足跡は星と化す
鹿の子
銀河の道標
ーー色のない世界へーー
青い流れ星が僕らの頭上を通り過ぎて行った。
「流れ星は宇宙人が来た合図だ」
僕の目には一筋の光が映っていた。
「でも宇宙人とは話せないんだよね」
ある星に住む種族、カナンーーイブはいつもと同じように言った。
「もしも私が神様だったら」
イブの髪は風で揺らいだ。
「うん」
「宇宙人と話せるようにする」
「楽しそうだ、それは」
僕は微笑んだ。
「でもそれだと同族になるから宇宙人じゃないね」
イブは顔を顰めた。
僕は今、微かな違和感を抱いている。何だか聞き覚えのある、会話だったから。
彼女は原っぱに寝転がり、夜空を見上げた。
「宇宙人は、この夜空をどう思うだろうね」
イブは手を翳して呟いた。
「綺麗、と言うだろうね」
「…少しだけ興味が湧いた」
くすっと僕が笑うと彼女は不服そうに頬を膨らませた。
「臆病と君は思ってるんでしょう?」
僕はイブの手をしっかりと握った。
「ごめん」
「君に理解させようとした私が馬鹿だったのかも」
「でも理解したいとは、心の底から思ってる」
イブは握っている僕の手をそのまま引っ張って草原に倒した。ぎゅっと、彼女は掴み直した。
イブが僕の横顔をまじまじと見ると、突然口を開いた。
「ところで君の顔と私の顔って意外と似てるんだね」
「え?急にどうしたの」
「君の瞳に映る私が見えたから」
「っ…」
僕は言葉を詰まらせ、視線を逸らす。
空の色は変わり、夜の音を告げる。僕も家へ帰ろう、と言った。
「まだ話してたいよ」
「僕は消えないよ」
イブは大人びてて、偶に我儘な子供で。カナンには珍しい、感情豊かな生命体なんだ。
「信じるね!」
彼女も体を起こし、僕とハイタッチをして、走り去っていった。汚れた赤の体と、純白の体が交差する。
僕も踵を返し、自分の家へと戻って行った。
「ただ今戻りました、博士」
ドアのベルを鳴らし、家の中へと入る。
「うん。その前に、しっかり“お風呂”へ入りなさい」
僕の家は特殊だ。僕には博士という人が付きっきりで居る。博士ーーゼロは“穢れ”が嫌いで、何時も帰ってきたら“お風呂”へ入れと言う。僕の家のお風呂はカプセル型で、中に入ると、緑色の液体が体を覆う。
「食事は何時でしょうか」
「君が“お風呂”から上がる頃には出来てあるよ」
ゼロは此方を一度も見ず、ただ手を動かし続けている。
「博士、お菓子を食べてもいいでしょうか」
「うん。食事後なら許可しよう」
イブと違って怒ることも、笑うことも、手を止めることもない。
「“お風呂”へ行って参ります」
薄暗い廊下を、ゆっくりと踏みしめ、歩き、0号と書かれたカプセルに入る。手馴れた手つきで、ハッチを開き、静かに足を置く。完全にハッチが閉まると、徐々に緑色の液体が上昇していく。頭までそろそろ浸かりそうだ。
「(明日は、イブと話)」
「遊びに行って参りますね」
ドアに手を掛けて、ゼロに言った。
「うん。いつもの広場で遊ぶように」
まるでどこかへ行ってしまうことを心配する言い草だった。少なからず僕を大切にしていることが片鱗として知れた。
僕は駆け足で昨夜の草原へ遊びに行った。爽快感に満たされるとこんな風に景色が変わるのか。走って向かう最中に、輝く赤色の空、高くそびえ上がる真っ白の立方体の建物。全てが目新しく感じた。
「あ、イブ!」
ベンチに座る彼女を見つけ、僕は大声で呼ぶ。
「良かった、もう来てくれないと思っちゃったよ」
イブは立ち上がり僕と再会のハグをした。
「僕は約束をしたら必ず守るからね」
今日は散歩をしてみよう、と僕は誘った。
僕は手を繋いで歩きながら、草原の端に向かった。1周するつもりだ。
髪を揺らすイブをエスコートして、草原の周りをグルっと回った。白い高い塀で囲まれ、僕達は一度も、“この先”へ行ったことがない。
「ねえね、この塀の奥には、絵本で見る銀河が広がってるのかな」
イブが塀に手を添え、語った。
「分からないよ。そうだ、博士に聞いてみよう」
「博士?私の家に来るの?」
「うん?僕の家にいる博士だよ」
「奇遇だね!私の家にも居るのよ、イチっていう博士が」
思わず顔が綻び、ほっと息をつく。
そして僕の家にイブを連れていくと、ゼロは珍しく手を止め、お茶を出した。
「研究を止めるなんて珍しいですね、博士」
僕はお茶を啜りながら喋ると、
「ああ。それ程にも価値はある」
「ゼロ博士!質問です。この塀の奥には何があるの?」
イブの唐突の質問に驚いたのか博士は一瞬固まった。
「ああ、何もない。あるのは色のない世界だ」
「はい質問です。博士が定義する色のない世界とは何ですか?」
イブが追い打ちを掛けると、博士は目を細めた。
「我々のようなカナンが溢れている世界だ」
ゼロは茶葉を付け加え、その苦味を嗜んでいた。
「ところで君達、随分と遊んで汚れたようだね。“お風呂”へ入ってきなさい」
博士は手招きをした。
「そこまで激しく遊んでないですよ、博士」
「うん。でも分かるんだ、君達は目に見えない汚れに汚染されてるって」
彼は僕達を一瞥したため、僕も言い返した。
「失礼ですよ、女の子も居るのに」
ゼロの動きがまた固まった。
「…うん。そうだね」
ゼロはじっと此方を睨んだ。
「ダメだよ、博士にそういうことを言っちゃ。ほら、入るよ」
「イブは、人の家の“お風呂”に入れるの?」
「うん。よく私のイチも言うんだ。“博士”が“お風呂”と言ったら従うんだと」
「僕はそんなこと言われてないよ。だから」
「入りなさい」
イブの語気強めな発言に押され、僕ははぁ、とため息を着き、いつも通りの部屋へ行く。
「私の家の“お風呂”と変わらないや。私がいつも使ってるのはここね」
1号と書かれたカプセルの前にイブは立った。中に入って、互いに裸になって見合うと、イブと僕の体の相違点を見つけた。
「君は…体の中央に星の模様が無いんだね」
「なんでイブはあるの?」
「あるのが普通だって博士が言ってた」
「…」
「今思うと私た」
見慣れた液体がイブの体と僕の体を埋めた。
「被検体0号、君に与えられている情報は?」
「僕はカナン、友達のイブがいる。家にはゼロ博士がいる」
カプセルの中で響いた僕の声は、重々しく、頭に反芻した。
「被検体1号、君に与えられている情報は?」
「私はカナン、友達の××がいる。家にはイチ博士がいる」
イブの声は、障害物越しでも、微かに聞こえた。
「うん。もういいよ」
ゼロが抑揚のない声で言うと、僕とイブはカプセルから放り出され、暫く家のすぐ側で話していた。
「最近思ったんだ。可能性を持つカナンが、周りの当たり前に飲み込まれていったら、進化が出来ない」
「つまり君は自分を肯定するってこと?」
「うん。イブのお陰で気づいたんだ」
「私は何もしてないよ。ただ“普通”だったらつまらないなと思ってるだけだよ」
それがありがたいんだ。感謝を伝えようとすると、イブは、はっと息を飲み、大きな声を出した。
「イチに今日は早く帰ってって言われたんだった。じゃあ、また明日ね!」
猛スピードで走り去る彼女に、僕は呆然と立ち尽くしてしまった。
「うん、それこそがイブだ」
僕は満足すると、玄関の戸を開け、自分の檻の中へ入る。コップに水を注ぎ喉に流していると、ゼロが喋り始めた。
「これからイブと話すことを固く禁じる」
僕達の会話を、壁越しに聞いていたゼロは、檻の外から、此方を見ずに言った。未だに何か作業をしている。
「なぜですか?」
「穢れてしまうから。彼女と話す必要はない」
「あります。話がしたいからするんです」
僕は檻を強く叩いた。
「そうなんだね。でも自分には理解できない感情だ。だから納得出来ない」
ゼロは生気のない瞳で話した。
「この星のカナンに、君たちのような特異は居ないから」
「じゃあなんでイブと僕だけ特異なんですか?」
「分からない。それに最近の“お風呂”は君たちには効かないしーー」
いつの間にかゼロは手を止めて僕をじっと見つめていた。
カナンだけれどカナンじゃない。何とも不可解で奇妙なのだろう。僕自身、それを疑問に感じている。
そして間もなくしてゼロは机にある何かを取り出した。ゼロは片手に長方形の薄い物を持って耳に当てた。
『どうしたんだい、ゼロ』
「急いで来てくれ。“お風呂”の効能が無くなっている」
『長い間使いすぎたんだよ。新しい投薬を渡すから、今行くね』
誰かの声が部屋全体に響き渡った。
「博士、誰か来たようです」
「うん。あともう少しだ」
「でも声がしました」
「うん。それは別の誰かだ」
僕は体を埋めて、目を瞑った。不安、その感情の波が僕の心を覆った。もうここには誰も味方は居ない。そう悟っていた。
「失礼、入るね、ゼロ博士』
「うん。いらっしゃい」
ドアが開くと、そこに立っていたのは、スラリとしたカナンだった。かなりの高身長で眼鏡を掛け、体は青く光っていた。
「イチ博士、まずは彼を」
博士が来客にそう言うと、その人は僕の檻に近づいた。
「こんにちは、××」
「はい、こんにちは」
緊張と不安のあまり、僕は体を震わしていると、彼は温かいスープを出した。
「ありがとうございます」
僕はそれを1口啜った。
「美味しい」
「それは良かった。さて××、君はどこから来たのかな」
「暗くて、何も無いとこ。星が周りに輝いていました。当時のことはあまり覚えいないのですが、気づけばゼロ博士の家に居ました」
「…」
イチ博士と呼ばれたその人はすっと立ち上がり、眼鏡を掛け直した。
「自己に関することはよく魂に記憶が刻まれているのです。恐らく、“お風呂”でも新薬でも無理でしょうね」
だから僕は毎日、空白を感じつつも、昔のことは覚えているのか。
何か、眠気のようなものを感じた。“お風呂”での感覚だ。
「お、そろそろ効き始めたね。スープは新種の薬なのだから」
その人は僕の檻に手を掛け、静かに呟いた。
いつも通り、ぼんやりと覚えている、繰り返しの日々を送る。ある日、草原で、僕はある事を伝えた。
「僕はイブだ」
「なんで××が私なの?」
突然のことに彼女は驚き、振り向いた。
「君は知らないかもしれないけどずっと僕は君の心に居たんだよ」
懐かしむように、穏やかな声色で話した。
「じゃあなんで君は地上に生まれ落ちたのさ」
「イブが泣かないように」
イブは驚き、目を見開いていたが、同時に疑問も感じたであろう。何に対して泣くのか、という。
「ごめん信じれないや」
「信じなくていい。けどイブの味方はここに居るよってこと」
僕は胸をドンと叩いた。
二人で座って流れ星を眺めていると、紅い炎を纏った1つの星が僕達に向かってきた。
「メテオだ。逃げよう」
僕は彼女の手を引いて、博士に知らせようとしたが遅かった。光速で落ちてくる隕石には立ち向かいようが無かった。唐突に、いつもの日常が動き始める。
メテオが轟音を立てて、僕の家に落下した。空気は震え、建物は倒壊し、地面は揺れた。
「イブ!」
彼女は衝撃波で地面に倒れ込むと、僕は彼女の肩を支えた。
「ねえ、白い壁が」
先程のメテオによって、この草原と家を囲っていた白い壁が崩れ落ちた。
「その先にあるのは」
荒地だった。沢山の色の生命体が点々と荒地の上に居た。“普通”のカナン達だった。まるで、僕達が隔離されているかのように。
イブは言葉を失って、足を震わせていた。
「ゼロ博士を、助けよう」
僕の目に映る消失の景色を後にし、まずは僕の家へ向かって博士の生存を確認した。
「博士、生きておられますか」
カナンは水から生まれて水に帰る。
「赤色の液体が地面に染まっている」
長年傍に居たゼロは、これから先もずっといるものだと思っていた。そう、思っていたのに。
僕が隣を歩くイブに伝えると、彼女は依然として恐怖の匂いがした。顔から、冷や汗が滴り落ちていた。
「カナンの死は、儚い。まるで、氷が溶けて水になったように」
僕が呟くと、イブは液体は見ずに、ただ僕を見つめた。
「確かに、これだけ無言の殺意があったら、私達はとっくのとうに死んでいたかも。ゼロとイチは善意で私達を閉じ込めたんだよね」
イブにはまだここに居たいという気持ちと、外へ出たいという気持ちがグチャグチャに混ざっている。
僕は呆然と天井を見上げた。いつも檻から見る天井は、狭くて、つまらなかった。けれどーーメテオで天井は破壊され、空が一面と広がっていた。それに、初めて檻の中で、心地よい風を感じた。
「私の家もメテオに破壊されたよ。きっとイチも死んでいる」
次々と草原に降り注ぐメテオを見上げて、僕は歯を食いしばった。絶望の縁に立たされた彼女に、あたかも救世主かのように、肩を抱きしめた。
「博士達が思うより、僕らはもう弱くない」
僕はメテオから離れるために、再び歩き出して、倒壊した白い壁の瓦礫を乗り越えて、荒地へと足を踏み出した。
もう覚悟は決まっていた。
「こんなに世界は広かったんだ」
新しい景色に感動して、目を奪われていた。
イブは何も言わず、ただ視線を地面に向けていた。
僕は地平線から上がる太陽を見つめて言った。
「ーー僕は自由を選ぶね」
「私も」
僕が差し伸べた手を、勇気を振り絞った手を彼女は強く胸に引き寄せ、受け取った。
煌めく暗闇の空に、美しい赤と、淀みのない真っ白な流れ星が横切った。
ーー色のある世界へーー(現実舞台)
教室の一番左下の角の席。そこには、クラスメイトから変人と呼ばれている人が座っている。
「見て見て、このカタツムリ可愛くね?」
彼の隣に座る僕は、いつも授業中に話しかけられた。僕は視線を黒板と彼を交互に移した。
「だ、ダメだよ、教室に持ってきちゃ」
聞けば登校中の、花壇に居たそうだ。
「可哀想だよ、雨に濡れるのは」
変人だ。持っていた教科書を落としてしまった。
「こら天野!!虫を持ってくるな!!」
言わんこっちゃない。よりによって先生が居る授業中に出すなんて。
また、とある球技大会で、クラス同士のバスケの試合をしていたとき。
「ゴールに入れればいんだろ?だったら端から投げようぜ」
そう言って点を決められる度に、仲間からボールを奪い取って、端から投げ、見事3点を決めた。
「これを繰り返せば勝てる」
このせいで、女子からの批判は当然、男子からは印象が最悪となった。だけれど、試合的には彼のお陰で圧倒的勝利を収め、天野は、満足していた。
「なあなあ、お前学級委員だろ?天野を管理してくれよ、迷惑なんだよ」
その日の放課後、息を切らしたクラスメイトに、ホームルーム教室に僕は呼び出されると、そんなことを言われた。
「で、でも天野くんのおかげで」
「あ?勝てばいいと思ってんのか?あいつが居ると楽しめないんだよっ!!」
僕の言葉を遮り、唾を飛ばして捲し立てるクラスメイトに恐怖を覚え、ごめんなさい、ごめんなさいとひたすら謝っていた。
「えー、この後のHR後に、学級委員の遠藤は来るように」
先生に名指しで呼ばれ、僕はびくっと背筋を伸ばす。足が震えてしまった。
「なんかしたの?」
天野は不思議そうに尋ね、数学の課題を進めている途中でシャーペンの芯がボキッと折れた。
「…知らないよ」
再びノックして、芯を出そうとすると、天野は僕の肩を2回叩いた。
「今日の道徳で、将来の職業何になりたいかってあったじゃん?何にした?」
シャーペンを握る力を強めた。眉間に皺が寄ったのを前髪で隠し、平静を装った。
「普通の職業だったらなんでもいいって書いた」
「平凡な奴だなー。つまんね」
本当に腹を立たせるのが上手いやつだ。人の答えに期待するなよ。それで頭がいっぱいになり、気が付けばいつの間にか放課後になっていた。
「遠藤、ちゃんと学級委員の仕事してるか?クラスメイト困ってるぞ」
先生は僕の背中をバンバンと叩いた。先生なりの励ましだろうが、こんな大人にはなりたくないと、僕は思った。
人の立場になることが何よりも大切なのに。
「それと何だあの道徳のプリントは。そんなに普通が好きなら、天野を普通にしてやってくれよ」
先生は大きく溜息をついた。
僕の視界が白く光り、吐き気を催した。体調不良を理由に帰宅しようとすると、先生は、
「頼むから問題を起こさない普通のクラスにしてくれ」
と言った。
カバンの裾をキュッと掴み、沈む夕日を暫く見つめていた。
『続いてのニュースです。昨日午後9時頃、NASAの宇宙船が宇宙へ羽ばたき、月へと着陸致しました。人数は過去最多の8人です』
女アナウンサーが誇らしげに、リビングで寝転がる僕に語りかけていた。
「意外と、宇宙飛行士になれる人って少ないんだな」
NASAのニュースに少しだけ興味を持ち、スマホで調べてみると、面白い発見をたくさんした。
「これだったら、僕も皆とは違う風になれるかも」
自分自身の価値を見つけるために、これからの将来の夢は宇宙飛行士と宣言するとしよう。再提出のプリントはこれで決まりだ。
翌日の朝、先生にプリントを出しに行くと、驚いた顔をされた。
「天野と一緒なんだな。変人扱いされても知らねーぞ」
僕も驚愕した。まさかあの天野と同じだなんて。
「あ、天野くん。君も宇宙飛行士になりたいんだって?」
急いで自教室に戻り、相も変わらず角の席に座る天野に声をかけた。
「ん?ああ」
「なんでっ?」
「宇宙人みつけてーから」
変人だ。すこぶる変人だ。今からでも変えよう、そうだまだ間に合う。教室のクーラーがやけに冷たく感じた。
「お前も宇宙飛行士にしたの?」
「あ、うん…いや…」
「まじ?!なんでなんでなんで?俺と同じ??」
「自分探しのために」
「うへーっ!変人だ」
いやいやいや、変人に変人と言われる筋合いなんて無い。
「なあなあ、いつか一緒に宇宙行かね?!」
唐突な彼の誘いに僕は思わず身を引く。
「でも」
よく家族や先生から、「遠藤は真面目だからありがたい」と言われる。本来は僕が天野を制する立場で居なければいけないのに。
「宇宙は無限大だぜ。特別な可能性を秘めてるからな」
テレビで見た、広大で美しい世界に飛び込みたい。その気持ちも重なった。
「うん、いいよ」
「やったー!ありがとう遠藤っ!」
そう叫んで僕を抱きしめるものだから、静かに自習するクラスメイトと、教室に入ったばかりの先生は口を開けていた。
口々に彼らは言っている。頭おかしい、秩序を乱す奴ら、変人、と。
「お、おい天野!!遠藤が嫌がってるじゃないか!」
先生は僕が虐められていると勘違いし、慌てて僕達を引き離した。
「ちげーよ、友情を育んでる最中だよ」
「そんなんだからお前は問題児なんだっ!」
一喝する先生を天野は蔑むような目で睨んだ。
「どこが問題児なんだよ?説明してみろよ」
「高校生なんだからもっと大人になれよっ!」
「そうやって俺のことを認めずに馬鹿にするのか?」
「馬鹿になんてしてない、ただ普通の生徒になって欲しいんだ!」
「態度で分かんだよ、変人だと思ってるだろ俺のこと。俺にとってはこれが普通だ」
「ふざけたことを抜かすな!天野を見習えっ」
僕は普通であることを悩んでいるから、凄く彼が羨ましいんだ。こうやって先生に言いたいことをぶつけられるのはかっこいいと思う。
「先生、僕はやっぱり天野くんと宇宙飛行士になりたいです」
「は?」
「個性豊かな彼と共に、宇宙へ羽ばたきたいんです」
クラスメイトの視線が僕に集まって、顔が熱くなる。
「お、お前は、堅実な職業に行った方が…」
「教師が自由を縛るな!」
天野はペンケースを先生にぶつけた。
僕は天野の言葉に心を打たれたんだ。宇宙というまだ未開拓の地に足を踏み入れたい。果てしなく続く銀河の中、輝く星々を見てみたい。
ただの願望が僕を動かしたんだ。
「大学は、行くので、大丈夫です」
先生に言いたいことを言い終わると、僕はふうと息を吐いて、席に座った。
「俺も遠藤と同じとこ行くから、大丈夫です」
片手を上げて言った後、彼も席に着いた。
「っ…」
その後、先生は大学受験まで、関わってこなくなった。空気が一変したのもあって、天野も僕も比較的落ち着いて、先生の言う“普通”になったんだと思う。
「ま、表向きだけだけどな。とっとと受験終わらせて夢に走ろうぜ」
彼の笑顔は、綺麗な八重歯が見える。
「もちろんだよ」
怒涛のような勉強漬けの日々を過ごし、来る日も来る日も刹那に過ぎていった。
秋の切なさも、冬の悲しさも、等しく色褪せた。そして遂には受験も終えーー晴れて僕達はこの学校を卒業した。
教室の、一番左下の角に座る子は言った。
「かたつむりでも、夢は叶わせるから」
半年が過ぎても、宇宙飛行士になりたいというのは変わらなかった。桜が、吹雪のように散って僕達を祝福した。
『続いてのニュースです。今、新たに2人の宇宙飛行士が、宇宙に旅立ちました』
女アナウンサーの活力ある声が船内を木霊する。
赤い宇宙服と、白い宇宙服の人達は手を強く握った。そして外に目を移すと、荘厳で、蒼く満ちた地球が銀河の中に佇んでいた。
「俺らの後を追って、誰かが希望を持ってくれるといいな」
彼はハンドルを硬く握った。
彼の背中には、かたつむりの刺繍があった。
もうひとりの男の背中には、彼自身の似顔絵があった。
美しい赤と、淀みのない白い流星が闇を泳いだ。
足跡は星と化す 鹿の子 @Shikanokonokonoko
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