声がしただけの話

ちく

第001話 下駄箱の一足

朝の昇降口は、いつも通り少し騒がしい。

俺は下駄箱の前で立ち止まり、自分の番号をもう一度確認する。


……ある。

左右とも、ちゃんとある。


なのに、違和感が消えない。


「どうした?」

後ろから声をかけてきたのは、クラスメイトの佐藤だ。


「いや、なんでもない」


そう答えつつ、俺は下駄箱の中をもう一度見る。

靴は二足。問題ない。

それでも、朝から引っかかる。


教室に向かう途中も、頭の片隅でその感覚が残り続ける。

納得できないことを放置できない性分は、こういうときに厄介だ。


一時間目が始まる直前、俺は教室を出て昇降口に戻る。

周囲に人はいない。


下駄箱を開け、靴を取り出す。

左右を並べて、ようやく気づいた。


「ああ、そういうことか」


左の靴のかかとだけ、ほんの少しすり減り方が違う。

昨日より新しい。

つまり――これは俺の靴じゃない。


「誰か、間違えたな」


同じメーカー、同じサイズ。

ぱっと見では区別がつかない。

でも毎日履いていれば、癖は分かる。


昼休み、昇降口を通る一年生を観察する。

すると、一人だけ歩き方が妙にぎこちない男子がいる。


「もしかして、その靴……」


声をかけると、彼は目を丸くした。


「え? あ、あれ? 俺の靴、左右で減り方違うはずなのに」


事情を話すと、彼は顔を赤くして頭を下げた。


「すみません! 朝、急いでて……」


靴を交換し、問題は解決。

俺は自分の靴を履き直す。


足元が、しっくりくる。


放課後、佐藤が言った。


「よく気づいたな。俺ならそのまま一日過ごしてたぞ」


「たぶん、気のせいで済ませたら気持ち悪かった」


俺は笑って答える。

小さな違和感でも、正体が分かれば案外すっきりする。


明日も、たぶんこんな調子だ。

それでいい。

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2026年1月2日 18:00
2026年1月3日 18:00

声がしただけの話 ちく @chiku4237

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