私が王子の婚約者?いいえ、仲人です。ヤンデレ王子×悪役令嬢を成立させて隠しエンドで推しと結婚します
七星ミハヤ
第1話 運命の日
鐘の音が響く。
曇天の空からは季節外れの雪が降り注いでいる。
それは、かつて、この国で皇后になるはずだった女へのせめてものはなむけだったのかもしれない。
「エリザベート、残念だよ」
薄い金色の髪をした美しい男が、これから斬首される女に声をかける。
豪華な外套に、王位継承の者しか被ることのできない王冠。それがこの国の第一王子、ヴィルヘルム王子であることは、この国のものであれば誰でも知っていることだった。
その声に、縛られ項垂れて震えている女は目を見開く。
「違う! ちがいます!! 私は騙されていたのです!! 殿下、どうか、お願いします。どうか!!」
鮮やかな太陽の色をした美しい髪を振り乱し、必死に後ろ手に繋がれながらも婚約者へ最後の弁解をする女性。
かつては宮中のどのバラであってもエリザベートの美しさには霞んでしまう、と謳われていたその顔は恐怖と絶望に染まっている。
罪人に着せられる質素な最低限のドレスだけのその格好もあいまって、その悲壮さを引き立てていた。
「あれが……かつて、宮中で最も美しいと言われた女の末路か。まったく、哀れなものだな」
「あなたたちも、よく見ておきなさい。嫉妬と憎悪に囚われ、殿下に、いいえ、この国に仇をなそうとした大罪人よ」
そのあまりの姿に対して、集まった聴衆たちも思わず目をそらす。
つまらない女の嫉妬によって婚約者である王子を裏切っただけでなく、さらにはこの国を危機に陥れようとした大罪人。
本来であれば、群衆から石の一つでも投げられても仕方がないことである。しかし、そんな姿であってもなお、高貴さを隠し切れないその姿とあまりの取り乱しように、彼らは目をそらすことができなかった。
「すまない。何をしようとも、もう、君を助けることはできない」
悲しそうに目を伏せる王子。まるで本当に彼女が処刑されてしまうことが残念でならない、というように。
その引き結んだ口元は何を我慢しているのかはわからない。
「だから、せめて苦しまずに殺してあげよう」
彼が合図をすると、役人たちが抵抗するエリザベートを無理やり立たせた。そして半ば抱きかかえるようにして、巨大なギロチンが鎮座する処刑台へと彼女を送り出す。
「嫌よ!! いや、いやああ、やめさせて、どうか!! お願い、殿下!! 殿下!!!」
「もう遅いんだよ、エリザベート」
そういいながら王子は、かつての婚約者の最後を見届ける。
生まれた時から妃として育てられたはずなのに、必死に抵抗して泣き叫びながら、処刑台に上ることを拒絶する彼女。
「だって君は僕を裏切ったんだ。仕方のないことだろう」
哀れな婚約者に最後の言葉をかけながら、王子はそっと傍らの女性を抱き寄せる。
赤毛の、エリザベートのような豪華な美しさはないが、どこか素朴な人好きのするような可愛らしい顔立ちをした少女だった。
「あ……」
彼女は王子に抱き寄せられると、そのままされるがままになりながら、じっとエリザベートを見つめる。
その表情には、どこか諦めたような、何かに安堵したような表情が浮かんでいた。
「だから、僕は君との婚約を破棄するよ、エリザベート。そして、このアリスとノイシュタット王国を治めていく」
そんな彼女に愛しそうに笑いかけて、それから王子はそのままの笑顔をエリザベートに向ける。張り付けたような笑顔を、純粋に、彼女だけに。
「だから、君はそこで見ているといいよ、エリザベート」
それは処刑台のギロチンに固定されて、今にも首を切られそうになっている彼女にとって、この世界での最後の光景。
「いや、いや、いやあああああ!!」
その瞬間、ギロチンの刃が泣き叫ぶ彼女の首を、綺麗に切り落とした。
「は……!」
そこで目を覚ましたエリザベートは、全身が震えていることに気がついた。これほどまでに、恐ろしい夢をみた。自分自身でも驚くのは当然だと分かっている。しかし、これほどまでとは思ってもみなかった。
「あんな……夢を見るなんて」
ゆっくりと起き上がってみれば、びっしょりと全身から汗をかいている。
鏡を慌ててみれば、唇が紫色に染まっていた。
「おや、もうお目覚めですか、エリザベート様? って、どうされたのです?!」
幼いころからずっとエリザベートの世話をしてくれているメイドのジェーンが声をかけてくれる。それに対して、エリザベートはなんとか表情を保とうとした。
「いいえ……なんでもないわ。平気よ」
「ですが、その顔色では。今日はせっかくヴィルヘルム殿下とお会いできる日、と楽しみにしていたではありませんか。本当に大丈夫です?」
生まれてから、ほとんど一緒に居るせいで、気安く声をかけてくるジェーン。
臣下になれなれしくしてはいけない、とは言われているが、ジェーンだけはエリザベートにとっても特別だった。
「ヴ、ヴィルヘルム、殿下、と……? あ、ああ、えっと、なんだったかしら」
ヴィルヘルム王子はエリザベートの婚約者。夢でエリザベートを処刑し、新しい女を抱き寄せていた男。それを思い出しただけで、緊張が走る。
「もう、しっかりしてもらわないと困りますよ。ほら、陛下の妹君の遠縁の姫君。彼女がこちらの王宮にやってくるから、その歓迎のセレモニーにエリザベート様も出席されるんでしょう? ヴィルヘルム王子に気に入ってもらうには、どんなドレスがいいかずっと考えていたくせに」
「そ、そうね……」
そこまで聞いて、エリザベートはジェーンに気が付かれないように、そっと拳を握った。
(夢とはいえ、あんな恐ろしいものを見てから、ヴィルヘルム王子に会うなんて……これ、どういう顔をしたらいいのか)
さすがに夢の中であなたに殺されました、と言ったら、あの穏やかなヴィルヘルム王子はどんな顔をするだろうか。
そう思っているのにどうにも思考が止まらない。
「新しい姫君ってどんな感じのお嬢さんなんでしょうね。ずっと庶民の間で育ってきたから。それほど王宮の暮らしには慣れてないとおっしゃってましたけれど。あっ、でも回復魔法が使えるって言うんで、ある程度は重宝されますよね」
「……そうね」
そもそもなんであんな夢を見たのか。
「まあ、とはいっても、容姿はそこまで噂になってないってことはそんなに目立つものじゃないからエリザベート様もそこまで気を張る必要はないかもですけれどね。そもそも、一応血筋的にはよくても、ずっと十六年間庶民の間にいたんですから」
「そうね」
予知夢、というものなのか。確かにエリザベートには魔力はあるから、そのせいで何か才能が開花した、とかなのだろうか。
「……そういえば、侍従の間で噂になっていたんですけれど、なんでも大きな翼をもつ魔獣が王宮に侵入しようとして、それを衛兵たちが撃ち落としたらしいんですけれど、どうにも撃ち落としたはずの魔獣の姿が見当たらなくて」
「そうね」
しかし、それならばもっと別の才能が目覚めるような予兆があっただろう。
「知ってます? 執事長のセバスチャン、若い女の子に惚れ込んで、王宮の金品を貢ぎまくり、それをヴィルヘルム王子に見つかったらしく……一応許されたとは聞きましたが、そこからどんな罰を受けたのやら」
「そうね」
だったら、これは一体……。
「もう! 聞いてないじゃないですか!」
「そうね……え、あ、ああ?!」
そこまで言われて、エリザベートはジェーンに指摘されて肩を揺らした。
「ほんと、何があったんです?」
「いえ……ほんとに、何でもないの。ちょっとぼうっとしていただけで……えっと、そう、今日はあれ、よね? 殿下とお会いして、式典への参加……」
「そうですよ! それから、殿下の弟の遠縁の姫君とご挨拶して、できるならお茶会なんかも開いてください!」
「お茶会ね……もう飽き飽きなんだけれど」
何かあれば、お茶会。お茶会、お茶会。
そうやって仲良くなれると言われても、性格だってあるし、相性だってあるの。そんなふうに簡単に仲良くなれるなら、苦労はしない。しかもある程度ダンスをしていればいい舞踏会とは違って、お茶会ともなれば話をしなくちゃいけない。
そんな今日来たばかりの女の子とどんな話をすればいいのか。エリザベートにはそうそう思いつかないのだ。
「仕方ないじゃないですか。遠縁とはいえ王家のお姫様。それを政略結婚できる程度に行儀見習いさせるためには、それなりの礼儀作法が必要なんです。きっとその指導には、エリザベート様も協力するように言われますよ?」
「はあ……そんなことさせられるなんてね」
ドレスの準備をしながら、エリザベートはため息をついた。
どこの国だって政略結婚は当たり前。しかもこの国には、遠縁のお姫さまを引っ張って来なければいけないくらいには、姫君が少ない。しかも、ヴィルヘルム王子は他国との同盟ではなく、国内の貴族たちの問題を解決するために生まれたときからエリザベートを婚約者とし、それが解消されないまま十八年の月日が経過している。
それを今更解消するとなれば、それこそエリザベート自身が、国家反逆罪などの大罪を起こさない限りは不可能である。
「まあ、できる限りはやってみるわ」
赤い絹のドレスに身を包み、その光り輝くような髪にいくつもの宝石をつけて、エリザベートは鏡の前に静かに立った。鏡面に映る自分の姿を見つめながら、わずかに唇を引き結ぶ。
(あの時は、本当にひどい格好をしていた)
夢だから、なのだろう。
意識は自分の中にあったのに、なぜか客観的にも自分を見ることができていた。
髪を振り乱し、この美しく着飾った姿の残滓だけを引きずって、処刑台に登る自分。
「……」
(あれはきっとあの女に関わってはいけない、ということなのでしょう)
絹の裾が床をすべるたび、光が反射して紅玉のような輝きを放つ。薄い金糸で刺繍された花々がドレスの裾を彩り、動くたびにまるで生きているかのように揺らめいている。
(その時は、できるだけ距離を取っておけばいい。……ああは、なりたくないもの)
そう思いながら、ジェーンと、さらに呼ばれたメイドたちが身支度を整えてくれるのを、エリザベートは大人しく待っていた。
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