【第十一章:眠れる鋼鉄の臓器】


 墜落感が消失すると同時に、痛覚が俺を覚醒させた。


 数日の間に、こうも似たような感覚――全身の骨を見えない巨人の手で握り潰されるような鈍痛――を味わうなんて、現実味がなさすぎて笑えてくる。


 俺は重い瞼をこじ開けた。

 心灯ハート・ランプのガラスカバーには細かい亀裂が走り、限界を訴えるような「ジジジ……」という音を立てながら、頼りない光の輪を投げかけている。


「……うぅ……」


 微かな呻き声が胸元から聞こえた。

 奈腐婭ネフヤが俺の懐に小さく丸まり、俺の襟元を死に物狂いで掴んでいる。彼女の顔色は紙のように白く、体は火がついたように熱い。


 ここは、俺が住んでいた「第七階層」よりも遥かに深度があり、気圧の高いエリアだ。

 おそらく、集落で最も経験を積んだ探路士でさえ足を踏み入れたことのない場所。大人たちが口を酸っぱくして「絶対に入るな」と警告していた、『深層区』。

 地表の豊かな魔力環境に適応している彼女にとって、ここの空気は鉛を溶かして吸い込んでいるようなものだろう。


「……しっかりしろ」


 俺は壁に手をつき、千鳥足で立ち上がった。

 そして顔を上げ、眼前の光景を認識した瞬間、俺の呼吸は凍りついた。


 そこは、俺が想像していたような狭い洞窟ではなかった。

 底が見えないほど巨大な、錆びついた金属の円筒形トンネルだったのだ。


 俺たちは今、錆びた桟道キャットウォークの上に立っている。

 この足場は、直径十キロメートルはあろうかという巨大空洞に架けられた、巨人にとっての蜘蛛の糸のようなものだ。

 上下左右、すべてが見渡す限りの赤褐色の金属壁で覆われている。


 無数の太いパイプが血管のように壁を這い回り、深淵へと伸びている。破裂したパイプの裂け目からは金色の発光胞子が噴き出し、終わりのない光の雨となって、暗黒の底へと降り注いでいた。


 あまりにも、静かだ。

 巨大な墓場のようでもあり、あるいは眠れる神殿のようでもある。


「きれい……」


 ネフヤが虚ろな目を開け、宙を舞う光の粒子を見つめた。琥珀と鮮血の異色瞳オッドアイに、この死寂に満ちた壮麗な景色が映り込む。


「下は見るな」


 俺は低く警告し、彼女を支えながら桟道を進んだ。

 手すりはとっくに腐食して脱落している。一歩進むたびに足元の格子板グレーチングが悲鳴を上げ、無数の鉄錆が雪のように剥がれ落ちて、奈落の底へと吸い込まれていく。


 その深淵の底に、いくつか巨大なギアや回転翼ファンブレードがうっすらと見えた。

 一つ一つが都市ほどの大きさがあり、発光苔に覆われたまま静止している。まるで数千年の時をそこで眠り続けているかのように。


 これが、俺たちの世界の「内臓」だ。

 頭上にある無数の居住区画を支え続けてきた、古の環境維持システムの心臓部。


 それはあまりにも壮大で、そしてあまりにも壊れていた。

 俺たちは、止まってしまった時計の中に迷い込んだ二匹の蟻だ。ここでは、存在自体が滑稽なほどにちっぽけだ。


「重装備……」


 ネフヤが俺の肩に体重を預けてきた。その声は煙のように頼りない。


「ここ……宝物の隠し場所?」


「いいや」


 俺は自嘲気味に笑い、この美しくも致命的な廃墟を見渡した。


「ここは俺たちの牢獄だ」


 その時だった。

 足元の金属桟道に、極めて微細な振動が伝わってきた。


 ドクン。


 低く、腹の底に響く音が深淵の底から這い上がってくる。

 それは金属音というより、巨大な生物の力強い鼓動に近かった。


 ネフヤの体が強張った。


「……風」


 彼女は譫言うわごとのように呟いた。その瞳から焦点のボケが消え、瞬時に恐怖が取って代わる。


「風が変わった……。下のやつ、目が覚めたわ」


 ゴゴゴゴゴゴゴ————


 振動が加速度的に激しくなる。

 静止していたはずの深淵が、野獣のような咆哮を上げ始めた。

 苔むしていた巨大な回転翼が、大量の鉄錆を撒き散らしながら、ゆっくりと、しかし確実に回転を始めたのだ。


 それはあらゆる物質を粉砕する運動エネルギーの塊。

 この星が数十年かけて溜め込んだ廃気と高圧エネルギーが、今まさに排出口を求めて暴れ出したのだ。


 俺は心灯の脇についている気圧計を見た。針がレッドゾーンに飛び込み、狂ったように振れている。


 これはただの換気じゃない。

 これは――『大排出周期グランド・パージ』だ。


 この直径十キロのパイプは、ただの地下空洞なんかじゃない。

 これは巨大な銃身だ。

 そして俺たちは今、その薬室チャンバーの中に立っている。


「俺に捕まれ!!」


 俺はネフヤを胸に抱き寄せ、轟音にかき消されないよう絶叫した。


「残ってる魔力を全部絞り出せ! シールドを作るんだ! 球形の! 一番硬いやつを!!」


「で、でも、もう力が……」


「ミンチになりたくなきゃ早くしろ!!」


 ドォォォォォォン!!!!


 下層の気流が炸裂した。

 目視できるほどの白い衝撃波が、万物を破壊する勢いで深淵から噴き上がってくる。

 それはもはや風ではない。実体化した質量の暴力だ。


 ネフヤは生存本能に突き動かされ、悲鳴と共に魔力を解放した。

 眩いばかりの金色の幾何学球体が、気流が俺たちを飲み込む寸前、辛うじて展開された。


 次の瞬間。

 重力が消滅した。


 いや、圧倒的な推力によって上書きされたのだ。

 俺たちは金色の結界ごと、銃身に装填された弾丸のように打ち出された。狂暴な星の吐息に包まれ、内臓の位置がずれるほどの加速Gと共に、頭上の遥か彼方にある暗黒へ向かって射出される。


 一層、二層、十層……。

 錆びた桟道も、巨大なパイプも、かつて俺たちが這いずり回っていた生活層も、すべてが光の線となって後方へ置き去りにされていく。


 速度が増していく。

 魂が肉体に追いつけないほどに。

 現実感がない。昨日はまだ、あんな薄暗い穴倉にいたというのに……。


 もうすぐ、「上」に出るのか?

 俺が焦がれ続けた上層。俺が知りたかった世界の秘密。

 今、この絶対的な力によって、俺はその夢の場所へと無理やり押し上げられていく。


 音速を突破する破裂音と共に。

 頭上の分厚い闇が、砕け散った。

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