オフィス黙示録 ─ 巡礼者の来襲 ─

となかい

巡礼者の来襲

【まえがき】

コミュ症あるあるを書いてみました。

どちらが良い悪いというものでもないと思うので、正反対な二人のすれ違いに「あ〜w」と思っていただければ嬉しいです!


***



【第1章:聖地なき巡礼】


 広大なフリーアドレス制のオフィス。

 俺は誰とも目を合わせず、フロアの一番端っこにあるブースでPCを開く。


(よし、今日も誰とも関わらずに定時退社するぞ……)


 そう決意した、その時だった。遠くの方から生命力が溢れんばかりの、快活な声が聞こえる。それは平穏な一日の終焉を告げる、第一のラッパだった。


「鈴木さん!! おはよー!!」


 陽田さんだ。俺が心の中で「巡礼者」と呼んでいるその男は、だだっ広いフロアに散らばる部員全員に挨拶を完遂するまで、絶対に自分の席には座らない。


 陽田さんの「索敵能力」はチート級だ。

 このフロアには他部署も含めて数百人がひしめいている。同じ部の人間を一人ずつ探し出して挨拶して回るなんて、普通なら苦行でしかないはずだ。


 だが、彼は違う。


 まるで、発信機の信号でも受信しているかのように、柱の陰やパーテーションの奥に潜む同僚たちを次々と捕捉していく。


 その足音と歓談の声が、確実に、一歩ずつ俺の席へと近づいてくる。現在地点から俺のデスクまで、あと5人の「犠牲者」を挟んで約3分。


(……来るな。頼むから、こっちを見るな。俺はただの背景オブジェクトだ。テクスチャの一部だ。当たり判定のない壁だ……)


「影野くん見ーっけ! おはよー! 今日はそんな奥まったところにいたんだ!」


 無慈悲なエンカウント。陽田さんの索敵スキルに対し、俺の隠密スキルは一切通用しなかった。


 陽田さんが最後の一人に朝の挨拶をして自席に座るまで、およそ30分。ちなみに、この間の彼の業務進捗は当然のように0%だ。


 だが、この男が真に恐ろしいのはここからだ。


 彼はこの「巡礼」の時間を捻出するために、わざわざ始業の1時間前に出社しタスクを片付け、カフェでモーニングをキメて万全のコンディションで「善意の無差別テロ」に備えているらしい。


 ……シンプルに、怖い。


 その有り余る規律正しさと行動力を、なぜ1ミリも「影野を放っておくこと」に割いてくれないのか。準備万端で襲いかかってくる「悪気のない人間」ほど、予測不能なボスキャラはいない。


「影野くん、今日もいい天気だね! 仕事頑張ろー!」


「……あ、はい。……どうも」


 カフェインで絶好調な陽田さんの輝きに目を焼かれながら、俺は逃げるようにモニタの中へと意識をダイブさせた。




【第2章:汝、隣人を愛せよ】


 逃げ場のない相席ランチ。


 この地獄のイベントは、陽田さんが「信頼関係を深めるために、一緒に昼行かない?」と言い出したことから始まった。

 彼はわざわざ全員の都合を聞き回り、親切丁寧に個別面談サシランチの予定を組み上げたのだ。何その予定表、血判状かな。


 そして俺の審判の日は訪れた。


 なぜみんな他人と一緒に食事ができるんだろう。いつ食べ物を口に運べばいいのか、いつ相槌を打てばいいのか。なんなら自分の食べ方は汚くないか。そんなことばかり気になって、目の前のパスタの味なんて1ミリも入ってこない。


 俺が内心でマルチタスクの限界に挑んでいると、「趣味とかあるの?」という、最も回避したい質問が飛んできた。ゲーム、マンガ、アニメ……どれも説明が面倒だ。


「……あー、映画とか、たまに見ますね」


 一番無難な答えを選び取る。だが、目の前の『つながり至上主義者』の瞳が輝く。


「えー! 映画! 何系? あ、今度レイトショーみんなで行こうよ!」


 俺が求めているのは、ほとんど人のいないシアター。広い暗闇にぽつんと一人で座るあの静寂。巨大なスクリーンと自分だけの、誰にも侵されない聖域だ。


 だから、今差し出したのは、表面的な情報だけ。言うなれば、中身の抜けた「殻」だ。とりあえずこの場を凌ぐためのカードを切っただけなのに、彼はそれ一枚で俺の全てを理解した気になっている。

 「影野くんのことが知れて嬉しいよ!」と言ってくれたが、俺はそのポジティブさが怖い。


 陽田さんはこちらの返事を聞いているのかいないのか、弾むような声で話題を上書きしていく。


「あ、そうだ影野くん! 今週末なにしてるの? もしかして一人で映画? 寂しくない? 俺らBBQやるんだけど、絶対楽しいからおいでよ!」


 陽田さんの「群れへの招待」という名の精神攻撃。彼は本気で、一人でいる人間を「群れからはぐれた弱った個体」だと思って救済しようとしている。


(……っていうか、そもそも「俺ら」って誰なんだよ)


 陽田さんの背後に、見えない「群れ」の幻影が見えた気がした。怖いよ。なんなんだよ、群れで行動しないと死ぬ、みたいなパッシブスキルでもついているのかよ。


 もしかしたら俺が知らないだけで、同陣営でパーティ編成を組んだ時にだけ発動する『ステータス全上昇』みたいなバフが、この世界には実在しているのかもしれない。


『赤信号、みんなで渡れば怖くない』


 あれは比喩でもなんでもなく、彼らだけが使える「物理法則の書き換え」なんじゃないか。たぶん陽田さんなら、赤信号にも勝てる。彼が「青だ!」と笑って突き進めば、車の方が忖度して、物理演算を無視して停止する気がする。強い。


「……あ、すみません。予定あるんで……」


 あいにく、俺はソロプレイ専用のビルドだ。

 そんな協力プレイ専用のバフ、一生かかっても発動できそうにない。




【第3章:押し付けられた福音】


 飲み会の喧騒の端、最低限の義理を果たした俺は、一刻も早くこの場からフェードアウトする方法を考えていた。だが、その瞬間、背後に圧倒的な熱量を感じた。


「影野くん、もっと自分を出していいんだよ? 俺だけは分かってるからさ。君、本当はもっと熱いもの持ってるだろ?」


 陽田さんの、慈愛に満ちた──あるいは自分に酔いしれた──瞳が俺を射抜く。


(……え、何が?)


 俺の何を分かってるんだろう。そもそも、そんな深い関係性を構築した覚えがない。もしかして俺のドッペルゲンガーでもいるんだろうか。なにそれ怖い、めっちゃ怖い。


 彼は俺を「孤独に苦しむ弱者」と決めつけ、救済の福音を垂れ流してくる。その身勝手な優しさに、俺の内臓が静かに、しかし激しい拒絶反応を示す。余計なお世話だ。俺はただ、一人が楽なだけなのに。


「……はぁ、どうも。」


 俺が放てる、最大出力の極低温レスポンス。だが、陽田さんの超ポジティブ・フィルターは、それを「図星を突かれて照れている」と勝手に解釈したらしい。


「あはは、無理しなくていいって! また明日、オフィスで話そうな!」


 満足げに自分の席へ戻っていくその背中には、『今日も一人、迷える孤独な魂を救った』という輝かしい達成感が漂っている。


 俺は、陽田さんが視界から消えた瞬間にワイヤレスイヤホンを装着した。ノイズキャンセリングを最大に上げ、物理的に世界を遮断する。


「……帰ろ」


俺は、静寂救いを求めて帰路を急いだ。




【終章:浄化の儀】


 一人暮らしの部屋に帰宅した俺は、明かりもつけず、吸い込まれるようにベッドへ倒れ込んだ。静寂。ようやく訪れた、俺だけのセーブポイント。しかし、脳内ではまだ今日の出来事がリプレイされ続けている。


「……はぁ、疲れたな。悪い人じゃないのはわかってるんだけど」


 別に一人が寂しいわけじゃない。ただ一人でいるのが楽だから、そうしてるだけだ。

 一人でいることの微かな心細さなんて、独り占めできる快適さの足元にも及ばない。毎日毎日、他人と価値観をすり合わせることに気疲れして、人生を投げ出したくなるより、よほどいい。

 だから「一人で可哀想」なんて勝手に憐れまれると、正直嫌だし、どう返せば正解なのか分からない。


 それに「一人が好き」と開示した瞬間、「へぇー! 珍しいね! じゃあ一人で何してる時が一番楽しいの? おすすめ教えてよ!」と、待ってましたと言わんばかりに食いついてくる奴が確実にいる。


 それは俺にとって、個人情報を抜き出そうとするサイバー攻撃のようなものだ。

 一欠片でも隙を見せれば、よく知らない人たちがそこを足がかりに「君のことが知りたいんだ!」と俺の私生活を隅々まで覗き込もうとする。


 するとイマジナリー陽田さんが、俺の脳内で勝手に口を開いた。


「そっか! なら、まずは俺のことをもっと知ってよ!」


 いやいやいやいや!! 違う、そうじゃない。怖い。まじで怖い。

 俺はつい手で空を払い、イマジナリー陽田さんを追い払った。ちょっとしょんぼりしてた。なんかごめん。


 理解されなくていい。ただ、放っておいてほしいだけなのに。心の奥底から、濁った本音がポツリとこぼれ落ちた。


「──まじむり……」


(おっと。やっぱ疲れてるんだな。うん、早く寝よう)


 明日もまた、陽田さんは赤信号を青に変えながら、モーニングの珈琲の香りをまとってやってくる。


(明日は巡礼に何分かかるかな……)


 俺は、つい日課になってしまった巡礼観測に思いを馳せながら、深い眠りについた。





【あとがき】

読んでくださりありがとうございます!


ちなみに自分は影野くん側です。

光属性の皆さんには日々ご心配をおかけしているだろうと反省はしています_:(´ཀ`」 ∠): ...


ほんの少し、実話がベースのところがあったりなかったり……まだ持ちネタ()が残っているので、続編を作れたらいいなと思っています。


※AI利用部分については細心の注意を払っていますが、もし既視感のある表現や問題のある箇所があれば、すぐに対応(修正・削除)いたしますので、お手数ですがご指摘ください。

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