不死身のおねいさんと不法侵入少女

コトカキ

不死身のおねいさんと不法侵入少女




 無。



 虚無。



 天井の染みを数えて、ボーッと生きる。



 ……。



 いや、こういう状態は生きてるって言わないか。半分死んでる。



 ……。



 それとも、身体が生命活動を続けている以上、生きてるって事で良いのかな?



 ……。



 お腹、減ったなァ。

 なんか食べるもんあったっけ?



 ……。



 まァ


 どうでもいいか。

 




====================





 私は死なない。


 いや、死ねない。


 いわゆる不死身、不老不死というやつだ。


 年をとることは無いし、老衰じゃ死なない。

 

 どれだけ酷い怪我をしても、痛くて痛くて辛くても、勝手に身体が再生して死なない。


 お腹は減るけど、餓死はしない。

 

 呼吸が出来なくなって苦しいけど、窒息死もしない。溺死もしない。


 ……。


 何年、生きただろうか。 


 もう、何も分からない。 


 親しかった人間が居たのは覚えている。

 ずっとずっと前だ。


 名前も、顔も、忘れてしまったけれど。


 外に出ない様になって、何年経ったか。


 ずっとお腹が空いたまま、天井の染みを数えて過ごす。


 掃除をしないから、染みは毎日増えていく。


 一回数え終わったら、もう一回別のとこから数え始める。


 ずっとそれの繰り返し。


 何年も


 何年も


 何年も


何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も何年も、


 ただ、死なないというだけで生きてきた。


 半分死んでるようなもんだ。


 なんの目標も無い。


 何も分からないし、何も分かろうとはしない。


 幾度となく、この生を終わらせようとはした。


 けど、終わらない。


 苦しみが増すだけだった。


 この生に終わりなんてない。


 そう分かったのも、もう随分前だ。


 ……。


 ああ、


 生きるっていうのは、どういうことだったか。


 私にはもう、分からない。





====================





ゴトン。


 

 ──ふと、聞き慣れない音で目が覚める。

  

 いつの間にか眠っていたらしい。

 ゴトゴトンと、キッチンの方からなにやら聞こえてくる。


 ?

 ネズミかな?


 壁一枚挟んだ向こうに、何か居る。 



 ……まァ


 どうでもいいか。



ゴトゴト 



ゴトゴトゴトゴトゴトゴト



 と、物音が次第に大きくなっていく。



ゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴト



「ばぁ。」



 バンと扉が開く。


 何かが部屋に飛び込んできた。

 

 寝転がってるこちらの顔を覗き込んでくる。



「?ばぁ。」



 再び。



 ……。



 なんなんだ?一体。 

 ネズミはこんなことしない。はず。



「んー?いきてるー?」



 じっと覗き込んでくる黒い瞳。



「だ─だぁ゙?お゙─え゙。」

 


 舌が、上手くまわらない。



「んー?なにー?」



 は耳に手を当て、顔を寄せてきた。


 言葉を、喋っている。



 ……。



 人間か。コイツ。

 なんで人間が私の家、しかも部屋の中にいるんだ。 


 普段はネズミくらいしか入ってこないのに。



「─ゔや─てぇ゙、─い゙ったぁ゙?」


「んー?なにー?なんてゆってるか、わかんないよー!」



 べしべしと顔を叩かれる。


 何だコイツ。



「……」



 言葉なんて、いつから喋ってないだろう。喉がカッスカスで、まともに音も発せられない。


 よたりよたり、と身体を起こす。ずっと寝転がっていたせいか、身体を起こすのにも一苦労。



「ゔっゔん。あ゙ぁ゙ーー。」



 ひっどい声。



「お゙まぁ゙え゙はぁ゙、だぁ゙れぇ゙?」


「ん?わたし?ちさとだよ!」



 違う、そうじゃない。



「なぁ゙んで、ごこにい゙る。」


「んーとね。」



 と言いながらステテテと廊下に出ていく。



「こっから!はいった!」



 誇らしげな声が、廊下伝いにキッチンの方から聞こえてきた。


 見えないんだけど。



「……」



 まァ、おおかた、キッチンの窓から入ったのだろう。


 鍵もかけてカーテンも閉じてあったとは思うが、玄関以外で家の中に入れるような所はあそこしかない。


 窓が割れてたりしたかな?



「ね、そういうあなたはだぁれ?」 



 ソイツはピョコンと廊下から顔を出し、そう問うて来た。



「さァ゙、ね。」 



 こっちが知りたいよ。そんなもの。



「ふーん。」



 顔を傾け、つまんなそうに答える。


 肩まで伸ばした黒髪が、部屋のドアの取手をくすぐっている。



「あなたって、のひと?」


 

 くりりと大きな黒い瞳が、じっとこちらを見つめる。



 ……? 

 どういう意味?



 ……。



 ああ、そういえば。


 ずっと、ニホンとかいう国にいるんだったか。

 忘れかけてた。


 外に出なくなり、社会とのつながりを絶ったのも随分前だ。

 ほぼ、忘れていた。てか、忘れてた。今の今まで。



「あ゙ァ゙ー。ニホンだよ。ニホンジン。」


「ニホン?」


「ゔん。」


「?どこのくに?」



 ?

 ??

 ??? 


 ここ、だが。



「そんなくにきいたことないよ。わたしもう5さいだけど。」



 そう言って小さい手のひらをバッとこちらに突きつけてくる。


 短い5本の指。


 まァまだ子供だし、しょうがないか。



 ……。



 うん?


 いくら子供でも、自分の住んでる国を認識出来ないもんだったか?



「ごこ、ニホンでしょぉ゙?」



 ピッと下を指さして聞いてみる。



「くふふ。おねいさんやっぱり外国のひとだね。

 ちがうよ。このくには───だよ。ニホン?じゃないよ。」



 小さな口が、くすくすと笑う。嘘をついてるようには見えない。



「……」



 ……あー。


 なるほどね。国の名前が変わったっぽいな? 


 まァ、随分と長い間引きこもっていたし、予想の範囲内ではある。


 言葉は通じているので、『私の知らぬ間にどこか別な場所に移動してた。』とかいう訳でもなさそう。 


 ずっとこの家に居ることも出来ているし、ニホンが滅んだという線も考えにくいかな。



「あ゙ー、そんな名前なの゙かな゙?」


「んー?ごまかそうとしてるー?」



 つんつんととこちらの頭を突いてくる。


 ?

 誤魔化す、とは。

 頭に何か付いてたりする?



「こんなきれいな銀いろのかみなのにー。

やっぱ外国のひとでしょー?」



 ……は?

 私の髪?

 銀色?

 黒だったと思、 



 ──ふと、私の座っている膝元に目をやる。


 


 さわり。とそれを持ち上げる。



 ……。



 髪、だ。銀色の。


 思わず頭に手をやる。


 軽く髪を触る。と、ずっしり重い感触が伝わってきた。


 てことは、


 つまり、



「私の髪か。これ゙。」


「すっごいのびてるねー?ちゃんとしないとダメって、お母さんゆ、い、いってたよ。」



 自身の黒髪に、チョキの手を当てる仕草をする。

 ……ハサミか。確かに、髪は切ってない。かなり伸びている。 



 ……。



 いや、そうじゃなくて。


 髪の長さ云々より、そもそもの髪の色が変わっている。


 マジか。



「も゙どもどは、黒だったんだけどなァ゙……」


「ん?なに?黒?おねいさんのかみは銀いろだよ?わたしは黒だけど。」


 

 ……。



 なんか、ちょっとショックかも。



 ……。



 何がショックなのだったか、分からんが。


 なんか傷ついた。



「……」


「?大丈夫?わたしがちょっきんする?」



 大丈夫……では、無い、かも。



 ……。



 長い時の中で、自我だけでなく見た目まで変わってしまったか。


 が、何者なのかを忘れてしまった今。見た目だけは、のままだと思ってたけれど。


 もう、そうではないらしい。 




 ……。




 まァ




 どうでもいいか。 




「ガキンチョ゙は、さっさといえ゙に帰りなぁ゙。」



 手でしっしっと追い返そうとする。



「えー。おねいさんのかみちょっきんしたいー!銀いろー!」



 と、ソイツは私の長く伸びた髪を持って駄々をこね始めた。


 面倒くさ。 



 ……。

 


 髪を切りたい、ね。



 ……。



 はァ。



「……ちょ゙っとだけね゙。」


「いいの!?」



 小さな身体がぴょんと飛び跳ね、そのまま跳ねながら廊下に出ていく。


 ……優しいなァ、私。



「ちょっと待ってねー」



 何やらキッチンの方でゴソゴソしている。



「ん!コレでちょっきんする!さっき外でひろったやつ!」



 と思ったら、錆まみれのハサミを持って部屋に戻ってきた。



 ……。



「や゙っぱダメ゙。」


「えーーーーー!!!」



 当たり前だろ。



「銀いろ、きりたかったのに……」



 黒い小さな頭が、しょぼんと俯く。


 跳ね回っていた先ほどとは対照的に、とぼとぼと廊下に出ていこうとする。



 ……。



 ……はァ。


 しょうがない。



「まァ、や゙っぱりいい゙よ゙。それで。切っても゙。」



 パァァァと、大きな黒い瞳が再び輝く。


 ぴょぴょぴょとこちらに近寄ってくる。


 それから、足元に散らかっている私の髪を一束手に取り、ふんふんと鼻歌交じりに切り始めた。



 ……楽しそうだ。

 昔を思い出す。



 ……。



 昔、ね。

 もうほとんど覚えてないけど。

 母親(?)に髪を切ってもらっていたな。

 そういえば。



 ザクリザクリと、調子良くハサミを動かしている。


 錆まみれでも案外切れるもんだ。

 錆の茶色が、若干髪に付いているが。



 ……。



 まァ、いいか。


 どうせまた、何も変わらない天井を見つめるだけの日々に戻るんだ。

 

 気にしたってしょうがない。




ザクザクリ

ザクリザクリ 

ザクザクリ

……





====================





「ん!かわいくきれました!」



 ご満悦の様子。


 えっへんと言わんばかりに、細い体躯を目一杯に反らせている。

 今にも折れてしまいそうだ。



「ん゙。ありがとぉ゙ね゙」



 さわ、と肩口まで短くなった私の髪に触れる。

 ハサミの錆が付いていて、少しざらつく。


 ……最初は、少しだけのつもりだったのだが。 

 

 結局、ガッツリ切られてしまった。

 目の前の少女と同じ髪型。

 コレが可愛いらしい。



「ふんふんふーん」



 満足したのか、錆びたハサミを眺めている。



「ん!たのしかった!」 



 そう言ってハサミを置き、にぱっと笑いかけてきた。



 ……。



 ならまァ、良かったか、な?



「ふふふんふふーん」



 鼻歌を歌いながら、少女が部屋を出ようとする。


 帰るらしい。



「あ、そうだ!」



 と、何かを思い出したかのようにこちらに振り向いた。


 また駄々をこねるのか?と思ったら、



「きょうはたのしかったです!あそんでくれて、ありがとございました!」



 ぺこり。とお辞儀をする少女。



「」



「?」



 ……意外、だ。親の教育の賜物かな。

 

 しっかり礼儀というものは持っているらしい。


 まァ、見様見真似でやってるだけかもしれないが。



「……」



 ……どう、返すのが良いものか。


 と、思案を巡らせている間に少女は姿勢を戻し、ひょひょいと廊下を駆けていってしまった。



「あ゙。」



 キッチンで再びゴトゴトと音がする。

 もう、直ぐに出ていくつもりだろう。



「あ゙ーちょ゙っと待って。ちょっと。」



 呼びかける。

 


「んー?なにー?」



 今度は敬語もへったくれもない返事が返ってきた。



 ……。



 まァ、子供だしな。



「私も、ひさびさに゙楽しかったよ゙。

来てくれ゙て、あ゙りがとね゙。」



 出来る限りの音量で声を廊下へ投げる。


 ……聞こえたかな?


 相手が子供とはいっても、礼には礼で。ちゃんと返さなくちゃね。



「……ん!また来るね!がいこくのおねいさん!」



 聞こえたらしい。



「気を゙付けて、帰りなさいね゙。」



 思わず、そんな言葉が口をついて出た。



「ん。お母さんみたいね。じゃ、ばいばーい!」



 そんな声と共に、再びキッチンからゴトゴトゴトゴトと音が聞こえ、それから少し経って静かになった。


 再び、家の中が元の静寂に包まれる。嵐が去った後のように静かだ。



 ……。

 


 まさに、嵐のような子供だった。

 急に来て、急に去っていった。


 私の方は、久々に人間と関わったということもあり、少々対応がぶっきらぼう過ぎたかも知れない。



 ……。



 また来るね、か。


 いつ振りだろうか。そんな言葉をかけられるのは。

 変わり映えの無い、天井を見つめるだけの生活の中では、間違いなく掛けられない言葉だ。


 どうせまた、変わらない日々に戻るもんだと思っていたけど。



 ……。



 思いの外、人と関わるのは楽しかった。かな。



「ふわぁあ」



 大きなあくびが出る。


 久し振りに身体を動かしたからか、凄く眠たい。



 ……。



 久々に、生きてる実感が湧いたような。

 そんな気がする。



 ……。



 お腹、減ったなァ。

 なんか食べるもんあったっけ? 



 ……。



 いや、凄く眠い。

 寝よ。


 元より、食欲より睡眠欲の方が強い人間だったし。



 ……?

 そうだったっけ?



 ……。



 まァ


 どうでもいいか。


 眠い。



 パタリと横になり、目を閉じる。




 ──ふと、


 まだもう少し、生きてても良いかな。


 そう、思った。

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不死身のおねいさんと不法侵入少女 コトカキ @shousetsusukisuki

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