推論探偵社 猫箱事件ファイル
あてだよ
第1話
――男が死んだ。
真っ白な空間を四角く切り取ったかの様な、壁も床も天井も白一色な部屋の中央で、その男は倒れ伏している。
その部屋の中には、その男の死体以外、何も無いし、誰も居ない。
家具や家電、トイレや風呂、キッチンや飲食物はおろか、出入り口となるドアや窓、換気を行えるような隙間さえ、その一切合切が無い。
完全な密室であり、おおよそ人が住まうような空間では無かった。
男の死に顔は、何かを感じる暇もなく死亡したらしく、何の痛痒も感じた様子はない。
男が身に纏う真っ白な貫頭衣の様な衣服にも、血などの汚れは一切なく。
見ただけでは「本当に死んでいるのか?」と疑問を持つほどに、遺体も死に顔も綺麗なままだった。
この男は、何故、死んだのか……?
病死……?
事故死……?
はたまた、他殺か自殺か?
ありえない様な場所で、ありえない様な死に方をしていた――
――男が死亡してから一時間ほど経過。
その時、突如として、一人の黒髪の男と、一人の銀髪の少女が部屋に現れた。
男は黒のスーツ姿で、白のYシャツの首元には赤のネクタイを締め、肌は若干浅黒く、長い頭髪を乱雑に頭の後ろで纏めている。
風体としては、背が高い大柄な成人男性を思わせるが、その特徴の中で一番目を引く物は、顔に般若の面を簡素なデザインにした様な真っ白な仮面をつけている所だった。
一緒に現れた銀髪の少女は、仮面の男よりも頭一つ分小さく、黒を基調としたセーラー服に色鮮やかな赤のスカーフを締めた服装をしている。
別段、目立つような特徴は無いが、少し眠たげな瞳が、気だるげな印象を与える。
「で……? この無味乾燥すぎて、逆に気味の悪い部屋は何なんすか?」
銀髪の少女は、この奇妙な状況と空間の部屋に突如として現れたにもかかわらず、特に驚いた様子もなく、落ち着いて周囲を見渡すと、隣の仮面の男に問いかけた。
その口調は、部活や大学のサークルの先輩に対する様な言葉使いではあるが、ダウナー気味で、相手に対して尊敬の念や敬意が籠められたものには聞こえない。
「ここは『半永久封印式確率重複型延命装置』の中だな」
仮面の男の方も状況に驚く事もなく、少女の言葉使いや態度も毎度の事だと気にも留めず、それに答える。
「封印式……確率……なんですって?」
男の答えに、少女は眉根を寄せて聞き返す。
「……一種の不老不死サービスを提供している施設の一室だ」
「不老不死? そのわりには、この人、死んでるみたいっすけど……?」
ここでようやく、二人は足元に倒れて死んでいる男性に目を向けた。
「まあ、そうだな……。だからこそ我々『推論探偵社』が呼ばれたわけだが……」
「なんで私達なんすか? 事件にしろ事故にしろ、今時、警察に任せれば一発でしょ?」
「警察による因果率調査や、アカシックレコーダー観測でも原因が分からなかった。と、いう事だ」
「えぇ……マジっすか? じゃあ、原因も、防ぐ方法も分からなかった、完全不可能事件て事じゃないっすか……」
「そうなるな……とりあえず、検死をしてみてくれ」
「了解っす」
銀髪の少女は、仮面の男から説明と指示を受けると、げんなりとした表情を消し、部屋の中央で倒れている男の体を調べ始める。
「んー……なんか、不思議な死に方をしてるっすねぇ……」
「ふむ……」
「外傷、内傷、共に無し。ほぼ健康体で、生命活動を害する要因が一切ないのに、いきなり死んだ、って状態っす」
「精霊視側の方はどうだ?」
「魂魄との接続も完全に切れてるし、ゴーストも精神キャッシュも消え去ってるっす」
「死亡時間は?」
「1時間ほど前っすね」
「そうか。とりあえず、報告で聞いた内容と差異は無いようだな」
仮面の男は少女からの説明を受けると、納得した様にうなずく。
「何なんすか?この、おっさんの死体は? こんな場所で意味不明すぎる死に方をしてるっすけど……?」
「この死亡状況と、その死体の状態は、ここの施設の仕様のような物だ。そこは気にしなくてもかまわん」
「かまわんって……その施設の仕様って何なんっすか? 魔導化学系の事故や事件だったとしても、もう少し痕跡なりがあると思うんすけど?」
手慣れた様子で検死を終えた少女は、自身の理解の及ばない死体を前に、不気味な物でも見る様に、再度、死体に視線を送った。
その彼女の疑問に答える様に、仮面の男が口を開く。
「かいつまんで言うと……シュレディンガーの猫くらいは知っているだろう?」
「たしか、確率で死んじゃう箱の中に入れられた猫の話でしたっけ? エイスグレイダー病罹患者の履修項目で見た気がしたっす」
「まぁ、そうだな……今では廃れたが、ミクロな世界における力学的なパラドクスを皮肉った、一種の思考実験を話にした物だ」
「それが、どうしたんすか?」
「ここは、その思考実験をヒントに作られた、外から観測されない限り、中に居る者は永遠に死なない、という施設だ」
「永遠て……つまり、この部屋の中に閉じこもっていれば不老不死になれると?」
「不老不死と言えるほど完璧な物では無かった、という事だな」
仮面の男は、そう答えると、倒れている男の死体へと視線を投げかける。
「なんでまた、こんな部屋に入りたがったんすかねぇ……。こんな中途半端な所を使うくらいなら、アンデッド系のサブスクにでも入った方がお得な気がするっすけど?」
「さてな……ここは初回料金さえ払えば済むからじゃないか? 永遠に対価を要求されるよりかは、コスト的に優れているとでも思ったんだろう」
「それでも、精神だけを億年単位で引き延ばす系のサービスの方が良い気がするっすけど」
「あれはあれで、魂と精神のエントロピーに問題を生じるからな」
「てか、人死なんて、国とか、この施設が調べる領分じゃないっすか。なんで民間の私達にお鉢が回ってきたんすかね」
「その両者にも、お手上げだったから我々の所に回って来たのだろう。どこにでも、分からないままじゃ嫌だ、という者はいるが。下手な答えを出して、その答えに対する責任までは取りたくない、という事だ。おかげで我々は、こうして仕事にありつけている訳だが――さて、お喋りはこの辺でいいだろう」
「うーっす」
二人は、話を一旦区切ると、声のトーンを真剣な物へと変えた。
「この設備が正常に稼働していて、正しい状態が保たれていれば、この男は、この部屋の中で、あらゆる可能性を重ねた状態で生きているはずだった。それが、死という結果に収束してしまった原因を我々は推論しなければならない」
「うっす」
「では、仕事を始めるとするか。今回は除外方式で行くとしよう」
「了解っす」
仮面の男が言う除外方式とは、彼ら推論探偵社が使う、答えを作り出す技法の一つで、問答形式で行われる。
「では、質問をたのむ」
と、仮面の男が少女へと言うと、二人の仕事が始まった。
「この部屋とか施設に不備は無かったんすか? 故障とか、ヒューマンエラーとか」
「それは無かった。その辺の事は、既に警察と施設側が調べ終え、この男の死の瞬間までは正常に稼働していたのを確認している」
「たしか、外から観測されると中の人は死ぬとか言ってたすけど、外部からの干渉はあったんすか?」
「無いな。そもそも、この部屋は、稼働を始めると、あらゆる事象から隔離されてしまう。一度入ってしまえば、内からも外からも全ての干渉は不可能だ」
「じゃあ、この人が、自分で死んだとかは?」
「それも出来ない。この中では、その自死を選んだという事象と、それを止めたという事象が重なり合うため、死という結末だけに収束する事は無い」
「なら、この人の因果が、最終的に死という一点に収束したとかじゃないっすか?」
「それも難しいな。この可能性を無限に内包した空間においては、極論だが、奇跡程度の事は容易に起こる。事象の終端としての死が回避される結果が高確率で発生するだろう」
「えー……そんなの、この人が死ぬのも殺されるのも無理じゃないっすか。不可能なのに可能とか、頭がこんがらがりそうっす」
「その可能と不可能、0と1を重ね合わせたのが、この部屋の機能と趣旨だからな」
「もう、そんなの、神様みたいな存在しか、この人をどうこうするなんて無理じゃないっすか?」
「神様……? ふむ……なるほど」
少女との問答で、仮面の男は初めて言葉を区切り、顎に手を当てて考え込む素振りを見せる。
「何か分かったんすか? 先輩?」
「ああ、一応の推論は出来た。実証と検証は我々の仕事ではないから、正しいかどうかは不明だがな」
仮面の男の言葉に、少女は少しだけ驚きの表情をして見返した。
「ホントっすか? それで、何なんすか?」
「上位存在による干渉。それなら、この出来事にも説明が付く」
「上位存在……? っすか?」
「世界の壁を、いともたやすく超えられる存在。神様、とも言える者が、この男を観測したのだとしたら、こんな事故も起きるだろう」
「えー……そんな推論、アリなんすかね?」
「昔の戯曲に『全ての不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙な事であっても、それが真実となる』という言葉がある。この不可能と可能が同時に存在する様な場所では、そんな不可能も起こりえてもおかしくはないだろう? さて、報告書をまめるか」
答えを聞いた少女は納得できないと不満気に抗議するが、仮面の男は、そう締めくくった。
「その報告書で、関係者の皆さんは納得するっすかねぇ……」
銀髪の少女は、そう言うと、来た時と同様に忽然と部屋から姿を消し。
「好奇心、猫をも殺す……か。神の好奇心とは怖いものだ」
仮面の男も床に倒れ伏す死体を一瞥して独り言ちると、少女の後に続いて姿を消し去った。
―推論探偵社 猫箱事件・終―
推論探偵社 猫箱事件ファイル あてだよ @atedayo
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