第4話 銀河系で一番!!

「ど、どうしましょう。奥様も一緒にお誘いするべきでした。奥様にとっても大切な七五三だったのに……ご、ごめんなさい、私ったら……!」


「そんな、謝らないで下さい。うちの妻は、こういうことに不慣れなので……」


 パパがとりなすが、大塚さんは否定するように首を振る。


「い、いいえ、いいえ。奥様をお呼びして、もう一度お着物を選び直しましょう。さ、咲良ちゃん、咲良ちゃんを連れて来ないと……」


 二丁目更科の方へと駆け出そうとする身体を、パパの腕が止める。


「落ち着いて下さい、大塚さん! その必要は無いんです!」

 強く言われて、大塚さんは呆然としたように、パパを見上げた。


「……どうしましたか、大塚さん。何かありましたか?」

 大塚さんは目を大きく見開くと、身体のなかの全てを吐き出すような、深い溜息をついた。




「私の孫も七五三なんです。今年3歳で……」


 三丁目のなかよし公園のベンチに座って、大塚さんも落ち着きを取り戻した様子だ。


「そうだったんですか。それじゃあお祝いに行かれるんですね」

 大塚さんは下を向いて、力無く首を振った。

「お祝いは……すると思います。でもきっと、私は呼ばれません」

「……え」

「すべて、私のせいなんです」

 大塚さんは顔を上げないまま、ポツポツと話しはじめた。



「一人息子が結婚して、お嫁さんが同居してくれることになりました。夫をすでに亡くしていたので、私は嬉しくて、家を二世帯住宅にリフォームして、一緒に住みはじめました」


 パパと大塚さんが座るベンチの前を、男の子たちが笑いながら駆け抜けて行く。


「孫が生まれて、お嫁さんは仕事があったので、私が世話をすることになりました。本当に可愛くて、一生懸命世話をしました。……けれどそれが、悪かったんです……」


 ふと、パパの足元にボールが転がってきた。

 見ればよちよち歩きの女の子が、ボールを追って来ていた。

 パパがやさしく転がして返すと、「すみません」と父親らしき人が会釈をする。


「息子夫婦にとっても初めての子、やりたいこともあったろうに、私が全部取ってしまったんです。それを上手く口に出せなかったお嫁さんを、追い詰めてしまったんです」


「……でもそれは、大塚さんが悪いわけでは……」

 大塚さんはまた、首を振った。


「私の方が孫のことが分かると、優越感を持っていたんですよ。世話をしてやってる、という気持ちにもなっていました。孫を連れて息子夫婦が家を出るまで、私はずっと自分が正しいと思っていたんです……」


 ふっ、と思い切るように、大塚さんは顔を上げる。

「でも、息子は営業でこの辺りを回るので、時々顔を出してくれますし、何かにつけて孫の写真を送ってもくれます。リフォームした家を他人ひとに貸して、私は悠々とひとり暮らしです。日々自由で、これも悪くないと思っています」


 大塚さんの微笑みは、いつもと同じ穏やかなもので、パパはよけいに胸に沁みた。


「今日は、本当に大塚さんのおかげです。とても感謝しています。今日だけじゃありません。大塚さんにはいつも助けて頂いて、うちは家族で頼りにしているんです」

 大塚さんはびっくりしたような顔をしてから、「いいえそんな」とパタパタと手を振る。


「お隣が大塚さんで、本当に良かった。私も妻も、咲良も大雅も、同じ気持ちです」


 振っていた手をピタリと止めて、大塚さんはパパを見つめる。

 そして小さい声で「ありがとう」とつぶやくと、指でそっと目頭をおさえた。


 公園のどこかで、小さい子が笑い声を上げているのが、聞こえた。




 そして、七五三当日。

 パパとママと大雅は、御徒写真館で、咲良の支度ができるのを待っていた。

 美容室と繋がっている扉から、町子さんに伴われた咲良が出て来ると、パパと大雅は「おーっ!」と歓声を上げる。


 濃い赤地にはっきりとした色合いの桜楓文様おうふうもんようの振袖に、七宝繋ぎの帯。着物の柄に合わせた桜のかんざしが、しゃらりと揺れていた。


「可愛い! 咲良、可愛い! すごく可愛いいいっ!!」

「ちょっ、た……じゃない、咲良、こっち、こっち向いて!」


 パパと大雅が、先を争うようにスマホのシャッターを切る。


「はーい、じゃあこっちも写真撮りましょうか」

 御徒さんが笑いながら声をかけると、町子さんが咲良をカメラの前に連れて行き、振袖を整えた。


「あぁいいねぇ、いい笑顔だ。……はい、もう1枚、こんどは後ろ向きになって、顔はお父さんたちの方を見て……」

 次々とポーズを変えて、御徒さんが写真を撮っていく。

 最後に家族全員の写真を撮って、終了した。



「……あれ、咲良?」

 着替えないのかい、という言葉をパパは飲み込んだ。

 写真を撮るだけだとあれほど言っていたのに、咲良は草履を履いたまま、撮影スタジオを出て行く。


「どうやらこのまま、神社へ行くようですね」

 町子さんがコソッとパパに言った。


 うぅぅぅぅぅわぁぁぁぁぁ!!


 パパはもう、泣きそうになるのをこらえて、

「あ、ありがとうございました! ありがとうございました!」

 と、御徒さん夫婦に、何度も何度も頭を下げた。


 神社には天野さんちの他にも、七五三詣での参拝客の姿があった。


「他にも七五三いるんだね」

 と、咲良。

「……うちの咲良が一番可愛い」

 と、パパ。

「うん。咲良が一番可愛い」

 と、大雅。

「銀河系で一番、可愛い」

 と、ママ。

 パパと大雅が、「うんうん」とママに同意した。

 咲良が真っ赤になって下を向く。

 その顔に向けて、大雅がスマホのシャッターを切った。



 おやしろの前に家族で並んで鈴を鳴らし、揃って柏手を打って、手を合わせる。


「みんな、熱心に祈ってましたね。何を祈っていたんですか?」

 神社からの帰り道、パパがみんなにたずねた。


つづく

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