“ヴィアタン共和国”


「見て、海、めっちゃ綺麗。」

少し蒸し暑い電車内に、涼しい海風が吹いた。太陽を反射してキラキラ光っている海を見ると、夏を感じる。この辺りの国は縷籟よりも気温が高いので、縷籟ではまだ緑の見えない初夏でも、もう随分と暖かい。

「うん、綺麗だね。」

「おれの顔じゃなくて海見て。」

その見た目もあり、灯向が海に騒ぐ姿はさながら、ヴィアタンにのんびり旅行にきた10歳児だった。この国がかなりの面倒くささを誇っていることなど、この海の前では大した問題ではない。

「やっぱ島国はいいなぁ。楽しそう。」

「そんなことコンの前で言ったら、コンが縷籟の周りの国、全部海に沈めに行くだろ。影響力のある人間は自分の発言に責任持てよ。」

「……ふっ。ごめん、ミツル、さすがに面白い。」

「俺のことそんな奴だと思ってたんだ、ミツル。」

間違ってはないよね、と灯向が笑う。紺は納得しない様子だった。



やがて電車が止まり、外に出ると、リゾートには似つかわしくない巨大なビル群があった。海、砂浜、道、そしてすぐビル群。ホテルなども見当たらない。

ここは13の国の中で2番、ヴィアタン共和国。この世界に唯一の島国だ。最大の特徴はなんと言っても、国民・国家、全てに一貫している他国嫌いである。これのせいで他国の文化の影響が少なく、言語・食事・生活習慣までもが、縷籟を含むほかの国々とは大きく異なる。

辺りを見渡していると、1人の少女が近づいてきた。やけに歩幅が大きくドシドシと歩くその姿に、光は一瞬だけ怯む。

「こんにちは、久しぶり。」

少女は大きな声でそう言った。久しぶり、と言われたが、この子とは初対面だ。光も灯向も首を傾げる。

「うん、久しぶり。」

紺がそう返したので、この子は紺と知り合いなのだろうか。少女は困惑している2人に向かって、相変わらず強気に、大きな声で言った。

「2人は初めましてだね。私はナギ・キリホ。あ、君たちは縷籟人だったか。じゃあ、“桐甫 凪”と名乗ったほうがいいのかな。コンには何回か同行しているんだ、任務にね。君たちを今日案内するのは私。よろしくね。」

「キリホナギ、って。お前、何人?」

「私は西賦(シフ)王国の出身。初対面なのに失礼だね、君がコンがいつも言ってる“ヒナタ”?」

「違う。俺は1年、木頭 光。こっちがヒナタ。」

「おれが灯向。鈴村 灯向。うちのコンがお世話になってます。」

灯向を一目見て、凪は言い放った。

「思ったよりずっと小さいんだね、ヒナタちゃん。いくつなの、坊や。」

光は思わず笑う。灯向が少しムカついたような態度で聞き返した。

「初対面で失礼なのは一体どこの誰?おれは今年で19になるけど、お嬢さんは?」

「あら、ずっと歳上だった。コンと同じじゃない。背のせいで8歳に見間違えちゃった、ごめんなさいね。私は16歳。」

「西賦の人間はいつもそうやって人を見下すよね。」

「物理的にも見下せる身長で可哀想。縷籟の19歳男子の平均身長は150cmかな?」

「コン、この子殴ってもいい?」

光は若干、驚いた。こんなに感情的な灯向を初めて見たからだ。いつもニコニコ天真爛漫な彼でも、我慢ならないものの1つや2つはあるらしい。灯向に身長イジリはNG、光は心に刻んだ。

「背はちっちゃくても、ヒナタはかっこよくて……」

「君のヒナタ語りは聞き飽きた。任務で会う度に聞かされるこっちの身にもなって。」

「……天才で、頭が良くて、優しくて、太陽みたいな人間だ。」

「人の話聞きなよ。わざわざ縷籟の言葉で話してあげてるのに、もしかして母国語も理解できていないおバカさんなの?こんなのが国を守る警軍だなんて、縷籟は面白い国だね。」

明らかに言いすぎである。凪はよほど紺のそれにイライラしていたのだろうか、もっとも問題は紺のほうにある気がするが。いくらこのような言葉を浴びせられても、心が折れないのは紺の強みだ。凪もそれを理解してものを言っているのであろう、紺は特段気にする様子もなく、「ごめん」と平謝りした。

「……まあ、そんなことはどうでもいいの。毎度のこと犯人逮捕に協力してもらって、縷籟警軍には感謝してるのも事実だから。今回もよろしくね。私はコンとしか任務した事ないから、紺の強さは理解してるけど、2人は初めてだから知らない、期待してる。」

「悪いけど、期待されるほどの技量は持ち合わせてない。ヒナタには存分にするといいよ、でもちょっと、おれには期待しないでくれ。」

「ミツルは控えめなのね。」

凪は、街の方向へ歩き出す。

「さっそくで悪いけど、犯人の拠点まで案内するよ。彼らは夜になると出かけてしまうから、昼のうちに突っ込むのがいい。」

歩きながら、凪は後ろの3人に、薄く茶色がかった4つ折りの紙を渡した。開くと、それは地図だった、どうやらこれが今から乗り込む拠点らしい。

「彼らがいるのは、使われなくなった街外れの大きな廃病院。怖くて誰も近寄らないからね。犯人がいるのは1番上、奥の部屋、入口からそこに続く廊下や部屋に見張りの下っ端が合計50名ほど。」

「大人50対子供3?おかしくない?」

「子供は4人だよ。私も行くから。」

「は?」

3人は驚いて、前の凪を見た。凪はため息をつくと、手をひらひらさせて呆れたように言う。

「国の偉い人から同行するように言われてるの。言ったでしょ、私、この国の人間じゃないの。西賦なんて、この大陸で1番の問題児国家なんだから、余計に煙たがられてるんだ。」

「正直、今日も、そう言うと思った。」

「そうだね。コンは毎回守ってくれてる。仕方ない、私が国から追い出されないためには、これしかないから。」

「今回、コンに直接せがまれずに国から同行の命令が来たのはこれのせい?今回ばかりはナギを守りきれる自信がなくて、正式にお偉いさんを説得しに行ったでしょ、コン。」

その言葉に、紺は「そんなわけ。」とわかりやすく目を逸らした。

「そうなんだ。私のためにありがとうね、コン。」

「うん。ここ来る度に一緒に仕事してるから。死なせる訳にもいかないし。」

2人を見て、灯向はニコニコしていた。紺が自分以外の人間とここまでの関係を築けていることが嬉しいのだろうか。光は任務への緊張とプレッシャーでほぼ空気と化している。

やがて、光以外の3人の表情も固くなってきた。任務場所が近くなってきたからであろうか、歩きながら灯向は「はあ」とだるそうに手首をまわし、紺は指の関節を鳴らしてから上着を脱ぐ。

「……先輩がた、戦う気満々だな。」

「大人と戦うのは久しぶりかもね。」

「そろそろ出しとく?」

「おれは街では出せない。コンはいいんじゃない?」

「うん。出てこい、犬。」

紺がそう言うと、足元に、大きな柴犬が現れた。

「あ、アオちゃん。」

凪が立ち止まって抱き抱えると、その柴犬は嬉しそうに凪に甘える。

「飼い主より飼い主してるね」灯向がそう笑った。紺は気にも留めず、どこからかおにぎりを出して食べ始める。

光はまたもや、緊張とプレッシャーのせいで、ほぼ空気であった。命がかかった任務の前に談笑したり飯を食ったりする人間の思考が到底理解できない。経験や実力から来る余裕というものだろうか。光はそんなものを持ち合わせてはいなかった。


・ ・ ・


「なあミズナ、知ってるか?」

「………」

その頃、縷籟警軍学校。

「……なぁ、ミズナって。」

「………」

みずなは教室で本を読むふりをしながら考え事をしていた。先程から耳障りな声が聞こえるが、きっと空耳だろう。

「おい、ナナセ ミズナ!無視すんな!」

「……なに。そもそも君、誰。」

「同クラの名前も覚えてないのか、特待生キッショ。」

そこに立っていたのは一般生徒だったようで、その男はなにやら面白そうに、小声でみずなに言った。

「特待生の、4年の先輩に、鬼のなんとかって奴いるだろ。」

「ジュン先輩のこと?」

「ああそう、そいつ。ここだけの話な、あいつ、父親が性犯罪者で、あいつも相当女抱いてるらしいぜ。なあなあ、特待生って、実際どれくらい女に……」

男がそこまで言ったところで、みずなはバン、と本を閉じた。

「うおっ。なんだよ、急に。」

「……先輩のこと、そんな風に言われたらいい気しないんだけど。」

みずなは軽蔑するような眼で男を見る。

「彼の父親は知らないけど、少なくともジュン先輩はそんな人じゃない。しょうもない嘘に踊らされて可哀想だね。」

「ちっ、なんだよ。ノリ悪っ。」

男はバツの悪そうな顔をして、その場から去っていく。みずなは本を開けて、再び考え事をした。


3年生の事を調べる上で、一番の弊害は、紺だ。

紺に言われた、「ササメには逆らっちゃいけない」。つまり、紺は「ささめに逆らったことで起こる何か」から、みずなを守りたいと思っているのだろう。関わることすら好ましくないはずだ、ましてや2人を詮索しているなんて知られれば、紺に止められるかも知れない。

あの2人のことを調べるのであれば、紺がいない今が最大のチャンスだ。

ささめと海斗はどのような関係なのか。まずはこれが知りたい。

少なくとも、灯向と紺、または陸と空のような、明るくて美しい友達のような関係では無いだろう。他によく一緒にいるペア……蓮人と徇はどうだろうか。徇……。

(……ジュン先輩が女遊びとか、有り得ない。だって、あの人……)

人一倍、他人の表情や仕草に敏感なみずなの前では、隠し事なんてできない。徇のように、真面目で素直な人間であればなおさら。

(この2人も、ササメ先輩とカイト先輩とは、全然違う。)

やめよう、考えたところで無駄だ。親友(と仮定する)のことを麻薬に例える人間のことなんて、考えたところで何もわかるはずがない。

そこまで考えたところで、ちょうど翔空から声がかかる。

「ミズナー、任務行ってる老害ハブって、4人で飯食おうぜ。」

「老害呼ばわりされてるミツル、可哀想。」

みずなは席を立って、翔空について行った。


・ ・ ・


大きな廃病院、と凪は言ったが、目の前の建物は想像の5倍は大きかった。寂れている様子はさながら幽霊屋敷のようで、殺人犯がいようといなかろうとかなり怖い。そりゃあ人も近づかない訳だ、足1歩踏み入れただけで呪い殺されそうなまでに、その廃病院は暗く、寂しく、古かった。

「すごい。昼間なのに、幽霊とか出そう。」

灯向は楽しそうに、受付と思われるスペースを駆け回った。

「ヒナタ、あまりはしゃぎすぎないでね。」

曇った窓から差し込む日の光、それを反射するグレーの床だけが、この建物の明かりだった。軽快な灯向の足音も、この空間ではやけに大きく響く。

そんな灯向をよそに、凪と紺は地図を見て、なにやら話し始めた。

「今日捕まえなきゃいけない犯人は、ここにいる。」

「エレベーターは怖い。ここの階段から行くのが安全で早いかも。」

「できるだけ離れないように行動しないとね。君たちも所詮は子供だ。」

「16に言われる筋合いはないけどね。」

紺は灯向と光と振り返ってから、「行くよ」と歩き始める。

「緊張してるの、ミツル。1年生って言ってたね、もしかして初めて?」

「ああ、正解。」

「大丈夫よ、コンとヒナタが守ってくれるからね。ねえ、アオちゃん。」

凪の腕の中の柴犬も、凪に同意するかのようにわん、と鳴いた。

その後ろから、灯向もてくてくついてくる。好奇心のままにキョロキョロと落ち着かない様子の彼に今から守られるだなんて、光が不安に思う気持ちもわかってしまう。


一行は、受付から廊下に出た。

片方には窓、もう片方にはズラっと部屋が並んでいる。これらが診察室だったのか病室だったのかはわからないが、とにかくとんでもない数で、その昔この病院がとても栄えていたことが伺える。もっとも、病院なんて栄えないほうが絶対にいいのだが、なぜこんな姿になってしまったのか、検討もつかない。

長い廊下を歩いて、突き当たりで左に曲がろうとした紺が、足を止めた。その先に続く廊下を覗いて、後ろを振り返ってから、手で数字の4をつくる。

それを見た凪が、腕の中のアオを、そっと地面に降ろした。

「ミツル、コンについていきな。ついていくだけ。何もしなくていい。」

灯向は小さな声で、光に耳打ちをした。

「わかった。」

何もしなくていいと言われると、余計に緊張してしまう。光が紺を見上げると、紺は頷いた。そして、そのまましゃがんで、アオの頭を撫でる。

「行け、犬。4人噛み殺せ。」

紺のその言葉を聞いた瞬間、アオが飛び出していった。紺も続き、光もついていく。

灯向と凪は角に残って、2人と1匹の様子をそっと伺った。


曲がった先にいたのは、4人の男だった。煙草を吸いながら何やら談笑しているようだったが、アオたちの足音に気がついて、咄嗟に身構える。

アオに足を噛まれた男は、悲鳴をあげた。ヴィアタンの言葉なので、光には、その男が何と言っているのかわからなかったが、アオという犬はやけに大きい。あの大きさの犬に本気で噛まれたらひとたまりもないだろう。

少し離れたところから見ていたら、紺とアオの手によって、男たちはあっという間に片付いた。地面に落ちた吸いかけの煙草を踏みつけて、紺は気絶した男たちの服を入念に漁ってから、ぐるぐるに縛る。

「弱い。腹ごなしにもならないね。よくやった、犬、はい。」

差し出された食べかけのおにぎりに、アオは嬉しそうに齧り付いた。

「相変わらず強いね、コンは。おれ、いらないじゃん。」

「さすがコン、頼りになる。」

「……褒めても何も出ないよ。おにぎりはあと三つしかない。」

戦闘が終わったのを見て、凪と灯向も角からひょこっと顔を出した。

光は安心したような顔で2人を振り返るが、何かに驚いたように目を見開き、叫ぶ。

「ヒナタ、ナギ、後ろ!」

光が言い終わらないうちに、灯向は凪の腕を掴んで、角の方へ戻った。その足元の床に、2発の弾丸が埋まる。

「チッ。」

もう一方の廊下には、銃を持った男が、1人いた。

紺が光を自分の後ろに突き飛ばしてから、アオを振り返る。

「守れ、犬、ミツルを。ミツル、犬からも俺からも離れないで。」

銃を持った男は、自分の後ろの方に声をかけた。するとそこから、ぞろぞろと屈強そうな男たちが、楽しそうに顔を出す。

「ヒナタ。」

紺が灯向に指示をあおいだ。角の向こうから灯向の声が聞こえる。

「おれが相手する。コンとアオは、ミツルを守りながら進みなさい。」

それを聞くや否や、紺は光を担いで、先へ進む。

「ナギ、走れる?」

「……ごめんなさい。足が震えて、立てないかもしれない。」

「わかった。いやー、おれも、まさか拳銃が出てくるなんて思わなかったね。」

灯向は「よっこいしょ」と、凪を抱き抱えた。

「えっ?」

咄嗟の出来事に、凪は口を開けたまま驚いた。俗に言う「お姫様抱っこ」をされて、ぐっと灯向の顔が近くなる。

「ちょっと、抱えたまま戦うつもり?」

「違うよ。戦うのはおれじゃない。」

灯向は角から顔を出すと、男たちに向かって「鬼さんこちら!」と叫んだ。挑発に乗った男たちが自分たちを追ってきているのを確認すると、来た道を戻るように走り出す。そして、男たちを振り返ってからニコッと笑うと、どこかへ向かって大きな声で呼びかけた。

「トラちゃ〜ん!出ておいで!」

男たちの前に、突如として影が立ちはだかる……大きな身体に、綺麗な黒とオレンジの縞模様、低い唸り声。それは紛れもない、巨大な虎だった。

ウエポンのことを理解していないのか、急に現れたおっかない生物に、男たちは狼狽える。

虎はじっくりと、男たちを伺った。まるで何かを待っているような様子で、その場で睨む。

「トラちゃん、その男たちを、やっつけなさい。」

灯向がそう言った途端、虎は男たちに牙をむいた。後ろから聞こえる男たちの悲鳴に、「耳塞いだほうがいいよ。」と、灯向が凪に笑いかける。

その笑顔は自信に満ち溢れていた。凪は唐突に、紺が言いたかった事を理解したような気がして、途端に目の前の、自分を抱えた小さな男がやけに眩しく見えて……凪は、耳ではなく目を閉じた。








続く



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夜夢を喚ぶ まつり @matsurisan

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