マイナーな僕らの配信。人気配信者になれるかな?

@RindouSupika

プロローグ

第1話

景色の良い山頂。すすけた白衣を風になびかせ、同年代の異性と二人で日の出を眺め、白い息を吐く。

 字面だけを追えば、青春映画のワンシーンだ。

 しかし――隣に立つ相手が、タイガーの覆面に赤いビキニ姿の変態だったなら。

 足元の地は抉れ、朝露に濡れた草花が焼き払われた戦場跡だったとしたら。

​ 果たしてそれは、青春と呼べるのだろうか。

 否。断じて否だ。そんな青春、俺は認めない。


​「なぁ、ペシェ。その格好、最後くらいどうにかならないか?」


​ 耐えかねて声をかけると、ペシェ・スピネルは朝日を眺めていた視線をこちらへ向けた。


​「どうした藪から棒に。……まさか、僕の豊満なバディーに目が眩んだか? さては脱がして生まれたままの姿を鑑賞したいんだな。いやん、マロンのエッティ。……だが残念。僕の装備はさっきのエリアボス戦後でもピンピンしてるぞ」


​ 何が「いやん」だ。胸元を隠す仕草はしているが、口元は緩み、動きもわざとらしい。こいつ、俺が困るのを見て楽しんでやがるな。


​「アホか。覆面ビキニの変態に欲情するほど、女に飢えてないんだわ」

「変態とは失敬な。イカれた格好こそゲームの醍醐味だろう」

「自信満々に言うな。それは二次元での話だ。フルダイブでその格好は、ただの不審者なんだわ。作り物の世界とはいえ、奇異の目に晒される不快感は現実と変わらないだろうに。よくやるよ」


​ 俺の呆れ声を聞いて、ペシェの口元がさらに一層緩む。それは喜びというより、最高にたちの悪い悪巧みを思いついた子供のような含み笑いだ。


 ……まずった。


​「なるほど。僕の体を見ていいのは俺だけだ、と言いたいわけだ。二年近く一緒にいて、初めて知ったぞ、お前って独占欲が強いんだな」


​ ペシェは一歩踏み出し、両腕を大きく広げた。


​「いいぞ。最後だ、僕の胸へと飛び込んでおいで。抱いてあげる」


​ 挑発的な誘い文句。俺がそんなことできやしないと分かっていて煽っているな。

 ……いいだろう。ならばその期待、裏切ってやる。俺は覚悟を決め、ペシェの胸へと意識を集中した。


 よし、いくぞ。……いくぞ。…………。


​「――っ、やっぱり無理だわ。物理的に無理」

「なんだ、腰抜けか?」

「ちげぇよ! 俺はただ、このゲームのサービス終了サ終の瞬間に見る最後の光景が、覆面ビキニってのが嫌なだけなの!」

「はいはい。そういうことにしといてあげる」


​ この野郎。勝ち誇ったような笑みを浮かべているのは、覆面越しにだって手に取るようにわかるんだぞ。


​「……大体、俺が本当に抱き着いたらどうするつもりだったんだよ」

「そんなの、普通に通報するだけだが?」


​ ……はい?


 今、なんて?


​「『だが』じゃないんだが! そんな最悪な罠を仕掛けるなよ、垢バンされるだろうが!」

「最後なんだから、別に良いだろう?」

「良くねぇよ! ゲームの最後が垢バンからの強制ログアウトとか、最悪だろうが!」


​ 危なかった。無駄に勇気を出して飛び込まなくて本当に良かった。「わいせつ行為による凍結」で終わるとか黒歴史も良い所じゃねぇか。


​「……あのさぁ、ペシェ。本当の本当に今日でサ終だって、理解できてるか? これが終われば、もうお別れなんだぞ。こんな別れ方でいいのかよ」

「あっ。……はっ、はっ、はっ」


​ ペシェがわざとらしく笑った。


 ……こいつ、さては何も考えてなかったな。


​「それにしても、最後の瞬間を気にするなんて。マロンって意外とロマンチストなんだな。あれだろ? 恋人ができたら一ヶ月、半年、一周年……なんて、いちいち面倒な記念日を祝って、サプライズのプレゼントを用意しては『センスない』って文句を言われるタイプだろ」


​ 誤魔化し方が酷すぎる。俺に対してどんな偏見を持ってやがるんだ。


​「一周年と誕生日くらいは面倒とか言わずに祝ってやれよ。……あと、プレゼントに文句を言うような奴とは付き合わんわ」

「ちなみに、僕の誕生日は八月一日だ」

「知ってるよ! 去年も付き合わされただろうが!」


​ 血生臭くて、およそ誕生日とは思えない内容だった。強いボスを探す旅に連れ回された挙げ句、最後にPvPを挑まれてコブラツイストをかけられたのだ。

 ……あれは酷かった。思い出すだけで脇腹が痛む気がする。


​ そもそも、ペシェが今被っているそのタイガーの覆面だって、俺が誕生日プレゼントとして新調してやった物だ。

 まさか、これを付けているせいで情緒がブチ壊されるとは、思いもしなかったが。


​「八月一日にちなんで、次はハワイ旅行でいいぞ」

「おい。高校生に海外旅行をタカるな。……そもそも、あと数十分で世界は終わるんだ。次はもうねぇよ」


​ なんでこいつはいつも通りなんだ。感傷に浸ろうとしている俺が、まるでバカみたいじゃないか。


​「そんな……。このゲームがサ終したら、僕との関係も終わりなのか? 私とは遊びだったのね、酷いわ!」


​ 今度はわざとらしく泣き真似まで始めやがった。最後までブレないというか、情緒がないというか。


​「遊びの関係というか、遊びで知り合った遊び仲間の関係だろうが。……それに、前にも言っただろ。俺はこのゲームがサ終したら、フルダイブゲーからは引退するんだよ」

​「本当に辞めてしまうのか。それは、勿体無いな。マロンの生産の腕は本物なのに」

「だが、それを活かす場がねぇよ」


​ そう。活かす場がない。


 フルダイブに触れる前の俺は、生産職というものに夢を見ていた。

 鉄を叩いて火花を散らし、汗を流して己の望むままに武器を鍛え上げる。薬草をすり鉢でゴリゴリと煎じて、手探りで至高の一品を調合する。そういう、不便さの中にある自由こそが「生産職」だと信じていた。


​ だが、現実は違った。


 生産スキルを発動すれば、待っているのは無機質なゲージとタイミング合わせのミニゲーム。出来上がるのは、誰が作っても性能が変わらない、工場で作られたような量産品。

 個性を出そうとしても、完成品に既製の装飾パーツをねじ込んだり、カラーリングを変えたりするのが関の山だ。


​ 正直、ショックだった。


 それでも諦めきれなかった小学五年生の俺は、理想を求めて様々なゲームを渡り歩いた。理想探しは中学に上がっても続き――ようやく見つけたのが、この『Magic And Skill World Online』、通称『マスヲ』だった。


​ やっとの思いで、俺が求める世界を見つけた。


 けれど、俺にとっての理想が、他人にとっても求められているとは限らない。

​ サービス開始当初こそ多くのプレイヤーで溢れ返っていたこの世界も、「戦闘がシビアすぎる」「生産がマゾすぎる」と不評を買った。多くのプレイヤーが『クソゲー』と吐き捨てて去り、半年後には街にいるプレイヤーよりNPCの方が多いという現実。

​ 悲しかった。これが、生産職のあるべき姿じゃないのかと、そんなんで満足なのかと言いたかった。

 だが、言えなかった。言ったところで、俺が少数派なのは変わらない事実だったからだ。

​ そんな時に出会ったのが、ペシェだった。


​「なぁペシェ。お前も、俺と同じだろう?」


​ 俺は、隣に立つタイガーのマスクを見据えて言った。


​「どんなに戦闘技術を高めても、勝手にシステムアシストが掛かる別ゲーじゃ、お前の力は発揮できねぇ。それに嫌気がさして、自分の腕一本で戦いたかったお前は、この世界に来たんだろう」

​「あぁ、確かに他のゲームは温い。温すぎて僕を満足させるものは無かった。……だが、僕は見つけたぞ。この『マスヲ』に匹敵する、至高の一品を。マロン、知りたいか?」


​ ペシェは勿体ぶって問いかけてくるが、ソワソワとして話したがっているのが隠せていない。話したいなら聞かずに話せばいいものを。

 だが確かに、この最高のクソゲーに匹敵するゲームがあるというなら興味はある。


​「ああ、聞かせてくれ」

「『Five Dimension Traveler Online』……知っているか?」


​ 『Five Dimension Traveler Online』か。

 通称『FDTO』。フルダイブ情報から遠ざかって久しい俺の耳にも嫌でも入ってくる、今もっとも話題のタイトルだ。確かもうすぐリリース予定で、現在は抽選のベータテストが行われていたはずだ。

 ……だが、本当か? あのゲームは確か、万人受けする王道システムだったはずだ。正直言って、俺たちが好むような代物だとは信じられない。


​「タイトルは知っているが……それこそ、このゲームとは正反対の親切設計な王道RPGだろ。本当にこの『マスヲ』に匹敵するほど、お前を満足させるゲームなのか?」

「それは、知らない。何せ今は抽選ベータで、落選した僕ではプレイできないからな」


​ ……はい?


 どういうことだ。イマイチ、ペシェの言いたいことが解らなすぎて自然と眉間に皺が寄る。


​「だが、可能性は感じた。実は『FDTO』の情報を調べているうちに、一つの職業についての情報が得られた。『迷い人』と呼ばれる不遇職の情報だ。なんとこの職業、習得可能スキルが著しく制限され、システムアシスト機能が外れる代わりに、行動の自由が広がるらしい」

「行動の自由……」


​ なんとなく、ペシェの言いたいことが解ってきた。その『迷い人』という職業の仕様が、このゲームに近いのだろう。


​「そう、自由だ。例えば、魔法。通常職ならスキル名を唱えれば発動するのに対して、『迷い人』が魔法を使うには魔力の操作、基礎知識、術式の構築など様々な下準備が必要だ。その代わり、『迷い人』は新しい魔法をオリジナルで作ることだってできる」


​ やっぱりだ。まんま、このゲームとそっくりだ。


​「じゃあ、まさか生産も……」

「あぁ。自分で設計して、自分の腕で創り上げる必要がある。……だが、その分どんな物でも作り出せるそうだ」


​ 口元が吊り上がるのが自分でも解る。

 俺だって別に辞めたくて、フルダイブゲームを引退する訳じゃない。このゲームに代わる居場所が存在しないから、辞めるしかなかっただけだ。

 だけど、もし代わりになるゲームが見つかったのなら、俺はまだ職人を続けられるってことだ。


​「偶然とはいえ、よく……」


​ ……いや、違う。

 俺はハッとして、隣でドヤ顔をしているタイガーマスクを見上げた。

 こんなの、偶然で見つかるような情報じゃない。

 最新の覇権ゲームの中で、わざわざ「不遇職」なんてマイナーな情報を掘り出してくるなんて。

 ペシェの奴、俺が引退せずに遊べるゲームを、必死に探していたな?


​「……ペシェ。ありがとな。探してくれたんだろ」

「かまわないさ。その代わり、『FDTO』でも僕と一緒に遊んでくれればそれでいい」

「あぁ。解った」

「よし、マロンの了承も得たし。僕たち二人で配信者デビューだ」


​ ……はい?


 今、なんて?


 聞いてないんだが。


​「どういうことだよ。配信者デビューって。一緒に遊ぶとは言ったが、そんなのやるなんて一言も言ってないぞ!」

「あー、はいはい。それはまた今度ね。それよりも、いいの? もうすぐ終わりだよ」


​ ペシェの言う通り、終わりの時は近い。視界の端に、無慈悲なシステムテロップが流れ始めた。


​『この度はMagic And Skill World Onlineをご愛顧いただき、誠にありがとうございます。本ゲームは21時をもちましてサービスを終了させていただきます。長年のご愛顧、ありがとうございました』


​ クソっ、ペシェを問い質している時間がない!


​「とりあえず、急いで連絡先を交換するぞ! 『また今度』と言われても、このままだと二度と連絡が取れなくなる!」

「あー。また明日ね」

「だから、明日はねぇんだわ! ふざけてないで交換するぞ。じゃないと『FDTO』始めても予定が合わせられんだろうが!」

「まぁまぁ。落ち着いて」

「落ち着いていられるか――」


​ 言葉を遮るように、俺の口が塞がれた。

 同時にドン、と視界が揺らぎ、仰向けに倒れ込む。


​ ……何が起きた?


 いや、何が起きているのかは解る。今現在、俺は押し倒され、唇をペシェの唇で塞がれているのだ。

 だが、意味が解らない。いつもの悪ふざけか? だが、それにしては……クソっ。突然のことで頭が回らない。


​「ぷはぁ。……いやぁ、いい反応だね。可愛いなぁ」


​ 塞いでいた俺の口を開放し、馬乗りになったペシェが俺を見下ろしている。

 そこにあったのは、見慣れたタイガーマスクではない。

 朝日に靡く銀のロングヘアーに、悪戯っぽく輝く青色の瞳。勝ち誇ったような笑みを浮かべた、とびきりの美人だった。

​ そういえばこいつ、こんな顔をしていたんだっけ。

 普段はずっと覆面をつけていたから、忘れていた。


​「はっ。突然、何をしやがるんだ。お前は……」

「さて、なんだろうね。マロン好きだよ、とか言ってみたり?」


​ ペシェの台詞の真意を問うことはできず――そこで、時間切れタイムアップだ。

 言いたいことは山ほどあったのに、体から力が抜ける感覚が襲いかかる。

​ 視界が暗転する。世界が、終わる。


 俺たちの『マスヲ』が、幕を閉じる。

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