拝啓、R55MINI Cooper Clubmanボンド・ストリート・パッケージ様

花恋亡

一筆申し上げます

 拝啓、親愛なるあなた様へ。


 ビルの隙間を吹き抜ける風の冷たさが、手をかじかませコートのポケットから手が出せない季節となりました。


 私は外の喫煙所では片手に煙草、片手にスマホの格好を取るのですが、数分で手が冷たくなり限界を感じます。そのあとは両の手はコートのポケットにインされ、口だけで煙草をパッパッとしております。

 行儀が悪いですね。

 見た目も悪いことかと存じます。


 あなた様におかれましては、こんな身をつんざく寒さの季節に如何お過ごしでしょうか。寒さに弱いことは存じております。心配です。


 あなたとの出会いは偶然でしたね。人によっては運命だという人もいるやもしれません。しかし私なぞの了見の狭い人間は、運命などと云うご都合主義で装飾された不確定な確率を引き当てただけのことを「運」を巡り合わせ「命」を天命として「人の意志を超えてその人の行為や存在を支配する力、またはその力によって起こる現象」とするのは些か大仰に思うのです。

ラテン語のfatum(神のお告げ)、ギリシャ語のmoira(各人の分け前)に由来する概念だそうですね。

ちょっと、何を言っておられるのか、言っている意味が分かりませんね。

 あなたも同じことかと存じ上げております。


 そんな偶然の出合いを思い出すと、懐かしさを感じますね。そう、あれは私の知人が勤めているお店でのことでした。他にも選択肢があった中、なぜあのお店にしたかは今では覚えてません。ただあの頃のあの時期に丁度、その知人と連絡を取ることが多かったからなのではないかと、そんな風に思います。

 知人にお願いをするに当たり、ある程度ビジョンを明確にしなくてはいけませんでした。アレも良いしコレも良い、なんかこんな感じの良い感じのヤツ、のようなふわふわっとしたものではいけませんでした。コレかコレ、コレのコレかコレのコレ、選択肢を限りなく絞ってかつ予算を明確に示さなければいけませんでした。

 ですから私は全然まとまらないビジョンながらも知人に伝えました。

 「ビートルかミニのクロスオーバーかな、フィアットも良いけどちょっと小さいしね」そうして予算を尋ねられました。

 「あー百八十くらいでおねしゃす。でもそこきてめっちゃ良いやつが後十万二十万出せばイケるってなったら二百くらいまでならなんとか」

 そんなことを言ったのを覚えてます。


 そこからは定期的に知人から写真が送られてくるようになりました。

 カラーが好みじゃないもの、走行距離がそこそこいっているもの、単純な予算オーバー、条件に合って入札しても最終的に予算オーバーになるもの。


 かなりの時間が経過しましたね。


 そんな時です、知人から送られてきた写真にあなたは居ました。私は始めピンときてはいませんでした。

 ただ条件は良かった。

 走行距離一万三千キロ、新車から三年目で売りに出されたワンオーナー品、外観はA判定でした。


 私は知人に尋ねました。

「なんで他よりちょっと安いの?」

 すると知人は説明してくれました。


 「これ内装がB判定でしょ、内装B判定ってそうそうないんだよね。しかもレザーだから簡単にリペア出来ないし、この内装B判定が相当足引っ張ってるんじゃないかな」

 こんな説明を受けた気がします。


 私はこれまで入札しては落札出来ず、入札しては落札出来ずを繰り返していました。ですからこの時の私の心境はと言いますと。

 「どうせ落札出来ないから何でも良いや」

 というものでした。

 この写真の車に限らず他の全てに対してこう思ってしまっておりました。そのくらい条件に対して予算が少なかったのです。


 ですから私は知人に伝えました。

 「どうせ落ちないから試しに入札してみてよ」


 後日、落札したとの連絡がありました。


 私は正直戸惑っていました。

 だって、私が本来欲しかったのはミニクロスオーバーです。

 ですが私が入札したのはミニクラブマン、そうあなたでした。

 知人の会社に二百二十万入金して私の手元に来たあなた。


MINI Cooper Clubmanボンド・ストリート・パッケージ様。


「何だ? ボンドストリートパッケージとは?」

正直にそう思いました。知人がホームページを読み上げてくれます。

「ボンドストリートとはMINIの生まれ故郷で、ロンドンの中心部のウエストミンスターにあるストリートの名前だって」

 ほう、つまり限定パッケージということでしょうか。その付加価値に私の当初の戸惑いも薄れていきました。


 こうして始まったあなたとの生活。


 私はそもそも外国産車を購入するに当たってこう言い聞かされていました。

 「なにかトラブルがあった時にポンと二十万三十万出せないなら外車は選ばない方が良いよ」

 この助言はその通りでして、当時のネットの口コミもそれなりにトラブル多しというものばかりでした。


 ですがどうでしょうか。

 なたとの生活は然たるトラブルもなく、あなたと一緒にいる私を見た人はみんな似合ってると口を揃えて言ってくれましたね。

 嬉しかったです。


 街乗りしかしない私ですから、走行距離も中々伸びませんでした。

 あなたとの生活は車検を三回取るまではとても穏やかなものでした。


 そうしてしばらくすると、あなたの走行距離を示すオドメータが五万キロを超えましたね。

 そうして、五万キロを超えて直ぐ、あなたに異変が訪れました。


 エンジンチェックランプ点灯。


 私は焦りました。

 急に動かなくなったりするのだろうかと。

 車屋さんでOBD診断にかけて頂いたところですと

「インテーク側のカムシャフトポジションセンサー」のエラーとのことでした。

 どうやら交換は簡単なようで、ネットで部品を取り寄せ教えてもらった通り交換しました。

 チェックランプは消えましたね。

 本当はエラーコードがコンピューターに残っているので機械で消去をしなくてはいけないそうなのですが、OBDツールの使用料はお店によって三千〜七千程掛かります。

 「まぁ車検の時にでも消去してもらえば良いか」と、私はまたあなたとの普段通りの生活を送りましたね。


 すると数ヶ月後、あなたはまた赤いランプで私に告げましたね。


 そう、エンジンチェックランプです。


 今度は違う車屋さんに行きました。

 「高温側のラムダセンサーのエラー」

 だそうですね。

 日本車でいうところのオーツーセンサーらしいですね。これも調べたら自分で変えようと思えば変えれそうでした。でもせっかく診断してもらったのだからとその車屋さんにお願いしました。七万円掛かりましたね。自分で調べてさえいなかったら、この値段にびっくりすることはなかったと思います。


 そうしてエンジンチェックランプが消えた翌日でしたね。


 エンジンチェックランプがつきましたね。


 もうさすがに何かの間違いだと思い件の車屋さんに駆け込みました。


 「タイミングチェーン」のエラーでしたね。


 MINIに一番多いトラブルの一つだそうですね。

 対策品も出てるそうで、なら始めからその対策品を純正装備すれば良いのにと思ってしまったのは、私の心が狭いからなのでしょう。


 エンジンにあるタイミングチェーンの張りを調節する為のボルト。つまるところテンショナーの交換。エンジンにアクセスする為に色々な部品を外さなくていけないからと、これもかなりの出費になりましたね。


 ですが私は一安心しました。


 MINI経験者が誰もが口を揃えていう「タイミングチェーンのトラブル」これが解決したのですもの。


 これで安心してあなたとの生活を送れます。


 そうして、三ヶ月後だったでしょうか。


 再び、再び、ふたたび、また点灯しましたね。

 エンジンチェックランプが。


 私はまた違う車屋さんにお願いしてOBDツールで診断してもらいました。

 「ABSセンサーエラー」だと思うとのことでした。私はネットで調べてABSセンサーを取り寄せました。前輪側と後輪側計四本。これを知人の整備士に取り付けて貰いましたね。慣れない外国産車に手間取られせてしまい四時間程かかりましたね。

 ですがこれでもう安心です。


 エンジンチェックランプ点灯という視界に入るだけでストレスを感じるランプが消えております。


 しかし私は心の内で思ってしまうようになりました。


 「これって、時限爆弾式なんじゃないのか?」


 時限爆弾式、この言葉はメジャーなのでしょうか。それは分かりかねますが、はじめはコンピューターウィルスが皮切りに使われ出した言葉と認知しております。ある一定の時間が経過すると作動するようになっているプログラム。


 コンピューターウィルスですと数日後。

 家電品ですと数何年後。

 車に置き換えるますと、何万キロ後。


 いいえ考え過ぎでございます。

 私の心が汚いだけでございます。

 きっとたまたまなのです。

 偶然なのです。

 カムシャフトポジションセンサー、ラムダセンサー、タイミングチェーンセンサー、ABSセンサーこれらのエラーが五万キロを越えた途端に矢継ぎ早に起きたことなど、偶然でございますよね。


 そんなあなたは車検の為に車屋さんへと行ってしまわれました。代車の軽自動車はあなたの二倍の燃料を叩き出しております。

 それでもあなたが恋しいです。

 そんな私に連絡がございました。

 「ファンベルトが摩耗してたから交換したんだけど、本来の厚みが出た分の摩擦力が増えてプーリーに元から付いているゴムに干渉してゴムが剥がれ落ちちゃうからプーリーの交換も必要」だと。

 一体、何を言っているのでしょうか。

 何語で話されていたのでしょう。

 ぷーり? まさちゅりょく? 


 きっとロシア語と中国語かと思います。

 お隣り同士の国ですからね。

 どちらかのハーフ、クオーターの方は自然に両言語混ざった会話をしてしまうあれと同じでしょうね。


 しかしながら、摩耗していた物を交換したのですから、本来の姿に戻ったということですよね。その本来の姿なのにも関わらず、剥がれ落ちる程にゴムに干渉するなんてことはあるのでしょうか。

 無知な私には分かりません。

 知り合いは「可変プーリーだったのが、元に戻らなくなって干渉したんじゃない?」と言っておりましたが、これも何語か良くわかりませんでした。


 そうして畳み掛けるかのように私に連絡がございました。


「エンジンチェックランプ点灯しててさ」


 どうやらラムダセンサー(オーツーセンサー)の低温側のエラーではなかろうか。とのことでした。


 あなたに再び会えるのいつになるのでしょうか。


 今はただ、あなたの健康と無事の帰還を願ってやみません。

 それと出来るだけ出費は最小限なことを願わずにはいられません。


 どうかご無事で。


 あなたをお慕い申し上げている人間がいることを、どうか、どうか、努々お忘れなきように。


                   かしこ。

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