萌えキャラ刑、執行。──義務かわいい、拒否権なし

濃紅

第1部 威を失った後で──

第1話 判決



 静まり返った法廷で、宣告が下される。


「犯罪史上、稀に見る残虐性により──

 本裁判所は、被告人を

 萌えキャラ刑に処す」


 厳かな声だった。

 そこに感情はなく、ためらいもない。

 言葉がそうあるべき形で並べられただけだ。


 ──私は、間違っていない。


 その考えは、いつも黒と一緒に浮かぶ。


 黒髪は長く、背に流れていた。

 長身で、姿勢を崩さない。

 ただ立っているだけで、周囲の空気が硬くなる。


 冷酷だと、言われてきた。

 否定はしなかった。

 それは事実であり、評価であり、

 そして力の源でもあった。


 威術とは、威圧による術式だ。


 言葉の強さ、沈黙の重さ、

 視線の角度、距離の取り方。

 対話が高度化した社会の中で、

 人を畏れさせるという行為そのものが

 現実に干渉するようになった。


 私は、その歪みの最も濃い場所にいた。


 威術〈黒霜残響〉。


 萌川県に足を踏み入れた瞬間、

 世界の色が落ちた。


 白でも灰色でもない。

 すべてが、黒に沈んでいく。


 空気が冷えるのではない。

 影が、先に凍る。


 建物の陰、街路樹の根元、

 人の足元に落ちる輪郭。

 影という影が、漆黒の氷に変わり、

 それに沿うように現実が固定されていく。


 人も、動物も、同じだった。


 叫びは途中で止まり、

 動きは未完のまま閉じ込められる。

 逃げようとする意思だけが、

 黒い氷の内側に残る。


 萌川県全域が、

 一つの静止画になった。


 私はそれを見下ろし、

 感情を動かさなかった。


 命として扱った、と言えば、

 そう聞こえるかもしれない。

 区別しなかった、というだけの話だ。


 やるべきことは、終わった。


 だから私は、

 そのまま出頭した。


 ──回想は、そこで途切れる。


「被告人、返答を」


 声に呼ばれて、意識が法廷に戻る。


 私は顔を上げる。

 もう、黒を纏うことは許されていない。


 指定された服。

 指定された髪型。

 指定された声。


 威圧を生まない形。

 無害で、軽く、安心させる形。


 私は一拍置き、

 最も適切な答えを選ぶ。


『……わかりました〜♡

 いいですよっ♡』


 法廷の空気が、わずかに緩んだ。


 それでいい。


 外側の黒は、こうして剥がされる。

 けれど、残響は消えない。


 黒霜残響は、

 もう私の内側にある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る