当て馬は、誰だ。
紡
#1 First Note ―Akiho―
私は当て馬だ。
そう確信したのは、あの子に出会ってからだ。
「あの……軽音部の活動場所ってここですか?」
高校2年の4月中旬。春の陽気が心地よい日のことだった。
小春は、おずおずと、軽音部の練習室を訪ねてきた。
その時はたまたま、私ひとりだった。
「そうだけど」
――入部希望者かな?
「すみません、私、1年4組の、鈴川
「そうなの?仮入部期間は明日からだよ」
「あ、そうなんですね!すみません、1日勘違いしちゃってた!」
小春は顔を赤くして俯いた。
小柄で、少しウェーブがかった栗色のロングヘア。キラキラとした輝きをたたえた瞳。
そして――透き通った高い声。
「ごめんなさい、出直しますね」
「あ、ちょっと待って!せっかくだし、少し見ていく?全然良いよ」
「本当ですか!?やったぁ」
小春は、子供のように無邪気にはしゃいだ。
「私、2年の森下
「あ、あたしも、キーボードです……一応、ピアノ習ってたのと、新歓ライブ見て、先輩の演奏、カッコいいなと思って」
小春は、私がセッティングしているキーボードを見て、目を輝かせた。
バンドでは、キーボードは、ボーカルやギターほど目立たない。あくまで伴奏、つまり脇役だと、私は思っている。そんな私の演奏に憧れてくれたなんて……嬉しかった。
――でも、この子は、多分、キーボードよりも……
「ボーカル、やってみない?」
「えっ、ボーカルですか?そんな、あたしなんて」
小春は戸惑って、胸の前で手を振った。
「カラオケは行ったことある?」
「ありますけど……」
「何か、歌える曲ある?」
「アニソンなら……」
小春が言った曲は、女児アニメの名曲。
「良いよ、私弾くから、歌ってみて」
「えっ、今ですか?」
「うん」
私はイントロを弾き始めた。
小春は遠慮がちに、口を開き、大きく息を吸った。
――凄い。
高く、よく響くその声は、どこまでも真っ直ぐで、曇りがなかった。
音程はやや不安定だが、技術なんてどうでもいい。とにかく、この声は、この子にしか出せない。そう思わせる声だった。
――この子は、圧倒的に”主人公”だ。
一番を歌い終えると、小春が、はっと息を呑んだ。
ドアの所に、
「すげぇ……え、1年生?」
「は、はい、すみません」
冬真が、私に視線を送った。
「小春ちゃんっていうの。入部希望者。」
私はなにか、胸の中がザワッとする気配を感じながら、それだけ答えた。
冬真は、小春を見つめ、目を輝かせて言った。
「……めっちゃ、良い声だな」
小春の頬が、ボンっと音がするように、真っ赤になった。
その時、私の胸の奥に、何か重いものが、ずしん、と落ちた気がした。
「す、すみません、しゃしゃり出て…また、明日、仮入部に来ます!」
小春はそう言って、パタパタと駆け出していった。
その時、私は、一瞬で、悟ったのだった。
小春は、主人公。
そして、この物語において、私は――当て馬だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます