第10話

 あっという間にお昼の時間になってしまって、四十五分の休憩。


「お昼ご飯のあとに入りはけ含めて練習するから、椅子の隊形とか譜面台崩しておいて」


 入りはけは座る場所にスムーズに行くだけじゃなく、椅子同士の間隔や譜面台の高さを素早く合わせる必要がある。もちろん音楽室でも練習はしているけど、音楽室だと移動の経路がどうしても変わってしまうし、特に打楽器の搬入は音楽室のドアからとホールの裏からでは全然違う。コンクールの経験がない一年生も打楽器搬入は手伝う。当日に向けてホール練をする一番の理由だ、と二年生のときに先生が言っていたのをすごく納得した覚えがある。


 ホールでは飲食できないから、外に出てお弁当タイム。かんかんに太陽が照りつけていて、ずっと室内で練習している身としてはけっこうしんどい。


「あっついねぇ」


「ほんと、溶けそう。でも食べないと体力持たないしね」


 一緒に食べようと誘ったしぐれも同じようで、ぱたぱたと手で仰いだ。


「先輩、日陰どうぞ」


 先に食べていたお手伝いで来てくれている一年生たちが立ち上がってくれて、二人でいいよいいよと座るように促す。


「別の日陰探すよ~ありがとう」


「みんなも食べたら中に入って熱中症ならないようにね」


 私たちも三年生に気を遣いまくってたよね、なんて話しながら、狭いけど太陽を遮れそうな木陰に腰をおろした。


「ホール練やっぱ楽しいね」


「今年はホールがコンクール直前にとれたからいいけど、ホールのあとに学校で練習とかすると聴こえ方の落差すごいもんね。期間が空くとやっぱ忘れちゃう」


 去年なんかはホール練習がコンクールの二週間前とかだったなあと思い出す。


「でもホール練のあと音楽室で合奏したとき、ホールみたいに響きまくる感覚も好きだなあ。吹き終わったあと余韻でびいんってするじゃん」


 それもわかると同意してくれて、だよねと笑った。暑いからさっさと食べ終わって、ホールに戻る。


「あ、結愛、しぐれ。ちょうどよかった」


 反対側で食べていた舞衣ちゃんも戻ってきて、はい、と塩分のタブレットを渡された。


「先生から! もしどうしても暑かったら冷えピタもあるみたいだから先生に言ってね」


「ありがと~助かる」


「午後もがんばろ!」


 はーいという私たちの返事をしり目にすでにホールの中に消え去っていて、さすがだなと思いながらタブレットをほおばった。


「このあと休憩する?」


 しぐれに聞かれて、ううんと首を横に振る。


「さっきまでの確認とソロの練習する」


「少しでいいからGのところやらない? そのあとソロ付き合うから」


 午前中の合奏で結構な時間を割いた部分。断る理由もない。


「わかった。他の子たちも呼ぶ?」


「いや、一応休み時間だし、やるって言っても確認くらいにするよ」


 こういうメリハリのあるところが優しい。それぞれ歯磨きと音出しをしてから集まることになり、一旦別れた。




 舞台袖から入場してはけるまでを二回ほど練習して、合奏に戻る。


「それじゃあパートの中から一人ずつ審査員席がある辺りに行って、ホールでの演奏を聴いてみようか。スコア持ってってね」


 パートの中で話し合って、今年初めてコンクールに出る紗季ちゃんに聴いてもらうことにした。もちろん先生は聴いた人からの意見を聞きたいのだろうけれど、私やしずくがその役割を担えばいい。もう何回か聴く人を変えてやるはず。


「クラはホールだと響き辛いからその辺気にして聴いてみて。聴こえてほしいときに他の楽器に埋もれてたら教えてほしい」


「わかりました!」


 しぐれが的確な指示を出して、私もなにか言ってあげるべきだったのにそれに同意することしかできなかった。


 元気に客席に向かう紗季ちゃんを見送る。階段を一気に駆け上がる姿はさすが元運動部といったところだ。


 他のパートもだいたい同じようなことを考えているようで、二年生、一年生が中心。なんだか後輩に聴かれていると思うといつもと違う緊張感がある。去年の私は三年生が前にいたときに心臓バクバクだったけど。相手のことを気にして下手な演奏はできない、なんて思うのは先輩も後輩も変わらないんだな。


 審査員が座るのは真ん中より少し後ろのほう。全員が席に着いたのを確認して、先生がチューニングや練習をしていた私たちにやるよと呼びかけた。


 演奏を終えて、紗季ちゃんたちが戻ってくる。


「どうだった?」


「すごかったです! ホールだとやっぱり音がいつもよりきれいに聴こえました!」


 音楽室でもときどき何人か演奏せずに聴いてみるというのはやっているが、手を伸ばせば届くような距離で聴いていたので、どうしても近くにいる楽器ばかりが聴こえてしまう。


「クラの音聴こえてた?」


 素直に演奏を楽しんでくれたことはうれしいけど、そのために前に行ってもらったわけではない。


「他にもパート以外でも気になったことがあれば教えて」


 私に続いてしぐれもそう促すと、紗季ちゃんはうーんとうなった。


「楽器が多くて全体の音が大きいところは埋もれてたかもしれないですけど、でもメロディ吹いているときはちゃんと聞こえてましたよ。あんまり役に立てなくてすみません」


 その言葉に慌てて首を横に振る。


「大丈夫、ホールの音の聞こえ方をわかってもらうためだったから」


 パートでの確認を終えて全体に向けた意見だけ共有して、予想通り別の人がもう一度同じように聴きに行くことになった。


「結愛、聴きたい?」


 しぐれに聴いてもらおうとしていたのだけど、思わぬ問いかけに間抜けな声で聞き返してしまった。


「形だけなら私もソロ吹けるからさ。パートリーダーが聴いてきた方がいいよ」


 そう諭すように言われてしまうとこちらも言葉に甘えるしかない。


「ありがとう。しぐれのソロ楽しみにしてるね」


「うん、がんばる」


 いつもよりも十人くらい少ない合奏。三分の一が抜けているとやはり音も違う。特に低音域は元から人数が少ないのも相まって薄く感じる。本当なら同じだけ人が減っているんだから、バランスは崩れないでいるべきなのだろうけど。


 それでも紗季ちゃんの言う通りクラの音は目立ちすぎることも聴こえないこともない。全体をみても音がうまく溶け合っていて、音が一つになって聴こえてくる。


 明るい音楽から場面が変わって落ち着いたソロが受け渡されていく。私たちだけじゃなくいくつかの他のパートもソロ担当者以外の人が吹いているところがあって、すごく新鮮に聴こえる。しぐれのソロは私よりも少し力強くて、私がイメージしている家族を想う気持ちだけでなく、乗務員としての長い船旅への決意のようなものも感じた。


 そんな吹き方もあるんだなんて感心しても、もう一週間前だからまねるようなことはしない。今さら迷走するほど余裕もないし、私のソロだって最近はみんなに褒めてもらえるようになってきた。でも、いつか話していた「弱音を吐くくらいならソロをもらう」っていう言葉は本気だったことが、この音で伝わる。


「ソロ、どうだった?」


 簡単に演奏の感想を伝えてから、珍しく控えめな態度でソロの感想を求めてきたしぐれに、思わず笑顔になる。


「なんか勇気づけられちゃった。がんばるね」


 そう言うと、少し間が空いてからうなずいた。


「うん。信じてる」

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