腎臓病患者の食卓

辺根除音

第1話 宣告

「つまり、ステージ3aに入ったということですね?」


 食事制限が必要だという話を聞いて、私はそう尋ねた。


 数年前に会社の健康診断で要精密検査となり、初期の慢性腎臓炎と診断された。その時点ではまだ特別な治療や制限などは必要なく、当面は半年毎の経過観察を続けることになっていた。定期受診を繰り返すたびに上下動はあるものの僅かながら数値は悪化していく。この先どうなるかとネットを検索、科学的に怪しげな情報を避けてたどり着いたのは日本腎臓学会のページである。『エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2018』を読んでみた。もう少し進行したら食事制限が始まるらしいが、今日がその日らしい。


 主治医は電子カルテに書き込みながら、そういうことですね、と画面を見たまま回答した。 これからは経過観察の期間を半年から3ヶ月にします。次回診察日に、栄養指導も予約しておきますね。そういって依頼内容詳細として『タンパク質40g』と記載した。


 マジか、ついに来たか。

 ある程度覚悟はしていたものの、ありがたくない話である。


 診察室を出て、処方箋などの書類待ちをしていたが、ぼうっとしている間に済んだらしい。看護師が診察番号を呼び、書類を持って説明にやってくる。これで診察は完了したので、精算窓口で計算して支払いを済ませてからお帰りください、と。


 自分では冷静なつもりだったが、多少は動揺していたらしい。車に乗って走り出してから、診断としては今日の時点で栄養制限が必要と判断されたのに、具体的にどうすれば良いのか栄養士から説明と指導されるのは3ヶ月後の次回受診日である。それまでの3ヶ月間はどうしたら良いのか?


 せめて最後に看護師に聞いておくべきだったなぁ、と後悔をしつつ。帰宅途上にある地元図書館に寄り道をする。スピリチュアルな本を避け、なるべく科学的に正しい標準治療準拠のモノを選び出すと、残った選択肢は結構少ない。医学分類のほか、料理分類のほうでも同様に数冊を選び出す。暇つぶしの本と合わせて貸出処理を済ませ、帰宅する。


 色々と読んではみたものの、結局のところ腎臓学会のガイドラインの内容で良いらしい。当たり前か。


 電子カルテ記載で見たのは『タンパク質40g』だけで他の要素は不明だが、ガイドライン等によると塩分も3-6gの間に抑える必要があるらしい。カロリーもその人の1日分の消費エネルギーに過不足なく摂取する必要があるらしい。過剰に取って太るのは腎臓に悪いが、少なすぎても筋肉を分解してエネルギーに変換するため、食事で摂取したタンパク質が分解されるのと同じダメージがあるらしい。仕事はデスクワーク寄りなので、推定で2000kCal程度、やや太り気味なので若干少なめを目標にして、ゆっくりと時間を掛けて少しづつ痩せていくのが良さそうな感じ。


 分からないのは、どうやってそれを実現するか、である。

 借りた本の中では、『腎臓病食品交換表』が一番実践的なようだ。しかし、ページをめくりつつレシピや写真等を見ていると「こんな少ししか食えないのか」と悲しくなってしまう。私はもともと大食いな方で、かつてはCoCo壱番屋で1300gを15分59秒で完食した記録も持っている。年を取って若い頃ほど食べなくなったものの、腎臓病向け制限食は遥かに少なく、いかにも物足りなさそうな印象だ。


 交換表では、ある程度の食品の種類をまとめて、『単位』を基準として計算を簡略化しているようだ。付属の計算用紙などもあるが、これは表計算でも使わないと面倒でやってられない感じだ。逆にパソコン前提なら、中途半端に『単位』に丸めないでガチで計算してもさほど手間は変わらない気がする。


 地味にイヤなのは、栄養要素毎に必要単位を超えないように選択すると、なかなかカロリー目標に到達せずに下回りやすいことだ。交換表の方法論としては、足りない分のカロリーを計算して、純粋な糖質である飴を必要数だけ舐めれば良い、らしい。腎臓病専門食品として、甘さ控えめの粉飴などが販売されている。


 しかし、私は辛党である。

 食事を大幅に制限した上で、更に甘い物で調整しろというのは精神的にキツイ。腎臓に負担を掛けないような食生活が必要なのは理解したが、交換表の方法は受け入れられない。なんとか別の方法を考えないと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2026年1月3日 10:53

腎臓病患者の食卓 辺根除音 @Henne

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画