踊り子の娘は水の精霊から踊り方を学ぶ~人間と精霊の物語~

山内 琴華

モニカとマーリェ

 暗い暗い夜の森。人間の目などない、森の深く奥。

 闇の中、ポツンと光る月と星々。そして――小さな湖の上に光る魔力の光。


「~~♪」


 魔力を次々と生み出し、ふわふわと浮かせるのは、ゆったりと鼻歌を歌う少女だった。

 ――否、それは少女ではない。精霊だ。美しき、水の精霊。

 精霊がクルリと回る度、長く伸びた深い青の髪が揺れ動く。

 精霊は魔力の衣を纏い、舞い踊る。蝶のような美しい羽が動く。

 ただ、心の赴くままに。いつまでも、いつまでも。

 誰もが目を奪われる、神秘の象徴だった。


 その光景を周辺で見ている少女がいた。その少女の名は、スター・モニカ。十四歳。踊り子の娘だった。


(わぁ……!どうやったら、あんな風に舞えるんだろう?)


 しばらくして、水の精霊は動きを止める。そのタイミングで、モニカは彼女に声をかけた。


「……ねぇっ!」

「……っ!?」


(わぁっ。キレイな人ぉっ!)


「誰……?」


 水の精霊は驚いたように目を見開く。


「あ、あの!勝手に見てごめんなさい……」


 モニカは恐る恐る、怒られる前の子犬のような顔で出てきた。


「……」


 水の精霊はモニカの目の前にやって来た。モニカの目に水の精霊が、水の精霊の目にモニカが映った。


「……反応なし、ね。素質もあるみたいだし」

「……はんのう? そしつ?」


 怪訝そうな顔の精霊に、モニカが首を傾げると、精霊は「こっちの話」と首を振る。


「ねぇ、貴女のお名前は?」

「スター・モニカ!」

「そっか。私は、マーリェ。よろしくね」

「マーリェちゃん? 可愛い名前だね!」


 元気いっぱいに、モニカは笑った。その無邪気な笑顔に、マーリェもつられてクスクスと笑う。


「モニカって呼んでいい? 私のことも、マーリェでいいから」

「えっ、いいの!? やったぁ! よろしくね、マーリェ!」


 また無邪気に笑った後、モニカはもじもじとし出す。マーリェは首を傾げた。


「どうしたの、モニカ?」

「あ、あのね。私、マーリェにお願いがあるの」

「うん、なあに?」

「私……ね、踊り子になりたいの」


 マーリェは「踊り子?」と首を傾げる。モニカは少し俯いて、話し始めた。その表情は悲しそうで、寂しそうだった。


「私の母様がね、ちょっと前に事故で死んじゃって。だから、代わりの人が必要なの。私は、母様やマーリェみたいに舞いたい!いっぱい、踊ってみんなを笑顔にしたいのっ!」


 亡き母のことを思い出しているのだろう。モニカの桃色の瞳には薄い涙の膜ができる。


「マーリェの、舞はね、すごかった。私もね、すっごく楽しくなったんだ。だから……私に舞を教えてください」


 モニカが頭を下げれば、マーリェは驚く。その反面、嬉しさもあった。舞など、人間に見せたのはいつぶりだろうか。


「私で、いいのなら」

「……! ありがとうっ!!」


 モニカは満面の笑みを見せた。母が大事で、踊りもきっと好きなのだろう。


「でもね、一つだけ条件があるの」

「なあに?」

「ここには一人で来ること」


 モニカはなんでだろう、と思いつつもすぐに頷いた。


「分かった! 秘密の特訓だねっ」

「ふふ、そうだねぇ」


 マーリェは意味深な笑みを浮かべる。モニカは「あっ」と口を開く。


「……遅すぎるとみんなが怒っちゃう。じゃあ、マーリェ! また明日ねっ」


 モニカは手をぶんぶんと振り、森から去って行った。


「うん……また明日、ね」




 マーリェはふわりと浮かんで、木の上で座り足を組んだ。


「世界中のいいところだけをかき集めた……といっても過言じゃないね、モニカは。あとは、ほんの少しの好奇心、と言ったところかな」


 マーリェはモニカの無邪気な笑みを思い出し、「ふっ」と笑う。


「ましてや、結界を超え、この魔術具さえも反応しないとは」


 マーリェは首に下げていたペンダント――否、魔術具を手に取った。

 それは、装着した者への敵対心や悪意を察知して、知らせてくれる魔術具だ。結界も同じく、結果内にいる者への悪意は通さない。


 人間とは、欲望の塊だ。美しいもの、便利なもの――ほしい、ほしい、と際限がない。


 マーリェはかつて、そんな人間に襲われたのだ。舞が上手だった、美しかったから、とそんな理由で。

 マーリェはごろんと木の上に寝そべった。しばらく眠る。別に、精霊には睡眠は少ししかいらない。なくても生きてはいける。


 数時間後、マーリェは起き上がった。丁度、日の出の頃だ。


「さぁ、こんにちは。新しい生活さん」


 昇って来た朝日を見て、マーリェは笑った。未来がどうなるのか。それはそれは楽しそうに。




 ◇◆◇




「今日もお寝坊さんだね、モニカ?」

「ん……ふぇ、ふぁ~~。おはよう、シーラ」


 テントの中でモニカは目を覚ました。昨日は夜更かしをしたので、いつもより眠い。寝坊をよくするのはいつものことだが。

 クスクスとモニカを笑うのはパルマ・シーラ、十九歳。歌担当。お姉ちゃん的存在だ。


「おい、起きたか、モニカ、シーラ」

「あ~、ベンノっち! おはよ!」

「ベンノっちって言うのやめろっていつも言ってんだろ、モニカッ!」


 ベンノっち――否、トーンル・ベンノ、二十七歳。ギター担当。三十代後半に見える顔をしている。


「話あるから、着替えたら外出てこい」

「……っ!!」

「分かったぁ。モニカ、着替えよっか」

「う、ん……」


 きっと、嫌な話だ。〈スター〉団長であるモニカの母――スター・マルガが亡くなってから、約一か月。そろそろ、この〈スター〉も今後の話をしなくてはならない。


「モニカ……嫌なのも分かるんだけどさ……もう流石に、ね」

「分かってる……分かってるけど……!」


(嫌だ……嫌だ。ずっと一緒がいい!みんなで、観客の人たちを笑顔にするのっ!!〈スター〉のみんなとじゃなきゃ……嫌なのぉ!)


 そんなモニカの心の叫びはどこにも届かない。

 着替えを終えたモニカとシーラはテントの外に出て、近くの食事処へ行く。

 食事処には、モニカとシーラを含めた〈スター〉の七人全員が揃っていた。


「お寝坊さんな二人だね」


 ニコリと笑った金髪の男性――エルキン・ミハイル、二十歳。シーラと同じく、歌担当だ。二人は幼馴染である。


「私はそんなことないんだよ~、ミハイル? だって、モニカが起きなかったんだもん」

「うぅ……ごめんなさいっ」

「あははっ、ホント、モニカは素直だね。シーラとは違って」

「うるさいー」


シーラの言葉に、ミハイルはクスクスと笑う。


「おい、無駄話はそれくらいにしろ」


 ベンノの鋭い声が食事処に響く。和やかな空気が一瞬で凍った。


「……すまん、この空気俺には耐えられん」


 しばらくすると、口元を押さえ、そっぽむくベンノ。その顔は真っ青である。


「ハァ……副団長様は頼りねぇなあ」


 ため息をつくのは、打楽器担当――ダルア・ガルグだ。髭のはえた三十七歳である。


「マルガが死んでから一か月。流石に、今後のことを考えなきゃなんねえ」

「あぁ、そうだ。今のままじゃ、生活費は賄えないからな」


 ガルグの言葉に、ベンノも頷く。

 モニカは言葉を詰まらせる。


「……あのっ!」


 ガタッと音を立て、モニカは立ち上がる。

 全員の視線がモニカに集まる。


「私、ここ解散させたくない……!」

「それは……俺もだよ」


 ベンノは聞き分けのない子供を見る目でモニカを見た。そのとき、女の声が頭上から聞こえる。


「何それ。我が儘? これからのこと次第であたしらの生活は変わる。分かってんの、モニカ? ろくに踊りもできないくせに」

「……それ、は……」


 嘲笑を浮かべ、モニカを見下げたのは、ブローサ・アブリル、二十五歳。クルクルとしたワインレッドの髪を手に巻き付けていた。


「私……は〈スター〉のみんなと一緒に踊りたい。この仲間が……みんながいいっ! 母様に胸を張って、頑張ったよって言えるように……!」


 モニカは涙が溢れないように、必死に我慢をする。モニカの言葉に、年長組が目を見張った。


「ほんっと、お前はつぐつぐマルガに似てるよな」

「本当に。あの子そっくりじゃないですか」


 クスクスとした笑い声が聞こえだす。平民に思えぬ丁寧な言葉遣いをするのは、ヴィルヘルム・リラ。初老手前の男性だ。元下級貴族なので、名前が先に来る。


(どういう、こと?)


 モニカや年下組のシーラ、ミハイルは目を瞬かせる。

 ガルグはほんの少し哀愁を滲ませながら言った。


「あー、モニカが生まれる前……いや、生まれてから、ちょっと経った頃だったか」

「ありましたね。懐かしい」

「あぁ。その時は主旋律をほぼ網羅するすげぇ爺さんがいてな、まあその爺さんが高齢っつうことで引退したんだ。それで、その爺さんの代わりを誰がすんのかって話になった」

「……」


(母様の――昔の〈スター〉の話……?)


「まぁ、自分が全部やるとか言い出しましてね。本当にびっくりしましたよ」


『解散なんてやだよ!私はさ、この〈スター〉で……みんなで、踊っていたい。ここまで繋げてくれたじいのためにもさ!いつか言うんだ。じいに胸を張って頑張ったよ、私たちすごいでしょ、って!』


 ベンノやガルグたちは懐かしい記憶を思い起こす。本当に、モニカとマルガはそっくりだったのだ。見た目も、言動も。


「私に一ヶ月、時間がほしい。それまでに、キレイな踊り、見せてあげる」

「ハッ、一ヶ月? 駄目だ。二週間にしな。それまで稼げたであろう金はあんたが払ってくれるのか?」

「それ、は……」


 そうだ。モニカの我が儘で、こうなっているのだ。払いたくても、まだモニカには貯蓄など持ち合わせていない。


「アブリル、それくらいにしておきなよ。無理だってことも分かってるし、貴女はモニカを苛めたいわけじゃないでしょ?」

「……っ!! うるっさいよ、シーラ!」


 シーラの淡々とした言葉に、アブリルは顔を真っ赤にさせて大声で叫んだ。

 まあいわゆる、ツンデレと言うやつなのである。


「……大目に見て二週間だ。それ以上は待たない」

「……えぇー、アブリル、意地悪は駄目だよ?」

「シーラ、うるさい。これは絶対だ。変えるつもりはないよ。いいね、モニカ?」

「……うん、分かった。ありがと、アブリル」


 モニカはいつも通りに――否、いつもより堂々と前を向いて笑った。


「ふん、あたしゃ、何もしてないさ。……それに、〈スター〉がなくなるのは、あたしだって嫌なんだよ」


 アブリルの呟きはモニカに聞こえることはなかった。




 そうして、ひとまずは解散。モニカはシーラに声をかけた。


「シーラ、私、森に行ってくるね」

「森? どうして? 踊りをするなら、みんなに見てもらっていた方が、アドバイスとかもできると思うけど」

「ううん、私みんなを驚かせたいんだ! だから、シーラも楽しみにしててね!」


 モニカは楽しそうに、嬉しそうに笑う。マーリェとの約束をきちんと守っているのだ。

 シーラはモニカを見て姉のような笑みを浮かべた。


「うん、分かった。頑張ってね、モニカ」

「ありがと! じゃ、行ってくるね!」


 モニカはぶんぶん、とシーラに手を振り、森の奥に走った。




「マーリェ!来たよっ!」

「早かったね、モニカ」


 モニカの元気な声に木の上に座っていたマーリェは驚いた。

 もう少し遅く――夜に来ると思っていたのだ。問題はないが。


「何をすればいいかな?」

「うーん……一回踊ってみてくれる?見た上で判断したいな」

「分かった。歌はどうする?」


 モニカが首を傾げると、マーリェは「うーん」と唸る。


「私が歌ってあげる。じゃあ、舞の第一練習曲なんてどう?」

「あっ、母様がいつもやってたやつ!」

「じゃ、やってみて」


 マーリェは美しい声を森に響かせた。

 その音に合わせて、リズム良くモニカが踊る。


 ――はずだった。





「……」


 マーリェは絶句した。(歌っているので黙ってはいないのだが)

 かの踊りが好きそうなモニカのことだ。踊りもそれなりにできるのだろうと思っていた。

 しかし、目の前のモニカはカクカクと動き、歌のリズムには全く合っていない。むしろ、笑劇でも見ているのか、というレベルであった。


(これは……本当に厳しくしないと駄目かもしれないわ)


 マーリェは友人の風の精霊に頼み、モニカたちの話し合いを軽く教えてもらった。


(タイムリミットは二週間。これ、本当に大丈夫なのかしら?)


「モニカ、もういいわ」

「どう、だった……っ?」


 モニカは息が切れつつそう言った。その顔は、疲れながらもふんすっ、と意気込んでいる。


(下手すぎるという自覚はないのね)


「…………先に基礎体力からつけましょうか」

「えっ、何、今の間!? 怖い!!」


 モニカは叫ぶものの、マーリェはニコリと笑って何も話す気がない。


「じゃあ、とりあえず走り込みからね」


 そうして、秘密の特訓(地獄仕様)が始まった。



 数時間後。


「ふぁ〜〜!つ、か……れた」


(しんどいよぅっ!! マーリェは鬼なのかなぁっ!?)


 モニカは心の中でそう叫んだ。先程まで、モニカは走り込み、木登り、ジャンプ、筋トレ――などをやらされていたのだ。もうおかげで、体はヘトヘトである。


「だいじょーぶ、モニカ?」


 何とも思っていなさそうな顔で、マーリェはモニカを見た。


「しんどいっ!!」

「ふはっ、正直だね、モニカは」

「しんどいものはしんどいよ! マーリェはいつもこんなことやってるのっ?」

「ううん、モニカのフットワークが重すぎて。というか、私は精霊だから、フットワークも何もないよ」


 モニカは「そっかぁ……」と曖昧に頷く。そして、しばらく固まって「って、えっ!?」と大声を出した。


「マーリェって妖精さんだったの!?」

「妖精と精霊は似てるけど、違うよ? 私は精霊。妖精は、勝手に人間が作ったおとぎ話さね」

「私、聞いてないよ! だから、そんなに小さいんだぁ」

「まあね」


 モニカのしみじみとした声に、マーリェは頷く。


「あ、じゃあ、私もモニカと同じくらいになったげる」


 マーリェは笑ってそう言えば、青い光に包まれる。

 現れたのは、マーリェそっくりの女の子だった。五歳くらいだろうか?


「どうかな? 久しぶりにこっちの姿になったんだけど」

「五歳くらい? 可愛い~」

「えっ!? あ、待って? もっと上にするっ」


 モニカに小さい子を見る目で見られたマーリェは慌てる。顔が幼いので、とても可愛らしい。

 また青い光に包まれ、再び現れたマーリェは成人くらいの女性になっていた。シーラとそう変わらないくらいだ。


(勿体ない、可愛かったのに。でも、こっちはこっちでちょー美人!キレイ!)


「……精霊って、すごいんだねぇ」

「人間は弱い。だから、私たちが人間を守るために強いんだろうねぇ」


 マーリェはモニカと似た口調でそう言い返した。モニカはマーリェの言葉に驚きつつ、揶揄うように、大人のマーリェを見上げる。


「マーリェは、私に何かあったら、助けてくれる?」

「勿論。当たり前だよ」

「やった。マーリェは優しいね」


 小さく喜ぶモニカに、マーリェは苦笑する。


(君が望むなら、もっと多くを与えてあげるのになぁ)


 つくづく実感する。モニカは良心の塊みたいな人間だ。

 そう思いつつ、マーリェは立ち上がり、モニカを見た。


「さ、練習の続きやるよ!」


 モニカは大きく頷いた。



 ◇◆◇



 そうして、モニカとマーリェの特訓が始まってから、十日が経った。モニカは体力もついてきて、あれだけ壊れた魔術具みたいにカクカクとしていた動きもそれなりに改善された。


(あんなに、カクッカクッしていた動きから……ほんと、モニカは成長したな)


 今、モニカはまた森の中で舞っていた。最初にやった舞の第一練習曲だ。あの頃とは見違えるほど、上手くなっている。


「モニカ」


 マーリェはパンパン、と手を叩くと、モニカは息切れをしつつ、「何?」と振り向いた。


「モニカはさ、今何を考えて舞ってる?」

「何って……」


 難しい質問だ。モニカは「うーん、むーん、えぇー?」と唸る。


(何だろう、舞ってる間に考えてること……って)


「……うーん、と? あ、次にどう動くか、かなぁ」

「まぁ、そーいうのだろうとは思ってたよ。あえて厳しいことを言うと……私ね、モニカが楽しいようには全く見えない」


 モニカの心臓がドクンと跳ねた。それでも、マーリェは無慈悲に言葉を続ける。


「考え事してるときってさ、別に楽しそうには見えないでしょ? それとおんなじ。モニカの母様は、どんな風に舞ってた?」


 マーリェの言葉に、モニカは目を閉じて思い起こす。

 軽やかなステップ。ひらひら舞い踊るキラキラした布。

 そして――満面の笑みで楽しそうに舞う母、マルガ。


「どんな時でも……笑顔だった」

「でしょ? モニカはさ、十日っていう短い期間でこれだけ上達できた。それは本当にすごい。でも、ここからはまた別の問題」


 マーリェの的確ながら無慈悲な言葉にモニカの顔は歪む。


「じゃあ、今日はこれで終わり」

「えっ、もう? 早いよ」

「明日までに考えてみな。どうやったら、見ている人を楽しませられるのか。それが踊り子の本分ってものでしょ」


 マーリェはクルリとモニカに背を向け、そのまま振り返ることはなかった。




 モニカはいつになく元気をなくし、トボトボと歩いて、テントに潜った。そのまま寝袋の上にバタンと倒れる。


「あれ~、今日は早いんだ。いつも大変そうだったし……」


 モニカが森から帰ってきていたのを見ていたシーラが、テントに顔を覗かせる。


「シーラ……」


 モニカはふんっ、と体を起き上がらせる。


「夕ご飯一緒に食べる?」

「うんっ」


 モニカとシーラは手を繋いで、食事処に足を運んだ。ここ最近、モニカはマーリェとの特訓で夜遅くまで森にいたので、シーラとご飯を食べるのは久しぶりだ。ちゃんと話すのもそう。「おはよう」「おやすみ」くらいは話していたが、それ以外の会話は特にしていない。



 食事処に入ると、ミハイルとベンノ、ガルグが食事をしていた。


「……モニカ。久しぶりだね」

「ミハイル、ガルグ……ベンノっちも」

「十日ぶりの再会でまだそれを言うかっ、モニカ!」


 ベンノは立ち上がって、モニカの頭を両手でぐりぐりした。

 成人している男性の手といういのは、実に痛い。


「痛い、痛いっ! 髪がぐちゃぐちゃになっちゃう!」

「うっせ! もう二度とそう呼ばないと誓え!」

「ベンノ、ご飯中に立ち上がっちゃ、駄目だよ?」

「…………はい、すんません」


 シーラの正論に虚無になったベンノは口を噤んで、席に着いた。そんなベンノにクスクスと笑っていたミハイルが、モニカの方を向いておっとりと首を傾げる。


「モニカ、練習は順調?」


(全然……順調じゃない。あと四日しかない……っ!)


 間に合わないかもしれない、そんな恐怖がモニカを支配する。

 でも、モニカは必死にいつも通りを演じた。心配されないように。


 ――キレイな踊りを見せる。


 その約束を、守るために。


「……うんっ!超順調!すっごいんだから、めっちゃ楽しみにしててよね……っ」


 モニカが最後、一瞬だけ泣きそうな顔になったのをミハイルもシーラもベンノも見逃さなかった。唯一、食べるのに夢中だったガルグは見逃したが。

 だが、ミハイルは微笑んだ。モニカは心配をかけさせないためにやったことだ。それを台無しにするのは、ミハイルもベンノもやりたくない。


「……そう。頑張って」

「うん……っ」


 ――モニカのこと、任せたよ。


 ――当り前じゃない。


 ミハイルとシーラのそんな目線でのやり取りに、モニカは気付かない。

 モニカは頷き、シーラと共に席に着いた。


「モニカ、何かあった?」


 注文を終えると、シーラは静かにモニカに問う。


「……うん、そのね。シーラはさ、『見てて楽しくない』って言われたらどうする?」

「何それ。誰かがモニカにそんなこと言ったの? そういう奴には、『見せるためにやってんじゃない』って言ってあげな」

「……あ、えっと、踊りの話ね? ごめん、言葉が足りなかった」


 不快感を隠そうともしないシーラにモニカが慌てて訂正を入れる。その言葉に「……そう」とシーラは頷く。


「私ね、踊ってる間、次にどう動くか、ばっかり考えちゃうんだ。だから、表情にまで意識を向けられないの」

「……モニカはさ、踊り楽しくないの?」

「え」


 モニカは気の抜けた声を出す。そんな質問をされるとは思ってもみなかった。


(そういえば、踊ってて楽しいって思ったの、いつだっけ)


 最近では、〈スター〉を解散させたくない、そんな思いのためだけに舞っていたような気がする。

 踊りは、楽しくて、キレイで、大好きなものだったはずなのに。


「モニカの思うがままに、踊ってみるのがいいんじゃないかな」

「でも、間違えちゃうじゃん」

「そんなのどうだっていいよ。最低限の技術さえあれば、あとはお客さんを楽しませられるか、でしょ?別に、絶対にこうじゃいけない!っていうのがあるわけじゃないんだからさ」


 シーラの言葉が、モニカの胸にストンと落ちた。シーラは笑って「マルガさんだって、結構踊り変わってることあったし!」と付け加える。確かに、そういえばそうだった、とモニカは思い出した。


「シーラは……すごいなぁ。私が全然分からなかったことに、すぐ気づいて」

「ばーか」

「ばかっ!?」

「……私はさ、一応モニカの姉のつもりだよ? モニカよりすごいのなんて当然じゃん?」


 シーラは猫のように、悪戯っ子のように笑う。でも、それはモニカを馬鹿にしている笑みじゃない。――モニカを元気づけるための笑みだ。


「うんっ、ありがとう、シーラ!」


 満面の笑みを浮かべるモニカに、シーラは優しい手つきで、モニカの頭を撫でた。




 ◇◆◇




 翌日、モニカはまた、森の奥にやってきた。その身に纏っているのは、舞の衣装。残り数日、そろそろ本番に寄せた練習もしておきたい。


「……? あれ、いない」


 マーリェはいつも、小さな湖の近くの木の上でごろごろしていることが多い。だが、今日はそこにはいない。モニカは湖の周りをグルリと一周してみたが、それでもいなかった。


(どこ行ったの……?)


「おーい! マーリェ! どこいるのー?」


 森の奥深くには魔獣や魔族が住んでいる場合もある。だが、そんなことを知らないモニカはぐんぐんと森の奥へと進んでいた。


「マーリェっ!」


(全然いない……っ!)


 ハァ、とため息をついて立ち止まったその時、グルルルと獣の声がした。

 振り向くと、いたのはウォーガンだった。殺傷能力が非常に高く、魔法より物理が得意で、爪や牙がとても鋭い。

「ガァァアアッ!!」

「えっ、魔獣!? もうっ、最悪!」


(この衣装、母様のものなのに!)


 モニカはウォーガンに背を向けて逃げた。貴族でなく、杖を持たないモニカができることはない。


「痛っ!」


 モニカが振り向いた一瞬で、ウォーガンはモニカの頬を切る。切られた部分がじんわりと痛んだ。


(殺される……!)


「……私の友達に何してるの」


 聞きなれた声、マーリェの声がした。振り返ると、やっぱりマーリェがいる。


「マーリェ!?」

「ちょっと下がってて」


 マーリェはモニカを庇うように立ち位置を変える。ウォーガンからは目を離さず、モニカに言った。

 そして、マーリェはウォーガンに手を向ければ、魔力が集まっているのが素人のモニカにも分かる。水のような粒子がたくさん集まっているのだ。


「行け」


 マーリェはそれだけ言い放つと、水の光線を飛ばした。水、といえば柔らかくて自由自在に形が変化するものだが、この魔法は違った。

 水は一滴も零れることなく、ウォーガンに真っ直ぐ飛んでいく。

 精霊は人間と違い、詠唱も杖も必要とはしない。人間が詠唱なしに、杖なしに魔法を使うことは不可能なのだ。使おうとすれば、魔素配列がぐちゃぐちゃになる。


 そして、マーリェの水魔法はウォーガンに当たり、倒れた。ウォーガンの体はボロボロと崩れ始める。


「ハー、危なかった。大丈夫、モニカ?」

「う、うん……でも、傷が」


 踊り子やら演者やら――そういった仕事をする者にとって、体の傷は致命的だ。ましてや、顔など以ての外。しかも、モニカは三日後にお披露目を控えている。


(……最悪)


 モニカは零れそうな涙を必死に拭う。



 マーリェは心が傷んだ。


(私がもっと早く来ていれば!)


「モニカ」


(これは、気休めにしかならないけど……やらないよりかはマシ、よね)


 マーリェとモニカはいつもの湖の近くまで戻り、モニカは石の上に座った。


「マーリェ、何をするの?」

「ちょっと目、閉じてて」


 素直なモニカはマーリェに言われた通りに目を閉じる。

 マーリェが傷口に優しい手付きで触れると、モニカはピクリと肩を震わせる。


(ごめんね、モニカ)


 マーリェは詠唱を口にして、魔法を行使する。青い粒子が集まって、傷口を埋めていく。治癒魔法の一種だ。


 治癒魔法には三つの種類がある。光、水、花の属性を持つ者にのみ使える魔法だ。光が最も強い効力を有する。だが、一方で水や花は世間では気休め程度、だと言われる魔法だ。実際、水や花で治癒魔法を使うのは完治させるためだ。理由は単純。それ以外に使っても、ほとんど効力を示さないからである。

 また、人間であれば、光は一語の詠唱で事足りるが、水や花は神に捧げる長い詠唱が必要だ。それは、精霊も同じこと。詠唱を必要としない精霊でも長い詠唱がいる。しかも、使用魔力が段違いなのである。


「ん、もういいよ」


 青い粒子が消え、マーリェはホッと安堵の息を漏らした。モニカの頬を切っていた傷は傍目にはもうなくなっているように見える。だが、見た目を気にした分、かなり傷が開きやすくなっているのだ。

 マーリェの声に反応し、モニカの若緑の瞳がゆっくりと開かれる。


「えっ、治ってる!?」


 思わず傷口に触れようとするモニカをマーリェは止めた。


「駄目! 今触ったら傷が開くからっ!」

「あ……ごめん。でも、ありがとう、マーリェ」


 モニカは優しく微笑めば、マーリェはよく分からない感情が込み上げた。


 友人としての信頼か、いい人すぎるという尊敬とほんの僅かな呆れか、母親のような慈愛でも感じたのか、はたまた、想い人としての恋慕か――。精霊であるマーリェには分からない。もしかしたら、精霊でなくても分からなかったかもしれない。

 ちなみに、精霊は人間のように生殖活動はしない。マーリェに親はいないし、子もいない。また、恋をしたこともなければ、恋をするという感覚もない。


「あっ、そういえばね。分かったんだ、楽しく舞う方法。……って言っても、シーラ――お姉ちゃんに教えてもらったんだけどね」

「……そう、なら良かった。……モニカって姉がいたんだね」

「まぁね、すっごく頼りになるお姉ちゃんなんだっ!」


 モニカが嬉しそうに笑う。マーリェには、何だか羨ましく思えた。姉という存在に、大好きな仲間という存在に。


「マーリェ、今から舞うから、見ててね!」

「……」


 モニカは自信たっぷりに笑うと、マーリェは目を見開いた。悲しそうな、寂しそうな、懐かしむような菫色の瞳。


「どうかした、マーリェ?」

「ううん、何でもない」


 重なったのだ、かつてのマーリェに。大好きだった人間に裏切られる直前のマーリェに。



 ――私、今から舞うから、見ててっ!



(モニカがそうなるのなんて、絶対に許せない)


「モニカ!」

「うん、なあに?」

明々後日しあさっての舞、成功したらさお願いあるんだけど、いいかな?」

「いいよっ! マーリェにはいろんなことを教わったしね!」


 そうして、モニカはマーリェの歌に合わせて踊り始めた。

 その舞は、素晴らしく、目を奪われるような、楽しい舞だった。




 ◇◆◇




(超超超緊張してきたぁ……っ)


 モニカはテントの中で狼狽えていた。テントの外はまだ夜明け前だ。

 マーリェから「早く寝るように!」と言われて、早く寝付いたのに! 逆に早く寝すぎて起きるのが早くなってしまった。

 今から舞で体力を使えば、汗をかいて湯浴みをしなければならない。


(それは、ちょっと面倒なんだよね……)


「……お散歩くらいならいいよね」


 そう考えたモニカは、一緒に寝ているシーラを起こさないようにテントを出て、森に入った。小さな杖を持って。

 今までは目に入っていても、ちゃんとは見たことはなかった草木や花々。


(キレイだなぁ……)


 少し開けた場所に出た。モニカは持ってきていた杖を見る。


(母様が使ってた杖……)


 マルガは杖を持っていた。尤も、貴族の持つ本物の杖ではなく、平民の魔力持ちに作られた粗悪品だが。


「私にも、魔法が使えたらなぁ」


 そうすればもっと、みんなを喜ばせることができるだろう。

 確か、マルガがよく言っていた呪文は――。


「ツィルーフリア」


 モニカがポツリとそう呟けば、体の中から何かが抜けていく感覚がする。杖の先端から可愛らしい小さな花や葉が出てきた。


(すごいっ、すごいっ!)


「何してるの、モニカー?」


 そこにやって来たのはマーリェだ。いつも飛んでいるマーリェだが、人間の姿で歩いている。今日はモニカとほぼ同い年の年齢に見えた。


「マーリェ、見て! 魔法、使えた!」


 モニカは興奮して、再び「ツィルーフリアっ!」と唱える。同じように小さな花が飛び出した。


「ちゃんと寝なって言ったのに……って言おうと思ってたんだけど……おめでと、モニカ」


 マーリェは子の成長を喜ぶ母のような顔で笑った。


「あはは、全然寝れなかったんだ。あと、早く寝すぎちゃって」


 それから、モニカとマーリェは緊張を解すように他愛もない話をして、モニカはテントに戻った。


『隠れながらだけど、私見てるからね、モニカのこと』

『うん、私絶対成功させてみせるから!』


 そう宣言したからには本気でやる。それに――


(見ててね、母様。私、頑張るから)


 空から見てくれているはずの母にも、カッコイイところを見せたいのだ。





 モニカの舞のお披露目は、村の祭りに使われている舞台で行われる。

 〈スター〉の全員に加え、村の一部の者だって見に来るのだ。当然、観客は増える。失敗は許されない。


(大丈夫、大丈夫)


 モニカは必死に自分に言い聞かせる。


『モニカ』


 控え室にやって来たのは、シーラとミハイル、ベンノだ。三人は演奏を担当してくれるのだ。他のみんなは聞き役に徹するらしい。


「……私、頑張るからよろしくね、みんな」


 モニカが緊張を感じさせない頼もしい笑顔でそう言う。


「任せて、モニカ!」

「うん、僕も精一杯やらせてもらうよ」

「おう、こっちは任せとけ! 演奏は完璧にしてやるからな」


 三人は一瞬、驚いた顔をしてからモニカと似た笑顔で笑った。


「さぁ、行こう」



 壇上に上がったのは、〈スター〉団長マルガの娘、スター・モニカ。それに続いて、シーラとミハイル、ベンノも上がって来る。


 モニカはマルガが着ていた舞の衣装を纏っていた。薄く化粧もしている。

 その様子を近くのベンチから足を組んで見ていたのは、ブローサ・アブリルだ。ガルグとヴィルヘルムは前の方でモニカたちを見守っていた。


(あの動きがどれだけ上達するかね)


 アブリルはモニカに辛辣だが、同じように〈スター〉のことを考えているのは同じだ。


(……ちゃんとやれよ、馬鹿娘)


 でないと、もうこの楽しい仲間と別れなくちゃならないのだから。それだけは、嫌だ。


「初めまして、スター・モニカです。今日は集まっていただき、ありがとうございます」


 モニカは大人のような微笑みを浮かべ、幼い声はそのままに、はっきりとした声を出した。大勢を前にすると、ベソベソと泣いていたあのモニカが!


「今日私が舞うのは『〈光の女神〉』です」


『〈光の女神〉』。聖典とやらから作った〈光の女神〉への讃歌だ。

 明るいメロディーで、リズムよい。天真爛漫なモニカにはピッタリの曲だろう。


 ミハイルがパチン、パチン、パチンと指を鳴らして、リズムを作る。

 それに合わせて、ベンノがギターを弾き始めた。ギターの音に、シーラの甲高く美しい歌声が混ざり、ミハイルの低い美声も加わる。

 モニカはクルクルと回り出し、それについていくように、ラメ入りの布がひらひらと舞う。

 それから、手を伸ばした。真っ直ぐと伸びた手は、計算しつくされているわけではない。だが、その一生懸命さが、観客の心を動かしていた。


(やるじゃん、モニカ)


 すると、手を動かしていたモニカとアブリルの目が合う。とびきりの笑顔だ。楽しくて楽しくてたまらない、といった様子である。

 そうして、モニカは舞い続ける。クルクル回りながら、後ろに足を動かしていた時だった。




(あ……)


 モニカは足をもつれさせた。そのまま、後ろへ倒れていく。

 必死に目を閉じたモニカに、怯えた衝撃はやってこない。


「……ばかモニカ」


 マーリェだ。人間の姿になったマーリェが後ろからモニカを支えているのだ。


(マーリェ……!)

 精霊を、人間は見ることができない。見ることができるのは、精霊使いのみ。モニカには精霊使いの素質があった。だが、観客たちは違う。

 後退していたモニカの後ろには誰もいない。変な姿勢で浮いていたことに気付いていたのは観客だけで、シーラもミハイルもベンノも気付いていない。もうすぐ終わる。だが、まだ歌は続いている。


(まだ、終わってない!)


「ちょいとだけ浮かせるよ」


 モニカにしか聞こえないような声で、マーリェは言い、モニカはほんの少しだけ浮いてふわりと着地した。

 そのとき、丁度歌が終わる。

 モニカが深々と礼をすれば、大きな歓声が巻き起こった。



(マーリェがいなかったら、どうなってたことか……)


 控え室に戻れば、モニカの顔が歪んだ。


(悔しい。すごく、悔しい)


「モニカ、大成功だったね! おめでとう」

「うんうん、本当に上達したんだね」

「あぁ、あぁ! ホント泣けてくるぜ」


 シーラたちが褒めてくれるが、悔しさでいっぱいいっぱいのモニカの耳には届かない。


「よっ」


 控え室に、ガルグ、ヴィルヘルム、アブリルがやってきた。


「ねぇ、〈スター〉は継続する? ここで終わったりしないよね?」

「当たりめぇよ! というか、解散したいヤツなんて最初っからいなかったんだ」

「〈スター〉の再出発だっ!」


 ベンノの元気のいい言葉に、シーラがホッとした表情で「良かったぁ……」と呟く。

 アブリルとヴィルヘルムがモニカの目の前にまで来れば、椅子に座っているモニカは顔を上げる。


「モニカ、あんた魔法使いだったのかい?」

「いやいや、本当は人外だったりするのでは? 杖なしで人間は魔法を使えません」

「え、は? 待て。何の話だ?」


 慌てているアブリルとヴィルヘルムの言葉を、事情を知らないベンノが制止する。

 珍しく落ち着いていたガルグが事情を話した。


「はぁ!? どういうことだよ、モニカ!」

「分かってるよ。説明はしたいんだけど……マーリェ、どうする?」


 モニカは控え室の隅っこにいたマーリェに声をかけた。


「……いいよ。丁度話したいこともある」


 マーリェは掌に魔力を集め、それを離散させて頭上から降らせた。人間が精霊を目視できる条件は二つ。精霊使いである、精霊の主から可視化の魔法詠唱をしてもらうか、精霊が何らかの魔法で人間に影響を与えることだ。マーリェに主はいないので、マーリェは後者を選んだ。


「えっ、どっから出てきたお前!」


 ふわりと飛び上がり、マーリェはモニカの頭の上にチョコンと座る。

 それを見ていたガルグが大声を上げた。


「ガルグ、怒鳴らないでっ。この子はマーリェ。精霊だよ。私、今までこの子に踊りを教わってたの」

「精霊……?」


 ヴィルヘルムは首を傾げる。どうやら、元貴族であるヴィルヘルムすら知らないらしい。精霊はあまりこの世界に知られていないのだろうか。


「お初にお目にかかります、〈スター〉の皆様。私はマーリェ。水の上級精霊でございます。どうぞよろしくお願いいたします」


 マーリェは美しい礼をして、言葉を続けた。


「それから、皆様にお願いしたいことがあります」

「……何ですか?」


 シーラが真っ直ぐマーリェを見て問えば、マーリェも親権な顔でシーラを見つめ返す。


「私を……旅に連れて行ってほしいのです」

「え!?」


 モニカが声をあげる。まさかそんなことを願うとは思ってもみなかったのだ。マーリェが森の奥、一人で踊っていたものだから、もしかしたら一人が好きなのではないかと思っていた。


「……〈スター〉のことはモニカから聞いているね? 君には何ができる?」


 いつもより少し丁寧な口調で、ベンノがマーリェに問う。


「私はモニカに踊りを教えていました。それなりには踊れるかと。それと魔法が使えます。ついでに言うと、杖はいりません。演出にはとても良いと思うのです」

「……話が跳躍しすぎてどうなるのか想像できませんね。一度披露していただけますか、マーリェ様?」


 ヴィルヘルムがそう聞けば、マーリェは頷く。


「分かりました。……それと」

「それと?」

「私に敬称はいりません。精霊は、人間より立場が下ですので」


 そうして、マーリェの踊りが披露されることになった。





 モニカたちは目立たぬように、森の湖へ移動した。モニカのお披露目に使った舞台を使ってもいいのだが、傍から見ていればマーリェの姿は見えない。そこに集まるのは、流石に不審に思われるだろう。


「私、マーリェが〈スター〉に入りたいなんて聞いてないんだけど!」

「うん、言ってないもん」

「私そういう話してないよね??」

「まぁまぁ。とりあえずさ。あ、あと、私のお願い、聞いてね?」

「いや、それはいいんだけどさ……?」


 マーリェの姿の指定や歌などを決め、マーリェは湖の真ん中まで飛んで行った。正確には、観客であるモニカたちに見えやすいように近づいているのだが。


 今のマーリェの姿はモニカと同じくらい。そして、魔法などは全て使用可能。好きにやって構わないとのことだ。歌は『夏の移ろい』。夏は〈水の女神〉が司る季節。それに因んでいるらしい。


 歌はミハイルが、演奏の横笛はヴィルヘルムが行うことになった。


 先程のように、ミハイルが音頭を取り、ヴィルヘルムの演奏が始まる。

 優しい音でありながら、どこか芯の強さを感じさせる音だ。


 湖の上では、魔力の衣を纏ったマーリェが舞っている。

 水面ぎりぎりを飛んで、水しぶきを上げる。水滴が落ちていき、それが夕日に照らされる光景は幻想的だ。


(わぁ……!すごいっ、すごい!)


 モニカはマーリェの舞を初めて見たときのような感動を覚える。思えば、指導以外でマーリェの舞をちゃんと見たのは二回目だった。モニカなどより、よっぽど慣れている。


 手も足も動き方、角度、指先の動き、捻りなど全て計算された動きだ。

 しなやかな動きに合わせ、指先からプカリ、フワリと水が浮く。マーリェはそれをつついたりしていた。その表情は、どこか恍惚としていて、とても楽しんでいることはよく分かる。


(マーリェも、すごく踊りが好きなんだろうなぁ。私と一緒だ)


 それから、マーリェはくるくると横に、縦に回転する。縦に回転するのは、人間がやろうと思えば、かなり難しい。重めの衣装であればなおさらだ。


 いよいよ最後。流れるような音に、細やかなリズムも加わる。

 マーリェは、水面から大きな水の塊を取り出した。踊っている間に、湖の水に魔力を付与していたのだ。

 プカリと浮かんだ水はマーリェの手によって、さらに高く昇っていく。

 パチン、と指を鳴らせば、水は破裂して水滴が離散した。

 曲の終わりとほぼ同時に、ちょうど夕日が沈む。

 月光はまだ弱かったが、水滴に含まれていた魔力で、キラキラと辺りが輝いていた。


「マーリェ、超すごかったね」

「……うん、言葉も出ないくらい。とっても、すごかった」


 モニカがシーラに声をかけると、シーラは少しぎこちなく言葉を返した。


「どうでしたか?」


 マーリェは声をかける。モニカと同い年くらいの見た目なのに、その佇まいは大人っぽい。

 自分の売り込み方をよくわかっている者の表情だ。


(マーリェって、何歳くらいなんだろう? 前は小さくも大きくもなってたし……。っていうか、精霊ってどれくらい生きれるのかなぁ)


「私は役立つと思うのですが」


 唖然として言葉が出ない〈スター〉のみんなにマーリェは言う。


「その……なんだ、ホントに俺らと来てもらって大丈夫なのか? アンタは一人でやってた方が、多分稼げる。俺らにゃあ、大したもんはやれねぇ」

「私は金を稼ぎたいわけではないのです。ただ、貴方たちについて行くことが、私の人生をより豊かにしてくれると思っただけで」

「……私はいいと思う。だって、こんなにすごい人が〈スター〉に入ってくれるんだよ? それに、モニカの師匠みたいな人じゃん? だったら、私は信用できるし」


 シーラが声をあげる。続いて、ヴィルヘルムやミハイルも言葉を紡いだ。


「えぇ、私も異論はありませんよ」

「うん、マーリェがいたらもっと楽しくなりそうだしね」


 そして、ベンノやガルグも続く。


「マーリェがホントにいいのなら」

「あぁ、オレも」


 そして、まだ何も言っていないアブリルに視線が向けられる。


「えっ、あ、これアタシも言わなくちゃならないのかい? あたしゃどっちでもいいさ」


 いつものツンデレなアブリルにみんなは笑う。アブリルがマーリェの魔法に目を奪われていたのは、周りの反応を見ていたモニカとマーリェだけが知っていることだ。


「じゃあ、〈スター〉再出発兼、マーリェの入団祝いっつうことで宴でもやるか!」


 ガルグの声にみんなは頷く。そうして、森から歩いて出ていくことになった。

 みんなが楽しそうに話す後方でマーリェとモニカは歩いていた。


「モニカ、今日の夜、抜け出してきて森に来てくれない?」

「ん? いいよ。言ってたお願い?」

「そ。ここにいられるのは、多分今日を過ぎればかなり長い期間帰れないからね」


 少しだけ哀愁を滲ませるマーリェにモニカも「そう、だね」と頷く。


「そういえばさ、マーリェって何歳? 精霊って何歳くらいまで生きるの?」

「……女性に年齢を聞くのかな?」

「えっ、あ、ごめん、気になっただけなんだけど」

「あっはは、冗談だよ。精霊には生殖器官なんてものはないから、特に分けられてないし。……うーん、そうだね。あんまり正確には覚えてないけど、二百二十くらいかな。生物の寿命は魔力によって決まるんだよ。人間も、神々も」

「……神様って死ぬの?」


 モニカの素朴な疑問にマーリェは再び声を上げて笑う。


「そうだよ。世界が創られてから全体で見ればまだ少ししか経ってないんだからね」


 マーリェの言う全体、とはどういう意味なのだろうか?


(まぁいっか。私に難しい話は分からないし)




 そうして、宴会が開かれた。

 モニカは果汁水をチビチビと飲むが、大人たちはみな酒を呑んでわっしょいとお祭り騒ぎであった。マーリェも、ガルグとアブリルの飲み比べに参加している。


「すみませんね、うるさくしてしまって」


 ヴィルヘルムは申し訳なさそうに眉を下げて店員に謝るが、店員はニカッと笑った。


「えぇんやで!昼間あんな踊りを見してもろたんやしね。また村に来てぇや。楽しみにしとっから」

「……ありがとう、ございます」


 店員はバシバシとヴィルヘルムの背中を叩き、「辛気くせぇ顔すんなよ、兄ちゃん!」と笑って行った。


(面白い人だなぁ)


「モニカァ、呑んでるかぁ?」

「モニカもお酒呑むぅ?」

「え、いゃ、えっと……」


 モニカは酔っているベンノとシーラに追い詰められる。


(私だって、私だけ仲間外れは嫌なのにぃー!)


 みんなが酒を飲んでいる中、モニカは一人だけ果汁水ということは、シーラが成人してからの二年間、ずっとそうだった。


 そのとき、ベシッとベンノとシーラを叩いた人物がいた。


「馬鹿なんですか、二人とも。モニカは酒飲めないんだから、もう少し待っておきなさい」

「あー!ミハイルうるさーい!」

「うるさいのはシーラの方なんだけど?」


 酒に酔って赤らめた顔でシーラはミハイルに怒る。ミハイルはかなり酒に強い。大体いつもはガルグとアブリルと飲み比べをしているのだが、今日はマーリェを身代わりに抜け出してきたらしい。


「モニカ、大丈夫?もう本気で叩いちゃっても良いからね」

「あぁー、うん。ありがとう、ミハイル」




 と、そんな感じで宴会は終了した。

 いつも通り、シーラとベンノが潰れて、眠っているのをミハイルとガルグで運び出していた。

 その後は二人とも、お姫様抱っこで運ばれているのは、きっと本人たちは知らない方がいいだろう。


「モーニカ!」



 テントから夜空を眺めていたモニカの目の前に、マーリェが急に現れて驚く。


「うえっ」

「あいたっ」


 びっくりして起き上がったモニカはマーリェの額にぶつかる。何だか舞を披露していたときより髪や服の装飾品が多くなっている気がする。


「ごめん、びっくりさせて。……あとさ、シーラ起きない? 大丈夫?」

「大丈夫だよ。シーラはお酒飲んで寝たら五時間は起きないから」

「何その魔術具みたいな設定は」


 マーリェが突っ込むが、モニカは「そんなもんだよ〜」と受け流す。


「起きないならまぁいいけど。とりあえず森行こ」


 マーリェはモニカの手を引いて、森の奥まで行った。杖を持って。


「モニカの魔力はさ、多分水と花なんだよね」

「みず?はな?何のこと?」

「私は水の精霊でしょ?水は操れても、火は操れないんだ。モニカは花の魔法を使ってたけど、水の魔力も持ってると思うの」


 マーリェは「試しにやってみてほしいんだ」とモニカに杖を渡す。

 力があり、長い年月を生きたマーリェには何となく人間の属性が分かるようになっていた。


「えーっと…………確かね……そうそう。ウォナルアーテ。そう唱えてみて」

「うん……ウォナルアーテ」


 モニカが湖に向けていた杖の先端から、ブクブクと水が現れた。


(いっけぇっ!!)


 モニカがそう念じれば、勢いのある水が――否、ほんの少しの水がチョロロロと杖の先端から垂れた。


(何これ! カッコ悪い!)


 モニカが落ち込んでいると、マーリェがひょっこり姿を見せる。


「おお〜、出たね。なら良かった」


 それから、石の上に立ち、「ちょっと待ってて」と言って目を閉じる。


「精霊界を創る〈精霊の女神〉フェステリーアよ。水を司る上級精霊が一人、マーリェの名に応え、契約石に精霊界と人間界の境目を越える許可を与えよ」


 マーリェの手が青に淡く光る。

 光が消えたそのとき、石が出てきた。不透明な白の石。モニカの顔くらいの大きさがあるのではないだろうか。


(何これ? 普通の石とは何か違う……?)


「大丈夫、モニカ? 当たったりしてない?」

「うん、大丈夫。それはなあに?」


 マーリェがもう片方の手に持っていた石と大きい石を並べる。マーリェが持っていた石は石は指の第一関節くらいしかない大きさだった。


「これは契約石。精霊界にしか咲かない花から取れるの。こっちの大きいのは洞窟から。この二つは繋がってるんだ。あ、大きい石がモニカのね」


 一度マーリェは言葉を切る。それから、菫色の瞳がモニカを映す。


「今からやることはね、私とモニカの主従契約。モニカには結構危険なことなんだ」

「しゅじゅーけーやく?」

「そう。まぁ、簡単に言えば、私がモニカを守るって契約ね。他にも、私一日に一回は精霊界にいなくちゃいけないんだけど、それをしなくても済む、とか」


 それがどう危険なのだろうか? モニカは首を傾げる。


「この契約には魔力が必要なの。それもかなり多くのね。モニカが魔法を使ったときとは多分、比べ物にならないくらいだと思う。魔力がなくなると、体に負担がかかるの。契約してるとき、モニカは苦しい思いをすることになる。それでも、やってくれる?」

「……うん。私、マーリェとはずっと一緒にいたいしね」


 マーリェはモニカの言葉に驚きつつも、「ありがとう」と笑う。


「じゃあ、これに魔力を込めれる? こう流して、ぐわー! って押す感じで」

「分かった。やってみる」


 契約石を魔力を込める。


(うぇっ!? なんか押し返される!)


 モニカは何かを押し返す。何となく、体から魔力がなくなっていくのが分かった。極わずかでも、確かに契約石は青紫色に色付いていた。

 すると、マーリェが何かを唱え始めた。そうしていると、マーリェの装飾品と契約石がキラキラと光りだした。段々大きな光になっていく。


(ヤバいっかも……苦しいっ……)


 モニカが魔力を注いでいる契約石がだんだん小さくなり始めた。反対にマーリェの契約石は大きくなっていく。

 モニカの息はかなり荒くなっていた。魔力が減りすぎているのだ。


「――スター・モニカ」


 契約石に魔力を込め終わると、マーリェがと息を吐く。

 二つの契約石は同じくらいの大きさになり、青と青紫色のが混ざり合っていた。


「ゲホッ、ゲホゲホッ」






「大丈夫、モニカ!?」

「う、うん……ダイジョブダイジョブ」


 モニカはそう言いつつも、まだ咳をしている。大丈夫ではないだろう。


(う、ヤバ。私も吐き気が……)


 本当は、マーリェも苦しい。精霊と人間との契約というのは、本来精霊が苦しむのだ。人間の魔力によって、体を縛られるのだから当然だろう。だが、モニカはただの平民。これは貴族との契約をすることが前提だ。魔力量を無視して契約を行った。苦しむのも、当然なのである。


(どうすれば……!)


 マーリェは必死で考えた。流石に、魔力がほぼ枯渇している今の状態が続けばモニカは危ない。

 だが、人間には直接魔力を注ぐのは駄目らしい。専用の魔術具がいる。

 マーリェは考えた末、人間の姿になることを選んだ。二十歳くらいの女性だ。


「モニカ、乗って!」

「えっ……?」

「いいから、早く!」


 マーリェはモニカをまくしたてた。そうでもしないと、今にも倒れそうだったのだ。

 マーリェは走った。湖の反対側には、魔力を回復することができる果物がある。

 湖まで最短距離で走り、そこからは真っ直ぐ湖をつっきる。

 魔力の扱いに長けた水や風の精霊は、少しだけ氷の魔法を使える。マーリェは冷気で水を凍らせていった。

 湖を抜ければ、もうすぐだ。


(見えた!)


 そのとき、マーリェの足に力が入らず、そのままの勢いで転びそうになる。


(ヤバいっ。今のモニカじゃ、受け身を取れない!)


 倒れる直前、マーリェはモニカを真上に投げ上げる。

 その直後、マーリェはバタリと倒れる。


(ちょっと、膝擦ったかな……)


「へ……?」


 モニカは呆気にとられた様子で宙に浮いた。

 マーリェはモニカの落下地点に水の塊を作る。

 やがて落ち、きちんと水の塊の方に落ちた。周りを軽く固めたため、モニカは弾力のある水の塊にボヨンと跳ねた。


(良かったぁ……)


 力を使い果たしたマーリェは元の姿に戻っていく。木はすぐそこなので、精霊の姿で果物を取って、モニカに渡せば問題ないだろう。


「ちょっとマーリェ!」


 怒った様子でモニカはマーリェに向かってドスドス歩いてくる。怒りで苦しいのを忘れているのかもしれない。


「ばかマーリェ! マーリェも苦しいのに、私にばっかり気を使わないで!」


(気付いていたんだ……)


 妙なところで、勘のいいモニカはマーリェの体調にも気が付いていたらしい。


「その台詞、そっくりそのままお返しするよ……。モニカだって、人のためにずっと無理してるんだもの」

「私は私がやりたいからそうしてるの!」

「私もそうだよ……」


 怒っていたモニカの眉は、困った顔になるにつれて下がっていく。


「もう、ばかぁぁ……」


 怒りがなくなっていくと同時に、苦しさを思い出したのか、へなへなと倒れていく。


「モニカっ……」


 マーリェは咄嗟に動くことはできなかった。


(やっぱり、モニカはすごい)


 重たい身体を、無理矢理動かして、マーリェは立ち上がる。

 必死に羽を動かして、ふわりと浮き上がった。

 普通の木と同じように生えている魔木を目指した。黄色の葡萄のような果物だ。


(よしっ、とれた)


 そのまま、自分も一粒食べて、モニカの元へ向かう。


「モニカ、これ食べて」

「ぇ、あぁ、うん……」


 差し出された果物をモニカはムッシャムッシャと咀嚼する。

 そのまま、モニカはスヤスヤと寝息を立てて、眠ってしまった。


「……おやすみ、モニカ――私のご主人様」





 マーリェの背後から、ふらりと現れた精霊がいた。少女の姿である。


「やぁ、シルフィ。来てもらってすまないね」

「急に人間界に呼び出しておいて、急にいなくなるだなんて薄情ね、貴女は」

「ははっ、ごめんって」


 その精霊の名は、風の上級精霊――シルフィ。傍目には、儚げな雰囲気を漂わせる少女に見えるだろう。


「その娘が主? 珍しいわね、貴女が人間に入れ込むだなんて。あんなことがあったのに」

「そうだね。自分でも驚いてるし」

「人間は、信用しないんじゃなかったの?」


 シルフィは知っている。


 あの頃のマーリェは何も信用していなかった。まるで、張り詰めた猛獣のようで。精霊も、人間も、何もかも。

 百年ほど前には、精霊への警戒心が薄れ始めていたが、人間への警戒はそのままだった。人間とは、欲望の塊だ。美しいもの、便利なもの――ほしい、ほしい、と際限がないのだから。

 それでも、踊ることが大好きだったマーリェは時折、人間界で踊るようになった。それから、ある老婆と出会った。貴族から追放――平民落ちをした人間だ。

 当初はマーリェも警戒していたが、徐々に警戒心を解いた。老婆は「人間が怖い」と話すマーリェに魔術具を渡した。

 装着した者への敵対心や悪意を察知して、知らせてくれる魔術具。そして、結界を作る魔術具。結果内にいる者への悪意を持つ者は通さない。

 そうして、老婆は寿命を迎えて死に、マーリェは森の中でただひたすらに踊り続けていた。誰一人、見てくれる者はいない。誰一人、称賛の声を上げてくれる者はいない。

 それでも、マーリェはどうでも良かった。誰かに見てもらいたくないわけじゃない。でも、人を信じるのが怖かった。ただ、好きなことを好きなだけやっているだけなのだから、見てもらわなくても構わない。そう、心に言い聞かせて。


「そう、そうだよ。そうだと思っていたはずなんだ。……でもさ、また信じてみようと思うんだ。この子は善意の塊みたいな子だ。それは、シルフィも知ってるでしょ?」


(これは危ういよ、マーリェ)


 シルフィは声には出さず、心の中で呟いた。

 確かに、モニカは善意の塊みたいな娘だ。それは、シルフィも認める。だが、他の人間はそうではない。大体、マーリェはそうではない人間に襲われたのだ。


(それは、マーリェも分かっているはず。なのに……)


 シルフィは、もう答えは分かっている。マーリェはモニカと同じくらい、優しくて、慈悲深い、善意の塊みたいな人間だ。マーリェ自身は全くそう思っていないだろうが。


「……そう、ね。知っているわ」


 シルフィは踵を返し、湖の方を眺めてマーリェに言った。親友に、涙は見せたくなかったのだ。きっと、マーリェの決意を鈍らせてしまうことになるだろうから。

 別れの言葉。されど、それは永遠の別れではない。


(そうよ、精霊の一生は長いわ。永遠に別れるわけじゃない)


「馬鹿。いつか、絶対に帰ってきなさいよ。あと、危ない目にあって、わたくしに声を掛けなかったら、許さないんだから」

「ふふ、分かったよ。またね、シルフィ。頼りにしてる」


 涙をこらえて、シルフィは「あっそ」と呟く。そして、精霊界に戻った。




「用意はできてるか、みんな!」

「うん、準備ばっちりだよ!」


 〈スター〉新団長、ベンノの声掛けにモニカも大声を出す。

 ついに、出発。いつもよりは滞在期間が長かったこの村ともお別れだ。


「マーリェ、準備はいい?」

「当たり前でしょ」


 モニカの問いに、マーリェは笑う。


「さぁ、行くぞ!」

『おぅっ!』


 〈スター〉は新たな一歩を踏み出した。



 後日談

「ねぇ、次はどこ行くの?」

「レッフィルシュット皇国に入るぞ。ミーティリジアってとこだ。そこの村から、祭りの舞を依頼されてる」

「わぁ、海が見えるいい土地だね」

「ホント!?  やった!」


 〈スター〉の再出発から三年。ついに、モニカは成人した。今では、酒をみんなと同じように飲んでいる――と言いたいところだが、お酒に弱すぎることが分かり、ほんのちょっとでも泥酔してしまう。そのため、もう一生仲間外れだ。泣きたい。


「海に思い入れがあるの?」

「うん、私が生まれた街がね、海がキレイなところだったんだって。だから、私、海好きなの」

 マーリェは「そう」と小さく笑った。




「皆様、初めまして。〈スター〉です。私は〈スター〉副団長、スター・モニカです。本日は集まっていただき、ありがとうございます」

「同じく〈スター〉副団長、スター・マーリェです。本日舞うのは『水の精霊』です。最高の舞を披露いたします」


 ミーティリジア祭りの舞を任されたモニカとマーリェは位置につく。いつも通り、ミハイルが音頭を取り、打楽器担当のアブリルがリズムを作った。


 そうして、メロディーが出来上がっていく。

 モニカとマーリェは、最高の笑顔で、舞い始めた。


 その観客の中に、お忍びでやってきていた貴族が二人。


「すごいですね、お姉様」

「えぇ、素晴らしい舞です。美しいわね、リュードゥライナ」


 二人は、モニカとマーリェを見て、それはそれは楽しそうに笑っていた。

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踊り子の娘は水の精霊から踊り方を学ぶ~人間と精霊の物語~ 山内 琴華 @koto_0612

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