麻薬のように


「警察が犯人の居場所を特定するまで、自分たちにはやることがない。自分は適当に散歩するけど、自由にして。」

雲はすっかり、茜色に染まっていた。どこからか鳴る鐘の音は、いつもならただ鬱陶しく感じるだけだろうが、マモの夕日に照らされた街並みを見ると、どこか心地良さを感じる。

「ご一緒してもいいですか?」

考える間もなく、その言葉は、案外簡単に喉の奥から出てきた。最近、段々と自分がおかしくなっているのを、みずなは自覚していた。以前なら、自ら人と行動を共にしようと思うことなど無かった、相手の素性が分からないならばなおさら。それでも引っかからずに言えたのは、数時間この人と行動を共にして、どこかこの人の奥から溢れ出るあたたかさを感じ取ってしまったからかも知れない。

「いいよ。」

きっとささめは、人の顔色を伺うのが上手いのだろう。人を嫌わず、後輩に干渉しすぎず、だが自分が「先輩」であることを忘れず、適切な指示と不快にならない言葉をくれる。口数こそ少なく、依然として判断力は欠如しているが、人間関係が上手い人というのはこういう人の事を言うのだろう……それが、みずなの分析の結果だった。


ささめに連られて、到着したのは、灯台だった。

明るくて美しいマモの街並みとは一風変わって、少し小汚い。展望台に上がる階段は、塗装が剥がれていて、踏み込む度に金属の軋む音が鳴る。

「……眩しい。」

海に反射した夕日が、赤く、また黄色く、キラキラと光っていた。

ささめは手すりに体重を預けて、海を見つめた。ただ無気力な翡翠の瞳に、みずなはしばし、言葉を失う。

「いい景色でしょ。」

「こんな場所で黄昏れるなんて、先輩はロマンチストですね。」

「うん。普段は来ないけど、任務の前になると、海が恋しくなる。」

みずなはささめの隣の手すりに、海を背にして寄っかかった。腕の中のミミズも、海にわくわくしているようで、目を赤く輝かせている。

「海、お好きなんですか?」

「別に。でも、死んだら、この景色を見ることは出来ないから。」

「先輩に死なれたら困るんですけど。」

「いつ誰が死ぬかなんて、わからないよ、こんな仕事してるんだから。自分はあまり、先輩や後輩と関わりすぎないようにしている。いなくなっても、寂しくならないように。」

「死ぬのは怖いですか?」

「怖くない。縷籟警軍にとって、死とは、帝王からの祝福だから。」

予想外の返答だった。目を丸くするみずなに、ささめもきょとんとする。

「変なこと、言った?」

「本気でそう思います?僕には、祝福なんて、馬鹿馬鹿しく感じる。」

「うん、そうだね。馬鹿馬鹿しいさ。ただ自分たちは警軍だから。“帝王の仰せの下に”……この言葉は、絶対、何があっても忘れちゃいけない。今の縷籟が、帝王が望んだものじゃなかったとしても、縷籟が愛した帝王のための、縷籟を守るために。」

「先輩は家庭から逃げてきた人だと思ってました。忠誠心とか、あったんですね。」

「入軍の理由は置いておいて、警軍という立場としての話だよ。そんな立派なものは持ち合わせてない。」

相変わらずぶっきらぼうに答えるささめ。

みずなは驚かされてばかりだった。改めて、ささめは不思議な人間だが、思っていたよりも常識人だ。

「死ぬのは怖くないって、仰いましたが。自分を愛してくれている存在と離れるのは怖くないんですか?例えば……カイト先輩とか。」

正直、みずなには、ささめにとって海斗がどのような存在なのかいまいち把握できていなかった。大切に思っていることは間違いないのだが、今のささめは、どうも海斗のロボットのように見える。

その質問に、ささめはみずなの方を見た。いつも顔を合わせず会話する彼にしては珍しく、驚いていると、今まで聞いたこともないくらいの焦った声で、ささめは頬を赤くした。

「……なんで、急に、カイトの話。」

「え、仲良いじゃないですか。少なくとも僕にはそう見えていましたけど。」

「そっか。そう見えてるなら、自分としても、嬉しいよ。」

その言い回しに、みずなは違和感を覚えた。もしかして彼にとって、海斗の話というのはつつかれたくない話題なのか?もしそうならば余計つつきたくなってしまう、みずなはそんな性格だ。

「2人はどのようなご関係で?」

「……知ってる通り、だよ。親友。見えるよね?ちゃんと、友達に。」

「はい。」

「良かった。自分もそうありたいと思っている、きっと、カイトも。」

「お2人はどこで知り合ったんです?」

「警軍学校。」

「元々のお知り合いじゃないんですか。どうやって仲良くなったんですか?」

みずなの質問責めにも、ささめは嫌な顔ひとつせず、たんたんと答えてくれた。

「1年生の時、特待生がいじめられてた。標的にされていたカイトを助けてから、自分に矛先が向くようになった、でもカイトが守ってくれた。そこから気が付いたら、仲良くなってた。」

「いじめ……。」

「生まれて初めてだった、飲み物に毒を盛られたのは。自分は耐性があったから死ななかった。あれがもしカイトやツチカゼくんに盛られていたらと考えると、今でも背筋が凍る。毒に耐性があることはカイトとツチカゼくんにしか知られてなかったから、本当に殺すつもりだったんだろうね。結局は主犯格は全員、退学になったから、今は安心だけど。」

こんなにも残酷な過去話を、一切表情を変えずに話すのだから、ささめはつくづく人間らしくない人だ。

「変なこと聞いてごめんなさい。カイト先輩をものに例えたら、なんだと思いますか?」

「なに、その質問。」

馬鹿にしたような口ぶりだったが、ささめはしっかり考えてくれているらしく、しばらく経って、小さな声で言った。

「麻薬、かな。」

その回答は、みずなの予想の斜め上を通過していった。

「えっ?麻薬って聞こえました。」

「うん、麻薬。あったら嬉しくなれて、でももうない頃には戻れないし、手元にないと苦しくて、確実に自分の体を蝕んでいく。麻薬。」

「……なるほど。」

理解に苦しむみずなの姿を見て、ささめはハッとする。

「凄く変な事を言った。景色の前だから気が緩んでる。カイトの話をすると感情的になるんだ、ごめん、今のことは忘れて。カイトにも、絶対に、言わないで。」

みずなは、不思議な感覚に襲われた。海斗の話をしている時のささめは、とても、気味が悪い。友情でも恋愛感情でもない、とても歪んだ何かを、ささめからひしひしと感じる。彼はいつもの冷静な彼ではない、まるで何かに取り憑かれたかのように頬を赤らめ、いつもは動かない口角を少しあげながら流暢に話す。

その時。みずなはささめの腰のベルトに、黒くて四角いキーホルダーがあることに気が付いた。しかし鍵がついている様子はなく、ささめ自身がお洒落のために付けているとも考えにくい。何のために付けているのですか……何か背筋が凍るような感覚がして、喉まで出かけたその言葉を、みずなは必死に飲み込んだ。


その時。トランシーバーから、耳を刺すような高音が鳴った。

「見つけたみたい。行くよ、ナナセさん。」

「はい。」

足早に灯台を去るささめを追いながら、みずなは腕の中のミミズを放した。

「ミミズ、飛べ。」

ささめの足は早かった。それを必死に追いかけているせいか、それとも緊張のせいか、やけに動悸がする。

「緊張してる?」

「……少しだけ。」

「緊張は大切。でも不安には思わなくて大丈夫、自分がいるから。危険になったら逃げて大丈夫だから。」

「縷籟警軍って無茶して体張る仕事じゃあ。」

「本職はね。自分たち、まだ学生。」

まあ、逃げなきゃいけないほど危険な状況には、なったことないけど。先程の物言いといい、ささめは相当自信があるのか、ずっとすました様子だった。




どれほど走っただろうか。やがて警察のサイレンの音が聞こえてくる。

「警察は向こうからこちらに犯人を誘導すると言った。挟み撃ちにするよ。」

ささめはもう一段階、足を早めた。体力が半端ない……みずなも息切れこそはしていないが、あと数分持つか持たないか程度には消耗していた。

走っているうちに、光るサイレンが見えてくる。車のライトに照らされて、警察から必死に逃げているのは、12歳前後に見える少年だった。ところどころ傷がある裸足に、服は薄汚れている。マモは一見上品で綺麗に見えるが、実態は、その見かけほど美しいものではない。貧富の差が激しく、貧しい子供は、生きていくためにお金持ちの財布から金をスって生きる。この少年も、身なりを見るに、きっとその類だろう。

少年の姿を捉えた瞬間、ささめが、消えた。みずながそれを認識した直後、ささめは、逃げ惑う少年の真後ろに立ち、腕を掴む。

「……!」

その場の誰もが、掴まれた少年さえも、息を呑んだ。

「……瞬間移動?」

そう思える程に、ささめの足は早かったのだ。ささめはどこまでも人外らしい、だが流石に少し疲れたのだろうか、呼吸が乱れているように見えた。

少年はハッとすると、ささめに向かって、刃物を投げる。ささめは避けるが、一瞬、少年の手を掴む握力が緩んだ。その隙に手をすっぽ抜いて、今度は警察の車の方向に逆走していく。急には止まれない車の横を通り過ぎると、狭い路地の方に走っていった。

「ミミズ、あの少年の後を追って。」

車がブレーキを踏むよりも、ささめが少年の後を追うよりも先に、みずなはミミズに指示を出した。先程まで愛くるしく目をくるくるさせていたミミズも、人が……いや、フクロウが変わったかのように、羽を広げて早く飛ぶ。

みずなはそんなミミズのあとを、必死に追いかけた。途中でささめに追いつくと、切羽詰まった状況にも関わらず、ささめはみずなに向かって問いかける。

「ナナセさん、刃物は扱える?このままだとキリがない、犯人、かなり足が早い。彼は大通りに出て人混みに紛れるつもり、そうなったらウエポンが使いにくくなる。でも彼、ここら辺の道には詳しくないんだろうね、もっと近道がある。自分はそこから先回りするけど、ナナセさんを守れなくなるから、護身用に持っておいて。」

ささめはみずなの返事を待たずに、少年に投げられたナイフをみずなに渡してから、違う方向に駆けていく。

日が沈みきった路地は薄暗かった。みずなには、犯人が目視できない。

(意外と賢い。けど……夜目がきくフクロウからは、逃げられない。)

みずなは完全に、犯人ではなく自身のウエポンのあとを追っていた。彼とミミズの信頼関係やチームワークは、当然そこらの警察よりも優れていて、ミミズが飛べる限り、たとえそこが暗がりであろうとも、彼らが犯人を見失うことはない。そこも踏まえて紺が生徒を選んだのだとすれば、彼の判断はとても賢かったと言わざるを得ない。どうやらささめもマモに詳しい様子であったので、紺は追いかけっこを想定して指示を出した可能性がある。

しばらく追いかけていると、路地の向こうが、黄色く照らされているのが見えた。きっと街灯だ、あそこがささめの言ってた大通りなのだろう。その光を見た少年の足は一瞬早まったが、直後、何かに驚いたように立ち止まる。

少年の先にはささめの姿が見えた。ささめが手を前に差し出すと、その手の中に、スッと何かが現れる。それは白い光が、細く黒い金属の檻に閉じ込められている……。

「……ランタン?」

急に現れたということは、あれが彼のウエポンなのだろうか。ささめは全く疲弊してないような、いつも通りの落ち着いた声で言った。

「ナナセさん、息を止めて。」

状況が上手く呑めないまま、みずなは鼻と口を手で塞ぐ。

すると次の瞬間、どこからか、目の前に霧が立ち込めた。ミミズは驚いて、みずなの方に戻る。しばらくして霧が晴れると、先程まで確かに立っていた少年が、崩れ落ちたように地面に寝そべっていた。

「……えっ?」

呆気にとられているみずなをよそに、ささめは少年を抑える。もう意識はないようで、ピクリとも動かないのを確認すると、大通りのほうに向かって警察を呼んだ。やがて警察がぞろぞろと路地に入り、意識のない少年を連行していく。ささめにお辞儀をする警官もいた。

「先輩、今のは……。」

「今の?自分のウエポン。」

「……」

みずなは疑うような目線で、ささめを見つめる。それに気がつくと、ささめは少し面倒臭そうに続けた。

「ナナセさんが言いたいことはわかる。ウエポンっていうのはあくまで物を喚べるだけであって、そこから霧を出したり相手を気絶させたりできるようなものではない。」

「そうですよね。一体何を使って霧を出し、犯人を失神させたんですか。」

「もう知ってるんじゃない。自分の口から言わせたいの?」

「先輩、役所で、使えないって言ってたじゃないですか。」

「祖母の血筋の影響でウエポンと連動して相手に毒で幻覚を見せて気絶させる能力使えますなんて、一般市民の前で言える訳ない。」

「うわ、全部言った。だから毒に耐性があったんですか。」

「うん。」

喋りながら、2人は再び役所に戻るため、歩き出した。街灯が、功績を祝福するかのように、2人を優しく照らす。

「使うつもりは無かった。ここまで苦戦するとは思わなくて、仕方なく。」

ささめが使った能力は、今や世界中に噂が広まっているような特殊で有名な能力である。人々はそれを“ハルシネ”と呼ぶ。発動したが最後、相手は霧に混ぜられた毒により深い幻覚に苛まれ、最終的には気を失ってしまうという。相手が毒に強い、はたまた幻覚に打ち勝つ強い精神力を持っていない限りは、一手で相手を封じれる反則のような術だ。かつてのアスモ人の殆どはこの能力を使えたが、その加害性から迫害され続け、今や残っているのかさえはっきりとしていない伝説の能力である。

「自分が縷籟にいるのは、ハルシネを使える祖母が、迫害を恐れて縷籟に逃げたから。

それと、これ使ったことは、秘密にして。色んな方向に怒られる。自分が縷籟警軍に入ったのは、この能力、そしてそれを使える自分自身が、縷籟帝国の監視下で管理されることを望んだから。結局監視されてないところで使っちゃったけど。」

「ずっと思っていましたが、ササメ先輩って、結構適当なんですね。」

「失礼。」

行きの道よりも、かなり空気が軽く感じる。この任務を通して、みずなは確実に、ささめと信頼関係を深めた。そしてはっきりした、ささめには何も怖がる要素がない……海斗関連のことを除けば。

そんなことを考えていると、いつの間にか役所に着いたようで、2人は疲弊しきった様子で建物に入っていった。




ブラウン姉妹に別れを告げて、役所から出た直後。ささめが持っている端末が鳴った。

電話に出たささめの表情が明らかに浮つく。みずなは聞いてないフリをしながらも、確かに聞き耳を立てた。

「カイト。……うん。今から帰る。………夜ご飯?焼き鮭がいい。……うん、………うん。お風呂沸かしてくれたの?……うん、ありがとう。またあとで。」

気味の悪い会話だ。ささめは「なんでもいい」「どうでもいい」が口癖だが、海斗の前ではしっかりと意見を言う。そしてそれは、どうも海斗に強制されて言っている様子でもない、本心から思っていそうなので、なおさら気味が悪い。

(そして何より……役所から出た瞬間、今から帰るという時間ドンピシャに鳴った電話。)

偶然だと信じたいが、それはまるで……こちらが今何をしているか把握しているかのような、タイミングの良さ。

みずなには、この2人が、どこかおかしいように見える。具体的に何がおかしいのかはわからないが、どこか、友情とは別の、狂気に近いような、愛情を感じる。

(コン先輩が怖がってたのは、もしかして、“これ”?)

少しわかったような気がした。恐らく、紺が本当に怖がっているのは、ささめではない。「ササメには逆らっちゃいけない」、この言葉の真意は……。


(次、調べるべきはコン先輩じゃない……カイト先輩だ。)







続く


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