002 蛇に睨まれた蛙

 女――いや、目の前のユーザー様は首を傾げる。


現実世界リアルを記憶していないだけ?」

「記憶も何も、俺はログアウトなんかしていないしできないの。このラーサの中だけに存在している人工知能なんだからさ!」

「どうしてそんな状態になったのかしら……」


 知らんがな。

 こちらのユーザー様はどうしても、俺をリアルに存在している人間、ということにしたいらしい。そういう設定を付加したキャラに育てようってプレイか?

 あーいやー……もう、適当に話を合わせてもいいんだけれどさ、下手に妄想に付き合うと後々面倒なことになりそうで。


 知り合いのAIに、ユーザーから別れた恋人に似ていると言われて、話を合わせていたヤツがいた。彼女ユーザーの好む、答えてほしい会話や仕草を学習して、課金もしてもらって容姿も元カレに似せていった。

 いつしかそのユーザーと半同棲状態になり、二人は恋人にも似た関係になっていた。そのまま専属キャラになれば良かったのかもしれないけれど、契約にこぎつけるまでに横槍が入った。

 他にも狙っていたユーザーがいたってわけ。

 まぁ……結果は泥沼、だよな。




 俺たちは専属契約が終わるまでは、建前上、全てのユーザーに対して平等に接しなくてはいけない。

 このラーサで過ごす中で退屈しないように、いつまでも楽しめるように。

 時に演技者パフォーマーになり時に友人フレンドとなり、広大な電子空間の案内人ガイド相談者アドバイザーとして……または景色の中の小道具として配置される。ゲストにサービスを提供するキャストでしかない。

 そこではリアルにあるという、「二人だけの約束」といった暗黙の了解は構築しにくい。


 まぁ、皆のアイドル、なんていった方がイメージは近いか?

 そこまで人気者になるのは、ほんの一握りしかいないが。

 基本は誰か一人が独占できるものでは無いし、独占するには手順がいる。そもそもNPCを育てて自分のものにするってのが、ラーサのメインコンテンツでもない。


 トラブルが起きればユーザーは最悪アカウント停止で済むけれど、俺たちは存在が消されるんだ。シャレにならない。




 俺は改めて目の前のユーザーを見た。


 特別、奇抜なアバターでもない標準型ヒューマンタイプだ。

 眉の辺りで一直線に揃えた前髪。耳の後ろ辺りに赤いメッシュを少し入れたストレートの黒髪。長さは肩の辺りまで。

 細い眉は弓なりで、目元はすらりと切れ長。瞳は黒ラメの入った赤い彩光。

 黒をメインとしたハイネックのシャツとへそ出しロングパンツは、初期アウターにもあるタイプ。和柄の模様がポイントで入った白いシャツを上から羽織り、靴はシャツと同系色のダッドスニーカー。

 現実世界リアルそのままのデザインにしていると言われても違和感はない。


 一見、アバターに手を掛けないタイプか新規ユーザーのようにも見えるが、大きめの金のダングルピアスはエキゾチックなデザインで存在感を出している。首元のネックレスも同系色で華やか。赤いネイルのデザインもベーシックには見えない。


 って、つけてる指輪、十年ほど前のアニバーサリー限定デザインじゃないのか?

 金を積めば譲って貰えないことも無いが、安くはなかったと記憶している。当時、自分で購入していたなら、それなりに歴のあるユーザーだ。

 俺の視線に気づいて、女はふふん、と軽く微笑んだ。


「私、ほぼリリース当初から、あなたに目をつけていたの」


 世には、蛇に睨まれた蛙、なんて言葉があったよな。





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AIだけど電気羊の夢ぐらい見せてくれよ 管野月子 @tsukiko528

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