繊維メーカー異世界転生_織りなす者は世界を繋ぐ ~ブラック工場長、異世界で産業革命を起こして伝説の賢者となる~
もしもノベリスト
第1章 転生とB反だらけの世界
死ぬ瞬間に聞いたのは、心電図のフラットラインを告げる電子音ではない。 高速で回転する織機の駆動音と、納期遅れを怒鳴る営業の声、そして自分の血管が切れる微かな音だった。
「――おい、起きろ。凍っちまうぞ」
ざらりとした感触が頬を擦った。 サンドペーパーで皮膚を削られるような不快感。 私は反射的に身をよじり、その「凶器」から逃れようと目を開けた。
視界に広がっていたのは、見慣れた無機質な工場の天井でも、病院の白い壁でもない。 煤(すす)と埃にまみれた、今にも崩れそうな木の梁(はり)だった。
「……ここは、どこの倉庫だ?」
声が出ない。喉が焼け付くように渇いている。 自分の体を見下ろして、私は息を呑んだ。 縮こまった小さな手足。骨と皮ばかりに痩せ細った子供の体。 そして何より私を絶望させたのは、その身に纏っている「布」だった。
経糸(たていと)の張力が不均一で、表面が波打っている。 緯糸(よこいと)の打ち込み密度が甘く、向こう側の景色が透けて見えるほどの粗悪品。 繊維の精練が不十分で、不純物(ゴミ)がそのまま織り込まれているため、動くたびに皮膚を刺す。
「ふざけるな……」
私は震える手で、そのボロ布を握りしめた。
「こんなものは服じゃない。スペック外だ。U%(均製度)は50%を超えているし、ネップ(繊維の塊)だらけじゃないか。検反を通した奴をここに呼べ! これは産業廃棄物だ!」
叫び声は、弱々しい赤子の泣き声になって虚空に消えた。 これが、私の第二の人生の幕開けだった。
◇
状況を整理するのに、丸三日かかった。 どうやら私は、過労死したらしい。 日本の繊維メーカーで生産管理と工場長を兼務し、三十五年のローンを残したまま、四十八歳で人生を終えた。 そして気付けば、この「アルカス」という名の孤児の体に宿っていた。
場所は、とある辺境領地の、経営破綻寸前の孤児院。 季節は冬。 窓の隙間からは容赦なく冷気が吹き込み、暖炉の薪は湿気て煙ばかり吐き出している。
だが、寒さの原因はそれだけではなかった。
「アルカス、大丈夫かい? 今日は特に『魔力枯渇』が酷いねえ」
院長の老婆が、心配そうに私の額に手を当てた。 彼女の手は温かいが、彼女が着ているショールもまた、見るに耐えない粗悪品だった。
この三日間で、私はこの世界の奇妙な法則に気付き始めていた。 この世界には「魔力」というエネルギーが存在し、それは人間の生命維持に不可欠な熱源となっている。 そして、その魔力を体表に留めておく役割を果たすのが「衣服」なのだ。
だが、この世界の繊維技術は絶望的なまでに低い。 糸は太さがバラバラで、織り目はスカスカ。 そこから、体温と共に魔力がだだ漏れになっているのだ。 つまり、この世界の住人は、穴の開いたバケツで水を運んでいるようなものだ。
「……マシな服さえあれば」
私はガチガチと歯を鳴らしながら呟いた。 魔王軍がどうとか、魔法がどうとか、そんなことはどうでもいい。 今の私にとっての敵は、この肌を刺すチクチクとした不快感と、命を削る寒さだ。 元・繊維屋としてのプライドが、この現状を許せなかった。
「院長、織り機は……どこだ?」
私の掠れた声に、院長は驚いたように目を丸くした。
「織り機? 地下に壊れたものが一台あるけど……あんな埃まみれの場所、子供が行くもんじゃないよ」
「行く。行かせてくれ。このままじゃ、全員凍死する」
私はよろめきながら立ち上がった。 子供の体は重く、関節が軋む。だが、私の目には明確な「工程表」が見えていた。 まずは現状把握。次に5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)。そして設備保全。 世界を救うなんて大それたことは考えない。 ただ、安眠できるまともなシーツが欲しい。 その一心で、私は暗い地下階段へと足を向けた。
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