金曜日の夜

いふる〜と

第1話

タイトル:金曜日の夜


「おい、これ6時までって俺言ったよなぁ?」


「す、すいません…でも課長、30分じゃさすがに…」


「あぁ?口答えすんのか?俺の一言で、お前は永遠に地下倉庫の整理になるぞ?」


夜6時過ぎ、暗闇を残業のネオンが照らす東京。

とあるオフィスビルにて、男―――和樹は詰められていた。


トボトボとした足取りで、自分の席に戻り、終わったはずの仕事に舞い戻る。


毎日、毎日。

パソコンとにらめっこして、電子の光を浴びて、怒号を受けて。


社会に出て自分が何をしたかったのかなんて、まるでわからない。


(コレ終わったら、帰ろ…)


エナジードリンクで震える手元と、涙も浮かばない乾いた瞳。


生きているだけの屍は、今日が何曜日かもわからず手だけを動かした。


◆◇◆◇◆◇


「言っとくけど、アンタ今日の夜ご飯抜きだから。」


「っえ…?」


「テスト。94点だったでしょ?100点取れない子とか、うちにはいらないし。」


嫌になるほど明るいリビングを、中学3年生の女の子―――愛花は追い出された。


自分の部屋に戻り、ベッドに座り込み、うずくまる。


(お腹、空いたなぁ…)


ギュルギュルとなるお腹を抑えても、何も変わらない。


勉強した。

参考書が破れるほど見返して、友達の遊びは全て断って、趣味だって無視して。


それで、94点。

自分がどれだけ努力しても百点に届かない悔しさと、それを否定する親への怒りが募る。


でも、拳を握る勇気は、なかった。


やるせなさを抱えたまま、瞳を瞑った。


◆◇◆◇◆◇


「うわぁぁ!?ママー!!」


「あらどうしたのそうちゃん、こんな夜中に?」


「虫が、虫がぁぁ…!!」


まだ幼稚園に通い始めたばかりの息子を抱え、下を見る。そこには、手のひらに乗るくらいの蜘蛛がいた。


女―――詩音も、虫は苦手だ。触るどころか、見たくもない。


だけど、無視するわけにもいかない。私は、母親なんだ。


「っ…ほら、お外に行きなさい。」


震える手元に蜘蛛を乗せ、嫌悪感を抱いて窓の外に放り出す。


泣きそうになっていると、そうちゃんはまた叫んだ。


「次はどうしたの?」


「わかんない…」


「そっか、わかんないかぁ…」


よくわからないまま、泣き叫ぶそうちゃんを抱えて背中をさする。


…あぁ、私も、泣きたい。


ふと、そんなことを思ってしまった。


いつからだろうか?

夫の浮気が発覚して、簡単に離婚されたときから?

それとも、血も繋がってないそうちゃんを育てると決めたときから?


…わからない。


「そうちゃん…少し、お水飲もっか。」


愛しい重みが少しだけ、辛く感じた。


◆◇◆◇◆◇


ネオンが轟く深夜東京。

騒がしさと酒に飲まれた街中を、和樹は歩く。


終電は、とっくにない。

帰る手段もなく、寒い夜中を徘徊していた。


スマホを手に取り、時刻を確認して、ため息をつく。


そのとき、気付いた。


「今日、金曜日かぁ…」


明日は、休み。

それに気づくと、ほんの少しだけ、心が軽くなる。


向かいのコンビニに寄り、2缶のビールと高いジャーキーを買う。


ライトに照らされた公園のベンチに座り込んだ。


「っはは、辛えわ。」


乾いた笑いと共に、ビールを流し込む。ジャーキーをよく噛んで、空を見上げた。


気持ちの良いくらい、星が見えない。雲だらけだ。


相変わらず寒いし、一人だし、家には帰れない。


だけど…


「来週も、頑張るかぁ…」


明日は、休み。

そして、人生は終わらない。


金曜日の夜。

このときだけは、少しだけ身体が軽い。


アルコールに身を任せ、軽く笑いながら辛いなぁとかみしめた。


「あっ、今日、金曜日…」


愛花は、目を覚ましてスマホを見て、明日が休みなことに気づく。


ギュルギュル。


お腹が減った。

時刻は深夜3時。

親は寝静まり、愛花はこっそりリビングに行く。


冷蔵庫を開け、ブラックチョコレートを頬張る。


(…あぁ、美味しいなぁ。)


甘いけど、苦い。

でも、本来なら食べれなかったはずのものだ。


母親は狂ってるし、私は勉強できないし、お腹はまだ減ってる。


「っはは、もう一個、食べちゃお…」


金曜日の夜。

この時間だけは、自分を少しだけ、許せるような気がした。


「………」


そうちゃんは寝静まり、家の中は静かになる。スマホにイヤホンをつけて、音楽を聴いていた。


…久し振りだ。


この曲が、好きだった。

このアーティストが、好きだった。


でも、忘れてた。

忘れるくらい、聞けないくらい、忙しかった。


「…良い曲だな、本当に…」


今日は、金曜日。

明日は仕事がない。

そうちゃんは、相変わらずまだ子供だけど…


それでも、少し嬉しい。

この曲を聴けるのは、金曜日の夜だけだ。


…明日も、頑張ろう。

不思議と、そう思えた。


「あぁ、しんど。」

「あんのクソ野郎…」

「あたし、バカだなぁ…」


みんな、何か辛い。

でも、金曜日の夜だけは、少し嬉しくなるんだ。


もう少し、頑張ってみよう。

そして、夜はまた更けていく。

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