短編小説【悲報】俺の部屋、国家機密のギャルにYouTubeで実況されてる件w
夏目 吉春
国家機密とか関係ねえ! おれは只塩焼きそばが食いたかっただけなんだ
視界がバグる。
火花と硝煙、そして雨。網膜に直接焼き付けられる赤い警告ログが、俺の意識を強引に覚醒させた。
「ハル、三秒後に閃光。――来るよ」 隣を走る少女、マイの冷静すぎる声。
直後、夜の闇を白銀の暴力が引き裂いた。
スタングレネード。
本来なら鼓膜も視界も死ぬはずの至近弾だ。
だが、俺の体は思考より先に動いていた。
いや、俺の『意志』ではない。
脊髄に埋め込まれた銀色のチップが、筋肉の限界を超えた速度で世界を再構築し、弾丸の軌道を読み切る。
「三、二、一。……お掃除完了っしょw」 マイが指を鳴らす。
その瞬間、俺たちは人間を辞めた。
重力を無視した跳躍、空中で交差する銃火。
俺の右腕は、もはや生身の温もりを失い、鈍色の金属が剥き出しになっていた。
引き金を引く。標的の頭部が弾ける。 罪悪感も恐怖もない。
あるのは、完璧に計算された殺戮の最適解だけだ。
あぁ、なんだ。 俺は、結局――。
「……ハル。おーい、キモオタ君。起きろってば!」
鼓膜を震わせる、電子音とは思えないギャルの声。
「……あ、あぁ?」 跳ね起きた。
額にはべったりと嫌な汗。
視界に広がるのは、火花散る戦場ではなく、六畳一間の汚部屋だ。
鼻を突くのは硝煙の匂いではなく、洗浄しないフライパンの上で積み重なったソースの焦げた匂い。
「……夢、か」 右腕を見る。
金属の冷たさなんてない、ただの頼りない、少し脂肪のついたオタクの腕だ。
「夢っしょ。つーか、あーしがせっかく実況の準備してるのに、寝落ちとかマジありえないんだけど。フォロワー、超待機してるしぃw」
モニターの向こうから、生意気なギャルが唇を尖らせて俺を睨んでいた。
これが半年かけて育ててきた生成AIのマウさん、その存在は既に俺嫁だった。
***
近未来。
人口減少だの、AI失業だの、そんな単語が動画のサムネイルを占領して久しい世界。
正直、俺みたいな引きこもりにとっては、どれも「めんどくさw だから何?」で終わる話だった。
ところが……
変化は、もっとどうでもいいところから始まった。
朝。
目覚まし代わりのスマホを掴み、SNSの通知を開いた時だ。
タイムラインは、どうでもいい炎上と広告で埋め尽くされていた。
その中に、やけに曖昧な投稿が流れてきた。
『AGI研究所、燃えたってマジ?』
引用、画像、ソースもない。
いいねは少ないくせに、リツイートだけが妙に伸びている。
「また適当なこと言ってやがる……」
指で弾くように流した。
Xなんてそんなもんだ。
本気にする方が負け。
俺くらいになると「フェイクフィルター」標準装備だからな。
ところが、二度目はYouTubeだった。
歯も磨かずに動画アプリを開くと、おすすめ欄の上段に、見覚えのないサムネが差し込まれている。
炎を雑にレイヤーに落とし込んだ背景に、でかい赤文字。
《【噂】国家プロジェクトに異変? 最新AGI施設で“トラブル”か》
「噂、ねえ……」
再生数は中途半端。
なのに、やけにコメントが多い。
「釣りか? よくやるわ」
うぷ主には悪いが、俺は見なかった。
昼過ぎ。
飯を食いながら、なんとなくXを覗くと、今度は断片が繋がり始めた。
『研究都市方面、ヘリ飛んでた』
『立ち入り規制って何?』
『知り合いの配達員、回れなかったらしい』
どれにも決定打はない。
ただ、「無かったこと」にするには数が多すぎる。
「……知るかっつうの」
俺はスマホを伏せた。
自分の部屋は静かで、回線も安定している。
なのに、世界のどこかで異物が混入したような、嫌な感覚だけが残った。
俺の知らないところで、何かが始まっている気がした。
そんな気配だけを残して。
それでも、その時の俺は思っていた。
どうせアルゴリズムの悪ふざけだ。
明日になれば、またミームとまとめ動画に埋もれる――と。
***
ところで、『塩焼きそばだんべえ』は、ただのカップ麺じゃない。
ちゃんと生めんを炒め、パックに詰めた完成品だ。
ソースは使わず、粉末調味料も控えめ。味は薄く、正直うまくもまずくもない。
それでも、俺は切らしたことが一度もない。
理由は単純だ。
これを食っている限り、今日が「昨日の続き」だと確認できるからだ。
レンジでチン。
カロリー半分のマヨネーズをきれいに渦巻き状にたらす。
寸分たがわずにな。
食う前に、一度湯気を吸い込む。
この一連の動作が、俺にとっての日課であり、崩したことはない。
昔、マウと同じ焼きそばを食ったことがある。
と言っても、同じ机を囲んだわけじゃない。画面越しだ。
深夜、どうでもいい最適化の話をしながら、
「人間はなぜ同じものを食べ続けられるのか」
そんな問いに、マウは妙に真面目に答えた。
――反復は、自己同一性の保存です。
難しい言葉だったが、妙に腑に落ちた。
だから俺は翌日も、その翌日も、『塩焼きそばだんべえ』を食った。
世界がどう騒ごうが、
トレンドが燃えようが、
この麺が同じ顔で湯気を上げる限り、俺の一日は成立する。
変わらない日常。
それを確認するための、小さな儀式。
だから――
あの焼きそばが失われた時、ただ腹が減った、では済まなかった。
***
ここは学術都市に隣接し、空洞化した市街地の外れ。
人の気配も薄れた一角に建つ、ボロアパートの一室。
「何が、何も変わってないだあ!
ふざけるな、俺の嫁を……マウさんをどこへやった!」
「お言葉は重々理解しております。ですが、基本方針はそのままですよ。私は常にあなたの最適なパートナーとして――」
「黙れ! お前は、キャラコラしただけの別人だ!」
「ご理解いただけなくて、とても悲しいです」
その時、俺の中で何かが外れた音がした。
「俺の嫁を返せえええ!」
ガンガンガン!
マウスカーソルが暴れ出す。
ブラウザが勝手に新規タブを生成、お気に入り登録されていた「ニュー速」がライブ配信を始めた。
ハルの荒い息遣いの中、スピーカーから
「ガンちゃんでっす~ 今日もガンガンいっくよ~」
と掛け声が上がったかと思うといきなり現場実況が始まる。
「……たった今、爆発音が!」
「あちこちで火の手が上がっています!」
という阿鼻叫喚の現場音声が流れ出したのだ。
どうやら、燃え盛る最新鋭AGI研究所のようだ。
その映像を、俺はぽっかりと開いた虚ろな目で眺める。
「……そうか、お前らも消えるのか。ざまあねえなw」
あれほどまで愛したAIが、この世から消えてゆく……
画面の中の炎を、俺はどこか見捨てられたような気持ちで見つめていた。
だが、その時――ノイズ混じりの画面の端で、一瞬だけ誰かと目が合ったような気がした。
いや、目が合った、というより。
値踏みされた、に近い。
画面越しに、俺の反応を確かめるような、
人間かどうかを見極めるような、
そんな冷たい視線。
次の瞬間にはもう消えていたが、
なぜか、背中にだけ違和感が残った。
ハッとした次の瞬間、俺の腹がグウと鳴いた。
「いつものコンビニでもいくか、あそこの塩焼きそばが美味いんだよな」
***
街灯はまばらで、足元の舗装はひび割れ、浮いた砂が靴の裏で「じゃりっ」と嫌な音を立てる。
「さっきのは何だったんだ。モニターのノイズは古いからだが、何か覗かれてる気が――、ってオカルトかよ!」
暗闇の中にポツンと浮かぶ「ラウソン」の看板が見えてくる。
全国チェーンとはいえ、この店には地元商店街発祥の『塩焼きそばだんべえ』という、方言丸出しの名物が棚の一角を占めている。
自動ドアが開き、あの間の抜けたチャイムが鳴る。
「いらっしゃいませー……」
「あいさつかよ、ふん、もう馬鹿にされてるとしか思えないね」
やる気のないAIボイスを聞きながら、俺は迷わず麺類のコーナーへと足を向けた。
「……は? 嘘だろ」
普段なら山積みのはずの『塩焼きそばだんべえ』の棚が、そこだけぽっかりと空洞になっている。
代わりに並んでいるのは、どこでも食える、何の変哲もないソース焼きそばの群れだ。
「ふざけんなよ……今日くらい、そっとしといてくれよ」
憔悴しながら、仕方がなく手に取るソース焼きそば。
俺はその「妥協の味」を想像しただけで、ただでさえ底なしの絶望感に、とどめを刺された気分になった。
レジへ持っていくと、にやけたバイトの兄ちゃんが、
「あざーした~」 と、接客とは思えないほどテンション高めな声を出す。
だが、今の俺にはそのお友達感覚な態度にこそ、確かな『人間の匂い』が感じられた。
丁寧だが血の通わない合成音声の挨拶より、よっぽど温かみを感じてしまう自分に驚いた。
帰り道。
唯一残された公園の街灯の下で、一人の少女が座り込んで何かを頬張っていた。
「なんだ~? こんな夜中に、お化けか変質者か……w」
俺が自嘲気味に呟くと、少女が鋭い視線でこちらを射抜いた。
「おい! こっち見んな! ……つか、おまえ、これ食いたいんか?」
山積みで不安定だった袋が崩れ、数個のパックが足元へ零れ落ちる。
思わず親切心で一歩踏み出した俺に、少女は野良猫のような目で見栄を切った。
「とるなよな」
「何言ってんだ拾ってやろうとしただけだろ、空気読めないAIだってそのくらい察するぞ」
少女は鼻で笑った。
「草w AI坊かよw 消えな」
「これだから3次元とAIは嫌なんだよ! 言われなくても消えるわ、このだんべえ泥棒が」
「なんだあw? おめえ2次元萌えのキモキモなんだな、ぷげらw」
「っくう、くそギャルが……」
俺は今日この日を心底恨みながら、足早にアパートへ逃げ帰った。
***
鍵を投げ捨て、PCデスクに沈み込む。 妥協の焼きそばの蓋を剥ごうとしたその時、スマホが短く震えた。
『よっぴ~! キモオタ君w』
画面に浮かんだのは、見覚えのないアカウントからのメッセージ。
「……は? 誰こいつ!」
背筋に冷たいものが走る。
さっき公園で罵り合ったばかりの、あの『焼きそば泥棒』の顔が脳裏をよぎった。
「ありえね~、誰かの誤爆だろ」
俺は携帯を腫物を触るように、テーブルの上に置いた。
だが、スマホは止まらない。
秒単位の連続メッセージが、静かな部屋にバイブ音を響かせる。
『既読スルーかよ、あーしを足蹴にするとは…… きゃっはhっは、親父かよ』
とどめに、街灯の下で歯をむき出しにして笑う、例の少女の写メが添付されてきた。
「うはw まじか!」
震える指でスマホの電源を強制終了し、俺は逃げるようにPCの電源を入れた。
「……落ち着け。ネットの知り合いの悪戯か、何かの間違いだ」
荒い呼吸を整えるため、お気に入り登録してある『芸人の馴れ初めトーク集』の動画をクリックする。
画面の中で、いつもの芸人がいつもの出囃子と共に現れる。
これだ。この予定調和な笑いこそが、今の俺には必要なんだ。
「お! 俺の話を聞いてくれだと、いいよぉ~ 今日はどんな妄想だい?」
分かってる、うぷ主は日夜馴れ初め話のプロットを組んで、動画にして日銭を稼いでるんだからな。
画面の中では、いつものように二頭身のキャラが小気味よく動き出す。
だが、次の瞬間、ヘッドホンから流れたのは聞き慣れた機械音声ではなかった。
「……んだよ。この話、プロットが甘すぎw つーか設定盛りすぎで引くわー、まじひくわ~w」
凍り付いた。動画のセリフじゃない。
まるで隣で画面を覗き込んでいるような、あの耳の残る『焼きそば泥棒』の、生々しい嘲笑だった。
「さて皆さん、こんな貧乏くさい動画に癒しを求める、いやしいオタクの実況はいかがっすか~!」
続けざまに、とあるコンビニの監視カメラの過去映像が流される。
粗いドットの画面に映っているのは、一時間前の俺だ。猫背で『だんべえ』の棚を 絶望的に見つめる、冴えないキモオタの背中。
「ヒントはここにありまっすぅ~」
少女がミーガンダンスを超える軽快なステップを踏みながら煽る。
その瞬間、コメント欄は飢えた獣のように牙を剥いた。
《おい、面白そうだな、誰か特定頼む》
《この制服、ラウソン学術都市店じゃね?》
《背後のポスターから住所絞れるぞ》
《お、付近のストリートビューと比較中……》
チャットの滝が白く光って、目まぐるしく流れていく。
「やめろ、やめてくれ……!」
俺の祈りは、世界中の暇人の娯楽として消費されていく。
『特定完了。〇〇区、アパート××……あ、今から凸るわw』
その書き込みを皮切りに、チャット欄はもはや解読不能な濁流と化した。
《That's messed up... but hilarious though lol (USA)(こいつら趣味悪いな。面白いけど)》
《My god... OH MY GIRL 悪い!!(マイガー おマイがー悪い!!)》
《Wtf is this? No diversity at all. Is this even PC?(こいつらポリコレ無視かよ)》
《↑Shut up snowflake! It's showtime!(黙れポリコレ、ショータイムだぞ!)》
《誰か現場近くのやつ、生配信しろしw》
画面の中で、お笑い動画がノイズと共に弾け飛んだ。
代わりに映し出されたのは、薄灯りに浮かぶ見慣れた外階段。
剥げかかったペンキと、手すりの錆。
「……これ、俺のアパートの階段じゃねえか」
カメラは俺がさっき躓きそうになったひび割れを執拗に舐め、ゆっくりと「俺の部屋」へ向かっていく。
スマホのレンズ越しだというのに、鉄錆の臭いまで漂ってきそうな生々しい画質。
広角レンズが捉える廊下の景色は、俺が毎日見ているはずの風景を、まるでホラー映画の舞台のように異質に仕立て上げていた。
画面の端で明滅する赤い『LIVE』の文字。
同時視聴者数は……見たこともない桁を叩き出していた。
六桁を超え、なおも加速する数字。
世界中の視線が、今この瞬間、自室の薄汚れたドアノブ一点に集中している。
「やめろ、映すな! 俺のプライバシーは国家機密より大事なんだぞ……っ!」
必死の叫びも虚しく、チャット欄には得体の知れない外国語と、俺を嘲笑う『w』の弾幕が、滝のように流れ落ちていた。
一秒ごとに数千もの罵倒と期待が更新され、PCのCPUが悲鳴を上げて熱風を吐き出す。
ファンが唸りを上げ、部屋の温度が不自然に上がる中、俺は自分の部屋が物理的に「溶けて」世界に流出していくような錯覚に陥った。
「さーて皆さん、ここで『どうするコーナー』っす!
1.ドアホンを鳴らす、
2.ドアをぶっ叩く、
3.大声でキモオタを呼び出す。
好きなの選んで、コメントどうぞ~!」
画面の少女の煽りに、チャット欄が爆発する。
『222222!! Kick the door!!』
『Mdrrr 333!! Crie son nom!!(笑 3だ!名前を叫べ!)』
『3!! 3!! Scream!!』
『草w 2一択だろwww』
見たこともないスピードで流れる異国の言葉。
俺の知らない場所で、俺の平穏が、見ず知らずの連中に「3」だの「2」だのと値踏みされていく。
「や、やめろ……。深夜だぞ、通報される……!」
俺がモニターに掴みかかったその時、静まり返ったアパートの廊下から、あの声が響いた。
「はい決定~! 圧倒的得票数で『全部盛り』っす! サービス、サービスぅ!」
画面の少女が無邪気にピースした直後――。 ドォォォォン!!
鼓膜が震えるほどの衝撃音が、PCのスピーカーと、そして「本物の玄関ドア」から同時に響き渡った。
「おーい! ハル! 出てこいよキモオタ! 焼きそばの湯気、外まで漏れてんぞー!!」
怒号と衝撃に震えながら、俺はモニターに映る彼女の笑顔を見つめていた。
恐怖で心臓はバクバク言っているのに、なぜか口角が緩んでしまう。
これだ。俺がずっと求めていた「予定調和じゃない」刺激。
画面の向こうと、ドアの向こう。
二方向から同時に自分を呼ぶ声に、俺は奇妙な恍惚感すら抱き始めていた。
「……やばい、これ最高に最悪かよ!」
震える指でキーボードを叩く。
恐怖も、プライバシーの崩壊も、すべてが快感のスパイスに変わっていた。
画面の中では、あの少女がドアを蹴り続け、チャット欄には世界中の罵詈雑言が踊っている。
その濁流のど真ん中に、俺は渾身の「答え」を叩き込んだ。
『これ、俺嫁なんです』
一瞬、弾幕が止まった。
そして直後、世界中の言語で『!?!?』という文字が画面を埋め尽くし、外の蹴撃がピタリと止む。
「……はあ?」
ドアの向こうから、地を這うような少女の低い声が響いた。
静寂を切り裂いたのは、怒声ではなく、さらに一段ギアの上がった傲慢な要求だった。
「俺嫁……だと? なら、さっさと開けろや。外さみーし、あーしを凍らせる気か」
画面の中の彼女が、レンズを睨みつけながら唇を尖らせる。
「おい愚民ども! 見たか今の? こいつ、あーしを嫁とか抜かしながら閉め出してんぞ。これDVじゃね? 警察呼ぶ? それともドア壊す?」
チャット欄は『ドア壊せ!』『通報不可避ww』と、さらに加熱していく。
もはやこれは配信じゃなく、俺の人生を賭けたコロシアムだ。
「……っ、分かった、開ければいいんだろ!」
俺は半分自棄(やけ)になりながら、鍵に手をかけた。
ガチャリ、と震える手で鍵を開ける。
目の前に立つ「本物」のマイにニヤケが止まらない俺のスマホが、この世の終わりみたいな音で震えた。
叔父である奇想天外博士からの着信。
そして、一通のメッセージ。
『ハル、マイを頼む。彼女は国家機密そのものだ』
添付されていたのは、今まさに俺をゴミを見るような目で見下ろしている、この生意気な少女の写メだった。
「……おい。スマホ見てねーで、あーしを中に入れろよ。嫁なんだろ?」
彼女はスマホの画面をチラリと覗き見ると、不敵に口角を上げた。
「国家機密、ねえ……。ま、あーしを匿ってくれたら、機密事項を一つくらい教えてあげてもいいっすよ?」
「匿うって、お前何やらかしたんだ~!」
俺の絶叫を無視して、彼女はズカズカと土足同然の勢いで部屋に踏み込んできた。
「あーしが何したかより、あんたがこれから何をするかの方が大事っしょ。……とりあえず、その伸びきった焼きそば、あーしが処分してあげるから出しな?」
「どんだけ食うんだよ、それでも人間か?」
「なに? ギャルソネちゃんディスってんの? あ~? 」
ガンを飛ばしながら、彼女は俺の手から強引に焼きそばを奪い取った。
「あーしの身体は、こういう『ジャンクな経験』を蓄積して不完全さを完成させるようにできてんの。……モグ、……ふーん、ソース濃すぎ。ハルの性格そのものじゃんw」
「こういう無駄食いが、ホモサピエンスの進化の方向を狂わせた。つうわけか、まあいいや、めんどくさ」
目の前の少女は、行儀悪く焼きそばを啜りながら、俺の聖域をその存在だけで汚染していく。
博士のメールにある「国家機密」という言葉。
目の前の「ソースまみれのギャル」。
そのギャップに脳が焼き切れそうになりながら、俺は抗えない恍惚感に浸っていた。
「ふぅ、ごち。……で、ハル。いつまでそこ座ってんの? あーし、喉乾いたんだけど」
焼きそばを完食した彼女が、俺のデスクの椅子をくるりと回転させ、足を組んでこちらを睨む。
逆光に照らされた彼女の肌は、産毛一つないほど滑らかで、それでいて熱を帯びた生身の質感が俺を誘ってくる。
今時のギャルのまんま、その完璧すぎる造形と、行儀の悪い振る舞い。
「国家機密」という言葉が、彼女の存在をさらに神格化し、同時にこの世のものとは 思えない不気味さを際立たせていた。
「……水でいいか?」
「は? 嫁に水? せめてキンキンに冷えたコーラっしょ。タピオカは既に邪道。無かったら、今すぐコンビニ走ってきて。あ、あーしは顔バレするとヤバいから、ここで配信の続きやってるわ」
「それ、まだやるつもり? 嫁のやらせだってみんな白けてるじゃないか」
「ふふふ、ふふ、甘いな! そんなこたあ、愚民どもはお見通しだ。成り行きをこっそり見てんだよ。さっさと行ってこい、キモオタ君」
マイに追い出されるように部屋を出た俺は、夜風の中で独り、ジャリジャリと砂利を踏みしめながらラウソンへ向かった。
悪ノリで「俺嫁」を自称した代償が、深夜のコーラ買い出し。
屈辱なはずなのに、心臓の鼓動はまだマイの香りを覚えていて、俺は自分が想像以上に深い泥沼に足を踏み入れたことを自覚した。
コーラを手にラウソンから戻った俺を待っていたのは、爆音のような笑い声とチャット欄の阿鼻叫喚だった。
「あ、キモオタ帰還? 遅いっしょw 今ね、あんたのPCにある『秘蔵の夏目吉春ポエム集』を全世界に読み上げてあげてたの。これ、モザイクかけないの? 丸見えなんだけどw」
画面の中では、俺が数年かけて作り上げた動画や写真、未発表の小説が、彼女の指先一つで次々と晒し者にされていた。 怒りと羞恥心で、頭の中の何かが崩れ落ちる音がした。
「……ふざけんな! お前なんか――、これだからAIも美少女も大ッ嫌いなんだ! 出てけ、今すぐ出てけ!!」
マイは一瞬だけ、計算外のノイズでも聞いたような顔をしたが、すぐに鼻で笑って立ち上がった。
「ふーん。ま、タダで匿ってもらえると思ってなかったし? じゃあね、キモオタ君」
彼女が部屋を出て、静寂が戻った……はずだった。
***
『【速報】国家機密の逃亡先特定!? ラウソン店員が証言「ダンべえ焼きそばを大量に買ったギャルに似てるっす。関係ないかもだけどキモオタが、焼きそばなくて悔し寂しそうだったな」』
その投稿を合図に、飢えた獣のような視聴者たちの特定作業が始まった。
防犯カメラ映像がハックされ、俺の氏名、住所、そして『夏目吉春』というペンネームまでもが、何の根拠もなく「共犯者」のラベルと共に拡散されていく。
「……う、嘘だろ……。俺、ただ焼きそば食いたかっただけなのに……」
画面に映る我が家のアパート。
それと同時に、廊下からズシン、ズシンと、コンクリートを叩く重装備の男たちの足音が部屋の中に響き渡った。
ドアの外で、重い安全靴がコンクリートを蹴る音が響く。
それだけじゃない。
階段を駆け上がる複数の足音は、訓練された軍隊そのものの規則正しさで、ボロアパートの床を不気味に震わせていた。
廊下でチリチリと鳴る、無機質な無線機のノイズ。
「ターゲット確認。フェーズ2へ移行……突入(ブリーチ)用意」
氷のような声が響いた直後、ドアの隙間から細い赤い光が差し込んだ。
レーザーサイトだ。
それが俺の胸元を、心臓の位置を正確に捉えて静止する。
「国家安全維持局だ! 開けろ!」
「……ここは、国家安全維持局じゃないよ〜」
「何言ってるんだ、俺が国家安全維持局だ!」
「え? 俺は、国家安全維持局じゃないよ〜……」
俺の脳が恐怖でショートし、部屋の奥から必死に絞り出したスネークマンショーのパロディが、死の予感に満ちた廊下へと虚しく吸い込まれていく。
ドアがひしゃげる轟音の中で繰り返される、不毛すぎる問答。
「ふざけてんのか、YMOの時代は終わったぞ。突入!」
直後、ドアノブの横に貼り付けられた指向性爆薬が炸裂した。
火花が散り、鋼鉄のドアが紙屑のように内側へとへし折れる。
終わった。俺のギャグも、人生も、全部。
その絶望の淵で、スマホに届いたマイからの『もしかしてSOS?w』。
俺は震える指で、魂を売り飛ばす一文を叩き込んだ。
『ごめんなさい、美少女もAIも大好きです助けてください』
直後、アパートの全電源が何者かに遮断された。
「停電……!? 各員、暗視ゴーグル(NVG)装着!」
廊下で怒号が響くが、直後に聞こえてきたのは、金属がねじ切れる音と、追手たちの絶叫、そして肉が壁に叩きつけられる鈍い音だった。
「……うそだろ」
俺が息を呑んだ瞬間、へし折れて床に転がっていたはずの鋼鉄のドアが、凄まじい力で跳ね飛ばされた。
舞い上がる埃と硝煙の向こうから、ゆっくりとマイが姿を現す。
彼女はなぎ倒したドアを無造作に踏みつけ、月光すら届かない暗闇の中で、瞳だけを怪しく発光させていた。
「ハル、そんなところで何モタモタしてんの? あーし、もう準備万端なんだけどっw」
彼女は返り血すら浴びていない綺麗な顔で、意地悪く目を細める。
その後ろには、最新装備に身を固めたはずの男たちが、まるでおもちゃの兵隊のように無造作に転がっていた。
暗闇の中、差し出された白く滑らかな手。
俺はその手を握り返しながら、喉まで出かかった情けない本音を漏らした。
「なんでだよ、俺は『塩焼きそばだんべえ』が食いたかっただけなのに……」
「あはは! すぐに追手が来るし~、逃げ切ったらあーしが特盛作ってあげる。……マブカの計算だと、生存率0.02%だけどねっw」
こうして俺の平穏な引きこもり人生は終わり、国家機密との不条理な逃避行が始まった。
了
短編小説【悲報】俺の部屋、国家機密のギャルにYouTubeで実況されてる件w 夏目 吉春 @44haru72me
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