刀を振れない剣士
『数の差は単純に致命的だ。だから、君にも仲間を増やしてもらう必要がある』
「行けるか?あんな感じだけど」
騎士を警戒しながら一瞬だけ後ろを振り向いてみるが、彼女は未だ死にかけといった感じの表情だ。控えめに言って戦えるような状態には見えない。
『わからない。だから、難しいって話』
「ま、そうだよな」
会議終了。
様子見していた騎士たちも──騎士って呼んだら紛らわしいんだよな。「あの騎士」を黒騎士って呼んで、こっちを黒甲冑って呼ぶことにしよう──黒甲冑A、黒甲冑Bが、一気に肉薄してくる。
彼女を仲間にする。
そのためには、一旦距離を離さなきゃいけない。
立ち尽くしたままの彼女と反対方向に走り出し、それに甲冑もついてくる。
『ずいぶんと余裕あるね』
「現実逃避だ、よ!」
迫りくる黒い刃。
それを、防ぐのではなく流す。片手剣の刃の上を滑らせるように。
さっきみたいに正面から攻撃を受けることはできない。
そうすれば、片方の攻撃を受けてくる間に隙をつかれて死、なんてことになりかねない。
波のように怒涛に迫ってくる二つの斬撃を、ほとんど回避でいなしていく。ダンジョンを踏破したことによる地の利と、魔王という二つの要素を活かしてギリギリで食らいつく。
『五時の方向、木』
死角にある障害物を、彼女が伝える。
そして、俺は黒甲冑の攻撃を障害物を使って防ぐ。黒甲冑の剣を受けた木が真ん中からへし折れ、地面へと転がった。鳥たちが驚いて飛び立つ声が聞こえる。
「っ、ふ」
黒甲冑の攻撃は、黒騎士に比べたらまっすぐだ。
ゴブリンのように野性的なわけではなく、型はある。けれど、駆け引きみたいなものを感じない。AIと将棋を打ってる感じというか、こっちの動作が相手に反映されてない感じがする。
だから、障害物を使うのが効く。
首を振って障害物を視認。そして、攻撃を誘って木にぶつける。
『ふぅ!冷静!』
「うるさい、魔王!」
わいわいとガヤを飛ばす魔王を置いて、木に引っかからなかった方の甲冑に接近する。当たり前のように攻撃が飛んでくるが、思いっきり体をひねって回避、さらに接近。
甲冑の隙間を縫って、肩に攻撃をぶつける。
騎士に比べたらやわらかい感触、確かにダメージが入った実感。
『GAAAAAA』
「おっけ、おっけぇ」
木の妨害から復帰した甲冑に絡まれたのでバックステップで下がり、状況を仕切りなおす。魔王が俺一人で挑むことを止めた理由が、なんとなく実感できる。単純に、ジリ貧なのだ。
攻撃は通る。
防御もできる。
だが、たぶん負けるのは俺。
甲冑を一体倒したころには俺は消耗しきって、もう一体にとどめを刺されることだろう。それくらい面倒で、やりづらい相手だ。
だが、距離はできた。
甲冑の横をすり抜け、茫然自失の女性のもとへと走る。
「あの」
「……へ、私ですか?」
「失礼」
「わぁ!何してるんですか!?」
ぼーっとしていたので、とりあえず担ぎあげる。
お姫様だっこはしたことがなく難しかったので、米俵を担ぎ上げるみたいに肩の上へと持ち上げた。彼女はじたばたと体の上で暴れるが、魔力も込められていない暴れでは俺の体は揺らがない。
「ちょっと逃げます」
◆
冷峰透は困惑していた。
彼女を颯爽と救ったのは、おそらく自分と同じ駆け出し冒険者だったからだ。町中で見かけるような私服に身を包んだ、冴えない少年。見た目からは、そんな印象を受けた。
けれど、彼女は一目でわかった。
少年が握っている剣は、
白銀の刃は、磨かれた鏡のように世界を映しだしている。それが振るわれるたびに、空気があっけなく裂かれる。明らかに「業物」とされるような一品であることは、誰の目から見ても明らかだった。
そして、彼も変だ。
身のこなし自体はそんなにうまいわけじゃない。「覚醒者」だからフィジカルは強いが、それを十全に使いこなせているわけではなかった。変なのは、その落ち着きようだ。
独り言をぶつぶつ言いながらも、当たり前のように攻撃を防御する。
普通それが怖い。だって、ボールを投げつけられたら一般の人はビビる。その上、向けられているのは本物の剣で、振るっているのは素手でも簡単に人を引きちぎれる魔物だ。
現代冒険者は前衛不足だと言われる。
それは、単純に死の恐怖が一番近いからだ。敵の攻撃を正面から受けて、敵と向かい合う前衛は、当たり前だが死亡率が高い。
「おっけ、おっけぇ」
その危険地帯で、彼は笑っていた。
口角を誰かに引っ張られているような、ぎこちない笑み。だが、目の奥に見えるのは確かな闘争心と怒りだ。恐怖なんてものは、その瞳の中に存在していない。
黒髪を乱暴に揺らしながら、魔物と対等に戦う姿。
それを見て、少女は強く手を握りしめた。
「良いなぁ」
彼女が口にしたのは、羨望だった。
さっきまでの自責も、死への恐怖も忘れてしまって。ショーケースに並んだ宝石を眺める子供のようにキラキラとした目で芥を見つめる。
羨ましい。
私もそっちに行きたい。
その、戦場に
「あの」
「……へ、私ですか?」
自分の思考に夢中になっていると、いつの間にか彼はそこにいた。
戦っているときとは打って変わって、思慮深くてすこし遠慮がちな顔で、透の顔を覗き込んでいる。戦いもせずにずっと見ていたのがバレたのかと見当違いなことで焦っていると、急に体が持ち上がる。
「失礼」
「わぁ!何してるんですか!?」
(和服だから下全部見える!!)
芥は持ち上げられたことに対して驚いているのかと思っていたが、彼女の内心は場違いなほどに女の子だった。めくれそうになる服を必死に押さえつけていると、がくんと体が揺れる。
「ちょっと逃げます」
加速。
森林を、彼が駆け抜けていく。ジェットコースターのようで息が止まりかけるが、そこまで揺れないことに気が付く。まるで地形全てを把握しているかのように、動きによどみがない。
途中までは聞こえてきた甲冑の音も、段々と遠ざかっていく。
このままなら、逃げ切れ──
「協力してもらえませんか」
「何に、ですか?」
「あいつらを殺すために」
腑抜けた透の思考に、情け容赦なく芥の言葉が響く。
彼の声はとても平坦だった。写真を撮ってくれと頼む観光客のように気楽に、それでもその言葉は、彼女に「死」を再認識させるのに十分だった。
何故か気が抜けてしまっていた。
それは一種の防衛反応だったのだろう。目の前にいる朽咲芥に集中することで、自分にかかった過度なストレスを軽減しようとしたのだ。
急に息が上がる。
情けなく、汗が流れ始める。流れていく景色に目が回ってしまって、自分がどこにいるのかもわからなくなった。彼は立ち向かおうとしているんだ、あんなにも怖い魔物に。
素晴らしいと思う。
頑張ってほしいと願う。でも、巻き込まれたくない。
「無理、です。私逃げたんです。あの化け物が、怖くて」
ゆっくりと、彼女は心境を吐露しはじめた。
彼が聞いているのかなんてどうでもよかった。ただ、誰かに聞いてほしかった。情けない自分を、誰にも吐き出せなかった心の弱いところを。
透を乗せた芥は走る。
洞窟にさしかかるとメインのルートを外れ、奥まった小部屋へとたどり着いた。小部屋の中は静かで、透の声だけが反響する。静かに垂れてきた水滴が、彼女の頬を伝った。
「私、ただの五級なんですよ?みんなが一回でクリアするこのダンジョンに、一か月も挑んでる。毎日、毎日、毎日……!」
芥は何も言わなかった。
思案するように眉を細めつつ、透の言葉を待っていた。
「私には才能がない!あなたみたいに、カッコよくは戦えない!!」
◆
『才能がない、ねぇ』
「……そうか?」
『私には、そうは見えない』
泣き叫ぶ透を、魔王と俺は不思議な気持ちで眺めていた。
例えるなら、大きな熊が自分の無力を嘆いているような、そんな違和感。
俺の目から見てもわかる程度には、彼女は才能にあふれていた。そびえたつように立ち上る強大な魔力、鍛錬が分かる体つき、立ち姿。
彼女は、俺より強い。
「私、どうすれば……」
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ただの高校生、生き残るために魔王と合体する。 獣乃ユル @kemono_souma
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