身分証明史 ― 包摂と排除の社会的装置
技術コモン
身分証明史概要
身分証明史とは?
■ 概要
身分証明史とは、人間が「誰であるか」をいかなる基準で承認し、その承認をいかなる制度的・社会的回路によって有効化してきたかをめぐる歴史である。
それは単なる本人確認技術の発展史ではなく、人間観、統治体制、法制度、社会的境界、そして抵抗の実践が相互に編成されてきた過程を記述する総合的な社会史である。身分証明史において中心となる問いは、「いかに正確に識別できるか」ではない。
むしろ、「誰が本人性を承認する主体となるのか」「何を本人性の根拠とみなすのか」「その承認はどこまで社会的効力を持つのか」「承認から漏れた存在はどのように扱われるのか」といった、社会秩序の根本構造に関わる問題である。
以下では、身分証明史を①9つの時代区分、②5つの観点という2つの整理軸によって概観し、その全体構造を明示する。
■ 1. 身分証明史の9つの時代区分
身分証明史は、本人性の成立原理と制度的運用の変化を基準として、次の9期に区分できる。
第1に、知人相互承認期。
本人性は、近接的な人間関係と共同体的記憶によって成立し、証明は独立した制度として存在しない。
第2に、位階的秩序期。
本人性は身分・宗教・職分といった位階的秩序の内部に配置され、証明は秩序の再確認として機能する。
第3に、文書印章制度期。
本人性は文書・印章・署名といった人工的記号に媒介され、可搬的・複製可能な形で社会を横断し始める。
第4に、国民登録形成期。
国家が個人を一元的・継続的に登録し、本人性は登録制度との接続状態として構成される。
第5に、管理合理化期。
番号・証明書・写真を中心に、本人性は迅速に照合・処理される運用単位へと再定義される。
第6に、安全保障動員期。
本人性は忠誠や危険性の判定指標となり、選別・監視・排除と強く結び付く。
第7に、権利規制反省期。
過剰な身分管理への反省から、本人性は権利として再定位され、確認行為は制限と正当化の対象となる。
第8に、データ信用接続期。
本人性はデータ断片の集合として計算され、制度への接続可否を判断する基盤となる。
第9に、分散自己主権期(予測的区分)。
同一性の集中管理への反作用として、用途別・選択的・最小限の本人性提示が構想される。
これらの区分は直線的進歩を示すものではなく、各段階は緊張と反作用を内包しながら、次の段階を準備してきた。
■ 2. 身分証明史の5つの観点
身分証明史を横断的に理解するためには、以下の5つの観点が有効である。
第1に、人間観。
人間が関係的存在として理解されてきたのか、登録される主体として把握されてきたのか、あるいはデータ集合として処理されてきたのかという前提である。
第2に、統治体制と法制度。
身分証明が慣習的秩序に埋め込まれていたのか、国家的登録制度として制度化されたのか、あるいは設計やプロトコルによって間接的に制御されているのかという視点である。
第3に、真正証明。
本人性が信頼や記憶によって成立していたのか、文書や番号によって担保されてきたのか、計算された一致度として評価されるようになったのかという基準の変遷である。
第4に、包摂と排除。
身分証明が社会参加への入口として機能する一方で、誰を不可視化し、どのような形で排除してきたのかという境界作用である。
第5に、抵抗。
身分証明に対する異議が、逃散や偽装として現れたのか、権利要求として制度内部に組み込まれたのか、あるいは制度設計そのものへの介入として展開されているのかという実践の歴史である。
これら5つの観点は、各時代区分において異なる形で結合し、身分証明史の具体的構造を形成してきた。
■ 締め
身分証明史とは、本人性が自然的事実ではなく、常に社会的・制度的に構成されてきたことを示す歴史である。
9つの時代区分は、本人性の成立原理がいかに変化してきたかを示し、5つの観点は、その変化が単なる技術革新ではなく、人間観・統治・権利・抵抗の再編であったことを明らかにする。
身分証明は、人を守る装置であると同時に、人を選別し、管理し、排除しうる装置でもある。
その二面性は、身分証明史を通じて繰り返し顕在化してきた。
身分証明史を読み解くことは、「誰が誰として存在しうるのか」という問いを、歴史的・制度的に捉え直すことである。
その問いは過去のものではなく、デジタル化と分散化が進む現代において、なお開かれた課題として私たちの前に置かれている。
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