CAWBAD

CだCへー

序章  ワ

 輪。


 一言で『輪』と言っても、物質的な物だったり、なにかを比喩する表現だったり、それは多岐にわたる意味がある。


 前者の物質だったら、縄だったり、輪ゴムとか、あとは、そう、リング! ピストンリングだ。あれも輪の分類になるよな。


 よく単機馬バイコォースのピストンリングの取り外しミスって、先輩にグーパン貰ったけ……


 あの先輩、根は優しいから、私みたいな新入りの根暗でも、よく話の輪に入れて貰ってたけど……コーヒー豆を砕くのを命じられたり、チーポック(茹でたジャガイモと干し肉、香辛料を混ぜ、チーズで包み焼いた私の好物だ)を奪われたり……


 いかん、こんな時だというのに思い出し怒りが込み上げてきやがった!


 今、この私、一之谷いちのたに はじめの前、正確には、目線のやや上にはその輪がある。


 その輪は、丈夫であるのが一目で分かる。材質も恐らく、麻と機械獣の筋繊維で編まれており、私の体重、具体的にはこの世界の標準的な森人フォーレリアンの体重どころか、鈍重な豚鬼族トンガ―の体重にも耐えられるのだろう。


「ぐずぐずするな! 早く階段を上れよ! 馬鹿がぁ!」

「そうだよ、後ろがつかえてんだよ! ボケがぁ!」


 私の後ろから汚いヤジが飛ぶ。


 はっ! 階段を上れだあ? 勘弁してくれ。この階段を上り切ったら


「罪人ハジメよ。段差を上り、その輪の前に立ちなさい。そして自身の罪を悔い改めるのです」


 そうだ。この輪は残念ながら、私の輪だ。生涯最後の所有物がこんな、無機質な輪なんて、笑えないな。


。判事」


 小さな驚愕だった。

 

 その声は、砂埃が舞う砂塵まみれの通りに、一滴の清らかな水が如く、静かに、けれども確実に染み渡る。


「誰かね?」


 高台のくそったれの判事が、豚鬼族トンガ―特有の豚鼻を鳴らし、ため込んだ脂肪を大量の金貨のように揺らしながらキョロキョロと周囲を見下ろしている。


「こっちだ」


 さっきの声と一緒に赤熱の太陽光を乱反射させながら、二つの何かが甲高い音を響かせ、判事の二つの眼を塞ぐ。


 判事がブッギと驚嘆の声を鳴らした。


「金貨二枚だ」


 周囲の見物人がざわつき、私がこの世界で初めて見た深い谷『アトランティカキャニオン』のように分かれる。


 そして、その分かたれた谷の真ん中に、頭上の太陽ですら、スポットライトに変えるような女神が立っていた。


 女神の表情は分からなかった。大きいストローハットが顔を隠していたからだ。それが、私には神秘的な印象を持たせた。


 女神は判事と会話を続ける


単機馬バイコォース泥棒は首吊りだが、金貨一枚につき一日、その命の所有権を貸与してもらえるだっけ?」


「それは、西部旧大陸開拓法だ! 今は……」


「固っいこと言うなよ? 判事様? 地下室の棺桶の――」


「わかった! わかった! 金貨二枚で二日だ! 二日間この罪人ハジメの命を貴様に貸与する!」


「どうも」


 女神は礼を言葉にすると彼女を包む、西部民族の刺繍が施された茶色を基調とした皮製の単機馬外套バイコォースマントから音もなく銃をこちらに向ける。


 呆気に取られる私をあの世に送る勢いで、鉄火の発砲音が鳴り響いた。


 コイツは女神じゃないな。


 砂塵の一風が駆る。それは、奴の正体を隠していたストローハットをふわりと躍らせ、渇いた地面に転がす。


 女神を気取った悪魔は口角を上げ、こちらを隻眼の金色の眼で捉える。


 私の目の前の縄が、銃弾によって焼ききれ、足元に落とされた。


 こうして、私の激動の二日間の火蓋は切って落とされたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る