第2話 ピエタのような女性<ひと>

 ドラッグストアでの「暴挙」と、未だに現実感のない「彼女との出会い」によるざわついた心は……


 岩手の涼しい夕方の空気にさらされることで少しずつ冷静さを取り戻していた。


 冷静さを取り戻すと……


 辺りはすっかりと薄暗く、目に入る山々が黒く迫るようで気味が悪い。しかも人通りの少ない田舎道に少しばかり緊張する。


 私は帰りが遅い時、いつもそうするように弟の「翔」にスマホで連絡を入れた。


「あ、翔?」


「なに?」


「今、帰りなんだけど?」


「またかよ?帰り遅くなるならバス使えよ?」


「しょうがないでしょ?自転車あるんだから」


「……ったく。今どこだよ?」


「橋の横のコンビニ。悪いね」


「悪いと思うんなら早く彼氏とかつくって送ってもらえよ?」


「ふん!なによ!そんな簡単に言わないで?」


 私は帰りが遅くなると、暗くなるのが早い秋から冬にかけては通学途中にあるコンビニまで弟に迎えに来てもらうのが日課になっていた。


 随分とわがままな姉だと思う。


 弟の翔にしても、文句を言いつつ毎回迎えに来てくれるのには少し理由があった。


 帰り道、何度か私は男子生徒に待ち伏せされたことがある。


 別に乱暴目的ではなく、「ただの告白」だったんだけど。


 こんな男子からの告白に私はかなり困っている。告白なんて学校ですればいいと思うのだが、私の場合は理由があって校外でされることが多かった。


 学校帰り、特にこの時期、暗くなって待ち伏せされるとさすがに怖い。


 だからその事実を知っている弟は、口では文句を言うものの心配していつも迎えに来てくれる。


 私はいつも通りコンビニで雑誌をパラパラとめくりながら翔が来るのを待っていた。


 もう家はすぐそこなんだけど、国道から入る路地が雑木林に沿っており、女性一人で歩ける道ではない。


 ほどなくして翔がコンビニの駐車場に走ってくる姿が目に入った。


 私はホットの缶コーヒーを2本手に取り、レジを済ませて外に出た。


「悪いね。いつも」


 そう言いながら私は持っていた缶コーヒーを弟の翔に渡した。


「え?ブラックじゃないの?」


「貰って文句言わない」


「なんだよ、迎えに来てるんだぞ?缶コーヒー一本なんて安すぎだよ」


 こんなくだりもいつもの風景だ。


 翔は私と一つ違いの高校一年。彼は部活に入っていないから夕方は家にいることが多い。それは小学生から続けている空手道場に通うことを優先してるからで、私が帰ると入れ違いに空手の道場に向かう。


 そういった意味で言うと、翔はボディーガードとしては非常に心強い。


「あれ?檸檬、なんかいいことあった?」


「え?私なんか変?」


 私は少しドキリとした。


「そんだけニヤけてれば誰でも気付くと思うけど?」


 そ、そんなニヤけてたの?わたし。


「ようやく好きな男できたとか?」


「残念ながらそれはちょっと違うかな」


 事実がするっと口から出てしまった。


 違う。男性ではないのだ。


「なんだ、そうなのか」


 翔は少しガッカリした様子を見せた。


 彼は憎まれ口を叩いても、私にはすごく優しくて、客観的に見てもかなりのシスコンだと思う。


 最近では、ちょっと寂しいのだがすっかり「姉離れ」して、おまけに好きな子もいる。


 うちは父親が単身赴任だから男手は彼一人。


 だから娘を心配する父親の役目まで弟の翔がやる羽目になっているところもある。


 そろそろ翔を私から解放してあげたい。


 彼にしてみたら姉の私より好きな娘に気持ちを割きたいだろうに、ホント申し訳ないとも思っている。


 確かに翔の言う通り、彼氏でもできれば一番いいのだけれど。


 私は、家に着くなり二階にある自分の部屋に駆け込んだ。


 机の上には一枚のフォトスタンドが置いてあり、そこには一枚の写真が入っている。


 その写真は、机に座る度に自然と眼が行く”一番目立つ場所”に置いてあった。


 だから私は、毎日、毎日、何度も無意識に、そしてかなり意識的にその写真の人に視線を向ける。


 その人とはある女性モデルだ。私は特定の芸能人を熱狂的に追いかけるようなキャラでは全くない。


 メディアに登場するアイドル、俳優、スポーツ選手など、これといって興味が湧くことはなかった。


 私はもともと他人に関心がないという性格かもしれないと思うことも多い。外面はそれほど悪くないから学校でよく会話する知り合いは多い。しかし心を許せる友達と呼べる人は極めて少ない。それも他人への興味がないからだと思う。


 だからわざわざ見も知らぬ芸能人をすすんで興味持つなんてあり得ないはずだった。


 そんな私がこの女性モデルの写真を毎日、毎日、一番目に入る場所に置いて、気付けばその女性の顔を凝視してしまっているのはなぜなのか?


 ある雑誌に掲載されていた一枚の写真。


 その写真に映り込んでいる女性をはじめて見たとき、私は言葉を失った。


「こんな美しい人がこの世にいるのか?」しばらく呆然として時を忘れた。


 その均整の取れた顔立ち、スタイルはとても生身の人間には思えなかった。


 天才的な芸術家が創った彫刻であれば納得ができたのかもしれない。


 その女性を見て、すぐにミケランジェロの”ピエタ像”を思い出した。


 この写真の女性は一体誰なのか?


 私はそれを最大の興味をもって知ろうとした。


 でもなぜか。なぜか分からないのだ。


 これだけ美しい、いや美しすぎる女性なのに。


 私はいくら調べても、ついにその女性の名前にすら辿り着くことが出来なかった。


 このネット社会でここまで情報を拾えないなんて、おかしすぎる。


 しかもこの女性が掲載されていた雑誌の”その号だけ”がバックナンバーでも入手できなくなっていたことも後から知った。


 もしかして”隠されている?”


 そんな想像すらしてしまった。


 ”謎の美女”


 陳腐な表現だが、そうとしか言いようがない。


 実在するのか?もしかしてCGで修正され尽くした完璧美人で、実は実在していないのか?


 私はついにそんな妄想めいたことまで真剣に信じてしまっている有様だった。


 私は唯一の情報源である雑誌のページをスキャナで取り込んだ。


 そして自宅のプリンターでは画質が悪いので写真屋でプリントまでしてもらった。


 その写真が机のフォトスタンドに入ってる写真だ。


 ──どう頑張っても情報を得ることができなかった謎の美女。


 その女性がなぜ……


 こんな田舎のドラッグストアのレジをしているの?

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