影の王座に座る兄妹
月夜 イクト
第1話 光の玉座
朝の鐘が、王城に響き渡る。
高く澄んだ音は、城下の家々を越え、眠る民を優しく起こしていった。
この国では、鐘の音が鳴る朝は平和の証とされている。
玉座の間には、すでに光が満ちていた。
「……少し、眩しいね」
王女が、目を細めて言った。
年の頃は、十にも満たない。
だが、その声音には不思議な落ち着きがある。
「慣れろ」
隣に立つ王子が、短く答える。
こちらも同じ年頃だが、背筋はまっすぐで、視線は玉座の先――集まった臣下たちへと向いていた。
二人は、並んで玉座に座る。
それだけで、ざわめきが収まった。
「本日の政務を始めます」
王子の声は、よく通った。
年齢にそぐわぬ落ち着きに、臣下たちは一様に頭を垂れる。
この若き兄妹が即位してから、国は目に見えて安定していた。
「まず、北部の農村からの報告です」
宰相が一歩前に出る。
「今年の収穫量が予測を下回る恐れがあります」
王女は、静かに頷いた。
「原因は?」
「春先の冷え込みと、水路の老朽化かと」
王子は、少しだけ考える素振りを見せる。
「予算は?」
「補修に回せる余裕は、最小限です」
玉座の間に、沈黙が落ちた。
その沈黙を破ったのは、王女だった。
「北部は、去年も不作でしたね」
「……はい」
「では、今年失えば、来年は持ちません」
王女は、視線を上げる。
「他の地域の余剰は?」
宰相が、わずかに目を見開いた。
「東部に、多少……」
「では、東部から人と資材を回しましょう」
即断だった。
「税の減免も、今年に限り認めます」
臣下たちが、ざわめく。
「よろしいのですか?」
王子が、妹を見る。
王女は、迷いなく頷いた。
「民がいなければ、国は成り立たないもの」
その言葉に、宰相は深く頭を下げた。
「……御意」
こうした判断の積み重ねが、
彼らを“理想の王族”たらしめていた。
政務が終わると、玉座の間は一気に静かになる。
「疲れた」
王女が、背もたれにもたれかかった。
「まだ午前中だ」
「だからこそ」
王子は、ほんの少しだけ口元を緩める。
そこへ、一人のメイドが近づいてきた。
「お二人とも、お疲れさまでした」
彼女の所作は、完璧だった。
だが、その声はどこか柔らかい。
「午後は、民との謁見があります」
「分かってる」
王子が頷く。
王女は、ちらりとメイドを見る。
「……昨日の件は?」
「問題ありません。すべて、穏便に」
その会話の意味を、他の者が知ることはない。
城下の謁見室。
民たちは、若き王族を前に、緊張しながらも期待に満ちた目を向けていた。
「王さま、ありがとうございます!」
「おかげで、家族が救われました!」
感謝の言葉が、次々に投げかけられる。
王女は微笑み、王子は真摯に頷いた。
その姿に、誰も疑問を抱かない。
彼らこそが、この国を導く存在だと。
夕刻。
王城の高い窓から、夕日が差し込む。
「今日も、何も起きなかったね」
王女が言う。
「それが一番だ」
王子は、そう答えた。
――その言葉が、
どれほどの意味を持つのかを、
この時、二人はまだ知らなかった。
光に包まれた玉座は、
今日も変わらず、平和の象徴としてそこにあった。
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