ディルカの魔女
海彼方
第1話
リリーは家の窓辺にて不貞腐れていた。
丁度1年ほど前、両親の「21歳にもなってまだ結婚していないなんて、行き遅れである」旨の発言をきっかけに大ゲンカして以来、リリーは地元から離れたこの小さなディルカ村……の更にはずれにて、服の修繕や小物売りをして細々と生計を立てて暮らしていた。
勿論生活するなら村のはずれよりも中心部のほうが良いに決まっているが、当時のリリーの稼ぎといえば両親の経営する飲食店でアルバイトをして貰う僅かな給料のみで、当然貯金はなく、また喧嘩したばかり故に両親を頼ることも出来ず、仕方なく家賃の安いこの家(家というよりは、もはや小屋と言ったほうが正確かもしれないが……。)を借りるしかなかったのである。
今日はこの家に来てから一年が経つ日で、22歳の誕生日で、折角なのだから少しばかり贅沢な一日にしようとリリーは数日前から張り切っていた。
朝からああでもないこうでもないと鏡と睨めっこしながら完成させた編み上げのヘアスタイルは、リリーの愛らしく人懐っこい雰囲気によく似合っており、長いワンピースもシンプルながら首元の花の刺繡が華やかさを演出していた。
リリーは少し欠けた鏡で身だしなみを整えると、昼過ぎに意気揚々と村へ向かい……その途中に土砂降りで帰宅を余儀なくされたのだった。
そして冒頭に戻る。
「最悪、最悪、さいあくだわ……!私ってば、こんな目出度い日にすら楽しい気分で過ごさせてもらえないっての!?」
窓辺にてぶつくさと文句を言いながらリリーは窓ガラスに映る自分を見る。古ぼけたガラスに映る顔は、怒りで眉が吊り上がったり、かと思えば情けなさそうに目尻が下がったりする。
リリーはそれを見てため息をつきながら、「私がもっと美しく生まれるか、もしくはせめて髪か瞳のどちらかでも、違う色だったなら……。」と一人呟く。美しい髪色や瞳を持っていたなら、一人百面相も見ていて楽しいだろうに。いつもは何とも思わない自分のブラウンの髪と瞳にすら、リリーは不満を抱かずにはいられなかった。
そうして不貞腐れているうちに、辺りはすっかり暗くなり、夕飯の準備でもしようと立ち上がる。村に出て贅沢できなかった分、いつもより豪華な夕食で自分を慰めてやるのだ。とはいえ今日はまともに買い物できていないので、豪華といってもやはり限界があるが……。リリーが苦笑しつつステーキにして食べる予定の肉を焼いていたところ、遠くから聞きなれない音が聞こえてリリーは耳を澄ませる。それは子供のような声であり、何かの意味を持つ言葉にも聞こえるが、意味のない喃語のようでもあった。
この村のはずれに訪れるのはリリーに服の修繕を頼んだり小物を買いに来る女性のお客さんばかりで、そこに一緒に連れてこられるわけでもない限り子供を見かけることはない。
「お客さんが来たとか?いや、こんな時間に、そんなわけないわ。迷子?それとも誘拐とか……。」
様々な考えが頭をよぎっては口から出ていくが、いずれにせよこの周辺で子供を保護できるのは自分しかいない。リリーは声の主を自分の願望込みで迷子の子供だと仮定し、急いで籠に果物や包帯を放り込み外へ飛び出す。「どこにいるの!?」外套で雨を凌ぎつつ大声で呼びかけると、一瞬声は静まり、その後またしても遠くから呼びかけるように子供の声がした。それは家の裏手にある森の奥から聞こえてくるようだった。
リリーは不気味さを感じつつも善良さ故に引き返すことが出来ず、どんどん森の奥へと進んでいく。奥まった場所へ進めば進むほど、声はだんだんと近くなった。
「はぁ……はぁ……、ここなの?おーい、いるなら返事をして頂戴!」息を切らしながら呼びかけたのは目の前の小さな洞窟のような場所で、子供一人ちょうど入れるくらいの大きさだ。リリーは少し屈んで、中腰の状態で洞窟へ足を踏み入れる。
雨で滑る足元を煩わしく思いながらも少し傾斜のついた道を奥へ進む。声はいつの間にか聞こえなくなっていた。
1分ほど歩いたところで、明かりもなくこれ以上進むことはできないと気付く。リリーは何度か子供へ呼びかけを行うが、やはり返事は無かった。
「何よ、何事もないなら、それが一番だけど……。」
もしかすると親や他の人が既に子供を見つけて保護したのかもしれない。リリーはそう結論付けて洞窟を引き返そうとする。
出口へ向かおうと振り返ったその瞬間、視界の端にちらりと白いものが見えた気がして、リリーはゆっくりと振り返り、「それ」の姿を確認して悲鳴を上げる。
「それ」は――――、少女の形をした何かだった。
少女の姿をしているが、明らかに人間ではない。
(絵具を上からぶっかけたように真っ白な髪に、それと同じくらい真っ白な肌に、それにあのギラギラした紫の瞳! あんな髪や肌の人なんて見たことない! 瞳だって、ここには光も何もないのに……、人間の目ならあんな風に光ったりしないわ!)
迂闊に家から出たことを後悔しつつリリーは全速力で逃げようとするが、泥濘に足を取られて転び、地面に頭を打ち付ける。
そうして自分の籠から転げ落ちた果物を、目の前の少女のような何かが手に取るのを目の当たりにしたところで、リリーは気を失った。
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