大丈夫だよ、新人さん

志草ねな

前編 新人さんにお祝いを

「無理無理! 僕じゃ無理だって!」

 新年早々、僕の情けない声が周囲に響き渡った。


 ここ里住さとずみは、合併により一応尾糸おいと市の一部となったものの、里住村であった頃と何も変わらない村っぷりの田舎である。

 僕、踊典保おどりのりやすはそんな村の「踊役おどりやく」として生まれた。


 里住の新年の伝統行事、踊始おどりはじめ

 無事に新年を迎えたことを祝い、里住を守る神様に感謝して、神様の前で踊るというもの。それを務めるのが踊家の長男「踊役」。

 千年近く続いているとかいう神事だ。

 でも僕はそんな役目を押し付けられるのが嫌で、東京の大学に進み、都内の会社に就職した。


 とはいえ、一年で後悔が生まれた。

 踊始の踊りは、代々踊家の長男だけに受け継がれる門外不出のもので、他の人は誰も知らない。つまり、父さんにもしものことがあったら、僕が踊らざるをえないのだ。


 もし僕が踊らなかったら、千年の歴史が僕のせいでついえることになる。

 やりたくないことをやらされる苦しみより、他人から責められる恐怖の方が勝った。

 だからそのうち会社を辞めて、実家に帰るつもりだったのだが。


「交通事故⁉」

 年末に母さんからかかってきた電話は、強制的に僕を実家に帰らせた。

 父さんと村の人たちが忘年会に出かけた帰り、バスがスリップして畑に転落。幸い死者は出なかったものの、全員が病院へ運ばれた。特に父さんは、足の骨を折ってしまったという。


 病院で見た父さんの姿は、何とも弱々しかった。子どもの頃、踊役をやりたくないと言う度に僕を怒鳴っていた父さんは、もういなかった。

「……そういうわけだ、典保。踊始は、お前が踊れ。お前ならできる。俺が教えた時、あんなに熱心に見ていたんだからな」


 そうして新年を迎え、踊役の着物を着せられている僕は、叫んでいるのである。

「無理無理! 僕じゃ無理だって!」

「うるさいよ! 典保しか踊れる人いないんだから、しょうがないでしょ!」

 二十三歳にして、母さんに叱られてシュンとする情けない男、それが僕です。


「里住はここ数年ひどいんだよ。去年は熊が出て、襲われてケガした人が六人もいる。一昨年おととしはインフルエンザが大流行で、あとコロナもノロウイルスもひどかった。これで踊始までできなかったら、もう滅亡するよ」

 去年とか一昨年の踊始は父さんがやっているので、それでもひどかったというのなら神様は関係ないだろうに、里住の命運を僕に託さないでほしい。


「ていうかあんた、眼鏡したままで踊れるの?」

「眼鏡無いと全然見えないんだよぉ」

 視力までダメな男ですみません。


「典保くんなら心配無いって」

「落ち着いてやればできるよ」

 村の人たちが応援してくれる。でも、ダメなんです。


 僕、踊り、全く覚えていないんです。


 高校生の頃、「そろそろお前に踊始の踊りを見せておく」と言って、父さんが僕の目の前で踊っていた。

 当時反抗期真っ最中だった僕は、見たくなんかなかったものの、反抗したらぶん殴られるかもしれない、という恐怖に負けた。

 その結果が「見かけは従順、脳内は反抗期」という半端な反抗期だった。


 熱心に踊りを見ているようなフリをして、頭の中では当時好きだったラノベ『もふもふケモロリ聖女に迫られた俺は伝説の勇者に転生したが悪役令嬢に婚約破棄されたショックでこの世界を破壊する』がアニメ化したらいいなぁ、という妄想をしていた。


 そして今、父さんの踊りが何一つ思い出せない。

 ちなみに『もふもふ~』はアニメ化する前に打ち切りになった。神様のバチが当たったのかもしれない。


 今この場で「踊り、覚えていないんです」と告白しようものなら、里住中の人たちに袋叩きにされるだろう。まさか、僕がこんなだから神様が怒って、父さんたちにケガさせたんじゃないだろうな。


 ただ、「踊りは門外不出」というのは不運にして、幸運でもある。

 踊始の儀式はおやしろの中で行われ、中に入るのは踊役一人だけ。つまり、何をやっているのかは誰にも見られることがない。

 僕が踊っていようがいなかろうが、誰にもわからないのだ。


 そう思ったら、少し気が楽になった。

 そうだ、何もしなくたっていいんだ。誰にもわからないんだから。

 しばらくの間お社の中にいれば、まあ無音じゃ怪しまれるから何となく動き回っていれば、十分だ。


 とはいえ、全く緊張しないというわけにはいかなかった。

 お社の周りで笛を吹き、太鼓を鳴らしている。日常と違う雰囲気が、嫌でも緊張を生み出す。

 さらに、御神酒おみきを渡され、うやうやしく受け取る。僕はお社に入ったら、まず御神酒を神様に捧げて、それから踊りを披露するらしい。


 集まったみんなに「しっかりやれよ」という目で見つめられながら、僕は御神酒を持ってお社に入った。

 そこで、僕の体は十秒ほど停止した。


 誰もいないはずのお社の中に、女の人がいる。

 長い黒髪に真っ白な肌、日本の神話に出てくる人みたいな着物に、首飾りは勾玉まがたまだ。

 なんだか苦し気な息遣いは、怒っているようでもある。


 お社に踊役以外の人が入るなんて話、聞いていない。

 ……いや、いるじゃないか、この場所にいてもおかしくない、というより「いるはずの」存在が。


 なんということだろうか。

 本物の神様が、ご降臨されてしまった。

 よりにもよって、ダメ踊役が担当するこの年に。


 どうしよう、これ。

 お社に一歩足を踏み入れたまま固まっていると、女神様はにこっと微笑んでくれた。

 とても綺麗なので、ついドキッとしてしまう。


 いかんいかん。失礼なことがあったらここら一帯滅亡の危機だぞ。

 まずは、女神様に御神酒を捧げる。

 仕事で偉い人にお酌することだってあったんだ、その調子でいけば問題ない。


 問題あった。

 バイブレーション機能でもついているかのごとく震えた僕は、女神様のもとに至るまでに御神酒をこぼしまくった。

 女神様にお酌する時にも、思いっきりこぼした。

 決定しました、里住は今年で滅亡します。たぶん僕も運命を共にします。みなさんさようなら。


 でも意外なことに、女神様はにっこりと笑ったままで御神酒を飲んでいた。

 優しい女神様だなぁ、なんて感想を抱いてしまった。


 そしてここから、もっと問題である。

 女神様の前で踊らなくちゃいけないのに、踊りを全く覚えていない。

 いくら優しい女神様でも、「踊り、覚えていないんです」なんて言ったら、バチを当てられるだろう。


 こうなったら、何でもいいから踊ろう。大事なのは形じゃなくて、女神様への感謝の気持ちを込めることだ。

 誠心誠意踊れば、決まったものでなくても許してもらえるかもしれない。

 踊りなんて、体育の授業で変な創作ダンスを踊ったくらいしかないけれど、意を決して僕は挑んだ。


 両腕を天へと上げる。内側に向けていた両手をくるりと返し、半円を描くようにして手を体の横へ。繰り返す。

 握りしめた両手を胸の前で交差させ、下向きに弧を描くように外側へと広げる。同時に、両足は屈伸。繰り返す。

 ……これ、ラジオ体操だー!


 女神様の前で、夏休みでもないのにラジオ体操を披露してしまった。

 これはさすがに、怒られるだろう。やっぱり里住は滅亡する運命にあったようだ。


 女神様の反応は……え、笑ってる⁉ 目を輝かせて見ている⁉

 なぜだか知らないが、女神様はラジオ体操を認めてくれたようだ。本当に心の広い女神様だ。

 第二までしっかりやりきると、女神様は拍手してくれた。なんだか照れるけど嬉しい。


 さて、これにて踊始は終了だ。後は僕がここから出ていけばいい。

 ただ、出ていけばいい。

 でも、無理だった。


「申し訳ありません! 数々のご無礼、お許しください! どうか里住を滅ぼさないでください!」

 女神様に向かって、人生初の土下座をした。

 いくら女神様が笑ってくれても、とてつもなく失礼なことをしてしまった以上、さすがに謝らないといけないだろう。


 そのまま三十秒くらい経っただろうか。女神様は何も言わない。何も起こらない。

 顔を上げるのが怖くて、ひたすら土下座を続けた。

 その時、そっと僕の肩に何かが触れた。


 恐る恐る顔を上げると、女神様の手が僕の肩に置かれていた。

 そうして、今までで一番の素敵な笑顔を見せてくれた。

 まるで「大丈夫だよ」と言ってくれたかのように。

 僕も、自然と笑顔になっていた。


 僕の初めての踊役は、こうして終わった。


 後日、実は踊りを全く覚えていなかったことを父さんに話したら、メチャクチャ怒鳴られた。ついでに一発殴られそうになったが、女神様が笑っていたという話をしたら、女神様に免じて拳骨は無しにしてもらえた。

 父さんいわく、お社に本当に神様が姿を現した、なんてことは一度も無かったのだという。


 これから里住に何が起こるかわからないけれど、大丈夫な気がする。

 だって、女神様がお祝いに来てくれたのだから。

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