推してる悪役令嬢の兄になったので心置きなくストーカーします!
佐藤風助
流されやすい?
拝啓、天国のお母様お父様。
どうやら僕は漫画の世界に転生したらしいです。
さて、古今東西インターネッツを徘徊すれば転生モノライトノベルなんてそこらじゅうにうじゃうじゃ転がっているもんなので特段驚いてほしくないし、驚くこともないだろうが、僕こと
転生ってこんな感じなんだホーン……なんて思った。赤ん坊から再スタートじゃねえんだ、としか思えなかった。とりあえず、見慣れない風景に混乱して黙ってカフェインを取ることしかできなかったから、そんな薄っぺらい感想しか出てこなかったのである。父母に心の中で報告しちゃったりしながら、とりあえず自分が何者なのか思い出そうと四苦八苦……はせずに案外スルンと思い出した。
自分はニコラス・ストックウェル。
公爵、ストックウェル家の長男である。両親は健在、妹が一人。趣味は紅茶と読書と魔法の練習。それなりに顔立ちが整っている十八歳。二年後家を継ぐ。まとめるとベリーベリー偉い家の跡取り。崇め奉れ、えっへん! なかなかに高待遇な環境に心躍らせるのも束の間、僕ははたと気づいた。気がついた。気がついてしまった。
ストックウェルって、推しと苗字おんなじじゃね?
さて、僕はある漫画に傾倒していた。礼賛していた。ゾッコンだった。その漫画の名は『令嬢ニーナの受難』。主人公ニーナが王子と結ばれるまでの過程を描いた中世ヨーロッパ風ファンタジー恋愛漫画である。僕はその漫画を愛していた。趣味は写真と『ニーナ』だった。
特に僕が推していたのが、恋敵であるシャーリー・ストックウェルである。
ストックウェル家のお嬢様で、王子の許嫁を自称している才色兼備の悪役である。前述からお察しの通りこの世界は普通に魔法があるのだが、魔法だろうが体術だろうが剣術だろうが舞踏だろうが勉学だろうがなんでもできる完璧超人で、ついでに性格が良かった。いや、良く見せているだけで、腹黒だった。ベンタブラックも真っ青になる(いや、黒が青になることはないけど)ぐらい性格が捻じ曲がってひん曲がってもういっそまっすぐなんじゃねえかと思うほど歪んでいた。そのせいでニーナがちょっと病んだ。このまま王子と無理心中するんかと思うぐらい病んだ。その後シャーリーが告発されて落ちぶれて、結果的にニーナは復活するんだけど……。まあ、そんなのはどうでもよろしい。
「僕、兄? 兄貴? 兄者? お兄ちゃん? お兄様?」
シャーリー・ストックウェルの、兄?
僕は手に持っていたティーカップを落として割ってしまった。高そうな絨毯にシミがついて、これっていくらぐらいすんだろうという生太郎の疑問に、日本円に直すと三百万ぐらいかなとニコラスが答えて、卒倒した。
……
生憎、僕が卒倒しようがなんだろうが、転生して推しの兄になったという事実は変わりやしない。気絶しても世界が続いていることを確認した後、僕はひっそりシャーリーが幸せになるように努力した。推しの兄貴になったという事実に興奮したまま、悪役令嬢転生モノの王道をひた走ったのである。まさしく東奔西走だった。その立場をフル活用して、ニーナには申し訳ないけどシャーリーを主役とした物語を展開させてもらった。イベントの芽を摘み取り、機会を潰し、鼻っ面をへし折り、ルートを変えた。ぽっかり空いたヒロインの席にシャーリーをあてがった。そこら辺は破茶滅茶に長くなるし自慢は好みじゃないので割愛。とにかく、シャーリーは破滅することなく着々と王子の許嫁とかいう妄言を現実にしたのである。おお、こわ。努力って実るもんだなあと僕は感心しつつ、やるべきことを成した。
ここで大事なことを言っておこう。僕は元来、報酬がなければやる気が出ないタイプの怠惰人間である。
なので、いくらシャーリーを幸せにしようと決意しても、何かしらのやりがいがなければ途中で投げ出すであろう。破滅したシャーリーも可愛いし、いっか……ぐらいに考えてしまったはずだ。王子と結婚するシャーリーなんて、よくよく考えりゃ解釈違いもいいとこである。シャーリーを幸せにする=王子と結婚させるなので失念してたが、僕はシャーリーが王子に
しかし、今回、僕はやり切った。
転生したって事実に溺れて、シャーリーを幸せにしなければならないなんて義務感に囚われて。
やり切ってしまった。
「なんで……」
僕は号泣している。
だって、シャーリー本人から王子と婚約を結んだって報告を聞かされたんだもの! ようやっと顔見て兄貴として話せるようになったらこれだよ! ああ……可愛かったなあ。丁寧に梳かされた長い銀髪も、ぱっちりとしたダークレッドの瞳も、泣きぼくろも。ビスクドールのような白い肌。赤い唇。細い指。シックな黒っぽいドレス。銀鈴が如き声。嬉しそうだったなあ……にいちゃんも嬉しいよ。王子との結婚じゃなきゃ飛び上がってはしゃいでたよ。
「ううぅ……! なんで、なんで、なんで!」
僕はお手製のシャーリー人形を抱きしめながら泣いていた。
……ここは僕の部屋じゃあない。適当に、広すぎて空いていた部屋をひっそり改装したのである。シャーリーの自室から最も遠い一室を、僕はシャーリー部屋にした。
僕はご褒美がないと頑張れない。だから、ストーキングをした。シャーリーを幸せにするんだからこれぐらいの狼藉は許されるであろうと言い訳を重ねて実行した。
お手製のぬいぐるみやこっそり奪ってきた肖像画。そして僕の魔法『
しかしながら、僕は祝えない。
心の底から祝福できない。生太郎としての僕は地雷を目の前に出されて苦しんでいる。吐きそう、おえ。嗚咽どころか反吐も出そうな僕は、ぬいぐるみに間違っても涙が垂れないように泣いていた。シャーリーを幸せにするぞ! と決意してから、何も考えず王子との結婚を目標にした自分が憎らしい。バッドエンドを回避するにはそれしかなさそうってのもあったし、しょうがないの一言で済ませられそうではあるのだけど、今は過去の僕を責めるしかない。
畢竟、僕は解釈違いに苦しんでいるだけなのである。
ただのオタクの妄言なのである。
「結婚なんてしないで……シャーリー!」
「お呼びかしら、お兄様?」
銀鈴が聞こえた。
流石に涙も嗚咽も出かかっていた反吐も引っ込んで、代わりと言わんばかりに冷や汗が落ちる。ぎこちない動作で後ろを──扉の方向を向く。
開いていた。
そこに、シャーリー・ストックウェルが立っていた。
「しゃ、しゃー、りー?」
「ええ、お兄様。お兄様の妹であるシャーリーよ。……辺りをご覧になれば、よくわかると思うけど、ね」
薄暗い部屋が廊下からの明かりで満たされる。僕のコレクションが浮かび上がる。写真も、ぬいぐるみも、肖像画も、本人だけは無くしたと思っていたであろう数々の私物も……。優しく、照らし出されて。僕はシャーリーから目が離せなかった。
「ねえ、お兄様。これは何かしら?」
「……は、えと、こ、これ、は」
カツカツと足音を響かせながら、シャーリーが近づいてくる。そのお綺麗な顔が、僕のすぐ近くにまで、くる。這いつくばって泣いていた僕に、しゃがんで目を合わせてきて、逃げられない。
僕は失念していた。
シャーリー・ストックウェルは絶対的な悪役で、いつだって僕らの上をいくってこと。腹の中が真っ黒で、ずっとずっと人をねじ伏せることだけを考えて行動してるってこと。
こんな、シャーリーの部屋から離れた部屋にしたって、見つからないわけがないって、こと。
「お兄様、私の目がおかしくなければ、これらは私を隠し撮りしたであろう写真と、私の姿を模った人形と、いつの間にか処分されたと思い込んでいた肖像画と、無くしたと思っていた私物に見えるのだけど」
「……こ、これ、これは」
「お兄様、なぜ、これらがここにあるのかしら」
「ご、ごめん」
僕は反射的に謝っていた。誤ったことを謝った。
僕はもっと努力すべきだった!
シャーリーに見つからないように、控えるべきだったのだ。徹底的に隠すべきだった。別荘でもなんでも買って、厳重に鍵をかけて。シャーリーにバレないように細心の注意を払い、隠蔽に隠蔽を重ねて、言い訳の一つや二つ考えねばならなかった。
「ごめん、ごめん、なさい。好きです……しゃ、シャーリーには、結婚してほしく、ないし、好き、だから、えっと、ご、ごめんなさい……すみ、すみま、せん」
土下座しながら、僕は謝る。シャーリーのあり得ないぐらい可愛い、くすくすとした笑い声が上から聞こえた。
「……お兄様ったら、私のこと好きなのね」
「うん……ごめん」
「謝罪はもういいわ、お兄様」
謝罪を拒否されて、僕は頭が真っ白になった。嫌われた! シャーリーに、嫌われてしまった! 僕はまた泣きそうになる。結婚なんて目じゃないほど、悲しい。そりゃキモイよな、こんな男。私物奪って隠し撮りしてぬいぐるみまで作ってんだから。これで気持ち悪くなかったらこの世はストーカーで溢れているはずだ。だから、嫌われるのは至極当然。さっきの謝罪理由だって、よくよく考えりゃ自分のためだろう。嫌われないために努力すべきでしたなんて反省、聞きたくないに決まってる。
「ねえ、お兄様」
シャーリーの声が聞こえる。
僕が頭を上げられないことを悟ったのか、シャーリーが顎を持ち上げてくれた。恐ろしいぐらいに綺麗な顔が間近に迫っている。
「私、お兄様のこと好きよ」
「……へ?」
声が裏返った。
すき、スキ、空き? いや、隙? 隙まみれね見損なったわってこと? なるほどそれなら楽勝に理解って感じだが、言い方がとてもヘンテコなことになってしまう。
予想外に埋め尽くされてショートしてる僕に、シャーリーは追い討ちをかけてきた。
「愛してます。私、お兄様のことがだーいすきなの。……結婚してもいいって、思ってるわ」
僕は。
また、卒倒しそうになる。
だらりと鼻血が垂れたのが、感触で分かった。
犬のように手を地面につきながら鼻血を垂らす僕を、シャーリーはどう思ってるんだろう?
「だって、お兄様ってとっても愚かでしょう? 私を王子と結婚させようと頑張って、成果が実ったと思ったら、結婚しないでくれって泣くんだもの……。うふふ! おっかしい! 愚かで可愛らしいわ、お兄様。……あんな王子と結婚したって、あの子への嫌がらせ以上のナニカにはならないもの。お父様は悲しむでしょうけど、破局したって構わないぐらいよ」
「しゃ、シャーリー? ぼ、僕、僕のこと、すき、なの?」
「好きよ、ケーキぐらい愛してるわ。王子よりもよっぽど、好みだもの」
頭が切れる男は好きじゃないの、とシャーリーは付け足して僕の鼻血を拭ってくれる。あ、シャーリーの指が汚れてしまった! また僕は悲しくなって、泣きそうになって実際泣く。溢れた涙さえ拭ってくれる。
「ねえ、お兄様」
「……」
「協力してくださらない?」
脳みそが溶けそうだ。
推しにストーキングしてたのがバレて、でも好きって言ってくれて、愛してるって言ってくれて、鼻血拭ってくれて涙受け止めてくれて……何がなんだか、わからない。
「な、何を?」
「王子の暗殺」
クラクラする。
シャーリーが僕に囁いてくれてる!
「お兄様はどうやら頑張ってくれたらしいのだけど、私としてはあんなやつと暮らしたくなんてないの。約束しちゃったものは仕方ないから、穏便に殺すわ。終わらせるわ。ま、お父様が泣くと思うから、子供ぐらいは産んでから殺してやろうと思ってるのだけど……ああ、そんな頭を振らないで頂戴。やなの? 誰のものにもなってほしくないのね? そう、じゃあお父様には泣いてもらうことにしましょうか。じゃあなるべく、さっさと殺して頂戴。──結婚してほしくないなら、死力を尽くして殺すしかないわ、お兄様。大丈夫、今度は私も手伝って上げる。ね? 私はお兄様を応援してるわ」
僕は。
ご褒美があると頑張れるタイプである。
「うまく殺せたらほっぺにちゅーしてあげる」
とんでもないことを頼まれたのに、僕はひどく嬉しくて、また泣きそうだった。
推してる悪役令嬢の兄になったので心置きなくストーカーします! 佐藤風助 @fuusukesatou
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