ふつうのぼうけんの書

柏木サトシ

第1話 普通の冒険者のよくある一幕

 柔らかな光が差し込む深緑の森の中に、土を踏み固めただけの簡素な道があった。


 そよそよと肌を撫でるように吹く風は優しく、鳥のさえずりや虫が時雨のように鳴き立てる様子は耳心地よく、平時であれば絶好の散策日和と言えるだろう。


 ……そう、平時であれば。


「クケエエエエエエエエエエエエエエエエェェェッ!」


 突如として森の中に耳を劈くような奇声が響き渡り、危険を察知した鳥たちが一斉に飛び立つ。

 慌ただしく鳥たちが飛び去った真下、少し開けた広場の真ん中でには、二つの影が火花を散らしながら激しくぶつかり合うのが見えた。


「……チッ」


 舌打ちをしながら大きく身を仰け反らせたのは、全身に鉄製の防具を見に付けた筋骨たくましい青年、


「クケッ!」


 そんな彼が相対するのは、身の丈二倍以上の体躯を持つ巨大なニワトリだった。



「クケッ、クケエエェェッ!」


 威嚇するように羽を広げる巨大なニワトリに、青年は臆することなく再び突撃する。


「はあああああああああああああああぁぁぁ!」


 裂帛の雄叫びを上げながら青年が巨大な戦斧、ハルバードを振るうと、巨大なニワトリの胸が切り裂かれて鮮血が舞う。


「クケエエエエエエエエエエエエエエエェェェ!」


 しかし斬撃が浅かったのか、倒れるまでに至らなかった巨大なニワトリは、激昂したように奇声を上げて青年に向けて鋭く尖ったくちばしを振り下ろす。


 迫りくる攻撃に対し青年は左手に装備した上半身を覆い尽くすほどの巨大な盾、タワーシールドで受け止める。


「クケッ! クケッ! クケエエエエェェッ!」

「クッ……」


 さらに巨大なニワトリによる二度、三度と続くくちばしによる攻撃に、青年が苦悶の表情を浮かべて堪らず膝を付く。


「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァッ!」


 そこへ追い打ちをかけるように巨大なニワトリの背後から、丸太のように太いヘビが現れたかと思うと、大口を開けて無防備な青年へと襲いかかる。


 まだ膝を付いたままの青年には、成す術がないと思われた。


 だが、


「させるかよ!」


 青年のピンチに、燃えるように真っ赤で長い髪をなびかせた長身の女性が現れ、巨大な戦斧を叩き付けてヘビの胴を両断する。


「クギャアアアアァァァッ!」


 両断されたヘビの頭が地面に落ちると、どういうわけか巨大なニワトリが激しく羽ばたきながら苦しそうにのたうち回る。

 よく見れば、巨大なニワトリの尾からヘビの胴体が伸びており、戦斧によって両断された傷口からは止め処なく血が流れ出ていた。


「へッ、コッコトリスの尻尾いただきだぜ!」

「クケッ! クケエエエエエエエエエエエエエエエェェェ!」


 蛇の尾をもつ巨大なニワトリ、コッコトリスと呼ばれる魔物の蛇の尾を女性が高々と掲げると、巨大なニワトリは怒り狂ったように翅と足をバタバさせて暴れ出す。


「おうおう、コッコトリス無勢がいっちょ前って……どわっ!?」


 当初余裕の笑みを浮かべる長身の女性であったが、無茶苦茶に暴れるコッコトリスに迫られ血相を変えて逃げ出す。


「お、おい、コッコトリスがブチ切れたぞ! 後ろの連中は何をやっているんだ!」

「……うるさいですわね」


 長身の女性の罵声に、氷のように冷たい声が応えたかと思うと、ヒュッ、と空気を切り裂いて飛来した矢がコッコトリスの目を貫く。


「考え無しに突撃するから、痛い目を見るのですわ」

「全くだ」


 続けて落ち着き払った渋い声が聞こえたかと思うと、コッコトリスの足元から次々と木の根飛び出して来て、巨大なニワトリの足に複雑に絡まって動きを阻害する。


「ほら、望み通り仕事をしてやったぞ」

「……ああ、助かる」


 落ち着いた声に青年が声の方に感謝の意を伝えると、彼の体が仄かに光り出す。

 穏やかで温かな緑色の光に包まれると、青年の全身に付いた傷がみるみる消えて行き、疲労の色が見えた顔色もよくなっていく。


 これこそ、神の信徒となった神官だけが使える回復の奇跡だった。


「兄さん、後はお願いします!」

「任された」


 後方から響いた鼓舞する声に、活力を取り戻した青年が立ち上がると、


「どりゃあああぁっ!」


 長身の女性が、翼を広げて逃げようとしたコッコトリスの翼を戦斧で叩き切る。


「リーダー、しくじるなよ!」

「わかってる!」


 仲間たちから絶好のお膳立てをしてもらった青年は、ハルバードを大きく振りかぶると、


「これで、終わりだあああああああああああああああああああああああぁぁぁ!」


 雄叫びを上げながら渾身の一撃を、コッコトリスへと叩きつけた。



 コッコトリスが倒れると、森の中に静寂が訪れる。


「……ふぅ、終わったか」


 周囲を見渡して他に脅威がないことを確認した青年は、ホッと一息吐いて武装を解除して、仲間たちに声をかける。


「皆、お疲れさま。それじゃあ後は素材を回収して……」

「あ、ああ……皆様、ありがとうございます!」


 すると青年の仲間たちより早く、身なりのいいふくよかな男性が走ってきてペコペコと頭を下げる。


「まさかあんな大きな魔物が現れるなんて、ウィルさんたちに依頼してよかったです」

「ハハハ、そう言ってもらえると頑張った甲斐がありました」


 恐縮し続けるふくよかな男性に、ウィルと呼ばれた青年は血をふき取って綺麗にしたハルバードを背中に背負って笑う。


「それよりランドさん、荷物は大丈夫でしたか?」

「はい、それはもう……」


 ランドと呼ばれたふくよかな男性は、流れてきた汗をぬぐいながら振り返る。


「後衛の皆様がしっかり護衛して下さいましたから、荷物だけじゃなく、妻も子供たちも無事でした」

「そうですか……」


 ウィルはランドの向こう側へと目を向け、馬車の中から無邪気に手を振る小さな二つの影に手を振り返す。


「それにしても……」


 ウィルと一緒に子供たちに手を振りながら、ランドが感心したように何度も頷く。


「魔物退治なんて危険なことを率先してやるなんて、ウィルさんたちは本当に立派な人たちです」

「ハハハ、そんなことありませんよ」


 ランドからの手放しの称賛に、ウィルは居心地が悪そうに苦笑する。


「俺たちはそんな気はさらさらありませんが、中には善人の振りして近付いて、人気のないところで悪さする奴もいますから気を付けて下さいね」

「そ、そんな人、いるのですか?」

「ええ、本当に色んな奴がいるんです」


 倒したコッコトリスの素材をはぎ取っている仲間たちを見ながら、ウィルは静かに話す。


「善人から悪人、勇者から愚者まであらゆる奴がいるのが俺たち冒険者です」

「冒険者……」

「ええ、ですから信頼できる戦士を雇うためにも、これからも冒険者のご要望は冒険者ギルドを通して下さいね」


 そう言ってウィルは、首にぶら下げている銅製のギルド証を誇らしげに掲げて見せた。



 ※


 コッコトリス以外の倒した魔物たちの素材をはぎ取ったウィルたちはその後も『琥珀の森』と呼ばれる薄暗い道を進む。

 ウィルたちの目的は、所属していた商会から独立することになったランドからの依頼で、彼の一家をスモークウッドという町まで護衛することだった。


「さて……」


 空の色からおおよその現在時刻を確認したウィルは、魔物たちを倒して重くなった荷物を抱え直して皆に声をかける。


「今日の移動はここまでにしよう。皆、野営の準備を」


 その言葉に、頷いた仲間たちが野営の準備をはじめる。



「あ、あの、ウィルさん……」


 荷物を降ろし、中から道具を取り出しているウィルの下へ、恐縮した様子のランドがやって来る。


「こんなに陽が高いのに、もう野営の準備をするんですか?」


 そう言って天を見上げるランドの目には、雲一つない青空が映る。


「私たちをおもんばかってのことなら、まだまだ歩けますよ」

「いえいえ、ランドさん一家の事情は関係ありませんよ」


 ウィルは特に気分を害した様子もなく、ここで野営をする理由を話す。


「日暮れ前までに目的地に着くならともかく、そうでないなら時間に余裕をもって野営の準備をしないと危ないんです」

「危ない……のですか?」

「ええ、夕暮れから準備を始めていたらあっという間に日が暮れ、真っ暗闇に包まれてしまいます。そうなれば安全の確保が難しくなります」


 陽が落ちると、正に一寸先すらまともに見えない漆黒の闇に包まれ、火を熾すことは疎か、寝床を用意することもままならない。

 さらに魔物だけでなく、熊や狼といった野生動物との接敵を避けるためにも、なるべく早く火を熾して、自分たちがここにいることを周囲に知らせる必要があるのだ。


「なるほど……」


 ウィルから説明を聞いたランドは、納得したように何度も頷く。


「だから明るいうちから準備をはじめるのですね」

「そういうことです」


 理解が早いランドに、ウィルは大きく頷いてニコリと笑う。


「……まあ、ウチは他にも別の理由があって早めに準備をはじめるんですけどね」

「別の理由……ですか?」

「ええ、ある意味では我々はこれを楽しみに冒険者をやっているようなものです」


 そう言ってウィルは、倒した魔物たちの素材で一際大きくなった荷物をポンポン、と軽く叩く。


「というわけで、これから夕食作りをはじめます」

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