メトシェラと太陽

いふる〜と

第1話 




穏やかな風と、静けさのある木々。

それだけが、此処にはあります。

他には、何もありません。


ご飯を食べる必要も、眠る必要も、運動する必要も、私にはありません。


怪我だってしないし、病気も引かないし、怖いクマさんがいても、私を見ると逃げていきます。


(どうして、なのですか?)


水面に映る『私』。

エメラルドグリーンの長髪と瞳、もう何百年も生きているのに、まだ少女のような外見。


隣には、誰もいません。

生まれてこの方、手を握られた事もありません。


そもそも、私はどうやって生まれたのですか?

お母さんも、お父さんもいません。

私は生まれた時から、独りでした。


星歴460年、四月五日。

私は、独りでした。




◆◇◆◇◆◇




「うおっ、やっべー、人いるじゃん。」


突然、背後から声が聞こえました。


…人です。


『っっっ!?!?!?』


「なになに!?どうした!?」


気がついた時には、身体が動いていました。

はしたなく走って、その方のお腹に飛び込んで、驚かせてしまいました。


やってしまった。

急いで、離れようとします。


「…こんな所に子供が独りとか、どうなってんだ?」


『っ…』


その方は、優しく抱き締めてくれました。

いい匂いと、安心する温度。


顔を上げると、男の人でした。

栗色のさらさらな髪に、優しげな顔。

その腰には、剣が携えられていました。


「俺はソード、お前は?」


『っ…私、ですか?』


「そうそう、名前。」


知らない。


私は、なんていう名前なのでしょうか?

木の精霊、森の守護者、魔族の天敵。

色々な、呼ばれ方をされていることは知っています。


でも、私の名前は…


「なんだお前、名前ないのか?」


『っどうやら、そのようです…』


名前どころか、私には何もありません。

お母さんも、お父さんも、お友達も。

この木々と湖以外、知りません。


ソードさんは、私の頭を撫でてくれました。


「そんじゃあ、俺がつけてもいいか?」


『私の、名前を、ですか?』


「おうよ。こう見えても、騎士団ではネーミングセンス抜群って言われてたぜ?」


まぁ、追い出されたけどな。


人間では聞き取れない小さな声も、私は拾ってしまいます。ですが、意識には入りませんでした。


名前、名前、名前。


「そんなワクワクされると、どうにも緊張するが、そうだな…」


『っ…!!』


、なんてどうだ?」


『シェラ…』


なんだか、不思議な感覚です。

血なんて通っていないのに、胸が暖かい。

心臓なんて無いのに、ドキドキする。


特別な、『何か』になれた気分でした。


『シェラ、シェラ、シェラ…』


「喜んでくれて何よりだ。それで、ここって何処なんだ?必死に逃げてきたからな、わかんねえんだ。」


『シェラ…っあ、失礼しました。此処は、私の聖域です。』


「聖域…?ってまさか、シェラは『精霊』なのか!?」


『はい、ただの木の精霊ですが…』


「やべぇっ!始めて会ったわ!本当にいるんだな、精霊!」


私の名前をつけた時より、なぜか精霊と知るだけで嬉しそうにしていました。

私はなんだか、胸がイガイガしました。


『…ちょっと、来てください。』


「っお?どうした、なんかあるのか?」


ムスッとしたまま、ソードさんの手を引きます。湖に着くと、彼は呆けました。


「おおおっ…!!すっげえ、なんだこれ!」


『どうですか?何も無い私ですが、これだけは綺麗に守ってきましたんですよ。』


「あぁ、めっちゃ凄い。感動するわ。」


どこまでも続くような、海にも思えてしまう湖です。水面は、反射して自分が映ることもあれば、一番下を見透かすこともできます。


ソードさんは、湖に入って、私に向かって水を飛ばしてきました。


「遊ぼうぜっ!」


『あそ、び…!!』


水をかけられて、服が濡れちゃいます。

でも、服は魔力で作ったものなので、すぐに乾きます。


私も、水をかけ返しました。


「うおっ!やったな!」


『ソードさん、こそっ!』


水をかけて、はしゃいで、泳いで。

濡れているのに、冷たくありません。

それどころか、凄くポカポカします。


誰かと、言葉を交わすというのは。

誰かと、笑顔を共にするというのは。


こんなにも、楽しいことだった。


星歴465年、七月八日。

初めての、お友達ができました。




◆◇◆◇◆◇





「ふぅ…見様見真似だが、なんとかできたな!」


『私の力が役に立てて、嬉しいですっ!』


目の前にそびえ立つ、植物と木々で編み込まれた小さなお家。中には、一つ一つ手作業で作った家具があります。


二人用のソファー。

小さなダイニングテーブル。

2人で寝るのに、シングルベッド。


星歴466年、5月25日。

初めてのお家ができました。





◆◇◆◇◆◇






「いやぁ、大分育ってきたな!」


『楽しいです、植物を育てるの…!』


お家のお庭に広がる、広大な畑。

それだけじゃなく、木々に張り付くようにして育った果実。


一つ一つが綺麗で、力強い。

私とソードさんが、毎日懸命に水と栄養を与えて、育てた野菜と果物です。


「シェラの精霊の力、ドンドン凄くなるな。まさか、植物の種を出して、成長まで促進できるとは!」


『そんな褒めないでくださいっ!ソードさんがいるから、育てられたんですよ?』


「だろうな、俺も知らなかった。まさか、精霊は夜の行為で成長するとは…」


『言葉にしないでくださいっ!』


「悪い悪い、驚いちまったもんでなく。」


もう、この人はすぐに私をからかいます。

でも、謝る時のいじらしい笑顔で、私はすぐに許してしまいます。


彼は髭を、毎日剃っています。

ソードさんは、大人になっていました。


星歴460年、9月3日。

初めての菜園ができました。




◆◇◆◇◆◇





「おぉ…!!これが、俺たちの…!!」


『っはい…私とソードさんの、子供ですよ…』


息を切らして、酷い魔力欠乏に襲われ、それでも暖かい胸に、小さな子供を抱きます。


エメラルドグリーンの髪に、灰色の瞳。

髪は私、瞳はソードさんのものでした。


「ありがとう、本当にありがとう、シェラ!」


『私も、ありがとう、ございます…!』


珍しく、ソードさんは泣いていました。

泣きながら、笑って、私と子供を同時に抱きしめてくれました。


彼の腕は、少し太くて。

彼の胸の中は、相変わらず暖かい。


子供の名前は、メルミナに決まりました。


星歴465年、11月10日。

初めての、子供ができました。





◆◇◆◇◆◇






湖で、釣りをしました。

一緒に、料理をしました。

メルミナも入れて、かくれんぼをしました。


お菓子も食べて、背比べをして。

私の頭をたくさん撫でて、私の体をたくさん抱きしめて。



「おとう、さん…!!」


『ソード、さん…』



ソードさんの身体は、小さくなっていました。

栗色の髪は随分少なくなって、太くて頼もしかった腕は細くなって。


それでも、優しい瞳で私を見ていました。

それでも、私の頭を撫でてくれました。


「シェラは、相変わらず、可愛いなぁ…」


私の外見は、少女のままでした。

ソードさんと出会ってからの50年間で、何一つ変化していません。


………気持ち悪い。


自分の身体が、怖くなりました。

自分の寿命が、憎くて仕方ありませんでした。


「ごめん、なぁ…置いてっち、まってよ…」


『謝らないで、ください…』


私は、私は…


血なんて流れてなくて、人間じゃなくて。

なのに、涙が止まりません。

手が、震えてしまうんです。


『たくさんの、初めてを、貰ったんです…』


一緒に、ご飯を食べた。

一緒に、笑い合った。

一緒に、水を掛け合った。


…一緒に、愛し合った。


全部、全部…!!


『初めて、だったんです…!!』


愛しくて、離したくなくてたまらない。

抱き止めた彼の腕が、冷たくなっていく。

歪む視界の中で、彼は笑いました。


昔と変わらない、優しい笑顔で。


「…俺も、初めて、だった…だれかを、こんなに、愛したのは…」


ソードさんの身体から、温度が抜けていく。

ソードさんの身体から、力が抜けていく。


メルミナも、泣き叫んでソードさんにすがる。

ソードさんは、私とメルミナを抱きました。


「…ありがとう、シェラ…メルミナ、シェラを、よろしくな…」


ソードさんの瞳から、光が無くなりました。


人間の寿命は、短い。

わかって、いたはず、なのに。


『あぁ…あぁ…!!』


涙が、止まりません。

ずっと、ずっと、ずっと、抱きしめていました。もう冷たい、彼の身体を。



星歴505年、12月25日。

ソードさんは、亡くなりました。





◆◇◆◇◆◇





少し広い、2人用のソファー。

右側が空く、ダイニングテーブル。

余裕を持った、シングルベッド。


そして、独りの私。


「俺、人間界にいくよ。死者蘇生の魔法を、探すんだ。」


精霊と人間のハーフで、寿命が長いメルミナ。

私の子供は、人間界にいきました。


そして、この小さなお家には、私独り。

なんででしょうか?


400年、独りだった、はずなのに。


(どうしてこんなに、寂しいのですか…)


たったの、50年。

一億年を生きる精霊からしたら、瞬きのような時間です。


でも、その五十年が、頭から離れない。

冷たい、寂しい、悲しい。


太陽を失った木は、育ちません。

なら私は、どうすれば…?



「あれ、ここ…ですよね?」



その時、声が聞こえました。

人間の、声です。


急いで玄関を空けました。

人間ではない、精霊の身体能力。

自分でも嫌になるほどの速さです。


「あっ、初めまして。」


そこにいたのは、青髪の少年。

…ソードさんでは、ありませんでした。


私が見るからに肩を落とすと、彼は不思議そうにしながら、笑いました。


「どうも、僕はエレスです。一応、勇者なんて呼ばれています。」


礼儀正しくて、可愛らしい顔。

何一つ、ソードさんではない。


でも、似ていました。

優しい笑顔が、立ち振る舞いが。


何より、暖かい雰囲気でした。


『えと、何の、用ですか…?』


絞り出した声は、自分でもわかるほどに暗い。

こうして人間と話していても、私の身体は寒いままです。


エレスさんは、言いました。

真っ直ぐに、素直に、頭を下げました。


「聖樹の大精霊、シェラさん。どうか僕に、力を貸してください。」


聖樹の大精霊、シェラ。

そんな二つ名も、本当の名前も。

人間は、知らないはず。


頭を下げられたことよりも、そっちに意識が向いてしまいます。私が驚いていると、エレスさんは、宣言のように言いました。


「この冷たい世界には、太陽が必要です。」


ドキッと、しました。

私の本心を、言い当てられたようでした。


「僕が、太陽になる。」


………!!


風が、吹き抜けました。

鳥肌の立たない肌が、粟立つように感じます。


(そう、でした…!!)


ソードさんは、太陽でした。

彼の光があったから、私は育ちました。


なら、私は?


私は、何になる?



「その為に、あなたの力が必要です。」



差し伸べられた、剣ダコだらけの手。

向けられた、情熱の瞳。



私も、なりたい。

ソードさんが光をくれたから。



今度は、私も。



『…行かせて、ください。私も、冷たくて辛い人を、照らしたいです。』



傷だらけの手を掴んで、笑いかける。

すると、エレスさんは嬉しそうにしました。

…そういえば、なぜここを知っているのでしょうか?


「良かった…の大切な人に、こんな事を頼むのは、申し訳ないですが…」


その言葉は、人間には聞こえない小さな声。

よく見たら、似ている。髪も顔も違うけれど、その情熱と慈愛の笑顔だけは。


私は、歩き出しました。

想い出の家を、出ました。


今度は私が、誰かを照らせるように。

私が照らした誰かが、歩み出せるように。


『いってきます、ソードさん…』


だって私は、誰よりも長く生きられますから。





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