巨旦将来の子孫なり ― GOD damn their future ―

楠樹 暖

巨旦将来の子孫なり

 街歩きは普段見慣れた場所が違った一面を覗かせてくれる。今日は学生時代からの友人の中井の誘いで名古屋の屋根神様を見て回っている。中井は副業でネットニュースの記事を書いており、今度は屋根神様の記事を書くためにあらためて見て回るのだという。屋根神様というのは屋根の上に祠が乗っているもので名古屋に多く見られるものだ。毎月一日、十五日に月例祭としてお供え物を供えたり、提灯を掲げているところが多い。今日は十五日なので月例祭の屋根神様を調べるのだ。

 屋根神様には色々種類があるが、多いのは三つの神社のお札を納めたものだ。津島神社、秋葉神社、熱田神宮が多く、熱田神宮の代わりに氏神様の神社の場合もある。もちろん三つとは限らず、一社だけの場合もあるし、屋根の上だけではなく、地上に降ろされたり、元々普通の祠として設置されているところもある。

「屋根神様の起源だが……。夏になると食べ物が傷みやすく昔はよく食中毒を起こす人が多かったんだ。そこで疫病退散のため津島神社のお札を祠に納めて祀っていたんだ。初めのころは夏限定だったのがそのうち常駐化して今の屋根神様になったんだ」

 こういうガイドをタダで聞けるのは嬉しい。中井も自説を披露する相手がいて嬉々として喋っている。

「屋根神様の祠に車輪を付けて引き回すようにしたのが名古屋の祭りの山車で、更に進化して人が引かなくても電動で走れるようになったのが名古屋市電の路面電車だ。名古屋まつりのときには花で飾って花電車として市内を走り回っていた」

「ほんとに?」

「今思いついた」

 中井の話はたまにホラを混ぜてくるので注意が必要だ。

「昔は屋根神様が食中毒を抑えていたけど、今は冷蔵庫やエアコンが出てきたことにより屋根神様の役目が終わり祠が取り外されて代わりにエアコン室外機を置くようになったんだ。ほら」

 中井が指さす方向には屋根の上の室外機が。

「ほんとに? また今思いついたんでしょ」

「失礼な、昨日から考えていたネタだよ」

 ホントにもう。解説がノッてきた中井は更に続ける。

「屋根神様を祀るのは町内の人の役割で当番制で順番に交代するんだ。当番は【神様当番】と呼ばれる。神様当番になったら神様の言うことには絶対従わないといけないんだぜ。神様が腹減ったと言ったらお供え物をもっていかないといけないし、酒持って来いと言われたらお神酒を持っていかないといけない」

「じゃあ、神様が死ねと言ったら死ななきゃいけないの?」

「信心を試される問いかけだな……。アブラハムなら命を差し出すかもしれないけど」

 アブラハムが誰だか分からないが中井の知識は寺社だけではないことは分かった。

 中井は脇に細い道があると興味津々で行きたがる習性がある。今回もカンで曲がった細い道へと足を進めた。

「見ろよ、トミタカ。あんなところに屋根神様があるぞ。提灯もある」

 トミタカというのは私のことだ。本名は穿谷ウガヤ富貴フキだが、中井は「二文字の名前は軽い」という理由でトミタカと呼んでいるのだ。中井自身も本名は二文字なので中井惣兵衛という名義でネットニュースを書いている。

 屋根神様がある住宅は誰も住んでいない廃屋のようだ。しかし、屋根神様には供え物があり提灯が三つ掲げられている。その提灯は【津島神社】【秋葉神社】そして【瑠璃入江社】とある。

「るりいりえしゃ? 聞いたことがない神社だな」

 寺社に詳しい中井でも知らない神社があるのか。

 スマホで瑠璃入江社を調べ始める中井。

「一件だけ出てきた。港の方にあるらしい。ネット情報によれば祭神は牛頭天王。地域の人たちからは薬瑠璃くするり様と呼ばれているらしい。本地は薬師如来」

 本地というのは神仏習合の思想で、神様の正体は仏様だというものだ。本地というのは本当の姿ということだろう。

「瑠璃入江社の由来は入江に牛頭天王の円空像が流れ着いたからで、室町時代からこの場所にあるらしい」

 読み上げた中井が不思議そうな顔をしている。

「どうしたの?」

「港の方は江戸時代に開拓された土地だから室町時代ならそこは海の底じゃないか?」

「島があったとか?」

「まあ、そういうことにしておくか」

 中井が新しいオモチャを見つけた猫のように眼を輝かす。

「いい記事が書けそうだ。今から行ってみよう」


 鍋田干拓を通り車で港へと向かう。平日は港へ向かうトラックが多いが、今日は全然車がいない。やっと一台の車とすれ違った。社用車でゴダン製薬と書いてある。

 カーナビにも載っていない瑠璃入江社だ。スマホの地図にマークした場所を頼りに進む。

「ここを左みたいだけど」

「ダートになっているな。行ってみよう」

 荒れた路面をゆっくりと進むとトラ柵が二つ立っていた。進入禁止のようだ。

「車が通れないだけで人が通れる隙間があるから人は通行可だな」

 確かにトラ柵の間に隙間があるが……。

 車から降りてサクサク歩いていく中井。

「ちょっと待ってよ」

 車から降りると肌寒かった。海が近いのか潮の香りがする。ほどなく鳥居が見えてきた。上の方はよく見る鳥居と同じだが、下の方が特徴的だった。土台近くの柱が前後の外側に支えの柱が片側三本斜めに掛けてある。左右で合計八本の柱だ。その鳥居の中ほど頭よりも低い位置にしめ縄が通してある。

「入ってくるなって言ってるんじゃない?」

「こういうのは頭を下げて入ればいいんだよ」

 中井は一礼するようにしめ縄をくぐって境界を踏み越えていった。

 私も続いて入っていく。しめ縄を踏み越えると空気がピンと張りつめた気がした。

 瑠璃入江社の本殿はよく見かけるような祠だった。

一間社流造いっけんしゃながれづくりだな。片流れの屋根の祠だ」

 縁起が書かれたような案内板は見当たらない。ネットの情報は何を元に書かれていたのだろう? そういえば、地元の人からはと書かれていたけど、地元の人ってどこに住んでいるんだ?

「もっと情報が欲しいな。本殿の中に何かないか?」

 中井は賽銭を投げ、二礼二拍一礼したあと本殿へと近づいた。

「鍵がかかっているな」

「やめときなよ」

 制止しても中井は止まらない。

「こういうのは覚えやすい番号にしてあるもんだ」

 とダイヤル式ロックの番号を0894に合わせて開けた。

「ほら、薬師やくし如来の八九四」

 本殿の中には木彫りの像があった。これが薬瑠璃様の像だろうか。角ばったこけしのようで素朴な感じで少し滑稽な気もした。

「円空像の牛頭天王を写真で見たことがあるが、確かに似ているな。でも頭の部分が違う……」

 薬瑠璃様の頭には牛の頭ではなく脚が八本ある生物が頭に張り付いて見える。

「これじゃまるでタコだな」

 他にも縁起が書かれた本も出てきた。中井は中を読み始めた。

「縁起自体は牛頭天王の縁起に似ているな。蘇民将来伝説だ。牛頭天王ではなく薬瑠璃神となっているが。もっとも一番最初の牛頭天王文献である『備後国風土記』でも牛頭天王という名前は出てこなくて武塔神となっているがな」

「蘇民将来伝説?」

「全国の神社の茅の輪くぐり神事の元になっている伝説だ。頭に牛の頭を乗せた牛頭天王が嫁とりのために龍宮に行く途中に寄った土地で宿を借りようとして最初は裕福な弟の巨旦こたん将来のところへ行ったが断られて、次に貧乏な兄の蘇民そみん将来のところへ行ったら手厚くもてなされたというものだ」

「邪険にした方にバチが当たって、親切にした方にご褒美があったとか?」

「まあそんなところだ。龍宮で嫁をとって八柱の子を得て故郷へ帰る途中また蘇民将来のところへ寄ったんだ。そこで邪険にした巨旦将来に復讐するため一族郎党皆殺しにする話をしたんだ」

「ちょ、ちょっと。宿を貸さなかっただけでそこまでされちゃうの?」

「まぁ、神話だからね。そしたら蘇民将来の娘が巨旦将来のところにいる話をしたら蘇民将来之子孫也と書いた札と茅の輪を作って腰に付ければ災いを避けられると伝えたんだ。そして巨旦将来の家のものは皆殺しになって蘇民将来の娘だけが生き残ったという」

「いい話っぽいけど、巨旦将来にしてみれば酷い話だね」

「今でも伊勢志摩の家では【蘇民将来之子孫也】と書かれたしめ縄を玄関に掲げる風習があるんだ。蘇民将来之子孫也のしめ縄は津島神社でも十二月になれば数量限定で手に入れられるし、伊勢志摩ではスーパーで売っているぞ」

 中井の解説がヒートアップしてきて早口になってきている。

「で、この瑠璃入江社の縁起によれば、ラストの部分が違っているんだ。一般的な蘇民将来伝説では全滅した巨旦将来一家はこの縁起では牛頭天王の手により不治の病に罹った。巨旦将来は薬瑠璃様に許しを請うと、薬瑠璃様は自分の眷属になるなら助けるといい本地である薬師如来へと姿を変え瑠璃の壺に入った薬を巨旦将来の一家に与え不治の病から救い不死の体にしたとある」

 宝物には縁起に出てきた瑠璃の壺らしきものもあった。透明なガラスで中にドロッとした液体が入っていた。蛍光色なのか少し光を放っているように見えた。

「そして、巨旦将来一家は牛頭天王にこれからは蘇民将来の子孫を守るようにと命ぜられたとさ」

 中井は昔話を話すように締めくくった。

「最後は浦島太郎の元になった海幸彦山幸彦の神話にも似ているな。ちなみにこの縁起は富士山型の神話で、宿借りを断った富士山は人が来なくなり宿を貸した筑波山には人が多く来るようになったという伝承もある。そうそう富士山といえばコノハナノサクヤヒメの神話も……」

「ちょ、ちょっと待って話が長くなりそうだよ。寒いんでオシッコ近くなってるんだけど」

「トイレはなさそうだったな。じゃあそのへんでしてこい」

「いやだよう。バチが当たりそうだし」


 瑠璃入江社を離れ図書館へと向かう。住宅地図で瑠璃入江社の屋根神様があった家の持ち主を調べるためだ。最新の住宅地図には名前は載っていなかったが古い住宅地図に載っていた。持ち主の名は【護檀ごだん】。

「護檀ってもしかしてゴダン製薬のゴダン?」

「かもしれんな。これは面白そうな記事が書けそうだ」

 中井の目が輝きだした。

 ゴダン製薬というのは名古屋に本社がある製薬会社だ。新型のウイルス性の病気のワクチンや特効薬をいち早く作っていることでも有名だ。

 とりあえずゴダン製薬の本社ビルへと行ってみた。ぐるりと一周してみる。大きな敷地の入り口には守衛が、敷地を囲う高い塀のところどころには監視カメラが設置してある。

「あっ、あの屋上のところ赤いものが見えるよね。あれって鳥居じゃない?」

「確かに鳥居っぽいな。企業神社か。もうちょっと全体を見たいな。どこか高いところはないか?」

 まわりの建物をキョロキョロとする中井。一つの建物を捉えた。ファッショナブルなホテルだ。

「いやいやいやいや、それはないから。知り合いに見られたら誤解されるから」

「うむ、確かにそれは嫌だな」

 嫌なんだ……。

「それより、あのスーパーの屋上駐車場なんかどう?」

 スーパーの駐車場からゴダン製薬ビルを見ると……。

「見ろ! トミ! 瑠璃入江社と同じ鳥居だ!」

 中井は慌てるとトミタカを言い間違えてトミと言う癖がある。音位転換というやつだ。ようするに言い間違い。自分で付けたあだ名なのに。言いにくいならフキと言えば楽なのに。それはそれとして、ゴダン製薬の企業神社の鳥居は土台の部分が八本の柱になっている。この特徴的な鳥居は瑠璃入江社と同じだ。

「どこかにゴダン製薬に潜入するルートはないかな?」

「ちょっと、ちょっと。いきなり潜入しようなんて考えないでさ。もっとこう正攻法で」

「固いことを言うなよフウキ委員」

 フウキ委員というのは私の小学生時代のあだ名だ。このあだ名のことをうっかり中井に漏らしてしまったことを後悔している。

「ほら、会社のホームページのお問い合わせから会社見学できるって書いてあるよ。潜入は会社見学を断られてから考えるということで。ね?」

「仕方がないなあ。トミタカがそこまで言うならそうするか」

「取材だって言ったら断れるかもしれないよ。普段書いてるネットニュースはあることないこと書いてるんだし」

 中井は会社見学を申しこんだ。

 会社見学はあっさりと認められた。指定された日時にゴダン製薬に訪問するとCEOが出迎えてくれた。ホームページで見た顔だ。サングラスをかけ表情が読み取れない。少し大きめな手袋をしている。CEOに対面すると瑠璃入江社で嗅いだ潮の香りを思い出した。

「ようこそ、中井憲さん。いや中井惣兵衛さんとお呼びした方がいいですか」

 せっかく本名で申し込んだのにネットニュースのライター名までバレていた。

「中井さんのことは調査済みです。下手に憶測で記事を書かれるよりちゃんとご説明した方が企業としてリスクが低いと判断いたしました。荒唐無稽な陰謀論で騒がれると株価が下がる恐れがありますので。中井さんの中のストーリーでは我々が非合法なやりかたで薬品開発を行っているとお考えでいらっしゃるのでしょう? 今日はその誤解を解いて頂こうと思いまして」

 会社見学では案内役の人が付いて薬品製造のプロセスの解説をしてくれた。

「ご説明手慣れていますね」

「はい、学校を始め、一般の方々からも会社見学のご要望がございますので」

「ひょっとして全部受けるのですか?」

「はい、護檀の一族はかつて神の来訪を断ったために酷い目にあった経験がありますので、客人の来訪は断らない方針にしているのです」

 これは瑠璃入江社の縁起のことを言っているのだろう。

「これで見学コースは一通り終了です」

「こんな当たり障りのないものを見せられてもな」

「しぃ、聞こえるよ」

「記事にしないとお約束頂けるのでしたらもっと先をご案内いたしますよ」

 不敵な笑みを浮かべるCEO。

「私、猫にエサあげなくちゃ」

「まだ帰るなよ。これから面白い記事が書けそうなのに」

「今、記事にするなって言われてたばかりじゃない」

 CEOに連れられて別の棟に案内されると入り口でチッ、チッ、チッという音と頭を圧迫するような音が聞こえた。名古屋駅前のビルの入り口でもよく聞こえるネズミ除けの音波だ。

「あなたも聞こえる人ですか?」

「これってネズミ除けですよね」

「はい、ネズミに嗅ぎまわられても困りますからね」

 別棟で最初に案内された部屋に入ると少し焦げ臭い感じがした。

「ここは動物実験で出た死骸を処理する焼却炉です。すべて灰になり喉仏さえ残りませんよ」

 人間以外の動物に喉仏があるかは知らないが、ここなら人間も燃やせそうだ。

 次に案内された部屋では白衣を着た人と検診着を着た人が座っていた。検診着の人は左腕を固定された状態にされており、白衣の人がハンマーを振り下ろすところだ。

「えっ!?」

 ハンマーは検診着の人の左腕の力点へと振り下ろされ、動きを固定された作用点のために支点の場所の骨を折った。

「痛っ!」

 骨を折られた当人ではないのに痛がる中井と私。

「あ、あれはなんですか!」

 思わず声を荒げる。

「あれは骨折の治癒を早める薬の開発のための治験です」

「な、なんでそんなことを!」

「人間の薬ですからね。人間で試すのが一番です。大丈夫です。治験者は自分の意志で協力しておりますので」

「トミ……」

「うん、これは脅しだ……」

「どうでしょう? こういうのが見たかったのではありませんか? それとももっと他のがよろしいでしょうか?」

「これは想像していなかったな。俺が想像していたのはウイルス関連だ」

「なるほど、ではこちらの部屋へ」

 更に奥へと進み一般人が踏み入れられない施設へと案内された。バイオハザードのマークが見える。

「中井さん、参考までにあなたの考えたストーリーをお教えいただけませんでしょうか?」

「そうだな……、ゴダンは牛頭天王のような行疫神を目指していて、ウイルスによって病気を意図的に流行らせいち早く開発したワクチンや特効薬で一儲けしようとしている。新薬の開発には病気の元となるウイルスが必要だ。海外にしかないウイルスは飛行機の手回り品に紛れ込ませるとかだな。顕微鏡でしか見えない小さいウイルスだ。レントゲンで見抜くことはできないだろう。そして、持ち込んだ本来日本に存在しないウイルスを元に他社に抜けがけて新薬を開発するんだ。そして頃合いを見てウイルスをバラまくんだ」

「面白い推理ですね。いい小説家になれますよ」

 CEOはニコニコしている。

 次に隔離された部屋に入ると中はガラスで仕切られていた。ガラスの向こう側にはベッドが並び、熱にうなされた患者たちが横たわっていた。患者のなかには皮膚がただれている人もいた。よく見ると鱗のようにも見える。ガラス越しで聞こえないが熱でうなされたうめき声が聞こえてくるようだ。

「彼らも治験者です。日本ではまだ発症者が確認されてない熱病です」

「!」

「新型の病気が見つかれば、彼らを派遣して自ら感染させ、潜伏期間のうちに日本に持ち帰らせます。そしてそのまま治験者として抗体を作ってもらいます。抗体ができればワクチンや新薬の開発もスムースに行えます」

「そ、そんな……。抗体ができる前に死んじゃいますよ」

「ご心配は無用です。瑠璃入江社の縁起はご覧になったのでしょう? 護檀の一族は不死の体をしているのです。病気で死ぬことはありません。もちろん、人並みに苦しみはありますがね」

「そいつも自分で進んで治験者になっているのか?」

「もちろんそうです。無理強いはしておりません。それどころか護檀の一族は蘇民将来の子孫のためなら喜んでこの身を捧げます」

「ということは、これは『蘇民将来の子孫を守るようにと命ぜられた』という縁起を今でも守っているということか」

「その通りです。護檀の一族は巨旦将来の子孫であり、蘇民将来の子孫が疫病に罹らないようにするため裏から支えているのです」

「じゃ、じゃあゴダン製薬が薬を作っているのは人類のためではなく、すべては蘇民将来の子孫のため……」

「はい、人類の幸福に貢献するという謳い文句は副産物に過ぎません。社会を転覆させようとする反社会的組織でもなければ、全人類の幸せのために行動する慈善団体でもありません。あくまで蘇民将来の子孫のためです」

「それは薬瑠璃様にそうしろと言われたからか」

「そうです。それが護檀の一族に課せられた使命なのです」

「使命というよりは呪いだな」

 呪い……神に呪われた一族。それを聞いたときガラス越しの治験者のうわ言が『くするりさま、くするりさま、どうしてわたしたちをのろうのですか』と言っているように聞こえた。

「不死の体といってもそれは人間であることと引き換えに薬瑠璃様の眷属になること。歳をとるたびに眷属としての特徴が出始めてきます。最終的には人の姿とは言えない存在になり、人間社会を離れて海へと住まいを移しているのです。かくいう私も人間の病気に罹らなくなってきましたのでそろそろ引退を考えているのですよ」

 そう言うとCEOはサングラスを外した。二つのまなこは瞳孔が開きっぱなしで死んだ魚のような眼をしていた。

「さあ、歩き回ってお疲れになったでしょう。最後にお茶を一服いかがですか」

 言われるがままに応接室へと案内され紅茶が運ばれた。

「あらためてお願いいたします。我々のことを記事にすると新薬の開発ができなくなる恐れがあります。それは人類のためにも、蘇民将来の子孫のためにならないと思いませんか?」

「……分かった。記事にしないと約束しよう」

「物分かりがよくて助かります。幹部会ではお二人に弊社に入社していただこうという意見も多かったのですよ」

 CEOは青い薬の入った瑠璃の壺をチラつかせた。薬は半分ほど減っているのがはっきり分かった。飲みかけのティーカップから潮の香りがするような気がした。中井は紅茶に手をつけたのだろうか?

 ゴダン製薬から帰るとき、CEOが出迎えてくれた。

「いいですか、もう決してこちらを振り向かずにお帰りください」

 これはたぶん最後通告だ。またゴダン製薬のことを調べ始めたら今度はタダでは済まないだろう。

「記事にはできないが、まあ面白い話が聞けただけでも良しとするか」

 中井は笑いながらそういった。


 ゴダン製薬のゴタゴタが落ち着いたころ、ネット小説でゴダン製薬をモデルにしたような陰謀論小説を見つけた。タイトルは『GOD damn their future』で、作者は榊樹さかきえん。このペンネームは中井の本名の中井なかいけんと母音が一緒だ。

「この小説って中井が書いたんじゃない?」

 と聞いても中井は「名前が違うから違う人じゃない」とはぐらかした。


 一月一日、元旦でも屋根神様の月例祭を行うのか?という調査のために屋根神様散策に誘われた。中井と二人で名古屋の街を歩く。

 ふと目にした家の玄関に【蘇民将来之子孫也】のしめ縄がかかっていた。

「見て、中井」

「自称、蘇民将来の子孫だな」

 巨旦将来の子孫は自称蘇民将来の子孫のためにもその身を犠牲にして尽くすのだろうか? 彼らの呪いが解放される日は来るのだろうか?

 冷たい風が海の方へと吹いていった。


(了)

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