決着_1
(これが、最後)
超人的な力を得たって、人間として限界はある。ちっぽけに甲冑の前で時間を稼いだ疲労が体に溜まっていた。
有り余る力を制御するために、どんどんと集中力が擦り切れていく。アドレナリンももう枯れてしまった。
だから、もう一撃しかない。
「行くぜ」
『っ』
加速。
甲冑の視線をくぐり抜けるように、姿勢を屈めて前へと走り出す。甲冑は若干遅れたテンポで応対する。
『あの、女!』
甲冑は恨めしげに呟いた。
ようやく、効いてきたか。
「いひひ、何が何だかわかんないけど」
勝ってね。
か細いその言葉が、俺の背後から聞こえてきた。不意に刺激されてしまった涙腺を引き締めるように、前を見据える。
魔王の力を使っても、俺は騎士に敵わない。
でも、俺は知っている。鏡花の攻撃には、相手の体力を削り取る力があることを。彼女の配信をずっと見てきた俺だけは知ってる
『退くんじゃないよ、退路には何もない』
「わかってる」
魔王から忠告されるまでもない。
前へ。
紫紺の斬撃を躱して、さらに接近。
俺の攻撃と騎士の防御がいくつもぶつかり合い、加速していく。
こうやって向かい合うと、ステータスの差が如実に現れる。力が足りない、スピードが足りない。
衝突、衝突。
二つの剣が火花を散らすたび、指先から感覚が消える。筋肉全てが泣き喚いている。だから、そうなるのは必然だった。
「っ」
ぎん、という鈍い金属音。
吹き飛ぶ片手剣。遠心力に従い、ぐるぐると吹き飛ぶ唯一の武器を、騎士は見ていた。
『獲った!!』
甲冑が叫ぶ。
戦場において、武器というのは生命線だ。それが無ければ戦えず、命を守ることさえできない。武器を失うことは、死を意味する。
それに、朽咲芥は素人だ。
戦場に慣れていなければいないほど自分を信頼できず、その分武器へ依存する。
故に、放心状態になってしまう。
『な、に』
(とでも、思ってたか?)
大剣のスレスレを走り抜け、接近する。
片手剣を吹き飛ばされるのは、想定内。たった一つの命綱すら捨てて、か細い勝ち筋を引き寄せる。
『だ、がぁ!!」
しかし、甲冑もまだ終わらない。
深淵にも似た金属鎧がギチギチと音を立てる。生物の限界を超えた超高速、全ての力を振り絞り、振るった筈の大剣を空中でもう一度振る。
剣を捨てた以上防御は不可能。
俺と剣の間にある大気を引き裂き、死が迫る。
だが、もう焦りはない。
戦いながらでも、ずっと横目で見ていたから。あんなにボロボロになっても、必死に立ちあがろうとしていたその姿を。
太陽のような少女が、大剣を受け止める。
「任せたよ、響花」
「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ!!!!」
獣のような咆哮とは裏腹に、見とれてしまうほど綺麗な動作で響花は大剣を弾く。
「条件達成」
『最高だ、相棒』
俺の意思と関係なく、体が勝手に動く。
ぺたりと掌が甲冑の胸へと触れ、そこに光の奔流が集まってきた。天の川のような光の粒が、俺の小さな手を覆い隠す。
『
そして、視界が弾け飛んだ。
◆
それは、ビームだ。
あんなに分厚かった甲冑をぶち抜いて、晴天に突き刺さる光の柱。あまりに強大なその力に、響花は状況にそぐわず笑ってしまいそうだった。
甲冑は、何かを叫んでいた。
響花にはそれは聞こえていないし、芥にしかそれは聞き取れなかっただろう。
轟音と共に放たれ続ける光線。
それが全部終わった時に立っていたのは、一人の少年だった。
もう制服は血と泥でボロボロ。
肌が見えるところは切り傷や痣だらけで、まともに立っていられる状況ではない。それでも、芥は天に手を突き上げて立っていた。
男としての意地なのか。
勝ち誇った高揚感からなのか。
それとも、好きな人の前でちょっとカッコつけたかっただけなのかはわからないが。
何にせよ、響花はそれを見ていた。
「勝った、ね」
「──……あぁ」
へろへろと歩いてきた芥が、響花に向かって倒れ込む。それを支える力もなく、二人して校庭に倒れ込んだ。
日差しを浴びた校庭の砂はちょっと暑くて、優しい。
「……なぁ、守れたかな。俺」
「…………まだ気にしてたの?ばかだなぁ」
喋るたびに胸が痛い。
多分肋骨が折れていたし、足だってまともに動かない。だというのに、二人は放課後みたいに話した。
「だって……俺と一緒にいたから、響花は」
「しょうがなかったの」
響花は思い出す。
自分が柄でもなく配信なんて始めたせいで、芥を巻き込んでしまった。インフルエンサーの彼氏としてネットニュースで取り上げられて、色んな嫌がらせを受けていた。
芥は気にしてないと言っていたし、実際気にも止めていないんだろうってのは分かっていた。
「……だって、やだったんだもん」
「」
ぽかん、と芥が口を開いた。
そっか、と響花は思う。私、本音で話したことないや、この事。
「私のせいで君が傷つくのが嫌。君のためなら、居場所を捨てることなんて何とも無かった」
ただ、迷惑をかけたく無かっただけ。
響花が初めて話した本心を聞いて、芥はボロボロ泣いた。もう何で泣いているかもわからなくないくらい、酷く泣いた。
「もー、泣かないでってば……」
芥の頭をポンポンと叩きながら、彼女は懐かしい日々を思い出した。
(そういえば、泣き虫だったよなぁ芥)
遠い、遠い昔。
子供だったころみたいに二人は寄り添った。太陽が差し込んで、柔らかな風が頬を撫でる。
血溜まりの中で、どこまでも穏やかに二人は眠って戦いは終わった。激戦の足跡は、少年と少女から遠ざかっていく。
◆
二人が眠った後現地に駆けつけたのは、一級冒険者に分類される二人組だった。
「酷いな」
校門から見上げた校舎は、廃校と見間違ってしまうほどにボロボロだった。爆弾を投げつけられてもこうはならないだろう。
奇跡的に生き残っていたチャイムが、寂しく一人で叫んでいた。
「救助は俺らの仕事じゃねぇ。さっさと魔物探すぞ」
「分かってるさ」
赤髪の荒々しい男が走り出し、それに金髪のイケメンが付いていく。ずっと、嗅覚には血の匂いがこびりついていた。
「こっちだ、残り香が強え」
ずかずかと歩んでいた赤髪が、ふと歩みを止める。
「どうした」
「ガキが二人。死にかけだ」
「っ!」
その言葉を聞いた途端、金髪が飛び出した。手先から回復魔法を放ち、校庭に倒れ込んだ二人を癒していく。
いつもそうなのか、金髪の様子を見ながら赤髪は首を捻った。
「どうかしたか」
「いいや……コイツどっかで」
オレンジ髪の少女を観察しながら、赤髪は唸った。記憶力にはさほど自信がないらしい。
数秒後、ぽんと手を叩く。
「思い出した。藍空響花、もう引退してるが二級だぜ」
「二級がいて、ここまでか」
「覚醒者」には階級がある。
細かく分類されるが、ざっくりと分けると一級は国と戦えて、二級はある程度の軍隊、三級は小隊。
そんな大雑把な認識がされている。
外に出てくる魔物の大半は弱く、三級でも余裕を持って対処できることが多い。それを踏まえてみれば、現状は明らかにイレギュラーだった。
金髪が回復魔法をかけると、呼吸が少しずつ落ち着いていく。
「どうだ、治せそうか?」
「……外傷は余裕だが、二人とも中身がぼろぼろだ。死にはしないだろうが、これ以上の回復には本業を待つしかないだろう」
「そうか、じゃあほっとくぞ」
赤髪が立ち去ろうとしたところで、ガッと足首をつかまれる。
幽霊のごとく青白い指が触れ、その冷たさに驚いて男は少し跳ねた。
「お、おぉ?」
「これ、を。おねがいします」
その手は、目を覚ました響花のものだ。
まだ眠っているかのように脆い声で、彼女は訴える。反対の手には、メカメカしい球体が握られていた。野球ボールほどの大きさで、大きなレンズが特徴的だ。
「ダンジョン用のカメラ?なんでこんなもん」
「私がしゅうげきにきづいてから、ずっと点けてました。全部、うつってます」
「……よくやった。これでクソほど調査が楽になる。安心して寝てろ」
「ありがとう、ござ」
男がカメラを受け取った確認を済ますと、彼女はがっくりと項垂れて、もう一度寝息を立て始めた。
「眠ったみたいだね」
「根性だけで起きたんだろ、大したもんだ。おい、映像見ていいか」
「あぁ、僕は魔物の残党を探すから、手早く合流してくれよ」
「了解了解」
◆
結果として、魔物の残党は現れなかった。
熱戦は終わる。跡形もなく、そこに敵がいた痕跡も残さず。
「おい、あいつは化け物だぞ」
「ん?そりゃあ現代建築物をあそこまで破壊できる魔物ならそれは」
「ちげぇ」
「……藍空響花か?」
「それも、ちげぇ」
波乱の予感だけを残して。
「一番やべぇのは、男のガキだ」
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