輪生
佐藤径
過去・未来編Ⅰ
〖プロローグ〗
黒き艦が空を裂き、放たれた閃光が王都ソルシアを貫いた。
目の前に映るのは、崩れ落ちる防壁と、城下を覆う炎。黒煙の彼方、雲間から翼を撃ち抜かれ、命尽きゆく赤き飛竜。賢者の住まう天空の要塞も、火の尾を引きながら地へ墜ちる。
東へ抜ける大路の端に立ち、カイアスは石畳に刻まれた紋を見据えていた。手の甲では
しかし、王都を覆う光の薄布は、艦の一撃に食い破られ、虚しく砕け散る。
数秒遅れて轟音が響き、前線の陣が地面ごと削り取られた。建物も、人も、世界を満たすはずの〈
「くっ……」
それでも、右手の魔痕は輝きを放ち続けた。
(魔術の基盤たる星素は、あらゆる事象の根源。結界魔術とは、崩壊する理を押しとどめる楔だ!)
彼は心の中でそう叫び、最後の抵抗をみせるが、無慈悲にも灼けつく雨が降り注ぐ。戦場を白に染める光の矢。意識を失いかけるその瞬間、横合いからの衝撃に体勢を崩した。
ローブの頭巾を目深に被った小柄な人影に肩を突き飛ばされ、カイアスの身体は魔術紋の内へと押し込まれる。その術士は紋の外に踏みとどまり、詠唱を始めた。声は途切れることなく、固く結ばれた両手には、ただひとつの願いが込められていた――
***
カイアスは転送陣によって王城に戻された。静まり返った玉座の間。瓦礫に埋もれた天蓋。かつての威厳は、もはや幻影にすぎない。
老王は杖を頼りに立ち上がり、問いかける。
「
老王の声は震えていた。希望か、絶望か。その岐路に立つのが、自分だというのか。
カイアスはうつむき、呼吸を整える。焦げた木の匂い。炎に包まれた城下の光景がよみがえる。幼子の泣き声が、鐘の音に呑まれていく。
「……地下へ」
重く、しかし迷いのない一言だった。
〖封印の間〗
カイアスは、甲冑に身を固めた近衛を従え、王宮を後にした。重厚な装いの下、兜の隙間から覗く古傷が、歴戦の記憶を宿していた。
通路の脇では、左腕を失った若い騎士が治療を受けていた。傍らでは衛生兵が肩口を支え、包帯を巻き付けている。
回廊を渡り、地下牢へ続く階段を降りる。鉄格子の並ぶ通路を抜け、隠し扉を開いた先に、それはあった。
灯火を掲げると、禍々しき祭壇が浮かび上がる。中央に鎮座するのは、一冊の古びた書。
銀枠で囲んだ厚い表紙には五芒星の意匠。開き口には真鍮のとめ具が渡され、蝶番の板が縁に沿って走る。
理の終焉を招くと伝承に語られる禁書。その名も〈星の書〉。
幾重にも施された結界に右手をかざし、カイアスは目の前に浮かぶ紋を指先でなぞる。詠唱を重ねるたび、祭壇を囲む光の層が順に和らぎ、消えていく。
最後の輝きが途切れたのを確かめ、祭壇の中央へ歩み寄り、禁書へと腕を伸ばした。
「星の書よ、我が呼びかけに応えよ――」
カイアスの右手が表紙に触れた瞬間、真鍮のとめ具が鈍い音を立てて外れた。表紙が開き、頁がひとりでにめくれて、止まる。そこに刻まれた文字は光を放ち、線となって祭壇から床一面へと走り出す。やがて光の線は書を中心に四方へと
青白い輝きが封印の間を満たすと、頁に刻まれた文字がカイアスの腕に沿って、流れ込む。星素の奔流が肩を伝い、やがて全身を駆け巡る。魂を圧し潰さんとする力が身を締め付ける。体は宙へと引き上げられ、天と地が入れ替わる。祭壇も石の床も遠ざかり、世界の境界が溶けていく。
カイアスは、幻とも実体ともつかぬ存在に手を取られ、意識は深淵へと沈んでいった。
***
瞼を開ける。柔らかな緑が視野の隅で揺れ、かすかに聞こえる音の波が一定の間隔で耳に届く。結界魔術士カイアス・エルベリンは、悟った。
(ここは、我がいた世界ではない)
見知らぬ箱と聞き馴染みのない音。すべてが異質でありながら、どこか整然とした秩序を保っていた。
吸い込んだ空気に、消毒薬にも似た鋭い匂いが混じる。体を支える寝台には白い布が掛けられ、冷たい金属の枠が両側を縁取っている。
声がうまく出ない。喉に手を当てると、自分の知る形ではない。戸惑いを押し込み、周囲の様子を見渡す。
(かすかに、星素の反応がある……)
カイアスは右手に意識を集め、結界魔術〈ヴェール〉の一端を引き出した。掌から伸びる薄布は寝台から広がり、現代を伝う光の輪郭をなぞり始めた。
輪生 佐藤径 @phisato
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