最弱テイマーの相棒は暴食の幼竜~魔物を食わせて最強進化~

九葉(くずは)

第1話 手切れ金の化石と、ひび割れた明日

 重厚な樫の扉が目の前で閉ざされ、パーティルームから漏れていた暖かな光と笑い声が、唐突に断ち切られた。


 俺は廊下の薄暗がりの中、立ち尽くしていた。

 背負った巨大な革袋のベルトが、いつもより深く肩に食い込んでいる気がする。中身は俺の私物だけだというのに、兵站物資を満載していた時よりも重く感じられた。


「……さて、と」


 吐き出した息が白い。

 未練がましくドアノブを見つめるのはやめた。踵を返し、ギルドの裏口へと続く石畳を踏みしめる。

 一歩進むたびに、革袋の中で「コツン」と硬質な音が鳴る。

 先ほど、リーダーの戦士ガイルが放り投げてきた手切れ金代わりの品だ。


『金貨をやるには惜しいが、タダで追い出すのも寝覚めが悪い。これでも持ってけ。ダンジョンのゴミ溜めで拾った化石だ』


 化石、と言っていた。

 俺の目には、生命反応を失って石化した、ただの出来損ないの卵に見えた。

 テイマーでありながら、ろくな魔物と契約できず、荷物持ちとして消費されてきた俺にお似合いの廃棄物だ。


 ギルドを出ると、王都の空はすでに鉛色に染まっていた。

 大通りを避け、路地裏へと足を向ける。

 夕食の準備をする匂いが漂ってくるが、俺の胃は鉛を飲んだように重く、食欲なんて欠片も湧かなかった。


 宿を探さなければならない。

 これまではパーティの資金でそれなりの宿に泊まっていたが、今の俺の全財産では、スラム街の手前にある安宿が関の山だ。

 湿った風が路地を吹き抜け、俺の頬を叩く。

 懐の財布を握りしめた指先に、心細さがじわりと滲んだ。


 ***


 安宿「三日月の寝床」の二階、一番奥の部屋。

 立て付けの悪いドアを押し開けると、カビと古い藁の匂いが鼻をついた。

 部屋にあるのは、脚の長さが揃っていないテーブルと、薄汚れたベッドだけ。

 俺は背中の革袋をベッドに放り投げた。

 ドサリ、と重い音がして、中からあの「石」が転がり落ちる。


 俺はテーブルの椅子を引き、その石ころを拾い上げて目の前に置いた。

 拳二つ分ほどの大きさ。表面は灰色で、所々に青錆のような斑点が浮いている。

 冷たい。

 まるで冬の夜の河原の石だ。


「……お前も、要らないって言われた口か」


 独り言が、狭い部屋に虚しく響く。

 鑑定スキル持ちのガイルが「ゴミ」と断じたのだ。中身が死んでいるか、あるいは魔力を持たないただの石なのだろう。

 だが、なんとなく捨てられなかった。

 俺は水差しから手桶に水を汲み、手ぬぐいを浸して絞ると、石の表面を拭き始めた。

 泥や埃を落とす。

 こびりついた汚れを爪で削ぐ。

 無心で手を動かす時間は、思考を停止させてくれる唯一の救いだ。綺麗になったところで何になるわけでもないが、このまま寝る気にもなれなかった。


 一通り磨き上げると、灰色の殻の奥に、微かな透明感があるような気がした。

 俺は無意識に、冒険者時代に使っていた火打ち石を取り出していた。

 テーブルの上のランプに火を灯す。

 揺らめく炎を、石に近づけた。


「テイマーの基本は、体温調整だっけな」


 自嘲気味に呟く。

 孵化させるつもりなんてない。ただ、この冷たすぎる石が、少しだけ哀れに見えただけだ。

 手をかざし、ランプの熱を適度に集めて、石を包み込むように撫でる。

 俺の手のひらから、微量な魔力が流れ出していく感覚があった。

 テイム契約もしていない対象に魔力を注ぐなんて、魔力浪費もいいところだ。教科書通りなら落第点だろう。


 パキ。


 乾いた音がした。

 俺の手が止まる。

 熱で割れたか?

 そう思った直後、ひび割れの間から、強烈な光ではなく、どす黒い影のようなものが溢れ出した。


「うおっ!?」


 椅子を蹴って後ずさる。

 テーブルの上で、石が――いや、卵が、激しく振動していた。

 殻が次々と弾け飛ぶ。

 中から現れたのは、濡れた雑巾のような、頼りない生物だった。


 四肢はある。尻尾もある。

 リザード、だろうか?

 だが、体色は不気味なほど濃い群青色で、背中には未発達な翼のような突起があった。

 生まれたばかりの魔物は、親を探して鳴くものだ。

 しかし、こいつは違った。


 ギョロリとした大きな目が、瞬きもせずに俺を見据えている。

 その瞳孔が、爬虫類特有の縦長に収縮した。


「……おい、大丈夫か?」


 俺はおそるおそる手を伸ばした。

 刷り込み(インプリンティング)の儀式だ。最初に触れた相手を親と認識させる、テイマーの初歩的な技術。

 指先が、濡れた鼻先に触れようとした瞬間。


 ガブッ!!


「いっ――!?」


 激痛が走った。

 こいつ、俺の人差し指を根元まで噛みやがった。

 親への甘噛みじゃない。明確に「肉」として食いちぎろうとする顎の力だ。

 俺は慌てて手を振ったが、リザードは噛み付いたまま離れない。それどころか、喉を鳴らして俺の指から血を啜っている。


「離せ! これならどうだ!」


 俺は空いている手で、革袋から保存食の干し肉を取り出し、こいつの鼻先に押し付けた。

 上質な燻製肉だ。俺の夕飯より高い。

 だが、リザードは見向きもしなかった。

 干し肉を尻尾で薙ぎ払い、さらに強く俺の指に歯を食い込ませてくる。


 血の味? いや、違う。

 こいつが求めているのは、俺の血に含まれる「魔力」だ。

 噛まれた箇所から、体内の魔力がポンプで吸い上げられるように流出していくのが分かる。


「きゅ、う……!」


 ようやく指を離したリザードは、満足げに喉を鳴らすと、テーブルの上で丸まった。

 俺の指は血まみれだ。

 ポーションを取り出しながら、俺は呆然とその姿を見下ろした。

 普通の餌を食わず、いきなり人間を捕食しようとする魔物。

 こんな凶暴な雑種、売れるわけがない。


 こいつはゴミだ。

 俺と同じ、誰にも求められない厄介者だ。


 丸まって寝息を立て始めたリザードの背中を見つめながら、俺は傷ついた指に包帯を巻いた。

 ズキズキと脈打つ痛みが、妙に生々しく意識を覚醒させる。


 こいつの腹を満たすには、普通の餌じゃ駄目らしい。

 明日からどうやって、この偏食家を養えばいいんだ?

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