第11話 味方

 玲佑との通話で完全に引退の意向を固めた舞香は、早速チャンミに大事な話があると伝え、数日後にはチャンミの自宅を訪れていた。


 1年前にチャンミが現金一括で購入した彼女の自宅は、リバービューの豪華なマンションだった。壁紙が黒で、カーテンはシルバー、家具はガラスや鏡を使ったものが多く、照明は紫の間接照明がメインというユニークな空間。


 ものすごくスタイリッシュだけど、同時にどこか心の闇を感じさせる、いかにもチャンミらしいインテリアだった。


 自分が今から話す内容によって、チャンミのメンタルに悪影響が出ることを心配しつつも、舞香は慎重に言葉を選びながらチャンミに引退の意向とその理由を話し始めた。


 舞香は包み隠すことなく、チャンミにすべてを正直に話した。


 練習生になる前に付き合っていた元カレがいること、アイドルになるために彼との交際を諦めて韓国に来たこと、それなのに今でもその元カレのことを想い続けていること、だから彼とよりを戻すために現在の契約期間が満了する来年1月末をもって芸能界から引退しようとしていること。


 思えば10年近い付き合いになるのに、舞香とチャンミは「お互いが練習生になる前」のことをほとんど話してこなかった。


 それはチャンミが「練習生になるまでの人生は決して楽しいものではなかった。できることなら丸ごと消したいくらい」と言って自分の過去を話したがらないから、舞香もチャンミに気を遣って「練習生になる前の時代」に関する話題をあまり出さなかったことが理由だった。


 そしてチャンミは積極的に相手のプライベートに踏み込んでくるようなタイプではなかったため、舞香が中学時代までの人生についてチャンミに詳しく話すのは意外にも初めてのことだった。


 舞香は自分が引退の意向を初めて話す相手はチャンミで、本当の理由を正直に話す相手もチャンミだけだということも伝え、それはチャンミが舞香にとって特別な存在だからという言葉も付け加えた。


 その言葉に嘘はなかったが、途中から舞香は自分自身の言葉がチャンミには「だからあなただけは私のことを許してね」というニュアンスに聞こえるかもしれないことに気づいていた。そして、もしかしたらそれが舞香自身の本音に近いかもしれないと感じていた。


 それに気づいてしまった舞香は、「やっぱり私ってずるいし、性格悪いな」と苦笑いをしていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 チャンミは舞香が引退の意向を伝えた瞬間は目を大きくして驚いていたものの、激しく取り乱すことなく、落ち着いた様子で舞香の話に耳を傾けてくれていた。


 静かに話を聞いてくれたチャンミから出てきた最初の言葉は、意外にも冷静な状況確認のための質問だった。


「『MYRM』を辞めて日本に戻ってきて欲しいって、元カレさんに言われてるの?」


 それは舞香が全く予想していなかった質問だったが、舞香はチャンミから何を言われても受け入れ、何を質問されても正直に答えると最初から決めていた。


「ううん、彼は私がよりを戻したいと思っていることもまだ知らない」

「それならまずはそれを伝えて、元カレさんの意向を聞いてみた方がいいんじゃないかな。辞めるかどうかを決めるのはそのあとでも良くない?」

「それはそうだけど…でも、もし彼に今すぐには受け入れてもらえなかったとしても、私諦めないから。どんな手を使ってでも彼にはもう一度私のことを好きになってもらって、何があってももう一度彼と付き合うの」

「…う、うん、いいと思う。でもそれと『MYRM』を辞めるのはまた別の話かもしれないよ?ほら、活動を続けながら元カレさんと付き合うという手もあるじゃん?私たちもう7年目だし、そもそもうちの会社は恋愛にそこまで厳しくないし」

「ううん、それじゃダメなの。私、自分の夢のために結果的に彼を捨てるような形で韓国に来てるから。『今度はあなたのためにすべてを諦めました』と言えるくらいの誠意を見せないと。あと、現実的に考えて彼は日本人で、韓国に縁もゆかりもないから韓国に来てもらうことはできないと思うんだよね。だから活動を続けながらだと、どうしても遠距離恋愛になっちゃう。私、自信ないんだよね、遠距離恋愛」

「そっか…」


 遠距離恋愛がいかに難しいかについては、チャンミもよく理解しているはず。実際にチャンミ本人が遠距離恋愛がうまくいかなかった経験者だから。


 しばらく考え込んでいたチャンミは、今度はまた違う角度からの質問を舞香にぶつけてきた。


「みんなには何て言うつもりなの?本当の理由を教えてくれるのは私だけなんだよね?」

「うん、チャンミだけだよ。みんなには…、そうだね…。『アイドルとして成し遂げられるものはもう全部成し遂げた』とか、『頂点にいる今、辞めるのが一番綺麗な形だと思ってる』とかかな…苦しいけどね」

「うん、それだとたぶん納得してもらえないと思う。『最初から7年間、自分のすべてを出し尽くして辞めるつもりで頑張ってきた。もう燃え尽きたからゆっくり休みたい』の方がまだいいんじゃない?」

「そうだね、確かにそっちの方がいいかも。でもそれだと『しばらく活動休止期間を設ける』という話にならないかな?…私、たぶん戻らないよ?」

「確かにね。そういう話になっちゃうかもね。それなら今の二つをうまく組み合わせてみたら?『最初から7年間のつもりだったし、もう燃え尽きた。アイドルとして成し遂げられるものはもう全部成し遂げたし、ちょうど契約も切れるから辞めるタイミングは今がベストだと思った』みたいな感じ?」

「うん、それいいかも!それでいこうかな。ありがとうね、やっぱりチャンミは頼りになる!」

「どういたしまして。どちらかと言うといつも頼りにしてるのは私の方なんだけどね…」

「…ごめんね」

「気にしないで。私はいつだって舞香の味方だし、舞香が決めたことならどんなことでも応援するから」

「…!ありがとう、チャンミ。本当にありがとう!」

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