惑星ケプラー-442bにおける『勇者』の自然発生について

@zeppelin006

—銀河社会学会第47回年次大会 提出論文—

1. 序論:問題の所在


惑星ケプラー-442b(以下、K-442b)は、2089年に開始されたテラフォーミング計画により、2127年に居住可能惑星として認定された。入植開始から12年が経過した2139年、同惑星において特異な社会現象が観測された。


入植者の間で、危険を伴う任務への志願率が異常な上昇を示したのである。


具体的には、メタン湖調査(死亡率23%)、未踏峡谷探査(同17%)、深部地熱孔掘削(同31%)といった高リスク任務に対し、当初想定の4.7倍の志願者が殺到した。しかも志願者の大半が、専門技術を持たない一般入植者であった。


より注目すべきは、彼らの志願動機である。


「誰かがやらなければならないから」「自分にしかできないと思った」「呼ばれた気がした」——インタビュー記録を分析すると、62.3%が『使命感』を、31.8%が『運命』を口にしている。だが彼らに共通する具体的背景は存在しない。家族構成も、出身地も、職歴も、バラバラだ。


にもかかわらず、彼らは揃って自らを『勇者』と呼んだ。


◇ ◇ ◇


2. 調査方法


本研究では、K-442bの入植者データベース(全3,847名)を対象に、以下の調査を実施した。


(1)志願行動パターンの統計解析

(2)入植者が携行した文化データの内容分析

(3)志願者30名への深層インタビュー


特に(2)については、銀河入植管理局が定める『文化的多様性保持規定』に基づき、各入植者が地球から持参を許可された娯楽データ(書籍、映像、音楽など、合計容量500TB)の全件調査を行った。


◇ ◇ ◇


3. 結果


3-1. 娯楽データの偏り


調査の結果、驚くべき事実が判明した。


K-442bの入植者が携行した娯楽データのうち、94.7%が『勇者もの』に分類される作品だった。ファンタジー小説、RPG、異世界転生アニメ、冒険譚——ジャンルは多岐にわたるが、いずれも「選ばれた主人公が困難に立ち向かう」という構造を持つ。


この数値は、同時期の他惑星入植者(平均37.2%)と比較して、著しく高い。


なぜこのような偏りが生じたのか。


入植募集の際、K-442bは『フロンティア精神を持つ冒険者求む』という宣伝文句を用いた。結果として、冒険譚を好む層が集中的に応募したのである。つまり、入植者選定の段階で、既に物語的嗜好による『自己選択バイアス』が働いていた。


3-2. 役割の内面化


深層インタビューでは、さらに興味深い証言が得られた。


志願者Aさん(29歳、元会計士)は言う。


「最初は怖かったんです。でも、峡谷の入口に立ったとき、ふと思ったんです。ああ、これが『始まり』なんだって。物語なら、ここで引き返したら何も起きない。だから、進むしかないんです」


志願者Bさん(41歳、元教師)も似た表現を用いた。


「誰も命令してないのに、自分が行かなきゃいけない気がして。それって変ですよね。でも、そういうものじゃないですか。勇者って、最初から勇者なんです。選ばれるんじゃなくて、自分で選ぶんです」


彼らの語りには、共通する構造がある。「物語の型」を、自らの行動原理として内面化しているのだ。


より正確に言えば、彼らは『勇者というテンプレート』に自己を当てはめることで、危険な選択を正当化している。そしてその正当化は、論理ではなく『物語的必然』に依拠している。


3-3. 集団内での役割分化


さらに特筆すべきは、志願者たちの間で自然に『役割分担』が発生していたことだ。


メタン湖調査に志願した5名のチームでは、リーダー格(自称『剣士』)、サポート役(自称『僧侶』)、情報収集担当(自称『盗賊』)という分業が、誰の指示もなく成立していた。


インタビューでリーダー格の男性(34歳、元システムエンジニア)に尋ねると、彼はこう答えた。


「パーティーってそういうもんでしょ。誰かが前に出て、誰かが支えて、誰かが周りを見る。当たり前じゃないですか」


当たり前——彼にとって、それは『経験則』ではない。『物語の文法』である。


◇ ◇ ◇


4. 考察


本研究が示唆するのは、物語が単なる娯楽ではなく、『行動様式の設計図』として機能しうるという事実である。


K-442bの入植者たちは、勇者になろうとしたのではない。勇者もの作品に繰り返し触れるうちに、『勇者的行動』が彼らにとっての『自然な選択』になったのだ。


ここで重要なのは、彼らが物語を『模倣』しているわけではないという点である。彼らは演技をしていない。むしろ、物語の構造が彼らの思考回路そのものに埋め込まれている。


社会学者マクルーハンは「メディアはメッセージである」と述べたが、K-442bで起きたのはそれを超えた現象だ。『物語は主体そのものを生成する』のである。


では、これは問題なのか。


一見すると、入植地の開拓には『勇者的行動』は有益である。実際、K-442bの開拓進捗率は、他惑星と比較して1.8倍のペースで進んでいる。志願者たちの献身が、コロニーの発展に寄与しているのは事実だ。


だが、ここには看過できない倫理的問題が潜んでいる。


彼らの『自発性』は、本当に自発的なのか。


選択の理由が『物語の文法』に由来するなら、それは自由意志と呼べるのか。


そして何より——彼らは『自分が物語に動かされている』ことに、気づいているのか。


◇ ◇ ◇


5. 補遺:ある志願者の手記より


調査終了後、志願者の一人から手記が送られてきた。メタン湖調査で重傷を負い、現在は療養中の女性(26歳、元グラフィックデザイナー)である。


彼女は手記にこう記していた。


「病室のベッドで、ふと考えたんです。私はなぜ、あの湖に飛び込んだんだろうって。怖くなかったわけじゃない。死ぬかもしれないって、ちゃんとわかってた。でも、飛び込まないという選択肢が、頭の中に浮かばなかった。それって、変ですよね。


今になって思うんです。もしかして私、『勇者だから』っていう理由で、自分の人生を危険に晒したんじゃないかって。でも、それって理由じゃないですよね。ただのテンプレです。


じゃあ、私は何者なんでしょう。勇者を演じてた私が私なのか、それとも、勇者をやめた今の私が私なのか。


わからないんです。物語がなくなったら、私には何が残るんでしょうか」


◇ ◇ ◇


6. 結論


K-442bで観測された『勇者の自然発生』は、物語が個人の行動を規定する力を持つことを明確に示した。


だが、本研究が最終的に問うべきは、次の点である。


物語が主体を生成するなら、『物語から降りる自由』は存在するのか。


そして、もし物語が主体そのものであるなら、降りた後に残るのは『空白』なのか、それとも『別の物語』なのか。


K-442bの入植者たちは、勇者を演じているのではない。


彼らは、物語に演じられている。


その自覚の有無こそが、次の研究課題となるだろう。

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