第9話 「未来が見える」少女

「ふう、本当に君の言う通りになったね」

 顔を青くして出て行ったエリザベートの背中を見送って、ヴィルヘルムは言った。

 その笑顔は、先ほどまで浮かべていた国民や臣下のための笑顔ではなく、心から嬉しそうな笑顔である。

「そうですね……」

 隠しエンドまでクリアしてわかるのだが、ヴィルヘルムのその笑顔はエリザベートに関すること専用だ。それをよく知っているアリスは、頭からけられた紅茶を、あらかじめ用意されたタオルで拭きながら、言葉少なくうなずいた。

「本当にエリザベートが予言したようなことを言うなんて。『未来がわかる能力』というのは本当なんだ」

 実を言えば、この能力はゲームとしてこの世界を外側から体験してきたからだ、などとは絶対に言わなかった。

そこまで言ってしまえば、何かこの世界の根幹が崩れてしまう可能性だってある。しかも、このヴィルヘルム王子はやばい。

それはよくゲームの世界の外側から見ていてもわかる。

そんな王子に馬鹿正直に「ここは何度もやり直し前提のゲームの世界です」などと言えば、彼が何をしでかすかわからない。

もしかしたら、いろいろなエリザベートの顔を見たいから、などという理由で、情報を吐かせた後に邪魔なアリスを処刑する可能性すらあるのだ。そんな王子に簡単に自分のことを明かすことができない。


「絶対にすべてを見通せるわけではないのですけれど。ですが、お茶会の顛末はわかっていました」

だからアリスは、自分が実は未来を見通す力があるということにしておいた。

それも中途半端な力。国の戦争や、百年後までは予知できないが、ごく身近な未来だけをいきなり予言することができる。コントロールの利かない、そういう能力だと。

「よかった。これで君を処刑しなくて済んだよ、アリス」

「え」

 物騒な言葉に、アリスは思わずヴィルヘルム王子を見た。彼は相変わらずの笑顔のまま言った。

「だってそうだろ? いきなり現れてきた女の子が、僕とエリザベートの中を引き裂こうだなんて。そんな馬鹿な事があるはずがないあっていいはずはないんだ。だから、もしも君が嘘をついたなら、そのまま処刑しないと。エリザベートとの結婚の邪魔になったら大変だからね。今の君程度なら、僕でも簡単に罪をかぶせられるし」

(そういえば、こういう人だったな……ていうか、ナマで接するとやばさが余計に際立つ人だ)

 それがさも当然で世界の真理とでも言いたげに、ヴィルヘルムは自分の論理を展開する。


(よくこんなのと、エリザベートは結婚したがってるなあ。絶対やばいってわかるのに)

 彼女も生まれた時から、ヴィルヘルム王子の結婚相手に決まっていたというので、それ以外に相手を知らないというのも大きいのかもしれない。

 そうなるとアリスも、エリザベートに同情してしまう。

 彼女もアリスの挑発に頑張って耐えていた。ゲームの中では決められた台詞しか発することができなかったから分からなかっただけかもしれないが、エリザベートも彼女なりに苦労していて、しかもその末路がアリスに地位を追われるか、このヤンデレと結婚しかない、というのは、なかなか可哀そうだ。

「……なにを、かんがえているのかな?」

「な、なんのことですか?」

 思わずアリスは肩を揺らす。


 ヴィルヘルムがじ、っとアリスを見つめている。その瞳は、何か値踏みするかのような、そんな底知れなさがある。

「いや、なんだか君が余計なことを考えているんじゃないかって思って。確かに僕は君の能力は信頼したけれど、一番大事なことは僕がちゃんとエリザベートと永遠になることだからね? その協力をする代わりに、君が望むことにも協力する。そういう約束だ」

 その美しい空色の瞳の奥の奥。そこには深淵が広がっている。どこまでも深い深淵。

 その淵を覗き込むとき、深淵側もこちら側を見つめている。そういう言葉が思い出されてしまうほど、その闇は深く暗い。


「も、もちろん! わかっています!! ほら、私の言うようになりましたし! この後はちょっとエリザベート様は引きこもりますけれど、すぐにヴィルヘルム様の気を引こうとしますので!! それまでは逆に何もしないほうがエリザベート様はヴィルヘルム様のことを考えますよ?!」

「エリザベートが僕のことを?!」

 語気を強く言うと、またヴィルヘルムは笑顔を取り戻す。

(ほんとエリザベートのことになると、一瞬で笑顔になるな、この王子)

 チュートリアルでアリスはエリザベートと敵対する。エリザベートはここから、ヴィルヘルムの心を取り戻すために様々なことを画策する。それが序盤のストーリーだ。


そこでさまざまな妨害にもめげずアリスは必死にこの城に馴染もうとする。

(そのときにサブキャラとかそういう人たちも出てくるから、その辺りの好感度も上げないといけないし……ヴィルヘルムの好感度も上げないといけないから、バランスが面倒くさいけど)

「だったら、気を引こうとするタイミングもわかるのかい?」

「え、ええ……たぶん」

「たぶん?」

 ヴィルヘルムが首をかしげる。だが、これはアリスも気が付いたことだ。

 これはちゃんと先に伝えておかないと、後で聞いていないと話がこじれたら、本当に処刑されかねない。


「今回の『お茶会』確かに大筋は私の知っている未来です。ヴィルヘルム様とエリザベート様といっしょにお茶をし、私がお茶をかけられる。ですが、私の知っている未来ではエリザベート様は病気でお茶会を欠席しようとはしませんでした。それに、もっと序盤に私に紅茶をかけたはずです」

 本当ならば、自己紹介をして二言三言セリフがあった、その次の瞬間にいきなり紅茶をかけられる。そういう展開であったはずだ。

それが、今回はかなり失礼なことを言って挑発しなければ紅茶をかけてこなかった。ヴィルヘルムとのことを匂わせるのは、ヴィルヘルム自身がどういう反応してくるか未知数だったので、あまりやりたくなかったが、それでもそんな奥の手を出さないと、エリザベートを怒らせられなかった、というのもまた事実である。

「ということは、これから未来がさらに変化する可能性がある、ということかな?」


「そういうことになりますね」

 やはり顔だけでなく、頭脳明晰な王子だ。

 それだけの情報で、アリスが言いたいことをすぐに把握してしまう。

「確かにその可能性はあるんだろう。でも、大筋が変わらない、というのならば、些末なことには目をつぶるよ。今回のエリザベートのあの顔も、とてもかわいらしかったからね。ああ、あの顔をずっと固めておいておきたいくらいだ」

(この人、『エリザベート』という生き物であれば、なんでもイけるくらいのヤンデレだからいいのか)

 本当にこのヴィルヘルムには、エリザベートのことしか見えていない。

「だ、だから、しばらくは大人しくしておいてくださいね?」

「ああ、もちろん。だって、そうすればエリザベートは僕のことしか考えなくなるんだからね」

 最低のセリフを聞きながら、アリスは次なる算段に頭を巡らせていた。

(まあ、とりあえずこれで、『こっちのイベント』に集中できる……!)

 あくまでもこの王子は、エリザベートに押し付けなくてはいけない。

 そうしないと、アリスは推しと恋愛することすらできないのだから。

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私が王子の婚約者?いいえ、仲人です。ヤンデレ王子×悪役令嬢を成立させて隠しエンドで推しと結婚します 七星ミハヤ @nanahosimihaya

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