マイ・フェア・ジェントルマン~行き遅れ伯爵令嬢とハズレ侯爵令息~

翠川稜

マイ・フェア・ジェントルマン~行き遅れ伯爵令嬢とハズレ侯爵令息~



 わたし、ジークルーン・フォン・アメルハウザーはこの異世界、ザイフリート王国の伯爵家の娘として転生した。


 前世が現代日本人だったのは、なんとなーく記憶にある。

 でもさあ、この世界に馴染むまで覚えることは山のようにあって、今現在はうっすら思い出す程度なのよ。

 今から五年ぐらい前、ちょうどわたしが学院の卒業パーティーに出席していた時に、第二王子の『真実の愛・婚約破棄劇場』を目の当たりにして「あ、多分なんかの物語の転生なんだな」って思ったぐらい。

 前世でそんな話、電子コミックでさんざん読み散らかした気がする。

 もちろん、わたしはそんな当事者ポジションではなく、その中心人物とは全く関わりのないモブ令嬢でしたけどね。

 いや、関わりはあるかな……?

 学院在学時というか幼少時から、その第二王子の側近の一人と婚約中だったんだけど、親同士が決めた婚約だったし『真実の愛・婚約破棄劇場』前に婚約破棄されちゃったのよ。

 その時のわたしは、異世界転生、魔法世界、最の高!! で魔法研究にどっぷり浸かっていたし、恋愛スイッチ入ってなかったし、「なんか婚約破棄してほしいって言われた」と両親に伝えたら、速攻で「OK、こっちでいろいろやっとく」とか言われて、例の『真実の愛・婚約破棄劇場』の時は、なんの関わりもないモブ伯爵令嬢で劇場ギャラリーに紛れてました。

 動きの速い親に感謝、感謝。

 そんなわたしは学院卒業したら、さらに魔法研究機関に入って、毎日魔法に携わる日々だったのですが……。


「え? お見合い?」

「うむ」

「お見合い……」

「ジークルーン、お前は確かに魔力もあって、魔法研究機関にも重用されているが、年齢的に行き遅れに足を突っ込んでいる」


 ……ズバンと言いましたね、お父様……。

 なんか遠い遠い前世の記憶にある「あんたそろそろ結婚しないの?」って言ってたお母さんの声と被ったわあ。

 異世界貴族社会。

 社交デビューが卒業時と同じ十八歳なのよ、貴族令嬢って十八歳の学院卒業して結婚決まってるのよね。

 なんていっても生まれる前から家同士で「子供ができたら結婚な!」な口約束がごろごろしてんだもん。もちろんお家の経済事情とかのゴリゴリ政略結婚もあるみたいだけど、わたしはかなり緩い感じでの婚約だったようです。

 そんな感じなので、貴族令嬢の婚期ってハイティーンでだいたい決まる。

 そこから五年経過してるから、わたし現在二十三歳。

 目の前のお父様の言う、行き遅れに片足を突っ込んでるのは否定しない。


「そこで、縁談がきた」

「はあ……で、相手は?」


 お父様は苦み虫を嚙み潰したような顔をする。

 顔面に集中する皮膚の皺よ……どうしたお父様……。

 それを横目にわたしは魔法機関の制服のタイが曲がってないかメイドに確認させていると、お父様は絞り出すように告げる。


「それが……ハインミュラー侯爵家だ」

「ハインミュラー侯爵家?」


 魔法研究機関でも上の方のお家では? なんでそんな偉いところから?

 わたしが首を傾げていると、タイの結び目を確認していたメイドのニーナが囁く。


「五年前の第二王子の側近の家で、婚約破棄の巻き添えで、跡取り交代した家の一つでございますよ、お嬢様」


 いたなあ! いたいた! っていうか、『真実の愛・婚約破棄劇場』の被害って、あれよ、電子コミックで読み散らかした物語では王子の進退だけがクローズアップされがちだけど、王子にくっついてた側近衆もやらかしの煽りをくらうんだわ。

 婚約者そっちのけで王子の側にくっついて男爵令嬢をちやほやしてあわよくば自分がその男爵令嬢と結婚したいとか思ってる男もいたし。

 そんなの普通の貴族家が許すはずないでしょ。

 異世界貴族社会だもんねえ。

 やらかした側近達は王子同様、廃嫡されて、教会か辺境送りかになっている。

 五年前にわたしに婚約破棄した男も、軍閥系貴族のいいところの出だから卒業したら軍に将官階位で入るはずだったのに、今現在は辺境領で国境警備のペーペーからやり直しをしてるらしい。

 そして今回、縁談を持ち込んだこのハインミュラー家は魔法省のお偉方。

 ハインミュラー侯爵家のやらかした坊ちゃんは、確か教会に行ったはずよねえ。

 あのやらかしがなければ、あそこの嫡男は今頃、魔法研究機関でぶいぶい言わせてるはずだったのに。

 現在は廃嫡されて教会にぶち込まれて、王城結界作業に従事してるはずなんだけど。

 親が息子可愛いで金積んで還俗させたのかな?


「教会からでてきたの?」

「いいや。やらかしたハインミュラー侯爵令息の従弟だ。あそこは一人っ子で、ほら、お前も何年か前、魔力量と遺伝子のなんちゃらとか論文書いていたろ」


 そうですね、書いてました。

 なんか興味ある~ってわたしの論文について、チラッチラッ注目してる魔法研究機関のお偉方の一人がいて、ここまでやったから、まるっと研究あげるんで、続きやりますか? って言ったら、その人、かなり食い気味でいいの? とか言うもんだから、金銭とか共著扱いとか、いろいろと条件つけて譲渡したんだよね。

 あの時は割と家にお金入ったから、行き遅れ云々が立ち消えたのよ。


「あ~魔力量多いと、子供できにくいっていう統計論文ですね、その分、長生きするんですけども」

「ハインミュラー侯爵家は代々魔法省に携わるが、出生率が低い」


 まあそうでしょうね。

 わたしは頷く。


「そう、それで、なんとか親戚の子供を養子にして、その子がハインミュラー侯爵家の後継ぎになったんだ」


 へ~……。


「お前は魔法研究機関に携わっているし、魔法省と関わりのあるハインミュラー侯爵家は是非に是非にとかなり下からの申し込みで」

「お父様」

「なんだ」

「おかしくないですか? 侯爵家ですよ? 同じ爵位ならいざ知らず、行き遅れの爵位下の女を魔法研究機関に携わってるからっていう条件でそんな話を持ってくるのはちょっと何かあるのでは?」


 目が泳いでいる……。

 女が下手に行き遅れになって学があると鋭いからとかぶつぶつ言ってるの聞こえてますって。


「実は軒並み、縁談を断られたらしい」


 まじで⁉ 侯爵家でしょ? 


「まず第一に、あの五年前のやらかしだ」


 うわあ~あの『真実の愛・婚約破棄劇場』尾を引くわあ。

 第二王太子の下に付けてた側近衆のご実家、例の『真実の愛・婚約破棄劇場』でどこのお家も後継ぎ問題が大変だったらしい。

 やらかした兄を廃嫡して、弟が後継になるところはまだいい。

 妹が婿を取ってお家を存続させてるところもあるらしい。

 ただやらかしたお家の子だって社交界では有名になってしまったから、どこの貴族家も下位貴族だって、嫁婿になるのはノーサンキューだったとか。

 厳しいねえ。

 第二王子側近衆だったどこのお家も後継者の縁談には苦労して、ようやく落ち着いた頃なんだけど、ハインミュラー侯爵家は後継ぎが現在十五歳、ようやく、貴族学院入学なんだって。

 まあ魔力あるお家、子供できにくい問題、これ実証例でしょ。

 その分長寿だから、なんとかその間に子供作るんだけどさ。


「十五歳なら慌てて婚約しなくても、もう少し時間を置いたら例の醜聞も沈静化するのでは?」


「それが……引退した先代がどうしても、どうしてもって言ってるらしい。そのくせ条件が伯爵家以上の令嬢で、できれば魔力が多い子がいいって譲らないんだ。それにうちはほら、そろそろマルクスが結婚するし……」


 マルクスとは私の四歳下の弟で、去年成人してそろそろ婚約の話を勧めようってことになっている。

 行き遅れの姉がいると外聞が悪いということかあ……。


「会うだけでも会ってみて、婚約するだけでもして、ダメなら、もう自由にしていいし!」

「自由とは……?」

「政略結婚金輪際関係なし、研究し放題、王都貴族街の端っこのちっさな物件もつけるから! 持参金の費用もお前の管理持ちでいいから!」


 わたしには、好条件かもしれない。

 これが普通の貴族令嬢だったら必死で嫁ぎ先決めるけどさ。

 お父様もわたしの性格を把握してるわね。

 でもさあ。八歳下とか犯罪じゃないですかー。

 この異世界貴族社会ではなくはないらしいけども。


「婚約だけ、婚約だけだから、ほら、相手もまだ子供だから、そのうち目移りするから」

「ハインミュラー侯爵家で、形だけとはいえ、また婚約者ないがしろにしたら、今度こそあの家、お家断続でしょうよ」

「そういうリスク込みで是非にというお話なんだ」

「……支度金が破格だったんですね?」

「ぶっちゃけるとそう。フォルカーも来年貴族学院入学だからさあ~」


 フォルカーとは一番下の弟である。

 うちはそんな貧乏でもないんだけど……まあどこの家でも貴族学院は金がかかるよねえ。

 弟と同い年の婚約者とは。

 んんん~まあねえ八歳も年上のババアはいやだとか言うかもだし、会うだけ会ってみるか。



 ◇◇◇



 そんなこんなで、やってきましたハインミュラー侯爵家。

 馬車から降りたら、筆頭執事を先頭に、使用人一同が待ってましたとばかりに、一礼ですよ。

 どこの軍隊ですか。

 こわ~。

 うちもそこそこの伯爵家だけど、侯爵家は、タウンハウスの広さも使用人の数も屋敷の大きさも段違いだわ。

 筆頭執事の案内で、応接室に通されると、先代と当代のハインミュラー侯爵と当代侯爵夫人が入室してきて、わたしを見るなり、涙を堪える感じですよ。

 何故?

 それは――教会にぶっこまれた息子が本来お嫁さんを貰っていたら、わたしぐらいの年齢のご令嬢で、この家にいたはずなのに……というそういう思いから感無量になったものと思われる。

 五年前の話だけど、この家ではいまだ尾を引いているんですねえ。


「アメルハウザー伯爵! 並びにジークルーン嬢、よく、よく、我が家の縁談をご了承して下さった!」


 かなり前のめり……。

 でもちょっとまって、了承とかしてませんけど?


「ジークルーン嬢とゴルトベルク侯爵の共著、魔力量及び平均寿命の関連研究には、我がハインミュラー侯爵家でも実証例で参画しておりますよ!」


 あ、やっぱり……そうよね。


「二十三歳と窺っていたが、なかなかどうして、やはり魔力があるからかな? 今年デビュタントと言ってもいいぐらいではないか!」


 先代……ストレートな発言だわ。

 年齢よりも若いじゃんって言いたいんだろうけどさ、誉め言葉なんだろうけど。

 まあ確かにちょいと童顔ですよ、わたし。

 当代と当代の侯爵夫人が慌てて先代の口を塞ごうとして、わたしにお愛想笑いをする。

 しかし、こうなると、先代といい当代といいハインミュラー侯爵家当主のこの勢いがあれば、お相手の養子ながらも後継に納まった子は「こんなババアはいやだ」とか言えない空気感じゃない?

 ううん……早まったかな……。

 そこにまた筆頭執事がドアノックして、入室してくる。


「おお、ヴォルフラム! こちらが、お前の婚約者、ジークルーン・フォン・アメルハウザー嬢だ! 仲良くするんだぞ⁉」


 先代がご養子の後継ぎであるヴォルハルム君の肩を抱いて、わたしの対面に座らせる。


 ――……まじかあ……一番下の弟と同い年とは聞いていたが……それよりも小さい気がする。


 わたしは横目で父を見る。

 さすがに父も、これはないと思ったようだ。

 ビン底眼鏡で、骨も筋肉も成長途中で、これなら「ええ~貴族学院とか行くよりも~僕、軍の士官学校に行きたい~」とか駄々こねてる下の弟の方が二歳ぐらい年上に見えるわ。

 下の弟と同じ年とか言うけど、これ違うんじゃないの?

 年齢詐称とかしてない……よね?

 だとしたらかなり魔力量が多いってこと?

 魔力量の多い子供ってね、成長遅いのよ。

 高位貴族の子は特に。

 魔力量と身体成長における比例についての検証論文も、書いたことあるから知ってる。

 そしてわたし自身もそうだった。子供同士のお茶会は第二王子殿下と同世代だったから、一番下の弟より日数多く開催されてたのよね。

 そこで元婚約者の男に「チンクシャのチビブス」と言われたことは忘れてない。

 今頃、北の国境警備で雪山でひーひー言ってるんだろうと想像するとざまあって思うわ。

 それはそれとして。

 先代と当代のハインミュラー侯爵に挟まれて、小さい身体をさらに縮こませてる。

 ああ、そんな、ばんばん小さい背中叩いちゃダメ! 壊れそうよ! やめてあげて!

 可哀そうという感想と、気の毒にという感想が、交互にわたしの頭の中に浮かび上がる。


「ま、せっかくですから! あとはお若い二人で!」

「そうじゃな! ヴォルフラム! うちの魔草花温室にでもご案内して!」

「そうそう!」


 父とわたしが「じゃあ、本日は顔合わせですので、これで失礼します」と言い出す前に、わたしとヴォルフラム君は、ハインミュラー公爵家の方々に急き立てられてしまった。

 応接室からテラスに続くドアを従僕が開けて、わたしとヴォルフラム君を促す。

 必死すぎるよ……ハインミュラー侯爵家。

 まあ五年前の嫡男のやらかしから、かなり辛酸舐めてるんだろうなあ。

 なんて考えていたら、目の前に小さな手の平が差し出される。


「ジークルーン様、段差がありますので」


 あら……あらあら! 小さいながらも紳士だこと! うちの下の弟はこんなことしないわ! はあ~ハインミュラー侯爵家に引き取られて厳しく教育されてるのかしら~。

 ……厳しく……教育……はっ!? ま、まさか、虐待!? いやいやいや、憶測で物を考えるなわたし!

 そしてハインミュラー侯爵家の魔草花温室に案内してもらう。

 温室の造り自体は、さすが侯爵家、ガラスをふんだんに使用して、多角形の洒落た外観。従僕が温室のドアを開けてヴォルフラム君に「お茶をご用意します」と告げると、自分達の背後をついてきたメイドに指示を与えている。


「ごめんなさい……」

「何が?」

「その、えっと、相手が僕で……どこのお家も……僕だからきっと……」


 温室内のガーデンテーブルにお茶を用意してもらうと、小さな声で、ヴォルフラム君はそう告げる。

 相手がどうこうではなくてねえ……お姉さんは、キミの環境が心配だわ。

 どう話を切り出そう。

 それに尋ねたい内容は侯爵家の内情に関わってくるし、この子が素直に答えるとも限らない。

 わたしはメイドさんに紙とペンを用意してもらって、とある術式を書いていく。

 そしてそこに魔力を流す。

 その様子をヴォルフラム君はじっと見つめていた。

 よし、術式発動。

 これならお付きの人には話の内容は聞こえないはず。


「キミにちょっと尋ねたいことがあるんだけど、キミ、このハインミュラー家で虐められてたりしてない?」


 術式が発動している紙と、わたしの顔と、ちょっと距離を置いてる従僕やメイドの方に少しだけ視線を向けて、またわたしの顔に視線を戻す。


「ないです」

「安心して、これ盗聴防止の術式だから」

「え、紙で発動するんですか?」

「術式かければなんにでも発動するわ。魔法好き?」

「はい……」

「ヴォルフラム君が――もし、本当のご両親の元に戻りたいなら、ハインミュラー侯爵家を説得してみようと思ったんだけど」


 ヴォルフラム君は小首をかしげて盗聴防止の魔法が発動してる紙を見つめて、はっとしたようだ。


「いえ、その、ジークルーン様がお考えのようなことは、先代様も当代様――お義父様もお義母様も、なさりません。ハインミュラー侯爵家は魔力量が多いので後継の確保が難しい家系ということもあり、本家も分家もこういったことは時折あったそうで」


 虐待はされてないようだ。よかった、よかった。

 分家同士でも後継者を据える為に、親族内での養子とかはわりとある家系なんだとか。


「ただ……魔力量があるってだけで、僕なんかが本家の養子になっていいのかとは思っています……」


 そうね。魔力量があるってだけで、そして魔法研究機関所属ってだけで、八歳も上の行き遅れ令嬢を婚約者に据えるのもね……魔力量はそこそこの、年齢の近い子でもよかったんじゃないかなあ。

 ってことを口にしたら、まあハインミュラー侯爵家では代々そういう決まり、魔力量が多くて魔法について造詣、もしくは強い興味があって、で下位貴族は除外だと小さなヴォルフラム君が言う。

 ふむ。お父様から聞いた通りではあるのか……。

 なぜ下位貴族がNGかっていうと魔力量がそんなにないからなのよ。

 稀に魔力量がある子が生まれたりしても、成長すると、魔力量は低下する。

 高位貴族で魔力量の多い子は、一定数の魔力量を維持しつつの成長は通常よりも遅いし、でもその分、長寿なのが、魔力量の多い人物の傾向――なんだけど――。

 子供の時は結構これで苦労するのよねえ。

 ほら、やっぱ身体小さいから、からかわれたりね。

 子供同士の社交で弾かれ気味。

 ハインミュラー侯爵家ともなると、爵位が爵位だから、下手にからかうこともないんだけど。

 遠巻きにはされる。


「なんかいやなことでもあった?」

「いえ……」

「誰も聞いてないよ、お姉さんしかいないから、愚痴っちゃいなさい」


「……ハズレ侯爵令息って、そう言われて……自信がちょっと……」


 誰だそんなことを言うのは――と、辛抱強くあの手この手で口を割らせた。

 それはヴォルフラム君が、ハインミュラー侯爵家後継になったよっていうお披露目会の時だったそうで、ヴォルフラム君と同じ年頃のご令嬢達から「貧相な見た目」「魔力量だけで後継っていうのもねえ」「ハインミュラー侯爵家の将来もやっぱり怪しいわね」等々そういう陰口を耳にしてしまったそうなのだ。

 ハインミュラー侯爵家もなるだけ年の近い子と縁談を組ませたかったのに、彼の見た目で、お断りされていたようなのよ。


 言えないわあ。そりゃ言えないわ。

 そんなこと、ハインミュラー侯爵家の先代と当代に言ったら、うちの後継に文句あるかゴルアァとかなるし、そうなると、五年前のやらかしが起きてから、侯爵家の対面を守るために侯爵夫人が必死のパッチでやった社交が水の泡よ。

 あとさ、この年齢の子の矜持もあるよ。

 うちの弟達だってそうだもの。

 まして、この子は頭よさそうだもんね。

 そういう空気読むでしょうよ。


「わたしも、魔力量はあるから、子供の頃はアタリが強かったわ、元婚約者に「チンクシャのチビブス」と言われたことは忘れない」

「ジークルーン様は、お綺麗です! 誰です! そんなことを言う人は! 僕が魔法でぶっ飛ばして差し上げます!」


 あらあら~可愛い~。

 ありがとう、でも大丈夫よ、今頃は雪山で遭難してるかもしれないからね。


「そんなことよりも、眼鏡に前髪かかってて、見えにくくない?」


 彼は額にでき始めた吹き出物を隠したかったらしい。

 見た目をなんとかしようとして、逆方向に行っているわね。


「これだけいい魔草花園があれば、肌にいいクリームも作れるわ。作り方教えましょうか?」

「女の子じゃないです」

「お薬みたいなものよ。治った方がいいでしょ? あとでメイドさんに伝えておくわね」


 そんなこんなでお話がはずんだところで、応接室に戻ると、お父様がいない。

 侯爵家の当主と先代が泊っていけ泊っていけ、もう、なんなら引っ越してこいとか言い出すじゃありませんか。

 そこまでしなくてもいいでしょ。


「あの昨日の今日でいきなりお家に入るのはいかがなものかと思うのですが。わたしも魔法研究機関へ赴かなければならないこともございますし」

「うちから通って!」

「頼む、本当に頼むジークルーン嬢!」

「娘が欲しかったのよおお!」


 ……ダメだ。おかしいでしょ、ハインミュラー侯爵家……。

 おまけに、しゅんとしてるヴォルフラム君を見ると、後ろ髪引かれるのよねえ。

 大丈夫かしら、この子。この家でやっていける?

 心配よ……。

 魔力量多くて、身体小さくて、話せばはきはき答えてくれるし、優しいし、いい子だから余計に心配なのよ。

 で、実家にある荷物をちょいちょい運びならが、こちらに移るからってことで、ようやく解放された。実家にある荷物~主に、研究資料とか魔法関連書籍とかだけど、そこはやっぱり魔法省でもトップのお家なので理解は深かった。

 そして数か月後、わたしの拠点は、ハインミュラー侯爵家に移ったのだった。



 ◇◇◇



「ねえ、ジークルーン。数か月前の社交欄の記事、ハインミュラー侯爵家との婚約について聞きたくて誘ったんだけど」


 ハインミュラー侯爵夫人が、魔法研究機関とハインミュラー侯爵家しか行き来してないわたしを心配して、ちょうど休みと被ったので、同い年の友人クラリッサに招待されたお茶会に出席中……。

 まあ侯爵夫人筆頭に、メイドさん達も前日から気合入れてわたしを磨いてくれました。


「そのデイドレスを見る限り、本当なのね?」


 さすが伯爵夫人ともなった友人は、デイドレスがマダム・アリーゼのデザインなのを目ざとく見つけてそう囁く。マダム・アリーゼはハインミュラー侯爵夫人の御用達服飾デザイナーだものね。


「まあね」

「うちの姪っ子が言ってたけど、大丈夫なの? すっごい子供なんでしょ?」

「高位貴族の魔力量が多い子の特徴はでてるわね。わたしもそうだったの、覚えてるでしょ?」

「ああ~……まあ、そうだったわね、今じゃ信じられないぐらいだけど、貴女わたしよりも若々しいじゃない」

「だからそういう体質なのよ、姪っ子さんなんだって?」

「だからその――……なんていうか……」


 クラリッサはごにょごにょと口を濁す。

 ハズレ侯爵令息とか言ってるのかな?

 同年代のご令嬢から見れば、魅力がないと思っちゃうかもしれないけど……。


「ねえ――……あの年頃の子ってさ……夢を見てない?」


 わたしの言葉にクラリッサは頷く。

 わたしも彼女も思い当たるふしがある。

 あの『真実の愛・婚約破棄劇場』で、王太子の婚約者だったエッフェンベルグ公爵令嬢は隣国の王子様と結婚した。

 隣国の王子様は、第二王子とは違ったタイプの美形で紳士で、そりゃもう、男爵令嬢に婚約者を奪われたご令嬢達からエッフェンベルグ公爵令嬢は羨望の眼差しと声を一身に受けていた。

 まるで物語みたいだものね。


「でも、そういうのって、現実はなかなかないわけですよ」


 婚約破棄された女が用意されたかのようにハイスペック男子とくっつくとか。

 現実にはないのですよ。


「だからさ、ちょっと育ててみようかと思ったの。わたし」


 わたしがそう言うと、クラリッサがまじまじとわたしを見つめる。


「中身はすごく紳士な子だから、見た目を変身させたら、貴女の姪っ子さんも『ええ~ステキ~』とか言うかもよ?」

「……あなたそれ、未亡人の有閑マダムがやりそうなことじゃないの?」


 失礼な。ハインミュラー侯爵家のお金で、次代当主を磨くだけですよ。


「ていうか、ハインミュラー侯爵令息を、立派に育て上げたら、将来、魔力枯渇してもガヴァネスとしてやっていけそうじゃない?」

「婚約解消も見据えての道楽ですか、これだから頭のいい人って……」

「何を言ってるのクラリッサ。真に頭のいい人は貴女のような人のことを言うのよ。ちゃんと堅実で優しくて真面目で浮気しない旦那様を捕まえて、貴族夫人として生活できる人が、頭のいい人なのよ」


 この世界では。

 わたしは異世界転生者だから、こういう貴族社会では異物よね。


「頭のネジが飛んでる人よ、あなたは」

「ひどいわねえ」


 そう言いながら、わたしとクラリッサはひとしきり笑う。


「ヴォルフラム君は若いし、これからいい出会いもあると思うのよ。そういう未来も見据えて、わたし達の元・婚約者のようにいきなり『婚約破棄だ!』とか喚くような、残念男子にはしたくないじゃない? ハインミュラー侯爵家だって、そんなの教会にぶちこんだ元嫡男だけで十分じゃない?」

「ああ~まあ、それはそう」

「魔力量があるがゆえに、身体的成長の遅さは、かなりコンプレックスになることは、わたしは身をもって知っているから、なんとかしてあげたいだけなのよね」



 ◇◇◇



 こうして、わたしは、小さな次期侯爵様――ヴォルフラム君を磨き上げることにした。

 似合う髪型や似合う洋服を公爵夫人と一緒に相談したり、荒れた肌は、思春期特有のものだし、スキンケアは同い年のご令嬢並みに気を配り、魔力によっての肌ケアとかもしたり……(これはこの国では知られていません。貴族夫人が騒ぐから……え、もちろん、ハインミュラー侯爵家は知ってますよ。魔法第一人者のお家だもの)あと視力矯正。

 これはヴォルフラム君も自分で試せる魔法ってことでわりと集中してたな。

 それもあって、ビン底眼鏡は取れましたよ。

 琥珀色のキラキラした瞳が綺麗で、公爵夫人もメイドさん達もべた褒め。

 他にも、実家の下の弟を呼んで一緒に遊ばせたり……うちの下の弟は乗馬が好きだから、ハインミュラー侯爵家の馬場で楽しみたいっていう下心満載だったけど、なんだかんだ二人とも意気投合していた。

 学院に入ってからは、一緒に勉強をしたり、魔法研究が見たいといえば一緒に簡単な研究をしたり、婚約者というよりも、年上のお姉さんポジション。


 そして学院で一年もするとまあどうでしょう。

 一学年終わる頃には、ぼちぼちと、ご令嬢の家からもお手紙が届くようになってきた。

 本当は学院でご令嬢達からお手紙もらっていたらしいんだけど、ヴォルフラム君がスルーしていたから、お家経由でお手紙が届くようになったようだ。

 まあね。放っておいても、こうなることはわかっていたけど。


 ふっ、醜いアヒルの子は実は美しい白鳥でした……ってコレでしょ!


 ヴォルフラム君にお手紙を渡してきたご令嬢の中には、彼が後継お披露目会の時にさんざん影でこき下ろしていたご令嬢もいたんだって。

 ははは~。

 すごい手の平返しだわ。心臓強いな。神経太いな。

 お姉さんにはできないわ。

 若い子は第一印象で選びがちだからなあ。

 今のヴォルフラム君は体格こそ、まだまだだけど、きゃしゃな身体で、白い肌で、青みが入ってる銀髪で、琥珀色の瞳をしている。

 髪と瞳の色味がいいもんだから、お人形さんのようですよ。


「それで、いかがいたします? ハインミュラー侯爵、ガブリエーレ様、他所の貴族家からお手紙が来るようになったことですし、わたしとの婚約そろそろ解消いたします? ヴォルフラム君に合う年齢のご令嬢に変更した方がいいのでは?」

「何を言ってるの、ジークルーン! あなたはうちの娘も同然ですよ! あなたの助力があってこそ、うちのヴォルフラムはどこに出しても恥ずかしくない侯爵家令息になったのよ⁉」

「ガブリエーレの言う通りだ。何よりも、当のヴォルフラム本人が、ジークルーンにべったりではないか!」


 ハインミュラー侯爵も夫人もわたしのことはもう敬称なしの呼び捨てで、娘状態である。

 侯爵家としてはそれでいいんだけどさあ……実際問題、若い子の方がいいだろうに……。

 魔力の問題か……。

 潜在的魔力増幅とかできないかな。ちょっと魔法研究機関に泊まり込んでやってみるかな。

 ヴォルフラム君の姉離れを促すことにもなるだろうし。

 そんなわたしはしばらく魔法研究機関の宿舎に泊まる支度をし、ちょっと研究したいことができたと書置きして、ハインミュラー侯爵邸を出た。

 研究はいいけど、治験体に候補してくれる貴族のご令嬢がいないのよ。

 術式理論も難しいし、魔法の使用方法もまた難しい。

 伯爵令嬢にあるまじき状態で、宿舎ぐらしを三日ほどして、そろそろ、生活雑貨を買い足すか、ああ、店が開いてない……そんなよれよれの状態で宿舎に足を運ぶと宿舎の前にいたのはヴォルフラム君だった。


「ジークルーン様!」


 琥珀色の瞳に涙を溜めて私を見てる。

 どうしたの?


「どうしていきなり研究機関の宿舎になんているんですか? 僕のせいですか? 僕、悪いことしましたか?」


 いやいや、キミのせいではなくキミの未来の為だし、ちょっと個人的な興味がありました。

 うわ、何このすごい罪悪感。

 これはちょっと研究に熱が入っただけなのよ?

 ヴォルフラム君のおつきの従僕とメイドさん達に視線を送る。

 メイドさんと従僕は交互に「大変です、ヴォルフラム坊ちゃま! ジークルーン様の素敵な金髪がぱっさぱさです!」「ひどい手荒れでございますよ! 坊ちゃま!」「お食事取られてない証拠です!お屋敷から出立する前よりも、お窶れに!」なんて叫ぶし。


 ヴォルフラム君はわたしに手を差し出す。


「帰りましょう、ジークルーン様」


 差し出された手は、初対面の時よりも少し大きくなってるかも……。

 身長はまだまだ……あ、でも、そういえば目線がちょっと違うわよね。背が伸びてるのか。

 男の子の一年は成長が早いけど。この子はゆっくりだ。

 でも可愛い時間を長く見てられるのは公爵夫人もわたしもいいねって思ってる。

 うちの一番下の弟は、タケノコか? ってぐらいに身長が伸びるの速かった。

 魔力量が多い子は成長遅い遅いって言われて、わたし自身もそうだったけど、そうなのよ、ゆっくりでも成長するものなのよねえ。


「なんの研究されてたんですか?」

「潜在的魔力増幅は可能か――についてかな?」

「……僕は、ジークルーン様がいいです。僕が早く大人になるから、よそのご令嬢の魔力を増幅させて、僕にあてがうのはやめてください」


 うわ~研究内容を言っただけで、わたしのやろうとしてること、指摘してきたよ。

 元々頭のいい子とは思っていたけど。


「それに、二学年の後期と三学年前期にかけて、僕、留学することになりました。ジークルーン様には、ハインミュラー侯爵家にいていただいた方が、義父も義母も、心強いかと思うのです」

「留学!?」

「はい、魔法の研究においてうちの国と同等のバルデン王国と、アバスカル王国に半年ずつです。学院の教授と、先代様のお薦めで」


 学院在学中に留学とか羨ましい……さすが侯爵家。

 わたしもやりたかったけど、貴族令嬢で留学なんてことができる人って、お家が先進的か、留学先に縁戚がいるかに限られるものねえ。


「だから、僕が不在の時に、義母と義父のいるハインミュラー家をお願いしたいのです」


 ああ、もっとゆっくり成長してもいいのになあ。

 元々この子、中身はこんな感じだったわ。自分に自信がないだけで。


「留学先で、気になる魔法書とかあれば探して送ります」


 この気遣いよ……小さいながらも紳士だわ。


「留学かあ……わたしもしたかったなあ……」

「じゃあ、僕が先に見てきます。どんな感じの国なのか。そしたら、ジークルーン様とご一緒にもう一度、行きましょう。僕、ご案内できるようにいっぱい勉強して、いっぱいいろんなことを見てきます。だからハインミュラー侯爵家にいてくださいね! 約束ですよ」


 ううん。可愛いなあ。よしよし、いい子だ。

 もうわたしの三人目の弟よ。可愛い弟の頼み、お姉さん聞いちゃうぞ。

 そんなこんなでヴォルフラム君は半年後、バルデン王国に留学してしまいました。

 そしてわたしはがっかりしてるハインミュラー侯爵夫人をお慰めするため、一緒にお茶会や夜会なんかにも出席。

 侯爵夫人に恥をかかせてはならないから、マナーやお作法なんかを再履修。

 貴族夫人の社交らしい社交にお付き合いしてたら「婚約者のご令嬢と仲が良くて羨ましいわあ」なんて言葉をちらほらと耳にするようになっていた。

 お茶会ではデビュタント前のご令嬢、学院にいるご令嬢達からは、最初こそ「この年増女、ヴォルフラム様にふさわしくないのよ」とかつっかかってきてたけど、侯爵夫人のご友人方お嬢さんからみたら、お母さま世代、あと、わたしと同世代の友人達から諫められてしょぼんとしてた。

 本人留学中なのに人気よね、ヴォルフラム君。



 ◇◇◇



 そしてそのヴォルフラム君、留学延期して、学院卒業一か月前に帰国するお知らせがきた。

 留学先で、卒業単位もとってきて、学院卒業したわたしと同様の魔法研究機関に所属するようだ。


「ああもう、八年前の例の一件があってから、ハインミュラー侯爵家はもうだめと思っていたけど、ヴォルフラムは立派に就学して、卒業したら、ジークルーンと同じ魔法研究機関に入省するのね」


 良かったですね。


「ジークルーンも今年は忙しくなるわよ?」

「はい?」

「もう~今年は、ヴォルフラムとジークルーンの挙式もあるんですからね!」

「え?」


「奥様! ジークルーン様! ヴォルフラム様がお戻りです!」


 メイドさんが勢い込んで知らせてくる。

 帰国はあと数日後のはずだったんだけど、まあ、ホームシックになったのかな。

 一年半も他国留学だものね。

 使用人達がエントランスに向かい、ヴォルフラム君を迎え入れる。わたしも階段を下りて、エントランスに視線を向けると――……。


 誰? あれ。

『男子、三日会わざれば刮目して見よ』とかそういう言葉あるけど、なに?

 え?

 あの人、ヴォルフラム君?

 え? 

 出発前はわたしと同じぐらいの背丈だったよね?

 何、足長くなってるの? 肩幅も、腕も……。

 男子、一年半会わざれば、大人になってるよ⁉


 ええええええ、わたしの可愛い三人目の弟ドコー!?


「ジークルーン様!」


 エントランス中央にいる青年が、わたしを呼ぶ。

 琥珀色の瞳は間違いなくヴォルフラム君なんだけど……。


「お、おかえりなさい、ヴォルフラム君」


 階段から降りてエントランスにいる彼の前に立つと、身長差。

 見上げる感じってナニコレ。

 でもニコニコしてる笑顔は大人っぽくなったのに変わらない。


「あはは、僕、大きくなったみたい、ほらほら、ジークルーン様を抱っこできる!」


 ぎゃあああ!

 なんでそこでわたしを子供を抱き上げるように縦抱っこよ⁉

 ええ、でも、うそ、すごい成長具合。

 これは他所のご令嬢達がきゃあきゃあ騒ぐわ。

 超人気、モテモテ、勝ち組男子に大変貌だわ。


「でもすごい、ジークルーン様は全然変わらない! やっぱりすごい魔法研究者!」


 いや、これは普通に魔力量による、成長がって、そしたらヴォルフラム君の成長、矛盾が生じるよ? ええ~まって~。

 ヴォルフラム君はわたしを下すと、ニコニコ笑ってる。


「言ったでしょ? 僕、早く大人になるからって――研究してきたよ――魔力量による成長の遅滞と促進についての論文読む?」


 いやそれ、ぜひ見せてほしいよ。


「でもその前に、ジークルーン様のウェディングドレスのカタログを一緒に見たいな!」


 は?


「だって、ジークルーン様は、僕の婚約者なんだから、僕が卒業したら結婚でしょ?」


 そう言って、ヴォルフラム君はわたしの唇に小さなキスをして、また、にっこりと微笑んだ。

 行き遅れの伯爵令嬢のわたしは、ハズレ侯爵令息と言われていたけれど素敵な青年貴族に育った彼と、どうやら結婚するようです。



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あけましておめでとうございます!

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マイ・フェア・ジェントルマン~行き遅れ伯爵令嬢とハズレ侯爵令息~ 翠川稜 @midorikawa_0110

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