超常現象対応機関 精査部の日常

@hz2rsz4

第1話

「そろそろ目的のポイントに着くぞ。タイマーの準備をしろ」


​助手席から隊長の山崎が声を掛ける。

それに応える返事は無い。しかし、車両の揺れの中に、微かな電子音が混じった。


​その音に満足したのか、山崎はそれ以上言及しなかった。


​やがて車は緩やかに停車し、山崎が再び口を開いた。


​「改めてブリーフィングだ。任務はO湖周辺で活動する『対象』の探索、および観測。既に被害者は6名。民間人の自警団がパトロールしている。……くれぐれも目立つなよ」


​山崎の合図と共に、後部座席の男たちが車外へ消えていく。


彼らは闇に溶け込むような手慣れた動作で、自然体を装い散らばっていった。


​「さて。今回は何が出ると思う?」


​手元のノートPCを起動しながら、山崎は運転席の澤田に水を向けた。


澤田は何時も通り、無言で首を横に振るだけだ。

​準備を終えた山崎は、灰皿を開け、煙草に火をつけた。


車両の窓の隙間から、紫煙が夕焼けの残滓へと消えていく。


​(夜はまだ始まったばかりだ。精々、気長に待つか)


​    *


​状況に変化が訪れたのは、日が完全に沈み、月明かりが湖面を照らし始めた頃だった。


​『――隊長、応答してくれ。不審な物を発見した』


​ノイズ混じりの無線が飛ぶ。


​「柏木か。どうした」


​山崎はノートPCを操作し、柏木のポケットカメラの映像を拡大した。


​『今、湖から30メートル程の地点だ。……何かを引きずった跡がある』


​暗視モードの緑がかった画面。

そこには、乾いた土が深く陥没した線状の跡が続いていた。


柏木が比較のために差し出した手は、親指の根元までその溝に埋まっている。


​「深いな。相当な重量が移動している。……幅は?」


​『……67センチ。どうする、跡を追うか?』


​情報をメモになぐり書きしながら、山崎は淀みなく応えた。


​「いや、万が一がある。単独行動は避けろ。宮本を合流させる、その場で待機だ」


​指示を終え、山崎は胸ポケットから飴玉を取り出し、口に放り込んだ。


​(さぁて、ここからが長いぞ。どう仕掛けて――)


​トントン、と右肩を叩かれた。

運転席の澤田が前方を指差している。

​木々の隙間から、二筋の光の光が辺りを照らしながら近づいてくる。


​「来たな……総員に告ぐ。接触者あり。ポイントBへ転進する。繰り返す、ポイントBへ――」


​車両はライトを消したまま、ひっそりとUターンを開始した。


​    *


​車両が集合地点へと移動する間に、柏木と宮本は合流を完了していた。


山崎たちがB地点に到着した頃、二人は既に「跡」を追跡し、湖の岸へと辿り着いていた。


​『こちら柏木。やはり跡は湖へと没している。指示を求む』


​「了解した。支給品のカプセルを取り出せ」


​無線越しに、柏木が背負鞄を漁る音が聞こえる。

中から現れたのは、透明な樹脂製カプセル。仰々しい見た目の割に、中には脱脂綿が一切れ入っているだけだ。


​「いいか、それは『人間の体臭』を高濃度に再現した薬剤だ。タイマーを起動しろ。……匂いが強い、念のために100メートルは距離を置け」


​『了解。タイマーセット……離脱する』


​数十秒後。

暗視カメラの映像越しに、岸の一角でカプセルの起動を示す微かな光が点滅した。


​「……柏木さん、反応無いっすね」


​10分が経過した。無線から宮本の退屈そうな声が漏れる。


​「そんな残念そうにするな。現れないに越したことは無いんだ」


​柏木が窘めるように返した、その時だった。

画面の端に、別の光が映り込む。


​「隊長、民間人だ。パトロールの連中が来た」


​山崎は眉を潜めた。PC画面の端に、手持ちライトの光が揺れている。


​「やむを得ん。そのまま監視を継続しろ」

​『えっ!?』


​宮本の驚愕した声が弾ける。山崎は冷淡に突き放した。


​「宮本、忘れるな。我々の任務は対象の『探索』と『観測』だ。人を救うことは任務に含まれていない」


​無線の向こうで宮本が絶句するのが伝わる。

山崎は、飴を噛み砕いた。


​(この瞬間が一番、寝覚めが悪い)


​運命は、残酷なまでに速かった。

​異臭に気が付いたのか、民間人の二人が岸へと足を早める。


カプセルが放つ「擬似的な獲物の匂い」に引き寄せられているのは明白だった。

​その時、鏡のように静かだった湖面が、爆発したように跳ねた。


​「――っ!」


​宮本が飛び出した。無線越しに叫ぶ山崎の声も無視し、柏木がそれを追う。

​激しくブレるカメラ映像。

それがようやく静止したとき、画面に映っていたのは――。


​巨大な「黒い何か」が、民間人の一人を飲み込み、水中へと後退していく姿だった。


抵抗しようともがく足が、生々しい水飛沫を上げる。


​もう一人の姿は、どこにも無かった。


​周囲にはライトの光も、叫び声も無い。

ただ、夜の静寂だけがそこにあった。


​宮本のカメラが、ガクリと地面を向く。

柏木のカメラには、膝をついて項垂れる宮本の背中が映っていた。


​「……総員、撤退。至急B地点へ戻れ」


​感情を排した山崎の命令に、宮本はしばらく反応しなかった。


やがて彼は、柏木に肩を貸されるようにして、重い足取りで来た道を戻り始めた。


​これが、彼ら『超常現象精査部』の仕事。

世界の理不尽を、ただ記録するためだけの日常である。


​【事案:O湖未確認生命体観測】

結果: 対象の摂食行動を確認。サンプル(誘引剤)は有効。

損失: 民間人2名(ロスト)。

備考: 次回、捕獲部門への引き継ぎを推奨。

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