非回復魔法における医術について∼医療行為ニ非ズ∼
亜夷舞モコ/えず
0:絶望に非ズ
“始めのひと、あり”
“始めのひと、その力に至れり”
『教会』が聖書と定めるものの中に、このように記されている。
この言葉は聖書において、二番目に重要とされる章の冒頭であり、史実に基づく歴史書にも同様に語られている。教会において聖書とは、正しく自身らのあり方や歴史を後世に伝え、自身の存在こそが世界においてどれほどに重要かを示すものである。このように自分たちには大いなる歴史があるのだと知らしめ、教会にこそ正しき権威があると語り続けるために――。
☩
始めのひとは、小村の神父の娘であった。
世は――今より五〇〇〇年ほど前――、闇と悪を率いる『魔王』の軍勢と、人間・エルフ・ドワーフらの連合軍が争う『夜暁戦争』のまっただ中であった。
魔王とは、元はエルフと人間の間に生まれた者だというが、正確なことを知る術はない。
それは闇に呑まれ、膨大な魔力を宿し、世界と敵対した。
オークやゴブリン、果てはドラゴンや
戦争は、佳境にある。
魔王の城の下には、魔王軍と連合軍の大軍が集結し、大地を覆い隠す。
ついに東の空が暁に染まる時、両軍は鬨の声を上げた。一方の連合軍には一つの賭けがあった。十二人の精鋭が城内へと侵入しており、それが必ずや魔王を仕留めるのだと信じていた。
魔王を殺せば、軍は瓦解する。
それまでの時間を稼ぐだけなのだ。
戦争は、今最後の瞬間にまで、差し掛かっていた。
だが、それも多くの犠牲の上に成り立っている。
百とも知れぬ血が流され、死体の山が築かれた。傷を負った者、もはや戦場に立つことはおろか、人の助けなしに日常生活を送ることもできない者が周辺に溢れていた。
戦場からそう遠くない村には、日々、傷つき戦えなくなった戦士が落ち延びてきた。そうでなくても両陣営に搾取され、簡素な生活を送ってきた農民の村である。多くの人の生活を賄える力などありはしない。ましてや流れ者や傷病者のことを。
始めの一人や二人であればなんとかなりはしたが、村で看取らねばならぬほどの重傷者が続くと、村は簡単に限界を迎えてしまう。村はすべての負傷者たちを追い出すことで話はまとまったのだ。
それに反対したのは、村の神父である。
神父は村にしてみれば、外の人間であった。信仰を広めるために村を訪ねて来た者であるが、博識であった。農作や機織など最低限の生活のことばかりで、学びの場所もない村において、多くの者が文字を得たのは神父のおかげだった。村人の相談に乗り、悩みや告解を親身に聞き、子どもたちに知恵を与えた。そして、何よりも信仰心の強い人であった。
傷ついた者を
食べ物を分け与え、傷ついた者には彼の知りうる限りの薬草と安心を与えた。
けれども、それにも限界はあった。食料も人の手も無限ではない。
次第に、神父は村での立場を危うくした。
☩
神父には一人の娘があるが、本当の子ではない。
神父が村にやってきてすぐに生まれた娘であったが、その父親はすでにオークによって殺され、母親も御産によってこの世を去った。神父はその娘を自ら引き取り、娘のように愛し、大切にしてきた。
その子は美しい心と、そんな心の美しさが外側に溢れ出したかのような少女となっていた。
だが今、養父が村で自身の立場を危うくしている。
気づかないふりも、もうできなかった。
娘は天に、神に祈った。何日も、何日も。
自身の食べ物すら分け与える父と同じように、自分の食べ物すらも傷ついた者に分け与え、それ以外のときは教会で祈りを捧げ続けた。
神への奉仕だけが、自分と優しい父を救う方法だと信じて。
☩
神は、娘を見ていた。
祈りを捧げる娘を哀れに思った。
天を統べる大神の子である女神は地上に降り立ち、祈りを捧げる手をそっと握った。
神の手に気づいた娘は、顔を上げ、神の存在に気づいた。
神様は、微笑まれた。
そして、神の力が彼女の手に現出する。
神――エノャは人を生みし神であり、恵の神であり、癒しの神であった。
癒しの力は、娘の手に――さらには村でまだ奉仕を続ける純朴な村娘らの手に現れた。
エノャ神が彼女らに施した力である。
ある村娘が、傷が膿み高熱に
またある娘は、死の
神父の娘は、力を確実に引き出す術を神から教わり、それを実践した。
傷口に手を当て、エノャ神への
☩
そう聖書には、“始めのひと”の活躍を記している。
多くの歴史書と同じように、名を記す者の記録には終わりがある。
“始めのひと”――ハヴァにもやがて死が訪れた。
彼女は、何万、何十万という命を救い、多くの者の感謝と共に神の元へと旅立っていった。
娘や孫――他の村娘の子孫にも神の力を残して。
非回復魔法における医術について∼医療行為ニ非ズ∼ 亜夷舞モコ/えず @ezu_yoryo
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