一人住み、他の者は神殿の内側に入れないという。現に私を連れてきた輿は、この神殿から去ってしまった。
「私は目が見えなくてね。だから色々行き届かないところもあるだろう。何か気が付いたら教えておくれ」
そう最初に使徒から告げられた。建物のところどころにささくれが生じていても無理はない。
「それなら、私が掃除をします」
「そうか、それは助かる」
使徒は私を籐の椅子に座らせ、奥で湯を沸かす。その手つきはまるでどこに何があるか見えているようだ。きっとここにいて長くて、ここの生活に慣れているのだろう。そして使徒は湯気のたつ湯呑みを私の前に置いた、とろりとしていて、甘い香りがする。
「君のとりあえずの役目は一日に一度、これを飲むことだ。これはこの地に降る雨のしずくだから、巫女が飲んで世界を讃えるんだよ」
湯呑みに手を伸ばせば、それなりに熱い。ゆっくりと口をつけて喉に流し込めば、時々つかえながらも、なんとか飲み干すことができた。不思議と味はしなかった。その代わりとでもいうように、巫子の検査を受けたときと同じように、頭の中で光がはじけ、私の中の何かを消した。
「お疲れ様。君の部屋はこの奥だ」
使徒の指差す背後を振り返ると、廊下があった。
「この谷の外に出ない限り、君は何をしていたって良い。とはいってもこの谷の入口には見張りがいて、外に出られないけれども」
「わかりました」
聞けば使徒もこの谷を出られないらしい。たった一人だと思っていたのに人がいたことに、私は酷く安堵した。お父さん、お母さん。すでに遠く離れてしまって、独りぼっちになると思っていたから。
その日、傘をさして庭を見て回ることにした。庭と言っても神殿の外では雨が酷く降っていて、濃い緑色の分厚い葉の上でぱちぱちと弾けている。そのばらばらという音は、まるで小石を大理石の通路にばらまいたよう。サンダルは雨に濡れ、白い長衣の裾の色が変わる。まるでこの世界の色が私に静かに染みていくようだ。
そうして私の最初の日は始まった。
生活は平穏だった。
食事は使徒が作った。使徒は目が見えないけれど、狭い神殿の中のことだから支障はないという。味は薄めに感じるけれど、不足はない。少しだけ物足りないのは肉類が入っていないことだった。
これらの野菜や穀物は神殿内で作られている。その日も優しい味のする
「君は雨が好き?」
そう問われてふと、気が付いた。雨季と言っても普通は時折晴れ間もあるものなのに、ここに来てからずっと雨が降っている。
「……わかりません。ここは雨ばかりですね」
「うん。この谷はこの国の一番底にある。雲も集まりやすいから、いつも雨が降っている」
「そうなんですね」
「そんなわけで、外でやることは軒並み難しいのさ。ここではできることが限られていて。何かしたいことがあればなるべく要望に沿うけれど」
使徒は肩をすくめた。使徒はここから出られないらしい。その口元は長い年月を憂いていると感じた。
「やりたいこと……リュートはありますか?」
心の底で、楽器を弾いたことがあると何かが囁く。リュートのしっとりとした音は、この雨の音にも合うのじゃないか。
「手配しておこう」
「使徒様は楽器は弾かれませんか?」
彼と一緒に音楽を奏でたい。たった二人の生活に、ふと私が願ったこと。
「私?」
使徒は少し考えるように頭をかしげた。
「……そういえば昔、
そうして2日ほどのあと、楽器が届いた。つややかにニスが塗られたリュートと彫刻が入れられた蕭。
弾いてみれば、どこか懐かしい音が波紋のように広がっていく。傍らで蕭の澄んだ音が空気を震わせる。どこか硬質なリュートの音と異なり力強くも柔らかく聞こえるその音は、雨の音に溶けるように混じっていく。
「ふむ。吹けはするようだ」
遠くを思い出すような声がする。きっとどこか遠くにいる手の届かない誰か。私もいつのまにか、両親のことを思い出すことが少なくなってきた。その届かない思い出は悲しみが混じるようになっていたから。だから目の前の使徒に目が向く。
「使徒様はどれほどここにいらっしゃるのですか?」
「ここに? そうだな。もう10年くらいになるだろうか」
ここに、10年。それは長いような、短いような時間。私がここにきてもう半月ほどがたつ。けれども私の記憶はすでにどうにもあやふやで、こう代わり映えのない景色では、ここに来たばかりのような気もするしずっと長くいるような気もする。
けれども雨が上がったら。
「寂しくはありませんか」
ここには巫子しか来ることはない。雨季と同じほどには長い乾季ではただ、一人だけだ。
「私が選んだことだからね。それにもう慣れてしまった、きっと」
泡くほほえみを浮かべる穏やかな使徒の口元には、何かが押し込められていた。
「ガソ。もし君がずっとここにいるとしたら、それは嫌かい」
「私は……わかりません」
私がここにいるのは雨が上がるまでだ。ずっといるなんて、考えてもいなかった。
でも、乾季にはここには誰もない。使徒も含めて誰もいないはずなのだ。谷の入口まで行けば村人が見張っている。使徒が紙に必要なものを書いて決まった場所に置けば、翌日用意される。そしてそれは乾季の間も継続される。けれども使徒は村人とは話してはいけない決まりになっている。
雨の音もなく一人で半年ほどを過ごす。それはきっと、眠っているような時間ではないか。
「ガソ、目の具合はどうだい?」
ある日、使徒は私に尋ねた。
「なんだか、ごろごろします」
「そうか。ここは雨が集まるからね」
目の異常はここに来る前から感じていた不調だったけれど、ここにきてからとみに酷い。まるで雷が雨の中で振動するよう。
「耐えられなくなったら、気を紛らわす薬がある」
「使徒様は雨は……お嫌いなのですか?」
なんとなく、そう感じていた。使徒は雨の方向を向こうとしない。
「……嫌いだ。だから本当は、できるのならここから出ていきたい。けれども出ていったところで、どうしようもない。私は既にいないんだから」
その時初めて、使徒のため息を聞いた。確かに村にいたころも、神殿には巫子だけが住むと聞いていた。けれど私一人で生活できっこない。だからきっと、存在しないはずの使徒がいる。そうでなければ私は長い雨期の間、生活なんてできやしないだろう。そして使徒はふと私の方を見て、わずかに首を振る。
「君は雨は好き?」
「嫌いでは、ありません」
ここに来てから何度目かの問い。
「私も君も、この雨に愛された」
「使徒になったことを後悔されてるんですか?」
使徒のなり方なんて知らないけれど、きっと使徒である限りここから出られないのだろう。そんな気がした。
「後悔? ……さあ、どうかな。……けどとても嫌だったんだ」
その声はとても小さかった。まるで雨に聞かれないように潜めたようだ。
「雨を?」
使徒は僅かに、今度は明確に頷く。
「それと、私の運命を」
「どうして?」
使徒は初めて、雨の方を向いた。そして静かに見えない空を見上げた。
「私にはこの雨はずっと真っ黒に見えていた。次第に全てが暗くなっていくこの世界がたまらなく嫌だった。それはもう、世界に祝福を振りまくのと引換えの呪いにしか思えなかった。私だけが呪われる。けれども私はもう、ここから出られない。私はその色をもう見なくていい。今はただ、音が聞こえるだけだ。それだけに救われている。ガソには後悔はないのかい?」
後悔。それはきっと巫子になったことについて。巫子は雨季の間ずっと、この神殿に閉じ込められる。けれども私はなりたくて来たわけではない。誰かに巫子に選ばれた。だからここにいる。
「私じゃなくても誰かが巫子になっていたでしょうから」
「それは……そうだね」
使徒はどうしようもない、というように優しくほほ笑む。
そう、どうしようもないんだ。この世界に生まれたからには、誰かが巫女にならなければならない。
巫子は瞳が最も雨の色に近い人間が選ばれる。この国に降る雨はエメラルド色だ。それは雨の中に実りの祝福が含まれているから、らしい。この雨は多くの恵みをもたらすと同時にその液体は体内で結晶化し、水晶体に集まり、瞳をエメラルド色に染める。それが私の目の奥でごろごろと音を立てる。これはおそらく体質の問題で、私が選ばれたことは、どうしようもなかったんだ。雨が私を選んだ。
使徒と同じように見上げた空から落ちる雨は、私には白く見えていた。まるで使徒のまとう衣のように。
いつしか日は過ぎ去り、気がつけば日も再び短くなり始めていた。暑い夏はきっと過ぎて、この変化の乏しい谷の底でも次第に朝夕は涼しく感じられるようになっていた。
「あと10日ほどで雨が明ける」
空を見上げると相変わらず灰色で溢れていたけれど、そう言われてみればわずかにいつもより明るくなっていたかもしれない。
「どうしてわかるのですか」
「どうして? これが教えてくれるから」
目を細めると、使徒の手には1つのエメラルド色の球が転がっていた。
「私の代わりにこれが天気を教えてくれる」
「それが使徒様の石なのですね」
自身の石は雨の力を伝えるという。
それからしばらく、慌ただしい日々が続いた。
神殿の中の暮らしは変わらなかったけれど、使徒が手紙で雨上がりを村に告げれば、晴れの祝いのために神殿の前には様々なものが運び込まれた。雨の間に咲いたたくさんの花や穀物、それから雨の間に作られた飾りや品々、雨の恵みを得て育った動物。それらが1種類ずつ。これらは全て儀式で雨に捧げられるものだ。この雨の恵みによってもたらされたものの全てが神殿の前にうず高く積み上がった。
私は雨と同じエメラルド色の衣装に身を包み、その中心に座る。使徒の足音がして、そしてタンと、眼の前に小さな杯が置かれる音がした。
「ガソ、これが最後の杯だ」
気がつけば、しとしとという音はもうほとんど聞こえず、世界はぼんやりと明るくなっていた。私にはその光が暖かく感じた。雨が上がる時の香りがする。
私の目は杯を飲むごとにその機能を失い、その頃にはほとんど見えなくなっていた。水晶体の中で祝福の結晶が固まり、外から見れば雨と全く同じ色をしているだろう。だからもはや、雨とは目で見るものではなく耳で聞くものになっていた。そうして今や、私の全身に終わりかけの霧のような雨が降り注いでいた。
使徒は蕭を吹き始める。私もリュートを奏でた。それらの音はいつしか雨の音と一つになり、この世界の全てのように降り注ぐ。
手探りで目の前の杯を探し、ゆっくりと干す。これで私は眠るようにして息を引き取る。そうして全ての供物とともに、雨に捧げられる。不意に、蕭の音が止まる。
「ガソ、水が湯になる程度の時間だ」
「時間、ですか?」
使徒の声はいつも通り穏やかだったけれど、強い力が込められていた。
「そうだ。それが君が眠りにつくまでの時間だ。今、君の中で全ての雨が目に集められている」
「はい」
不思議な力が目に集まっている。それは自然に感じられた。
「君はガソの目を、今年の雨の全てを取り出せば、来年の雨呼びには事足りる」
この谷はこの国の底にあり、この国に流れ落ちた雨が最後に集まる場所だ。そうして今年降った全ての雨の力を呪術的に集めたものがこの杯の中の雨の粋。私はこの粋を飲んで、今年の雨の要素を全て瞳に集めている。これを雨に返すことによって来年の雨季に再び祝福の雨を迎える。雨を呼ぶための雨の粋、その目を捧げるのが巫子の役目。
使徒の言葉に首をかしげる。巫子の役目としてはそれはそうなのかもしれない。けれどもそれでは供物が足りない。
「全ての雨の恵みを1つずつ捧げなければなりません。ですから目の他に、雨で育った人を捧げなければ」
この雨による恵みを1つずつ。それが決まりだ。その1つである私が捧げられる必要がある。私はそのためにいる。けれども爽やかな声がした。
「それは私で事足りる」
「使徒……様が?」
だからその声に、素直に何故、と思った。
カタリと笙が置かれる音がした。
「そうして君が次の使徒になる。そのようにして、時折使徒は入れ替わる。最初慣れるまでは村人が手伝ってくれる。話しかけてはくれないけれど。私もそのように使徒になった」
「けれども私は巫子ですから」
もともと雨季の終わりに捧げられるためにここにいる。そのころ私は巫女とはそういうもの、供物として捧げられるものだとすっかり納得していて、疑問にも思っていなかった。
「それなら、それでかまわない。けれどそれは巫女としてではなく、君が決めるべきことだ」
使徒は私に2つの物を渡し、再び蕭を吹き始めた。静かで静謐な音が流れ始める。
「使徒様?」
もう返事はなく、使徒は音とともに私の認識から蕭と雨の音へと移り変わる。
水が湯になる……。おそらくもう、それほどの時間はないだろう。
僅かに困惑しながら渡されたものを探れば、一つは使徒の石で、もう一つは使い慣れたスプンだった。その関連にハッとし、随分久しぶりに狼狽えた。
目を……取り出す。使徒はかつて、そうしたのだ。何故わざわざそんなことを?
私は供物として捧げられるために生きている。そんなことをせずとも私の瞳と体はそのままこの世界に捧げられるのだ。祝福のための供物として。だからいつものようにリュートを抱え、音を奏でる。いつのまにかその音も世界に溶け、使徒の蕭の音と混じり合う。次第に意識が朦朧とし始める。
「君は雨が好き?」
かつて使徒はそう尋ねた。そういえば、あの問いだけはガソに対してではなく、私に直接尋ねられていたのか。そう感じて、心の奥に随分久しぶりに熱が生まれる。使徒は雨が嫌いなのだろう。けれども雨しか無いこの谷から出ることはない。私は雨が……嫌いではなかったように思う。記憶の中で天からしとしとと降り落ちてくる細い雨はまるでレースのように美しくきらめいていた。今はもう雨は見えないけれど、そんな気がする。
雨は……嫌いではない。
だからスプンを手に取り、目に刺した。途端、轟雷のように衝撃が襲い、思わず叫んだ。これまでぼんやりとしていた世界が急にはっきりと感じられ、特に目の熱さは頭を割るように私の中に去来し、どくりどくりと脈動し、その鮮やかな暴力に打ちのめされる。これまで茫洋としていた全てのものが、急激に鮮明に感じられた。そうして口の中に液体が流し込まれる。甘い。
「ガソ、痛み止めだ。すぐに効く」
「使徒、様。頭が……一体何が」
「それは痛みだ。君が飲んでいた杯は全てを瞳に集める。君の記憶も感情も。けれど飲むのをやめれば、やがて君はまた、新たに世界を感じられるようになるだろう」
世界を……。頭は破裂しそうに痛いけれど、サァという雨の音が耳に聞こえ、その柔らかなせせらぎが体中に降り注いでいるのを感じた。
「さようなら、ガソ。私を憎んでも構わない」
その使徒の言葉に、新しい世界で初めての感情が動いた。
「待って、おいていかないで」
それからしばらくして手当を受けた私が意識を取り戻した時、あれほどこの谷にあふれていた雨の気配をちっとも感じなくなっていた。雨季が終わったのだ。
村人から私の瞳の1つと使徒の持つ瞳の1つ、それからあの使徒が捧げられたと聞いた。だから今年の巫子も供物も事足りた。そうして私のもう1つの瞳が手渡された。それは既に石のように硬く、いずれ私に雨の訪れを知らせるようになるのだろう。これからは私が使徒となる。他に行くところもない。雨の上がった空を見上げて次の雨の訪れを待つ。あの使徒と違って私は雨が降っても雨を見上げていられるだろう。なんとはなしにそう思う。
あの使徒の言った通り、杯を干すのをやめれば次第に様々なことが感じられるようになってきた。空腹や、喉の乾き、それから様々な感情。そうして私は何故、ガソであることを止めたのかと考えたけれど、答えは浮かばなかった。それはきっと、最後に飲んだ杯と一緒に失われたのかもしれない。
あなたは呪いから解き放たれたのだろうか。もしそうであれば幸いだ。
私のこれまでの記憶は戻らなかった。両親のことも、私の本当の名前も思い出せなかった。けれど、私はここで雨のない冬を過ごし、そして次の雨季に次のガソを迎えるのを待っている。傍らのリュートと蕭とともに。
Fin
とりとめのない雨と捧げ物 Tempp @ぷかぷか @Tempp
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