第13話 母がいない間だけ、幼馴染が俺の料理を食べに来る
「いただきます」
夏希はゆったりと手を合わせて食事の挨拶を済ませると、スプーンを手に取ってカレーを口に運ぶ。
(……まあ今回は市販のルーだし、大丈夫だろ)
この瞬間だけはきっと一生慣れないだろう。味覚というのは、その人の人生そのものだと俺は思っている。
「美味しい……あんまり辛くないね」
一口目を咀嚼し終えた夏希は、そう言いながら二口目を口に運ぶ。その反応に安堵する。
「どうしたの?」
「いや別に、人の好みは分かんないからな。毎度食べてもらう時は緊張するもんなんだよ」
「大丈夫、私脇阪くんが作ったご飯、全部美味しいって思ってるよ」
よくもまあそんな恥ずかしい台詞を軽々しく言えるもんだ。
「まだそんな食ってないだろ?どっかで変なもの出てくるかもな」
人様に出せないようなゲテモノ料理出してみるか。俺も食えないだろうけど。
「そんな心配してない。私、毎日だって食べたいって思ってるから」
一瞬思考が止まる。……フォローのつもりなんだろうが、随分な爆弾発言だな……
「……!ち、違うの!えっと、その……」
俺の沈黙に気づいたのか、夏希が急にあたふたと手を動かす。
「ま、毎日食べたいっていうのは比喩表現で……」
その必死さが、妙に可笑しくて。
「そりゃあ嬉しいもんだな」
俺は軽く笑って、お互いの逃げ道を作る。
「俺は前田さんの胃袋落とせたってわけだ」
軽口を叩くのは得意な方だ。冗談っぽくお茶を濁しておく。
「……そういう言い方、良くないと思う」
……どっちが先に言い出したと思ってるんだか。そう思いながらも、この空気感が、悪い気はしなかった。
「ご馳走様でした。……脇阪くんって、ちょっと変わった料理作るよね」
お互い食事を終え、夏希が洗い物を片付けながら話しかける。
思い返すと、彼女に作った料理としては、水炊きに天津飯にキーマカレーか、そう考えると、まぁ確かに。
「そうかもな。けど、人と一緒が嫌っていう偏屈野郎ってだけだよ」
普通の人は普通にカレー作るだろうし、卵料理だってオムライスとかになるだろう。どれも、誰かに振る舞う前提というよりは、自分が食べたいものを作った結果だ。
「偏屈ってほどじゃ……全部美味しいし。私も昨日カレー食べたんだけど、こっちの方が断然美味しかったよ?」
昨日の夏希の夕飯はカレーだったのか、それは失敗だったな、と同時に思い出すのはスーパーで買い物をしていた彼女。
「ああ、レトルトの?」
「そ、そうだけど!ちょっとは自分で作ったって思ってくれても……!」
事実として、レトルト食品を食べていた事は否定しないが、全く料理していないと思われるのも癪らしい。
「スーパーでレトルト食品の所ウロウロしてた子を見かけたもんで」
「見てたの!?声かけてくれれば良いのに……」
そう言われても、中々難しい物があるだろ。
「……独り立ちしようとしてるの見て、凄いと思ってさ、声かけられなかったんだよ」
あの時の、真剣すぎるくらいの横顔が、妙に印象に残っていた。
「正直言うと、もうここには来ないのかと思ってた」
少しの間、会話が途切れる。洗い物を終えた夏希が、俺の後ろにある椅子へと腰を下ろす。
「……うん。私もそれもちょっとは考えた」
後ろから声が聞こえる。振り返らなくても、視線を合わせたくないのが分かった。
「言った事、あったっけ?私の家さ、お父さんいないの」
無言で、夏希の話を聞く。
「色々あって、あんまり仲良くなくて、弟連れて別居中なんだ」
記憶では、夏希の父親を見た覚えがほとんどなかった。きっと子供の頃から、両親は冷え切った関係だったんだろう。
「覚えてる?晴……弟の事」
「覚えてるよ、可愛がってやったからな」
部活の後輩が出来た時、夏希の事を「姉ちゃん」何て呼ぶ奴がいて驚いたもんだ。
「そっか、あの子脇阪くんに懐いてたもんねぇ……」
中学の時には、一歳だけ離れた夏希の弟に「先輩先輩!」と随分と懐かれた記憶がある。
「お母さんが入院した時は、お父さんの所に行くって話も出たんだよ?」
少しだけ、力の抜けた笑い声。その話を聞いた時、夏希はどう思ったんだろう。
「でも私、お母さんの居場所を、守ってあげたい。だから、自分一人でやれるからって」
夏希の声が、震える。背中を向けてたってどうしても伝わるような、か細い声。
「なのに、全然出来なくて、最近は脇阪くんにも迷惑かけて……これ以上は駄目だと思って。木金、我慢して……土日も、ちゃんとやろうって決めてた」
俺が想像するだけでも洗濯、掃除、ゴミ捨て、他にも色々とあるだろう。
「でもさ」
鼻を啜りながら、夏希は話し続ける。言葉の端々に、無理をしているのが滲んでいた。
「やっぱり私には難しくて。毎日ちゃんとしてる人って、凄いよね。一人暮らしの人とか」
夏希は出来るだけ、軽い事の様に話す。だけど、軽く見せたいだけだと分かってしまう。
「……迷惑だって、分かってる。我が儘だって、分かってる」
……分かってない。「誰にも頼らない」のと、「誰にも頼れない」のは違うんだ。だったら、俺の出来る事は一つしかないだろ。
「それでも、もう少しだけ——」
それ以上は言わせたくない。
「いくらでも迷惑かけろよ」
夏希の言葉を遮って、彼女の背に、少しだけ体を預ける。
「幼馴染の特権だと思ってさ」
距離は変えず、それでも俺は拒まないと、伝えるために。
「うん……ありがと」
夏希も背中合わせで寄りかかる、その距離感が、妙に心地よかった。
彼女は、母のいない間だけ、俺の料理を食べに来る。
「それと、迷惑だったら最初から作ってないからな」
「どうだろうなぁ……脇阪くんって頼まれると断らないし」
それだけの、期限付きの関係。
分かっているからこそ、今はそれでよかった。
「明日は何が良い?」
「……和食?」
「そりゃまた範囲が広い事で」
明日はまた、二人で食事をしよう。
これからも先も二人の関係は、静かに動き続ける
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