終末軍人クエスト――俺は、どんな世界に行ったって、俺の願いを貫き通す!―― 転生した軍人は天界でも、異世界でも、己の力で任務を遂行する。
夜川 ソワ
プロローグ
その光景を、捜索隊の男たちは一生忘れることはないだろう。
「おい、信号弾が上がったのはここだよな! こっちだ、ライトを照らせ!」
視界を奪う猛吹雪の中、一人の男が叫び、仲間に合図を送った。
辿り着いたのは、隣国の、とある雪原だった。
そこには、数時間前まで行われていたであろう凄惨な戦闘の爪痕が残されていた。
雪は赤く染まり、無数の薬莢が鉄の礫となって地面を覆っている。
「……これ、魔獣による傷じゃない。人間によるものだ。しかも、まさか……」
「ああ……間違いない。あのバカみたいに強い、隣国の『白い狩人』だ……」
「こいつって、人気の遂行者だったよな?」
「そうだ、こいつに救われた人々はたくさんいる」
ライトの光に照らされたのは、一人の男の亡骸。
体中に穴が開き、流れた血は極寒の空気によって凍りつき、赤い水晶のように彼を飾っている。
だが、捜索隊が息を呑んだのは、彼の死に様そのものではなかった。
「……なぜだ? どうして人気だったのに人間に殺され、この極寒の地で……なぜ彼は、子供を抱えて……」
男は、冷たくなった一人の少女を、壊れ物を扱うように大切に腕の中に抱きかかえていた。
自分の背中を盾にし、最期の瞬間までその小さな命を包み込むようにして。
「誰が……誰が、こいつを殺したんだ?」
その問いに答える者はいない。
ただ、夜の風が冷たく吹き抜けるだけだった。
これが、世界最強と謳われた一人の軍曹と、彼が愛した「家族」の、あまりに哀しい終わりの光景だった。
――――――――――――――――――
クエスト シーストームの咆哮
種類 討伐
対象 個体名『ブラック・フェンリル』
詳細 巨大ゲート付近
期限 一か月
報酬 ゲートの縮小
罰則 地球の滅亡
※注釈:クエスト効果はありません
――――――――――――――――――
「ついてこい! 俺が先陣を切る!」
『ラジャー!』
威勢のいい声とともに、俺は雪原を蹴った。
視界の先には、高さ三メートルを超える巨大な黒狼――上級魔獣『ブラック・フェンリル』が、真紅の瞳でこちらを射抜いている。
こいつが出現したとき、俺たち人類は大規模な討伐部隊で討伐に向かったが、七百人の部隊はわずか二時間で壊滅。
生き残れたのはわずか百三十人だけだった。
だから、人類は今までこのクエストを放置していた。
だが、今は違う。そうも言ってられない。
ブラックフェンリルは二十九日前に出現した個体だ。
つまり、あと一日で地球が滅亡する。
「射撃用意、点火!」
後方の隊員たちが一斉にライフルを放つ。重厚な銃声が空気を震わせ、火薬の爆発が雪原を白く焼く。
だが、現代兵器の弾丸は、狼の体表を覆う硬質な外殻に虚しく弾かれ、火花を散らすだけだった。
「効かねえ……! やっぱり上級相手にゃ、俺たちの火器は豆鉄砲かよ!」
無理もない、ブラック・フェンリルのステータスはぶっ壊れだ。
この隊員たちの三十倍はある。
――――――――――――――――――
個体名 ブラック・フェンリル
L v 96
H P 1764/2683
M P 213/485
攻撃力 3645
防御力 3879
速 度 675
――――――――――――――――――
「いや、やつも煩わしく思っているはずだ。それだけでもありがたい。下がっていろ。……こいつは俺がやる」
だがな、どんなに敵がぶっ壊れていても、あきらめるわけにはいかないのだ。
俺は一歩、踏み出した。
体内のエネルギーを練り上げ、自身の細胞に命じる。
脳内に描くのは、極限まで圧縮された高硬度のタングステン合金。
その分子構造を指先に流し込む。
「【構造生成(マテリアライズ)】」
青白いスパークと共に、俺の手中に長さ二メートルを超える巨大な刀が出現した。
狼が咆哮し、一瞬で距離を詰めてくる。
その巨体からは想像もつかない速さだ。
「ハァッ!」
俺は体勢を低くし、狼の懐に潜り込んだ。
鋭い爪が空を切り、俺の頬をかすめる。
俺は以前こいつと戦った時のレベル95の時とは次元が違う、レベル98に達したのだ。
以前は全くと言っていいほど動きを追うことができなかった。
しかし、今なら追える!
――ガギィィィンッ!
鋭い斬撃を叩き込むが、剣の勢いは狼の腹部にあった黒い殻に阻まれた。
火花が散り、腕に重い振動が走る。
「チッ……硬いな。なら、内部から壊すまでだ!」
「なっ、あれは…!!」
俺は刀の構造を書き換え、超高周波振動を刃に付与する。
ジリジリと空気が震える音が響いた直後、俺は再び地を蹴った。
今度は防がせない。
すれ違いざまの一閃。
――ズバァァァッ!!
さっきまで鋼鉄のようだった外殻が、まるで熱したナイフでバターを切るように容易く裂けた。
狼は断末魔の叫びを上げ、大量のどす黒い鮮血を雪原にぶちまけて絶命した。
「ふぅ……」
『お…ぉぉぉおおおおお!!』
隊員たちから歓声が沸き上がる。
刀を消滅させ、俺は息を吐く。
「…討伐、完了」
さて、ステータスはどれほど成長したのだろうか。
――――――――――――――――――
個体名 確認する権限がありません
L v 98/99
H P 1486/1520
M P 364/860
攻撃力 1784
防御力 1230
速 度 2304
――――――――――――――――――
まあ、レベルが上がらなければ、ステータスも上がらないか。
しかし、俺のステータスはすべてにおいて一般人の百倍は優に超えている。
隊員と比較すると二十倍くらいか。
ほかの遂行者と比較すれば四、五倍くらいなのだろう。
個体名の確認できませんには、もうとうに慣れた。
「曹長、今回は犠牲はゼロです!曹長のおかげです!」
「いや、みんなの力だ。さぁ、帰ろう」
『はい!』
そうして、俺たち討伐隊は帰路に就いた。
二十年前、突如として人類の目の前に光のパネルが現れ、出現した『クエスト』。
――――――――――――――――――
クエスト 終焉の始まり
種類 ???
詳細 ???
期限 3日
報酬 未来
罰則 ゲートの設置
注釈:遂行者が出現します
――――――――――――――――――
これが最初のクエストだった。
当時は突然の出来事だった上、詳細が???でよくわかっていなかったので世界の人々は冗談だと思い、放置した。
その結果、世界中に出現した巨大な『ゲート』。
そこから溢れ出した魔獣たちは、現代兵器を嘲笑うように人類を蹂躙した。
唯一の希望は、俺のような異能力を持つ『遂行者』の出現だった。
遂行者たちにはレベルが設定されており、そのレベルはゲートから出現する魔獣を討伐したり、先ほどのようなクエストをクリアすれば上がる。
レベル5になればプロボクサーを圧倒し、レベル30に達すれば中級魔獣を討伐できる。
人類の目標は、全知全能に近いとされる『レベル99』への到達。
俺はその頂点に二番目に近い、レベル98の『遂行者』だった。
俺が戦えば、部下は死なない。
俺が走れば、守れる命が増える。
俺が命を懸ければ、子供の未来を守れる。
そう信じて、俺は地獄のような演習場でも、誰より過酷な訓練を自分に課し、隊員たちの模範として先頭を走り続けてきた。
そして何より、俺には帰る場所があった。
自室のドアを三回ノックする。
中からガタガタと慌ただしい音が聞こえ、ドアが勢いよく開いた。
「おかえり、おにぃちゃん!」
「……ぐふっ!?」
腹部への凄まじいダイブ。
三年前、雪原に倒れていた戦災孤児の彼女を拾ってから、俺の人生には色彩が戻った。
「……サフィーナ。今、俺のベッドから出てこなかったか?」
「いや? たぶんきのせいだよ?」
目が泳いでいる。
まあ、サフィーナが気のせいであるというのなら、きっとそうなのだろう。
「それより見て見て! 今日はね、おにぃちゃんのパソコン、ハッキングできたよ!」
「……なに? もうそこまでできるようになったのか?」
デスクの上のPCを見ると、デスクトップ背景がサフィーナの描いた落書きに変わっていた。
その絵を見た瞬間、戦場での疲れが溶けていくのが分かった。
その絵は俺とサフィーナが一緒に暮らしている様子を描いているようだった。
「……ありがとう。これは、どんな軍事機密よりも価値があるな」
「えへへ、おにぃちゃんをよろこばせるのが、わたしのハッキングのおしごと!」
俺が頭を撫でると、彼女は嬉しそうに目を細めた。
「お兄ちゃんの役に立ちたい」と言い出した彼女に、危険な戦闘訓練の代わりとして教え始めたプログラミングだったが、サフィーナは驚異的な天才だった。
一ヶ月で専門書を読破し、今では俺の健康管理アプリまで作っている。
「ところで、サフィーナ。背景を変える以外には、何もしてないだろうな?」
「ぎくっ……!?」
露骨に逸らされる視線。
もうぎくって言っちゃってるじゃん。
俺はバックアップから操作履歴を修復する。
「さて、サフィーナは何をしていたのやら……ん?」
「……あ、あああ! だめ! 見ちゃだめーーーっ!!」
そこにあったのは、膨大な数の【俺の訓練動画】のコピー履歴だった。
俺は日々自分の姿勢などを観察し、動きを改善するため、動画をとっているのだった。
「……俺がグラウンドを走っている動画? 射撃訓練の動画? なんでこんなものを大量に……」
「えっと……いやっ……これは、その……くぅぅぅぅぅ///」
顔を真っ赤にしてベッドにダイブするサフィーナ。
うわぁぁぁという声が聞こえる。
「…もう時間だから寝るぞ。消灯する」
「ぅぅ…はぁーい」
パチっと音が鳴り、部屋は静寂に包まれる。
そして、俺はベッドに潜り、眠る姿勢をとった。
俺はいつも通り、心の中で願いをささやく。
俺は、レベルを99にして、もっと強くなる。
それで、ゲートをこの世から消し去り、サフィーナと平和に暮らす。
これが、俺の幸せだった。
居場所があり、守るべき仲間がいて、目標があって、愛すべき妹がいる。
俺は、あまりに持ちすぎていたのだ。
……身に余るほどに。
その日は、突如として訪れた。
「緊急放送!緊急放送!隣国でレベル99に到達した遂行者が暴走を起こしました!現在、大統領を殺害し、南島地区を北上…え!?南島地区!?このビルって南島地区じゃ…早く、逃げ………ああああああああ!!!!」
「……!?」
テレビの緊急放送が基地中に響き渡り、モニターには暴走した遂行者の映像が映し出された。
そして、その中継をしているリポーターが殺されそ、のモニターは無情にも砂嵐へと変わった。
そして後日、その国が国力を投入し、何とか暴走した遂行者の討伐に成功したが、国の八割が壊滅してしまったとのニュースが流れた。
全知全能に近い力を得た彼は、精神をその力に食い破られ、一夜にして一国を地図から消し去った。
その日を境に、世界は変わった。
昨日まで『救世主』と崇めていた人々は、遂行者を『いつ爆発するか分からない爆弾』として見るようになった。
特に、レベル98――暴走した男に最も近いレベルにいる俺への風当たりは、凄まじいものだった。
「おい、見たかよ。今日も曹長、一トンのバーベルを持ち上げてたぜ」
「……あいつも、いつかあんな風に化け物になるのか?」
「レベル99になった瞬間、俺たちを殺し始めるんじゃないか……?」
食堂で、訓練場で、廊下で。
昨日まで尊敬の眼差しを向けていた隊員たちが、今は怯えと憎しみが混じった視線で俺を射抜く。
俺が使った後のシャワーは「汚れている」と言われ、訓練用具は泥で汚され、大切な備品が壊されている。
表面的には「曹長」としての権威を保っているが、その実態は、巨大な檻に閉じ込められた猛獣への扱いに等しかった。
(……耐えろ。俺がここで折れたら、サフィーナを誰が守るんだ)
俺は悲しみを押し殺し、無表情を貫いた。
だが、心は確実に悲鳴を上げていた。
誰よりも国を思い、誰よりも仲間を思って戦ってきた結果が、これなのか。
俺は、サフィーナと顔を合わせるのが怖くなった。
もし、彼女までもが俺を「化け物」を見るような目で見たら?
もし、彼女にまでこの絶望を投影してしまったら?
「耐えられない」
その恐怖から、俺はサフィーナを避けるようになった。
「お帰り!おにぃちゃん!」
「ああ、ただいま」
「おにぃちゃん、きょうはね…」
サフィーナが駆け寄ってきて俺を見上げながら話そうとする。
だが、サフィーナを見たとき、もし、俺を恐れる視線がサフィーナにまで行ってしまったらという恐怖に支配されてしまった。
「…ああ、ただいま。すまないが、今日は疲れたから寝る」
帰宅しても「疲れている」とだけ言い、彼女の顔を見ずに部屋に籠る日々。
俺はサフィーナとの会話を拒絶した。
基地の空気は、日を追うごとに刺々しくなっていった。
かつて俺を「英雄」と呼び、輝くような羨望を向けていた隊員たちの目は、今や暗い濁りを帯びている。
すれ違うたびに向けられる、汚物を見るかのような忌避感と、本能的な恐怖。
(……耐えろ。あの子にだけは、この毒を吸わせてはいけない)
俺はいつしか、サフィーナに対しても言葉少なになっていた。
彼女にまで蔑まれたら、俺の心は二度と立ち上がれなくなるだろう。
その恐怖が俺を臆病にさせ、彼女との間に分厚い壁を築き上げていた。
ある日の夜。俺が重い足取りで自室に戻ると、サフィーナが扉の前で待っていた。
彼女は、冷え切った俺のために用意したのだろう、湯気の消えかけた茶を持って立っていた。
「……おかえり、おにぃちゃん」
「ああ。……もう遅い。明日も早いから、俺は寝る」
俺は彼女の目を見ずに、そっけない言葉を投げた。
サフィーナは唇を噛み締め、震える手で茶を机に置く。
「おにぃちゃん。……今日、ルイさんたちがね……」
「いいんだ。何も言うな。……疲れているんだ。一人にしてくれ」
俺が彼女の横を通り過ぎようとした、その時だった。
「待って!!」
鋭い叫びとともに、サフィーナが俺の服の裾を、両手で力いっぱい掴んだ。
「……離してくれ、サフィーナ」
「待って…私…!」
「…離せ」
「…ぇ」
サフィーナは強くつかんでいた俺の裾を離し、少し後ずさりした後、自分のベッドにもぐりこんでしまった。
これで、いいんだ。
これが、いいんだ。
これが一番彼女の安全につながる。
俺は彼女の隣にいるべきじゃない。
彼女も俺の隣にいるべきじゃない。
…俺は決めた。
もう迷わない。
深夜、軍事基地の屋上。
明かりがなく、あたりは静寂に包みこまれている。
真っ暗な天には見渡す限りの白い星であふれていた。
「どうした、急にこんなところに俺を呼びだして、相棒。心配してたんだぞ」
ルイが少し離れて立つ俺にニッと笑いかける。
「ちょっと、話があってな」
「話?どうしたんだ、改まって」
「ルイ、一つ頼みがある」
真剣な雰囲気を感じ取ったのか、ルイは瞬時に真面目な態度へと切り替えたようだ。
「…なんだ、相棒」
あの暴走のニュースが流れた途端、みんな俺への態度が変わった。
しかし、俺の親友であるルイは今まで通り俺に接してくれていた。
だから、ルイなら…この仕事を頼める。
「この国の郊外にある、退役兵が営んでいる孤児院があるよな、その退役兵とお前は仲が良かったよな?」
「ああ、そうだ。上官だった…」
ルイは少し懐かしむように上を見上げた。
しかし、何かに気づいたのか俺のほうに急いで視線を戻した。
俺が悲しそうな表情をしていたのかはわからない。
だが、ルイは俺の表情から何かを読み取ったようだった。
「俺は今、立場がまずいからな。お前に頼むしかないんだ…」
「…まさか、お前…!」
俺は、すべてのまだ、サフィーナと離れたくないという邪念を意識の外へ追い出した。
そして、覚悟を決める。
「サフィーナを…そこへ送ってくれ」
ルイは予感していた言葉をうまく咀嚼できなかったようだ。
俺の肩をつかみ、必死に語りかけてくる。
「そんなん、だめに決まってるだろ…!サフィーナちゃんは相棒を慕ってた!それは今もそうだ!なんで、今まで大切に育ててきたのに…!」
彼は、はぁはぁと過呼吸になるほど勢いよく話していて、その態度からはルイの真剣さがうかがえた。
そんな彼を俺はなだめるように、理由を話した。
「今の俺はとても危険だ。いつ暴走するかわからない。しかも、隊員たちはあんな態度だ。その態度を見てサフィーナが育ったらどうする」
俺は冗談交じりに、微笑んでいった。
「相棒…!」
そうだ、サフィーナはこんな暗い場所にいるべきじゃない。
こんなところにいたら、彼女は幸せになれない。
だから、俺は彼女と離れる。
彼女は軍に関することを勉強するのが好きなんだ。
その孤児院のオーナーが退役兵ならそいつからいろいろ聞けるだろう。
「お前に頼んだのは、お前が信用できるからだ」
「頼んだぞ、ルイ」
ルイは何か反論をしようとしたように見えた。
しかし、俺の意志を尊重したのか、俺の目をまっすぐと見据えた。
「…わかった。相棒」
「責任をもって、送り届けよう」
…その目を見て、安心したよ。
お前に頼んで、本当に良かった。
「…感謝する」
軍の上層部会議。
重厚な円卓を囲むのは、かつて俺を「国の至宝」と持ち上げた将軍たちだ。
「……曹長、もとい『白い狩人』のレベルは?」
「確認されているだけで98。いつ上限に達してもおかしくありません」
モニターには、俺が訓練で一トンのバーベルを軽々と持ち上げる映像が流されている。
「奴は強くなりすぎた。……第二の『暴走』を許すわけにはいかん。人類の救世主など彼一人いなくなったところでいくらでもいる。そして、それが我々の制御下にある『兵器』でなければならない。『化け物』であってはいけないのだ」
一人の男が、冷徹な声で決断を下した。
「レベル99に達する前に、奴を処分する。……明日、基地から隊員をすべて退去させ、攻撃の準備をする。彼は基地に孤立させておけ。予定としては、基地で処分するつもりだ。しかし逃走を試みるようなら、基地の外でもいい。あの『少女』を人質に使ってでも仕留めろ」
「了解です」
外は、激しい吹雪が吹き荒れていた。
俺がサフィーナを逃がすための決意をした裏で。
人類を守るために戦ってきた「家」が、俺たちを葬るための「処刑場」へと姿を変えていた。
「なぁ、本当にいいのか、お別れも言わなくて」
ルイが車の運転席から俺を見下ろすようにして問いかけてくる。
彼が乗る軍用のトラックは大きな荷台がついている。
運転席の一はとても高く、話すには少し首を上に傾けなければならない。
「ああ。そっちのほうがいい。もう一度見てしまったら、決意が揺らいでしまいそうで…怖いんだ」
「そうか…やっぱ、相棒は立派な男だな」
ルイが俺の肩を小突いてそういった。
「…何がだ?」
「いーんだよ。理屈じゃねぇさ」
「…わからん男だな」
やっぱり、ルイはいいやつだな。
暴走寸前の男とこんな風に分け隔てなく話してくれる。
「ん?なんだ、俺に惚れたか?」
「…誰が惚れるか」
「見つめてきたのはそっちだろ!?」
…こんなくだらない冗談を言うやつではあるが。
「サフィーナは、荷台にいるのか?」
「ん?ああ、そうだ。一応部屋みたいにはなってる荷台に閉じ込めてる。寝てるけどな」
「昨日はひどかったぞ。お前の代わりに俺がお前の部屋に行ったら、めちゃくちゃひどい態度をとられたんだ」
「はは…嫌われてるな」
こいつ、かわいそうだなといった感じで俺は憐みの視線を送る。
「それによ、孤児院に移すっつったらめちゃくちゃ嫌がるんだよ。ここにいたいって。本当に…」
「やめてくれ。それ以上は話さないでくれ…。まだ、決意したばっかりなんだ」
「…すまん」
ルイはやっちまったみたいな表情をして、申し訳なさそうに謝ってくる。
「じゃあ、サフィーナちゃんは俺が送り届けておく。一日くらいかかるかもしんないけど、またな」
「ああ、頼んだ。」
しかし、どうやら長話をしたのがよくなかったらしい。
「…おにぃちゃん!?そこにいるの!?」
「…!!」
「やっべ…!」
サフィーナが閉じ込められた荷台の中から必死に声を上げている。
「ねぇ、おにぃちゃん!教えて!なんで孤児院に送っちゃうの!?」
「ルイ、発進してくれ」
「…!!…ああ、分かった…」
ルイは勢いよくアクセルを踏みブロロロロと音を立てて車を発進させた。
「おにぃちゃん!」
「…」
だめだ。
耳を傾けてはだめだ。
「私まだ、おにぃちゃんと一緒にいたい!」
…!
それは……だめだ。
彼女の叫び声がどんどん離れていく。
俺は彼女の悲痛な叫びを沈黙で押し殺した。
それは、サフィーナが去ってから三日目の夜のことだった。
俺は、彼女がいなくなってから何事をするにも無気力になってしまった。
なにか、心に大きな穴が開いてしまったような。
そんな俺が単独の魔獣討伐任務から帰ってきたときのことだ。
二日で帰ってくるはずのルイがまだ帰ってきていない。
それに、静かすぎる。
この基地は、二十四時間止まることのない軍の心臓だ。
交代勤務の足音、遠くで響く機械の駆動音、隊員たちの下らない笑い声。
それが、何一つ聞こえない。
廊下の電灯は消え、深い闇がどこまでも続いている。
だが、全方位から「見られている」ような、肌を刺すような感覚。
頭の中に浮かべるのは、ライフル銃。
俺は身を守るため、それを生成する。
俺は基地中を走り回った。
しかし、誰もいなかった。
俺は不安に駆られ、外へと出た。
辺り一面真っ暗で、猛吹雪だった。
「ルイ!みんな!どこにいるんだ!」
叫び声は雪原の宵闇に吸い込まれ、返ってくるのは風の唸りだけだった。
その時、遠くから高速でこちらに向かってくる明かりが見えた。
仲間か。あるいは――。
俺は本能的に雪の中へ身を隠し、相手の動きを観察した。
明かりの正体は、軍用車だった。それは一直線に俺のもとを目指している。
見えているのか?いや、確実に敵からは見えない距離だ。
というか、ほとんど光がないうえ、猛吹雪で俺のことは全く見えなかったはずだ。
この猛吹雪で視認できるのは、俺のレベル九十八の視力があるからだ。
車のやつらにはおそらくない。
しかし。
ドンッ!!
その車は雪の壁を破壊し、鉄の塊が俺の肺を金槌で打つような衝撃とともに俺を吹き飛ばした。
宙を舞いながら、脳が火花を散らす。
事故じゃない、偶然でもない。明確な殺意だ。
…まさか、GPS!?
俺が来ていた服の内部。
三ミリ程度の小ささの発信機がついていた。
これを取り付けられるのは…!
俺は嫌な予感を頭の中で振り払い。空中で体勢を立て直し、ライフルの引き金を引いた。
弾丸が運転手と助手席の二人の頭に命中し、爆ぜる。
俺は発砲の衝撃を和らげるように空中で一回転し、着地する。
「……何者だ」
弾が当たり燃える車体に歩み寄る。
その車体にプリントされているマークを見た瞬間、俺の視界が歪んだ。
それは、俺が命を懸けて守ってきた、この国の国旗、その右に俺の基地の番号がプリントされていた。
「……俺が、殺したのは……仲間なのか?」
どういうことだ。
なぜ、俺の仲間が俺を殺そうとする。
絶望の色が濃くなっていったその時。
目の前に飛来したのは、一つの鉄塊だった。
「手りゅう弾……ッ!!」
ボンッ! という轟音とともに車が爆ぜる。
真横にいた俺はとっさに防御の姿勢をとったが、爆風をもろに浴びてしまった。
鼓膜が破れ、音が消える。
俺は後ろに吹き飛ばされながらも、受け身をとり、臨戦態勢をとる。
先ほど爆発し待った煙の中に、無数の人影が見える。
十…いや、二十人…
「誰だ! 姿を見せろ!!」
俺は敵に銃口を向け、その影に向かって叫ぶ。
煙がだんだんと薄くなっていく。
「……なんで、お前ら……!」
迷煙の中から現れたのは、昨日まで俺と笑い合っていた隊員たちだった。
そいつらは静かに俺に銃口を向けている。
俺が撃とうとした人。俺を撃っている人。
そのすべてが、苦楽を共にしてきた「家族」だった。
「行け、殺せ! あんな化け物でもこの人数なら何とかなる!」
指揮を執る声に、俺の心は砕け散った。
俺は反撃できないまま、逃げた。
全速力で。
自分を慕っていたはずの者たちから逃げ惑う。
指揮を執っている者、それは俺のかつての親友、ルイだった。
「逃がすな! 今夜中に、あの化け物を始末するんだ!」
雪原に潜み、息を殺す。
どうして、どうしてルイが…
ルイだけは、親友だと思っていた。
全身から流れる血が、雪を赤く染めていく。
だが、追っ手たちの「凶行」は、ここからが本番だった。
「おい、お前! 隠れているのは分かっているんだ! 今すぐ出てこなければ……こいつを殺すぞ!!」
その声を聞いた瞬間、俺の血は凍りついた。
「おにぃちゃん! 来ちゃダメ! 逃げてぇ!!」
…ルイ、まさか孤児院に届けるんじゃなくて、人質に使うために…
「うるさい、黙ってろ!」
バンッ! という乾いた音とともに、サフィーナの悲鳴が響く。
撃たれたのだ。七歳の子供を、あいつらは躊躇なく撃った。
「サフィーナ!!」
俺は隠密を解除し、姿を現した。
叫んでいた男の顔を見て、分かってはいたことだが俺は言葉を失った。
「なんで、お前が……」
親友であったはずのルイがサフィーナの髪を掴み、脚を撃ち抜いた銃を握ってそこにいた。
「…悪いな、相棒。本当は俺はお前を殺したくなんかない。だがな、上層部からの脅してでも殺せとの命令だ。」
ルイは苦しそうな顔をして俺を見つめる。
周囲を取り囲む二百人以上の隊員たち。
その目に宿っているのは、尊敬ではない。
自分たちには到底及ばない「異物」への、底知れない恐怖と嫌悪だった。
「命令? なぜだ! 俺は軍に歯向かうつもりなんてない! 国のために戦ってきた! なぜ俺が排除されなきゃいけないんだ!?」
血を吐きながら訴える俺に、ルイは冷たく、そして明確な侮蔑を込めて言い放った。
「人はな、制御できないものは排除する生き物なんだよ。お前は人知の及ばぬ特殊能力を持ち、レベル98まで上がった。もう暴走寸前だ。……お前が生きているだけで、俺たちは怖いんだよ。それに、命令に従う。それが俺たち軍人だ。」
――怖い。
そのたった一言が、俺の人生のすべてを否定した。
俺は、今までの人生のすべてをなげうって戦ってきた。
俺がこの「力」で誰を守ってきたと思っている。
お前たちのために、俺は泥をすすり、手を汚し、修羅となって戦ってきた。
その結果が、この仕打ちなのか…!
「……!!」
激情が全身を駆け巡った。
だが、俺が動くより早く、ルイが手を挙げた。
「全員、撃てッ!!」
「おにぃちゃん!!」
集中射撃。
地上、ヘリ、機関銃。あらゆる火力が、俺という一点に集中する。
「っっ…!!」
俺は急いで周りに鉄の壁を生成した。
しかし、およそ二百名以上からの集中攻撃。
鉄の壁では一瞬で打ち破られてしまう。
俺は鉄の壁を続けて生成し続けた。
「…チッ耐えやがって…全員、撃ち続けろ!やつの体力も無限じゃない!」
「やめて…!」
壁を作り続ける俺と、容赦のない射撃を続けるあいつら。
いつもなら生身でも俺はそこそこ耐えられた。
だが、精神が壊れ切っていたのだ。
尽きるのはやつらの弾薬ではなく、俺の体力だった。
鉄の壁が生成できなくなった瞬間。
ドシュッ、ドシュッ! と、肉が弾ける音が連続して響く。
「おにぃちゃん!」
腕が砕け、腰が砕け、膝が折れる。
噴水のように溢れ出す自分の血で、視界が真っ赤にぼやけていく。
「射撃をやめろ。最後は俺が殺す。」
ルイの合図で、暴力の雨が止んだ。
俺はもはや、穴だらけの肉の塊だった。
雪の上に倒れ伏し、荒い息をつく。
「ルイさん、派手にやりすぎました。隣国が大量の魔獣の発生かと思ったのか動き出しているようです。この事態が明るみに出ては少々厄介です。撤退を」
「ああ、分かっている。仕上げだ。……このガキも、もういらないな」
ルイはそう言うと、ボロボロになったサフィーナを乱暴に放り投げた。
サフィーナは悲鳴を上げて雪原に転がる。
ルイはゆっくりと俺に歩み寄り、マグナムを装填した。その銃口を、俺の額に向ける。
「じゃあな…」
俺を冷たく見下ろす隊員たち。
恐怖。憎しみ。忌避。
今まで共に死線を潜り抜けてきた記憶は、俺一人の独りよがりだったのだ。
死のう。
こんな世界で、こんな視線に晒されてまで生きていたくない。
俺は、静かに目を閉じた。
バンッ!
乾いた爆発音。
直後、俺の体に、小さな重みが重なった。
「……っ、ぁ……!」
死んでいない。
俺の頭を貫くはずだった銃弾を、小さな影が遮っていた。
「サ……フィーナ……?」
彼女は、撃たれた脚で必死に這い、俺を守るように覆いかぶさったのだ。
銃弾はサフィーナの体を貫通し、俺の背に弱々しく刺さっていた。
「チッ……手間をかけさせやがる。迷惑なんだよ、お前ら」
ルイが再び、銃を構える。
サフィーナの腹部からは、止めどなく血が溢れ出している。致命傷だ。
「……今度こそ、殺す」
その瞬間、俺の中の何かが完全に「決壊」した。
「……あああああああああああ!!!」
俺は最後の力を振り絞り、体から【大量の発煙筒】を生成し、周囲を爆破した。
立ち込める青い煙。
「なっ!? 隣国の信号色……!? クソッ、隣国のやつらを呼ばれた!撤退だ! あいつは放っておいても死ぬ!!任務は完了した!」
「…えっですが、隣国に白い狩人を殺したことがバレてしまいます!」
「そんなのどうだっていい!早く撤退だ!」
ルイたちの足音が遠ざかっていく。
「サ…フィー…ナ…」
静寂が戻った雪原で、俺はサフィーナを抱き留めた。
「サフィーナ! 起きてくれ、頼む……! サフィーナ!!」
俺はしゃがれた声で、彼女の名前を呼び続けた。
サフィーナは、肺に血が入り込み、喘ぐような呼吸を繰り返していた。
「すまない、サフィーナ……俺みたいな化け物に拾われたばかりに……。お前を、こんなことに……」
俺が、俺がずっと見守っていれば…!
あんな奴に預けたりしなければ…!
「おにぃちゃん…自分が…わ…るいなんて……いわないで」
彼女は、血を吐きながら、精一杯の笑顔を俺に向けた。
「ああ、わかった…から、もういい!俺が…助けるからもういい、無理するな、しゃべってはだめだ!」
俺は急いで彼女を回復させられるものを生成しようとする。
しかし、そんな致命傷の人間をこんな劣悪な環境で回復できる万能な物質なんてのは、この世に存在しないのであった。
「わた……し…おにぃちゃんに拾われて…幸せ…だったよ……」
「サフィーナ、もういいから、急いで治療するから…!」
「あり…が…とう」
サフィーナは最期に微笑んだ。
そしてサフィーナの手から、力が抜けた。
彼女の瞳から光が消え、腕の中の温もりがこころなしか冷たくなっていくような気がした。
「サフィーナ? ……サフィーナ!!」
俺は、穴だらけの体で、彼女を抱えて走り出した。
走るたびに骨が軋み、肉がちぎれ、血が雪原に線を引く。
――ああ、俺の夢。
ゲートを消して、魔獣をなくして。
ただ、この子と二人で、静かに暮らしたかった。
朝起きて、おはようと言って。
サフィーナの成長を見ながら、頭を撫でてやりたかった。
そんな、誰にでもある「当たり前」を。
どうして、神様は俺に許してくれなかったんだ。
俺は、動かなくなったサフィーナを抱きしめ、雪の中に倒れ込んだ。
「……ごめん、サフィーナ。俺の、夢……叶えられなかった……」
もし。
もしも、二度目の人生があるのなら。
次は、力なんていらない。
俺はもう何もしたくない。
何かをすれば、何かが消えてく。このクソみたいな世界だから。
誰からも恐れられない、ただの「人間」として。
何も恐れる必要のない。そんな、平穏な世界で……。
俺の意識は、白銀の闇へと溶けていった。
翌朝、捜索隊が発見したのは。
何百発もの銃弾を浴びながらも、腕の中の少女だけは決して離さなかった、哀しき「英雄」の亡骸だった。
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