第12話 意味もなく、彼女を待つ

月曜日には、もうここには来ないんじゃないか?

 そんな考えが、何度も頭をよぎった。月曜の放課後。

 家庭科室の鍵を開けた瞬間、静けさが胸に刺さった気がした。

 「……」


 エプロンを着け、今日の料理の準備を始める。

 フライパンに火を付け、微塵切りにした玉ねぎ、にんじんを炒める。細かに刻んだ野菜は火が通りやすく、すぐにしんなりと柔らかく変化する。そこに昨日買って来たひき肉を加えてさらに炒める。

 そこで、手が止まった。

「……あー…」

 作っている量が、明らかに多い。測り直さなくても分かる。

 これは、一人分じゃない。二人分にしても多いな。

「……まあ、良いか」

 量が多いなら、冷凍すれば良いだけだし、最悪先生に食べてもらえば良いだろう。



 体育の時間、ふらついた夏希を支えた時、あまりにも軽くて驚いた。

『ちゃんと食えてるか?』

『食べてるよ。ちゃんと』

 さっき話した時の光景がちらつく。そう言われた以上、これ以上踏み込めなかった。夏希の言葉が嘘だとしても、それを知る機会はない。



ーーもうここには来ないかもしれない。

 そう思っているはずなのに。皿を出すときも、自然と二枚。無意識だった。

 考えるより先に、身体が動いてしまっている。

「……何やってんだ、俺」

 独り言は、誰にも返されない。


 すぐにひき肉も炒め終わり、手持ち無沙汰になった。時間だけが過ぎていく。後はルーを入れてしまえば完成だ。もう夏希の事は待たずに作ってしまえば良い。彼女が来るにしても来ないにしてもそこは関係ない。別に先に食べていても文句はないだろう。


「……待つか」

 一旦席に座り、教科書を開いて授業の復習を始める。我ながら恐ろしく馬鹿だと思う。

 ここまで用意するのなら、ここまで待つというなら、初めから聞けば良いのだ。「今日は来るのか?」と、一言聞けばこの作業を行う必要はない。今の状態はあまりにも非効率だ。

 

「……怖かったのか?俺」

 何故、こんな事をしているか考えたが、答えはこれしか浮かばなかった。夏希の口から「もう、行かない」と、その言葉を聞くのが怖かったのか?


「まぁ、何でも良いか」

 これ以上は深く考えないようにと頭を振る。一々理由を探すのが、面倒だった。



「……もうこんな時間か」

 長い間、今日受けた教科の復習をしていると、部活の終了時間のチャイムが鳴り響く。グラウンドの方を見ると、夏希が陸上部の先輩らしき人達と談笑している。


 ——やっぱり、来ないか。

 パタンと教科書を閉じ、フライパンに入っている具材を温めて直す。

(待つのは今回だけにするか、明日には聞いとこう)

 聞き方はどうするか、「もう来ないのか?」は女々しい気がするな、などと考えていると。


 家庭科室の扉が、勢いよく開いた。

「……間に……あった?」

 聞き慣れた声に、心臓が強く跳ねる。振り返ると、そこに夏希が立っていた。

「ど、どうした?そんな息切らして」

 息も絶え絶えという様子の彼女に動揺する。

 

 

「まだ、電気付いてた、から、いるかなって」

 少しずつ息を整え、夏希が声を出す。

「……来ないと思ってた?」

 問いかけは、責めるようでも、冗談でもなかった。否定も肯定もしづらく、目を逸らす。


 その先にあるのは、二人分の皿。

 夏希も、それに気づいて、ほんの一瞬だけ目を伏せた。

「……そっか」

 それだけ言って、小さく息を吸う。

「来ないって思われてても、来たかったから」

 その言葉が、俺の心に深く刺さった。


(ああそうか、やっぱり俺は怖かったんだ)

 少し時間が空いたからこそ、

 何も言わないまま、自然とこの関係が終わるのが、怖くなった。


「少し待ってろ、今作り終わるから」

 フライパンの中に水とカレールーを入れて煮立たせる。たったそれだけの作業をせずにずっと待っていた自分は、頭がきっと可笑しくなったんだろう。

「わぁ……カレーだ」

「キーマカレーな、普通のカレーより簡単なんだよ」

 でも、こんな簡単な事で喜んでいる彼女を見て、待った甲斐があったと思ってしまった。


「手伝っても良い?」

「この状態で何手伝うんだよ。こっちは良いからちゃんと手を洗ってこい」

 言葉は、まだ追いつかない。

「ちゃんと、待っててやるから」

 けれど、二人分の準備だけは、嘘をついていなかった。

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