助手は君だ

有頂天勇者

本編

「やあ、今日からよろしく頼むよ。」

 彼女の名は観月 静。普段は猫探ししか依頼が来ないような静かな探偵事務所で、淡々とブラックコーヒーを淹れて過ごしている、黒くツヤのある綺麗な長髪に丸眼鏡をかけた背の低い女性だ。そんな彼女のもとで助手としての物語の一頁がめくられた。

「それにしてもなぜここなんだい?他にも良いところはあっただろう?」

 理由は簡単だ。彼女が美しいから。数日前、偶然街中で見かけ、思わず跡をつけてしまいこの事務所に辿り着いた。事務所前の張り紙に少し滲んだ『助手募集中』の文字を見つけ、擦れた拳を握り締め応募をした。そして、いまに至る。

「…やはり、まだ理由を教えてはくれないか。」


 彼女には1つ、消化することの出来ない悩みがあった。先日、彼女のパートナーが遺体として見つかった。流れ出た血が鈍く濁る水溜まりの上で。遺体として見つかる直前まで彼女はパートナーと会って話していたらしい。が、それ以上のことは何も教えてはくれなかった。


《ピンポーン》

 事務所のチャイムが鳴った。

「すまない。今は手を離せないから君が出てくれないか。」

 扉を開けるとこちらを鋭く睨んでくる男が2人居た。

「突然申し訳ない。こういう者なんだが、観月さん、いらっしゃいますかね?」

 2人の男は警察手帳を見せながらそう言った。どうやら2人は刑事らしい。この辺りで起きた殺人事件について調べているようだ。

 断る理由もないため、2人を事務所の中へ招き、ソファに座らせた。

 

「ん?刑事だって?…あぁ、そうか。例の件か。もう話すことなんて何もないのに。…ったく。あぁそうだ、ミルクと砂糖はいるかどうか聞いてきてくれ。」

 しばらくして、お盆にホットコーヒー2杯、砂糖2つ、ミルク1つを乗せ、刑事の元へ運んだ。

「すみませんねぇ、何度も話、聞きにきてしまって。どうしても腑に落ちないもんですから。今日は助手も連れて来ましてね。こいつ、かなり頭が切れてるんですよ。だからお聞かせ願いたくてね。」

「そう言われても、私にはこれ以上何も話すことはないよ。それに、今日から新人がいるんだ。猫探しのコツ教えなきゃなんで、お引き取り願いたい。」

「猫探し…ですか。あの日は猫じゃなく人を探していたんですよね?あなたと親しい関係だったあの…」

 《ドン!》

 テーブルを叩く音が刑事の口を塞いだ。

「いい加減にしてください。私は何もしていない。ただ…ただ、あの人を…みずきを探していただけだ!」

 …みずき?観月は彼女の名前のはずだ。それなのに自分を探していた?どういうことだ?

「そう、あなたは探していた。篠原瑞稀さんを、殺すために。違いますか?」

「そんなことしない!確かに、あの日は喧嘩をしてしまった。あの人は私から離れていった。でも、謝りたかった。だから探した。でも…見つかったのは遺体だった。それに、私がやったなんて証拠、どこにも残ってないでしょ!」

「静さん、あなたは第一発見者だ。周辺に聞き込みを行った末に、見つけてしまった。いや、違う。アリバイを作った上で、あくまでも大切な人を失ってしまった"被害者"側として名乗り出た。そうですよね?」

「…。」

 彼女と刑事のやりとりをただ黙って見ていた。もう1人の刑事は会話に参加せず、砂糖とミルクを全て入れたコーヒーを飲んでいた。1人、自分だけの世界でコーヒーを堪能しているように見えた。前髪が重く、眼鏡をかけて右頬には大きな絆創膏を貼っていた。ほとんど、顔はわからない。

 ふと、彼女と会話をしていた刑事がコーヒーを飲んでいる方に目線を向けて何か伝えた。声は聞こえないが、口の動きが少し見えた。

 《みずき もう いいだろう》

その口の動きが、鮮明に目に焼き付いた。が、それ以上は何も考えなかった。考えられなかった。それを止める理由も、存在しなかった。

 

「埒があきませんね。今日はもう一旦帰ります。明日、また来ます。では、静さん。」

 そう言い残すと刑事たちは帰っていった。彼女はずっと黙ったままだ。ほんのり甘いコーヒーの匂いと静寂が事務所を支配していた。


「初日から申し訳ないね。こんなことになってしまって。聞いていたと思うが…篠原瑞稀という人が、私のパートナーが…そう、今朝少しだけ話したあの悩みの種だ。あの人は雨の中で放置されてた。顔がすごく腫れててさ。ひどく冷たくてさ。信じたくなくてその場からすぐ逃げたんだ。通報もすぐには出来なかった。…って、こんな話聞きたくないよね。今日はもう上がってもらって大丈夫だよ。ごめんね。ありがとう。また、明日。」

 悲しげな彼女を見て何も言葉は出なかった。ただ、心臓の鼓動はうるさかった。が、そんなことは無視をして言われるがまま事務所を後にした。


 帰り道、文房具屋に寄った。必要なものを買うために。外はすっかり暗くなっていた。寿命なのか街灯は点滅していて視界は少し悪かった。聴覚、嗅覚が研ぎ澄まされている感覚に陥った。人の足音、ほんのり甘い匂い、心臓の鼓動、錆びたような鉄の匂い。

 ふと、手に痛みが走った。どこでやってしまったのか、少し指が切れているようだ。カバンに入れていた絆創膏を不恰好に貼って応急処置をした。


 翌日。今日も彼女はコーヒーを淹れている。

 《ピンポーン》

 また、チャイムが鳴った。

「すまない、手が離せないんだ。どうせあの人だろうけど入れてやってくれ。」

 ドアを開けると、昨日の刑事。が、今日は1人だった。

 

「助手は君だ。」

 それは苦いコーヒーの匂いにかき消された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

助手は君だ 有頂天勇者 @Utyouten-Yuusya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画