第1話(2)

 内部は煌々と照明がついていた。

 先ほどまで暗闇にいた目は、その光に適応しきれず条件反射的に目を細める。

 白んだ視界にぼやけて見えるラック棚の様なもの、多分その中に依頼のものがあるだろう。


 今回の依頼は「研究ノートの回収」だ。施設内のセキュリティ関連はクライアントのサポート付き。仕事内容として難しいことは何もない。が、報酬金はこの手の仕事の中では断トツというか、怪異と敵対する様な怪異狩りの名に恥じぬ本来の狩りの仕事と変わらないものだった。

 なぜこんなに高額なのかと疑問はある。警戒地区だからにしても指名依頼だということにしても随分と高すぎる。

 だが、指名されてここまで高い額を出されてしまえば何か聞くのも億劫な気がした。だから何も聞かず引き受け今に至る。

 これが吉と出るか凶と出るか、だがここまで来てしまえばもう引き返せない。自分の後先考えない行動には困ったものだが、もうやるしかない。それに今回は簡単な仕事だ。

 やっと慣れてきた目でラック棚の物を眺めていく。

 研究機器のパーツの様なもの、用途不明の素材、ぱっと見それっぽいがどうやら依頼されていたものとは違う大量の研究ノート、よくわからない専門書、開けていいのかよくわからない段ボール。こんなのが所狭しと、部屋の全体が見えないくらいに棚には詰まっている。

 こんなところから探さなきゃいけないのかと大きなため息が出る。

 無暗に探すのも気が引ける。まずは部屋をざっくり見て何かヒントを探すかと部屋の奥まで進んでいく。

 入り口付近では気にする様なものはなかったが、奥に向かうに連れ床の汚れが増えていることに気が付く。真っ黒な汚れで場所によっては床以外、棚にある物にも同様の汚れがついていた。

 ―研究用の試薬でもこぼした跡?

 一列見終わり隣の通路へ移動する。先ほどよりも明らかに汚れは増えていた。加えて、収納されていたであろうものが散乱している。紙が大量に落ちている場所には、黒い汚れにいくつもの足跡。段ボールには誰かの手跡の様な跡。

 試薬をこぼしたにしては荒れすぎている。

 汚れの付いた段ボールをよく見てみると、その汚れは真っ黒ではないことに気が付く。段ボールの色見と照明によって黒く見えていただけで、実際は赤黒い色。

 それを見ていると嫌な記憶がフラッシュバックする。

 赤く染まったダイニングテーブル、誰かの赤い手、フローリングの隙間に染み込む赤黒い液体。

「はっ、はっ、」

 息が荒くなる。

 ―思い出すな、今思い出すな。仕事中だ。

 目を瞑ってしゃがみ込み深呼吸をする。

 ―あの時じゃない、大丈夫、大丈夫だから。

 そうやって少しの間、暗示めいたことで落ち着きを取り戻し始めたころ、棚の最下層の奥の方に何か光るものがあることに気が付く。何もしないよりは気がまぎれる気がして、棚に上半身を突っ込むようにしてそれを取る。

 円柱状の金属製の物体。薬莢だ。

 ここでは何かが起きた形跡がある。しかも、私の嫌な記憶を蒸し返しそうな何かが。

「やけにいい額なのはそういうことですか・・・。」

 ため息より、独り言とは思えない声量の声が出る。

 人が争ったところに探し物をして欲しいなんて、求人に易々書けるもんではない。書いたら誰も依頼を受けなくなる。だから高額な報酬にした、といったところだろうか。きっと、私よりも前に指名依頼を受けた人たちは金額を見て違和感に気が付いていたのだろう。でないとこんな仕事がただの大学生の元に舞い込んでる理由にならない。

 よく友人に、「もっと深読みしてから行動しなさいよ」と言われているがそれをこんなところで痛感するなんてな。思わず変な笑いが込み上げてしまう。

 しゃがみ込んだまま天井を見上げる。

 体調が芳しくない。それにこの先何かあったとして自分の安全を担保できる自信はない。棄権した方がいい気がする、そう思いつつあった。

 だが、ここまで来てしまったからにはと思う気持ちもあった。ここでノートを見つければあとは帰るだけだ。難しいことは何もない。

「・・・、どうにでもなっちゃってもいいか」

 半ば自暴自棄ではあるが、来てしまったんだ。やるだけやって帰ろう。

 恐怖心はまだぬぐい切れていない。だが、怪異狩りとして働くとして決めたときにこういうことはいずれあるかもしれないとわかっていたはずだ。

 体は重たいままだが、立ち上がり探し物の続きをすることにした。

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