Genesis Xeno:創世の贖罪
黒瀬カケル
プロローグ:事象地平(イベント・ホライゾン)
「――フェイズ3、最終領域を突破。重力崩壊、止まりません!」
「システムを緊急停止しろ!」
技術主任ヴァン・クロムウェルの叫びは、異常を告げるアラート音に呑み込まれた。自身が人生のすべてを捧げて導き出した「正解」が、いま死を告げるノイズとなってモニターを埋め尽くしている。
「停止コード送信……拒絶されました。座標領域に、特異点の発生を確認!」
オペレーターの悲鳴が上がる。メインモニターに表示された重力場は、すでに磁気ケージを突き破り、空間そのものを削り取っていた。その時――
「か、観測対象が……消失しました」
「……馬鹿を言うな。ホーキング輻射の兆候はなかった。消失などありえない!」
ヴァンはコンソールを拳で叩きつけ、思わず立ち上がって叫ぶ。狂ったように点滅する警告灯が、コントロールルームを赤く染め上げる。
「ダメです!システムが何も受け付けません。我々には、もう制御が——」
直後、目の前の計器盤が火花を散らして爆ぜた。鼓膜を蹂躙する乾いた破裂音。床を伝って内臓を揺さぶるような衝撃が、彼の身体を激しく打ち据える。
「——っ、きゃあああ!!」
「ッ……状況報告! 一体、何が起きている!」
鼓膜を劈く轟音とともに、視界のすべてが暴力的なまでの白光に呑み込まれた。焼け焦げた電子機器が放つ異臭だけが、辛うじて現実を繋ぎ止めていた。
「く、空間が……」
目の前のモニターからは、局所的な空間曲率の歪みが収束するどころか、時空そのものが捻じ曲がるかのように増大し続けている様子が映っている。
「同一座標に、光の柱のようなものを肉眼で確認!」
「なんだ、あれは……」
先刻までマイクロブラックホールがあったはずの場所に、物理学が定義できない『巨大な何か』が存在している事に、背筋が凍りつく。それは技術主任としての理性を塗りつぶすような純然とした恐怖だった。
「……システムは?」
「全く入力を受け付けません。完全に、制御不能です……」
スピーカーから発せられる絶望に満ちた声が、ヴァンの耳に残響のように残る。瞬間、何かを思い出したかのように勢い良く立ち上がり、全館アナウンスマイクを引ったくるように手を伸ばした。
「——っ、全員聞け!緊急退避!とにかく逃げ――」
『Warning! 60 seconds remaining until massive energy reaction reaches facility. 59……58……』
計器類が悲鳴をあげて逆方向に振り切れる。光の柱からは膨大なエネルギーが逆流している。
視界の先、事象の地平(イベント・ホライゾン)が物理法則を塗りつぶしながら、急速にその領域を拡大させていく。
「……嘘だろ……次元の、壁が……」
空間が飴細工のように歪み、因果の果てが現実を侵食していく光景を、彼は呪縛されたように見つめていた。
逃げ道はない。特異点が臨界を迎えれば、この施設、あるいは地上そのものが因果の彼方へ消え去る。科学者として残された唯一の仕事は――
「エリア……すまない……」
ヴァンは一瞬の躊躇いの後、最終安全装置――施設の全質量を崩壊させて爆破消滅させる、自爆シークエンスを起動した。
『Warning: Facility Self-Destruction initiated. 30 seconds remaining』
静寂が訪れた。狂ったような警報音さえ、死の秒読みの前には遠い残響に過ぎない。ヴァンは、椅子に深く背を預けた。終わるのだ。自分の罪も、夢も、仲間も、すべて。
だが、その静寂を、歪んだ防護扉をこじ開ける金属音が切り裂いた。
「――ヴァン!!」
煤に汚れ、乱れた髪を振り乱して飛び込んできたのは、実験助手であり、そして恋人でもあるエリア・ハワードだった。ヴァンは、息が止まるほどの衝撃を受ける。彼女は避難シャトルに乗ったはずだった。
「エリア……!? なん、で……もう、ここは……!」
「……そんな事分かってるわよ!」
エリアは駆け寄り、震える手でヴァンの肩を掴んだ。タイマーの数字が、無情にゼロへと向かう。
ヴァンは、泣き出しそうな、けれど凛とした彼女の瞳を見つめ、悟ったように語りかけた。
「……ごめんな、エリア。君に、見せてやりたかった。俺たちが作ろうとした、本当の空を」
「いいの。最後に、ヴァンと、一緒に……」
二人は、どちらからともなく手を伸ばし、指先を絡めた。
衝突も、熱も、痛みも。何もかもを置き去りにして。
因果の特異点から溢れ出した純白の光は、
二人の世界を完全に消し去った。
『00:00:00』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます