カナリア怪異相談所 〜御気軽にご相談を!〜

@hlnatama

ハナウラさん

所謂地方の人間が抱く東京の印象とは、あくまで中心地の話だったのだな、と東京にあるにも関わらず閑古鳥の鳴く室内を見て軽くため息を着く。



東京の郊外の、更に路地裏に秘密基地のようにひっそりと佇むここカナリア怪異相談所は勤め始めてから2ヶ月経ったが、今のところ来客者は驚きの0人である。


2ヶ月間で僕がこれまでした仕事といえば室内の軽い清掃、そしてお茶汲み、それ以外は自由時間だ。それにも関わらず、給料は平均よりもいいと言うのだからなにかの詐欺では無いかと疑ってしまう。


だがしかしここは正真正銘怪異相談所である。今はそんな影もないが。


窓のサッシに軽く積もっていた埃をはらいながらまた軽くため息をつく。でもまあ仕方のない事であるかもしれない。

まず所謂心霊体験などそう滅多ににすることでは無い、そして例え心霊現象にあったとして普通最初に頼るのは神社や寺であるはずで、間違えてもこんな怪しい怪異相談所などには相談する訳がない。...考えれば考えるほど来客がないのは当たり前な気がしてきた。


いつの間にか同じ場所を磨きすぎて鏡のように光り始めた窓のサッシの中の歪んだ自分の顔と目が合う。うん、もう良いだろう


する事があまりにも無さすぎて掃除ばかりしているせいかこの相談所はいつもピカピカだ。おかげですることが何も無い。暇になった僕は椅子にぐでりと座って寝る体勢に入る。...窓から差し込む柔らかな光がなんとも眠気を誘う...これならすぐ寝れそうだ.....


「縁、おい縁、何仕事中に寝てるんだこの給料泥棒」


.....


「おい、無視するな。起きてるのは知ってるんだぞ。縁」


「うるさいですね、今寝るところだったんですよ」


「まあよくも雇用主の前で堂々と睡眠を自己申告できたな。とりあえず起きろ」


「どうせ仕事もないんだからいいじゃないですが。それともえいさん何か用事でも?」


せっかく人が気持ち良く寝ようとしていたところを起こしてきたダウナー系美女はえいさん。一応僕の雇用主だ。


「いや、別にない。ただ暇」


「影さんも暇なんじゃないですか、じゃあいいでしょ」


「良くない、暇だから縁なんとかしろ」


「横暴...」


わざわざ僕の背後に回り込んで体重をかけてくる。本当に横暴だし我が儘だなこの人。顔が好みじゃなければとっくにキレてた。影さんは美人に生まれたことをもっと感謝した方がいいと思う。


「えー...何かしろって言われても...何すればいいんですか...」


「それが分からないから何か、って言ったんの、頭使ってよ」


「.....もうめんどくさいから寝ていいですか?てか妄りさんももう寝ましょうよほら」


「なんか寝たくは無い」


こんなやり取りをしている内にも影さんはどんどん体重を上からかけてくる。体勢が悪いのか首が痛い...いやほんとに痛いなこれ



からんからん


馬鹿みたいなやり取りをしていると唐突にドアベルが鳴る...えドアベル鳴った!?今!?

2ヶ月間一度もならなかったドアベルが軽やかな音を立てて来客を知らせる。少し建付けの悪いドアがぎい、と音を立ててなって開き、どこか沈んだような声音の女性の声が響く


「あの、すみません...相談に、乗っていただけると伺ったのですが...」


思わず呆然と立ち尽くしていた僕の脇腹を影さんが強めに肘で押してくる


「ほら、縁くん、お客様だよ。お茶を入れてくれるかい?」


「...あ、はい!入れてきます!」


影さんがお客様をソファへ案内するのを横目に確認しつつお茶を入れる。入れるお茶は...3杯でいいはずだ。とにかく待たせる訳にはいかない


「すみません、お待たせしました」


「ん、大丈夫だよ。」


お客様と、影さんと自分の前、それぞれにお茶を置いて僕も妄りさんの隣に座る。


「彼女は林さん。1週間前に友人と共にハナウラさん、というおまじないを行ったところ友人が行方不明になってしまった。おまじないと関係があるかは分からないが不安になったので話を聞いて欲しい、との事だ。...ということで林さん。詳しく話を伺ってもいいだろうか?」



影さんが姿勢を正して林さんの方を向いたので、僕もならって林さんの方を向き彼女の言葉を待つ。

彼女はどうやら何か逡巡しているようで中々話し出さない。と、やっと小さな声でぽつりぽつりと話し始める


「...あの、お話頂いた通り1週間前に、友人と、ハナウラさんをやったんです。...あの、違うんですよ。私はやりたくないって言ったんです、でもあの子が強引に.....ああすみません。...それで、やったんですよ。」


「ハナウラさんは所謂コックリさんとかエンジェルさんと同じ感じのものです。ただコックリさんでは十円玉を用意するのと同じでハナウラさんも用意するものがあるんです。」


「なんでもいいので、花と水を張ったお皿を用意するんです。そして『』私は〇〇です、お花をあげるのでハナウラさんお喋りしましょう。』って言って持っている花に涙を一滴落として、用意した水面に花が裏側になるように浮かべるんです。...あ、別に多分沈んでもいいと思います。よく分かりませんけど」


「それで、えっとお花を浮かべたら聞きたいことをハナウラさんに全部聞くんです。そして聞き終わったら『ハナウラさん、今日はありがとう。たのしかったよ。』って言って終わるんです。そしたらその日の夜の夢でハナウラさんが質問に答えてくれるんだそうです。」


「私はその、噂好き、というか身を突っ込むタイプっていえば良いんでしょうか。そういうタイプの知り合いに強引に誘われてハナウラさんをしました。正直そんな気味の悪いおまじないなんてやりたく無かったので質問も1個だけしたんです」


「その日の夜私は夢を見ませんでした。だからやっぱり嘘じゃないかって思ったんです。...なのに次の日あった知り合いはハナウラさんが答えを教えてくれたなんていうんです」


「私は、その子が意地を張って嘘を言っているんだと思ったんです。でもその子、その日の大学の小テストでビックリするぐらいいい点数とって、...普段はそんな点数取れる子じゃないんですよ。なのにズルして!あの子だけいい点取って勝ち誇ったように見てきたんです。たかが小テストのくせに!...私もう悔しくなっちゃって、なんであの子だけ教えてくれたの?私にも教えてよって思っちゃって」


「そしたらその日の夜の夢でほんとにハナウラさんが質問の答えを教えてくれたんです!...え、姿?.....さあ、...よく、覚えてないですね.....ああ、それで教えてくれたんですよ、答えを。」


「それから2日後に急に一緒にハナウラさんをやった子が消えたんですよ。ほんとに唐突に。まあ普段から生活態度悪い子だったんで特に誰も心配してなかったんですよ。ただ私は思ったんですよ。もしかしてハナウラさんのせいじゃないかって。だってあんな都合のいい儀式みたいなものあると思います?絶対ないと思うんですよ。だから私絶対ハナウラさんがやったんだと思うんです」


「だから次は私の番なんですよ。私が連れ去られるんですよ。ハナウラさんに。...おかしくないですか!?私は強引に付き合わされたのに!可笑しい!攫われるならあの子だけでしょ!?私は何も悪くないのに!!」


「だから、ねえ、ああ、そうです。そうですね。話は終わりです。聞いてくれてありがとうございます」


最初のぽつぽつりと話す様子はどこへやら、最後はずっと捲し立てるように目を血走らせながら視線をぎょろぎょろと動かし叫ぶように話していた。だと言うのに顔は満面の笑みを浮かべている。明らかに正気ではない。



影さんはゆっくりと息を吐くと特に動揺した様子も見せずに表情の読めないアルカイックスマイルを浮かべて林さんを見つめる



「...こちらこそ、お話頂きありがとうございます。...そうですね、病は気から、とは良く言います。いつも通りの日常を心がけるのがいいかもしれません」


林さんはニコニコと笑ったまま大袈裟なほど首を上下にふって頷く


「そっか、そうなんですね、そうですか。うん。そうします。普段通りって大事ですよね!うん!大事!ありがとう、ありがとうございます!」



そしてら影さんの一言だけを聞いた後は、首をこくこくと揺らしながら頷いたまま出口へと向かう。ドアを閉めるその瞬間までニコニコと笑った顔だけが何故かずっとこちらに向けたまま。


からんからん


扉が閉まると同時に先程と同じように鳴るドアベルが場に充満していた異様な空気を霧散させる



肩に入っていた力がゆるゆると抜けて思わず椅子に深く沈み込む


「...はあ...怖かった...」


「すまないね、縁。まさかあそこまで強烈な一件が初仕事になるなんて」


「ほんとですよぉ...」


影さんが悪くないことなど分かっているが思わず恨みのこもった目線を影さんに向けてしまう。


「ほんと、あんな体があべこべな人が来るなんて聞いてませんよ」


「なんだって?」


珍しく本当に僕を憐れむように見ていた影さんの猫のような目がきゅっと見開かれる。あ、ほんとに猫ちゃんみたい。可愛い


「え、だからあべこべだったじゃないですか。林さん?でしたよね。あの人。入ってきた時から顔は上下逆さまについてるし腕も3本くらいあるし顔のパーツも福笑いみたいな感じになってますし、あと他にもなんか色々...とにかくあべこべって言葉でしか言い表せないような姿してたじゃないですか。僕最初、林さんが1人か分かんなくてお茶何杯出すか悩みましたよ」


「知らない」


「え?」


「だから、知らないんだって。私から見たら林さんは普通の可愛らしいお嬢さんだったんだよ。まあちょっとおかしくなっちゃってるのかなって感じはしたけど」


「ええ!?ほんとですか?最初っから体はあべこべでしたけど話してる途中からもっと不思議な形になり始めて最後の方なんて体と首は逆についてるしもうほんと凄かったんですよ!?あれ見えてなかったんですか? 」


「見えてない。普通にずっと人だった」


なんという事だ。どうやらあれは僕にしか見えていなかったらしい。あんなにばらばらになって不思議な形になっていたというのに。なんなら途中からどこかしらのパーツも増えていたというのに


「ええ、...なんで僕だけ見えてたんでしょうね」


「縁は私より目がいいから」


「そういうもんなんですか?」


「そういうもん」


そういうものらしい。こういう時の影さんに詳しい説明を求めても無駄だ。彼女はダウナー系の見た目にふさわしく面倒臭がり屋なのだ。


「えっと、じゃあ別のこと聞いていいですか?」


「なに?」


「ハナウラさんって結局なんなんですか?」


「知らない」


「え?」


「だから知らないって。」


「て、でもなんか影さんこういうのにやたら詳しいじゃないですか。それになんか分かってる感じでしたし」


「一応怪異相談所の所長なんだから詳しくなきゃダメでしょ。あとハナウラさんが何かは分からないけど何が起こったかは大体わかるから」


「え、そうなんですか?」


「説明いる?」


珍しい!影さんがやる気だ!


「ぜひ!お願いします!」


「まずハナウラさんだけど、あれはほんとによく分かんない。花占いが語源かもしれないし、ハナウラさんって人が作ったからハナウラさんかもしれないしそこは分かんない。それに問題はそこじゃない。」


「そうなんですか?」


「うん、名前なんてどうでもいい。問題は中身。あれはおまじないなんて言う可愛らしいものじゃなくて完全に儀式だし。」


「儀式?」


「そう。特に花に涙を1滴落として、水面に裏側で浮かべるってやつ。まず花に涙を落とすって行為。あれはそこまで効果はないと思うけど見立てに近い。」


「見立て?」


「そう、有名どころで言ったら藁人形だね。花に自分の体液を染み込ませるてるでしょ?でも多分そこまで問題じゃなかった。この時点ではね。それより問題なのは裏側で花を浮かべたことと水に浮かべたこと。...さて、なんでだと思う?」


「...えーと...裏側っていうのは...そもそもあんまり良い意味じゃないですよね?ほら裏拍手とかダメって言うじゃないですか。そういう感じ?かなって?...それで水は...」


水は...なんだろう。水といえば古来から呪術で使われたりもしたけど...うーん...水...水鏡?


「水は、水鏡ですか?鏡。鏡写し」


「うん、正解。花丸をあげよう。裏を向けるっていう行為に重ねて鏡写し。鏡が全て悪いとは言わないけどこの場合はまあ悪かったんだろうね。ハナウラさんに捧げた『供物』とも言える裏返しの花を更に裏にする。裏の裏は表になるけど、この場合はそれが適用されなかったらしい。まあマイナス×マイナスじゃなくてマイナス+マイナスが起こったって考えればいいのかな?」


「そんな曖昧なものなんですか?儀式の効果ってめっちゃ危ないじゃないですか。」


「本来はそんなことないよ。由緒正しき儀式には正しき手順があって効果も安定されたものだ。素人が作った儀式の怖いとこがそこなんだよね」


「と言うと?」


「素人が作ったとて本来効果はあんまり無いんだけどそこは数の暴力っていうか、...ほら、林さんも言ってたでしょ?『噂好きの友人に誘われた』って。この言葉から推測するにハナウラさんはある程度流行っていたんだろうね。それも口伝で。」


「それって、不味くないですか?」


「不味いから林さんがああなったんだよ。君曰くあべこべにな。効果はあんまりないけど人数でゴリ押し、しかも口伝だから内容もブレブレ。現に林さんも『よく分からないけれど花は沈んでていても浮かんでていてもいい』なんてルールを自分で勝手に付け足していただろう?

これだから嫌なんだ素人が勝手に作った儀式は。」


影さんが心底嫌そうに呟く。本当に嫌なんだろう。顔がなんか、こう、凄いことになっている。

あれ、でも待てよ



「でもそれじゃあおかしくないですか?」


「ん?」


「素人が作ったものは、数の暴力があるとはいえあくまで素人のものじゃないですか?でもじゃあなんで林さんはあんな姿に?ハナウラさんってあんなに力持ってる儀式なんですか?」


「ああ、それね。多分林さんだけだと思う」


「林さんだけ?」


「そう、まず彼女の性格だけど思い込みが強くて被害者意識が強い。他責思考でメンタルも強くないんだろう。だから余計なことを考えてしまった」


...なかなかの言われようだが反論の仕様がないしする必要も無いのでスルーしていいだろう。それより


「余計なことって?」


「林さんの友人が、ハナウラさんによって連れ去られた、という思い込みだ。」


「さっき花が見立てに近い役割をしていると言っただろう?そして、問題がないとも。だが、それはあくまであの時点では、ともな。」


「花は答えてくれるハナウラさんへの『供物』だ。言わば取引の報酬みたいなものだな。そしてそれは本来その捧げた花だけで終わるはずだった。...林さんが儀式を行った人物を『供物』と認識するまでは」


「え?」


「そうだろう?儀式の代償で連れ去られた友人、それはすなわち儀式の代償であり『供物』だ。そして、捧げる花に涙を落とす、つまり体液を落とすという行為によって花を自分と見立てるという儀式が成立した。この2つが上手い具合に噛み合って『供物が儀式を行った人物』という方程式を作ってしまった」


「え、で、でもそれこそおかしくないですか?たかが素人ひとりの考えですよ?それだけでそんな方程式が成立したりします?」


「だから林さんだけだと言ったんだ。林さんは霊媒体質だ。」


「え!?そ、そんなこと言ってました?」


「いや、言ってない。ただ見たらわかるだけだ」


「そ、そうなんですね」


「だから林さんだけが『供物』として成り立ってしまった。もし林さんが冷媒体質でなく、もしくはもっとメンタルが強く、被害妄想もなく思い込みもしなければ連れ去られることも無かっただろうな。」


「あ、やっぱり連れ去られるんですね...これから」


「林さんの友人が『供物』となったのかは正直分からないが、林さんはもう確実に手遅れだろうな。現にあべこべになってしまっていたし」


「あれ、なんであんな姿になっていたんですかね」


「素人の儀式だからな、色んなものがぐちゃぐちゃに組み合わさってるんだろ。恐らくだが『供物』となった林さんが、同時に水面に浮かべた花と見立てられて鏡に映ることで、色んなパーツが鏡写しになったりしてあべこべになったりしてるんだろう。」


「ああ、そういう...」


妄りさんは一通り話し終えたのか、ふう、と一息つくと先程僕が入れた紅茶をこくりと一口飲んで椅子にもたれかかりリラックスした体勢を取り始める。


それを見た僕も同じく前のめりになっていた姿勢をゆっくりと解いて背もたれによしかかる。と、妄りさんの猫のような瞳がこちらを映す。


「それにしても、縁。君思ったより冷静だね。私はてっきり何とか助けられないのか、って言われるかと思ったよ」


「そんなこと言いませんよ。助からないことくらい分かりますし...それより僕は林さんがあんなにあっさり帰ったことの方が不思議でした」


「ああ、あれはまあ。そういうものというか...恐らく相談した、という事実だけが欲しかったんだろうね」


「そういうものなんですね...」


なんだか今日は新たな発見ばかりだ。2ヶ月も、ここで仕事をしていたに関わらず、僕は実の所こういった知識はほぼ無いと言ってもいい。今までずっとそういうものなのかという安楽思考で生きてきたので。


「...というか、縁。今助けられないことくらいわかる、って言った?なんで?」


「?だってああ言うの見るの初めてじゃないですし。ああいうのは助かりませんから」


「...初めてじゃない?」


「そうですよ。街の中とか歩いててもたまーにいますから。ああいうの。あそこまでなったらもう経験上助からないのは知ってるんで。」


「なに、つまり君はこの事務所以外でもああいうのが見えてるの?」


影さんは今までにないほどの真剣な顔でこちらを見つめてくる。え、どうしたんだろう


「はい、ずっと見えてましたよ。多分生まれた時から」


「.....はあ」


何故か物凄く深いため息を疲れたあと頭をぐりぐりと拳骨で押される、あ、痛い。ほんとに痛い


「な、なんなんですか!?」


「いい?縁。今までのこういう体験全部話せ。説明。ちゃんとひとつも漏らさずな?」


「いやでも多分忘れたのもあって...」


「脳みそ絞ってでも思い出す!ほら!ちゃんとお話しなさい!」


「あ、ちょっと待ってほんとに痛いです!押さないでいたい!やめてください!」



これが、僕が影さんの元で初めて経験した怪異事件の全貌だ。そして、ここからは僕と影さんが出会っていく事件の備忘録である




『カナリア怪異相談所

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