異世界で偽探偵はひらめく〜真実はいつもひと踏み〜

杞憂@魔法のiらんどより

第1話

異世界で偽探偵はひらめく〜真実はいつもひと踏み〜


 俺がこの世界に放り出されたとき、最初に目を覚ました場所は、なぜか探偵事務所のような部屋だった。事情を理解する間もなく王宮の使者が踏み込んできて、探偵だと勘違いされたまま推理の要請を受けたことが、すべての始まりだった。


 王宮魔術師ル=グランが姿を消したという報せは、朝の鐘が鳴り終わるよりも早く、王城の隅々にまで行き渡っていた。

 単なる無断外出や逃亡ではなく、鍵のかかった部屋から、痕跡ひとつ残さず消えたという事実が伴っていたため、城内の空気は一瞬にして張り詰めたものに変わった。


 事件現場へ向かう道すがら、俺は正体が露見しないよう曖昧な相槌と意味深な沈黙を武器にしながら、王宮の人間たちの会話を少しずつ引き出した。

 魔法は未だ研究段階で、転移魔法の成功例はなく、魔法薬も理論通りに働くことはほとんどないらしい。


 なるほど、異世界でも理不尽は健在だ。


「どうか、お力をお貸しくださいませ」


 西の塔へ向かう途中、王宮侍従長は何度目か分からないほど深く頭を下げた。

 白く長い髭と、年齢を感じさせない背筋の伸びた姿は、この国の秩序そのものを体現しているようだった。


 背後には鎧に身を包んだ騎士たちと、顔色を失った若い魔法研究員たちが控えている。

 彼らの視線は、期待と不安、そして過剰な信頼で満ちていた。


 違う。

 俺は探偵ではない。

 だが、その事実を理解している者は、この場に一人もいなかった。



 西の塔最上階、ル=グランの研究室は異様に静まり返っていた。


 扉は内側から閂がかかり、窓は人が通れぬほど小さい。

 外部からの侵入は不可能だったと弟子たちは口を揃える。


 室内には散乱した魔法薬、魔力触媒、床には未完成の転移陣。

 争った形跡はなく、まるで日常の延長で主だけが消えたようだった。


「師は、転移魔法の研究を?」


「はい。ただ……最近は、同時並行で身体を強化する魔法薬の研究も任されており、どうも日中はぼーっと呆けていることがあったようです」


 俺は眉をひそめる。


「ぼーっと呆ける、だと……?」


 弟子たちは言葉をつぐむ。明らかに、何かを言いにくそうにしている。何かあるのは確実だが、城の内情など知って、自身の身が危うくなるのも避けたい。この気まずい雰囲気を打破すべく、浅い頭を巡らせながら、正直に浮かんだ感覚を口にした。


「これは……外へ出た、というより」


全員の視線が、こちらに集まる。

探偵に早期解決を期待しているという、圧を感じた。


俺は、重みを噛みしめて続けた。


「出られなくなった、と言うべき状況ですね」


 自分でも意味が分からない言葉だったが、なぜか周囲は静まり返り、やがて深くうなずき始めた。


 頼むから、深読みしないでほしい。


 俺は気まずさを誤魔化すように、部屋の中を歩き回った。


 研究設備は充実しているが、生活感が異様に薄い。


「……ここで、寝泊まりもしていましたね」


「はい。研究が佳境に入り、師は部屋を出ることを許されませんでした。体調もすぐれなかったようで、頬もやつれていました」



 壁には長い腰かけのような石の出っ張りに、枕とかけ布団のようなものが、無造作に置かれている。干された形跡はないので、寝具が湿っぽい。


 未完成の身体強化する魔法薬。ル=グランは体調不良であり、研究詰め。


しばし、頭を整理しながら部屋の中を歩き回った。


 考えながら、次の一歩を踏み出した瞬間――


 足元の床の一部がわずかに沈んでいる。

 摩耗と削られた痕。


しゃがみ込んで確認すると、ひと踏みした床石だけが不自然に摩耗している。


 何度も持ち上げられ、削られた痕跡。


「ここは? なんでしょうか」


 再び、俺に視線が集まる。


 喋るのは得意ではない……。

なぜか、声を発すると、ミステリアスな空気が漂ってしまうから。

 

「探偵さん。……そこは、師が触れるなと」


 ひとりの弟子が口を開いた。


 誓って、探偵ではない。


「ということは……」


 どういうことだ? 頭を整理する時間を稼ぐ。


 俺は、ここに来る前は、レジ打ちのパートをしていた。


 レジ締め作業で、金額が合わなければ、実際の金額と、一日の売り上げレシートと

睨めっこ。完全自動のレジではなく、新人の学生アルバイトの入れ替わりも激しいので、店員の打ち間違いは毎日発生する。


 例えば、クレジットカード決済では、レジ本体とは別に、カード専用端末に金額を手入力する。実際の金額が、レジ本体で1080円とあるのに、専用端末で1008円と誤入力されれば、72円の誤差が出るのだ。

 

 レジ締め作業は、この72円の誤差がわかるところから始まる。どの商品の会計で誰がレジを打ったのか。クレジット決済の場合、お客様へ連絡するところまで必要になったりする。連絡次第では、クレームになったりもするので気を遣う。


 お客様へのクレームを減らし、自分の仕事量も増やさない。神経を尖らせて疲労しきった閉店時間に、自分の非ではなくても誤差を突き止める作業は、なかなかに堪える。複数の誤差が出れば、それだけ残業になる。理不尽な仕事内容だ。


 しかし、生活のためには、耐えるしかない。


 このような、逆算して考える癖が生きたのかもしれない。


――ふっと視界が開けた。探偵のひらめき、とも呼べる何かが開花していくのを感じた。


 避けられていた床。


 研究漬けの生活。


 部屋から出られない日々。



 すべてが、一本の線でつながった。



「塔の下には、何がありますか」


「地下の排水路です。かなり古く、今は使われていません」


 俺は静かに息を吐いた。


想像するだけでわかる。ここでの生活は苦しかっただろう。


「師は、失踪したかったんです。


 魔法で消えたように見せかけて」


 ――床石を外すと、その下には、人が潜り込める空洞があった。



「師は、身体強化の魔法薬で穴を掘り、城から脱出する計画でした。しかし、薬の副作用が出てしまった。そして、眠ってしまった」


「それ本当ですか! 探偵さん」


 違う。探偵ではない。

 本当に違う。


 俺はしがないパートで、

この世界に迷い込んだだけ。


 空洞を確認した、城の兵士らしき人物が声を上げる。


「おい、中で誰か倒れているぞ! 手を貸してくれ」


 排水路で発見されたル=グランは生きていた。

 泥まみれで衰弱していたが、命に別状はない。


 部屋中で歓声が響いていた。弟子たちも、喜んでいる。


「探偵さん。やりましたね」


「俺、実は探偵じゃなくて……」


ここぞとばかりに、否定を入れたが、


混雑した店舗のように活気ある空間に、かき消された。



 密室は演出であり、魔法陣は目くらまし。

 異世界ならではの理不尽な状況が、事件の核心だった。


 こうして俺は、

 異世界の偽探偵としての立場を、確立してしまったのかもしれない。


 後に、ル=グランは救護室のベッドで目覚め、


「……この過酷な研究から、いや、この城から逃げ出したかった……」


と、涙ながらに語ったという。


 この事件のお陰で、クッション性のある快適なベッドで、療養することができている。体調も良くなってきているとのことだ。


――結局、この事件は、魔法や密室そのものではなく、未完成魔法薬を研究する魔術師の体調不良や副作用による眠気が重なった結果で、現代社会で三十年フリーターをやってきた俺も、「異世界だから魔法が関わったけど、理不尽さは健在か……」と苦笑せざるを得ない、そんな事件だった。

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